私のこと女避けにしてると思ってたトップジムリーダーが逃してくれない2







「キバナ様と付き合い始めたんだよね!?」

そう聞いてきたのはわたしと交代勤務の同僚。引き継ぎしようとしていたはずなのに急に身をぐいっと乗り出してきたかと思えばこの話題。

「…」

割と仲のいい彼女にはどこまで本当のことを言ってもいいんだろう。もちろん彼女も一ナックル市民としてキバナくんのことを尊敬してるけど、でもファンってわけじゃない。それなら別に本当のことを言ってもいいんじゃないかな。

そう思ったけど興奮気味にスマホの画面をこちらに向けられて何も言えなくなった。

「ほら、キバナ様の昨日の投稿!二人いつくっつのかなってじれったかったけど、ついに付き合ったんだね」
「うん、じつは」
「わー!おめでとう!ずっと好きだったって書いてあるけど、同期の頃から片想いしてたってこと!?キバナ様って一途なんだね。素敵!そういえば揉めてた元彼の件もキバナ様がなんとかしてくれだっけ?」
「そう、だね」
「やっぱりキバナ様かっこいいね!いいなぁ、わたしもキバナ様みたいな彼氏欲しい!!」
「ほんとうに、わたしにはもったいないよね」

棒読みになるな、わたし。

めちゃくちゃ優しい同僚でありがたいと思う。無事女避けの彼女の役割が果たせそうでなによりだとも思う。

でもなんか知らない間にキバナくんの片想い純愛ストーリーが出来上がってるんですが?

なんでこんなことに…。



まあ全部わたしの元彼のせいなんですけど。






まず最初にしなきゃいけないことはもちろん彼氏と別れること。わたしに彼氏がいたらキバナくんの女避けはできないからキバナくんも「なるべく早く話つけたがいいな」って都合をつけてくれて会う予定をたてていたんだけど。

まさかのまさか、キバナくんの偽の彼女をやることが決まった数日後に向こうがわたしの働くポケモンセンターへとやってきたのだ。

「え!?な、何しにきたの…」
「時間できたから。少しでも早くちゃんと謝ってより戻したくてさ」
「さすがに職場に来られるのは困るから」
「もう来ちゃったし。終わるまでそこで待ってる」

ポケモンセンターの中にはフレンドリィショップだとかいろいろな施設とともに人が休憩できるスペースも充実してるのだけど、彼がその一角のソファを指さしてきて頭がくらくらした。

「ずっとそこで待たれるのはちょっと」
「別にいいだろ?ポケモンセンターは誰がきてもいいところだし」

そうかもしれないけど、別れ話してる彼氏に見守られながら仕事とか嫌すぎるんですが。ポケモンの回復が用事じゃないお客様はちょっと目立ってるし。本当は嫌だけど家で待っててと言おうと思ったけど、そのタイミングでトレーナーさんがやってきて、話は流れてしまった。

本当に、困る。こういう時こそキバナくんに助けを求める時なのかもしれないけど忙しい彼を呼び出すなんてわたしにはできない。っていうか彼氏いるくせにキバナ様を呼び出す悪い女はファンに殺される。

それで居心地が悪いまま仕事を続けていたのだけど、間がいいのか悪いのか、少ししてワイルドエリアの見回りを終えたキバナくんが彼の手持ちの子達を休ませてあげるためにここにやってきた。

「よお、回復頼んでいいか?」
「はい。巡回お疲れ様です」

恋人役をやることになってからキバナくんの態度はどこか優しくて、この数日は彼がやってくるたびにわたしに向ける慣れない視線にドキドキさせられっぱなしだった。けど今は最悪の状況すぎて胸を高鳴らせてる場合じゃない。それで普通を取り繕って笑ったのだけど、キバナくんにはわたしの挙動不審はバレバレだったらしい。確かにキバナくんのボールを受け取らなきゃいけないのに無駄に書類を抱き抱えてるし。一説によると人と話す際腕を組むのはその人から自分を守ろうとしてるかららしい。多分物理的な距離が腕組みだけじゃ足りないくらい彼が嫌だったんだと思う。


「なんかあったか?」
「あの、その…」

Hey、ロトム、職場の迷惑にならずにこの状況を打破する方法教えて!

個体差なのか性格なのか、うちのスマホロトムはちょっと冷たいからこんなこと聞いたら「そんなのないから自分でなんとかするロト」って返されるだろうな。

わかってても聞きたいくらい正解がわからない。それで口篭っていたら「キバナさん、キバナさん」と隣のフレンドリィショップのお兄さんがキバナくんを手招きした。

「どうした?」
「あの男ですよ」

コソコソとキバナくんに耳打ちをしてる。お兄さんとはたまに恋バナをする仲だから多分事情を話してくれてるんだと思う。キバナくんが「ああ、あいつが」とチラリとあちらに視線を向けたし。

その後一瞬こちらを見たからとりあえず苦笑いを返せばキバナくんはわたしを安心させるように頭にポンと手を乗せた後、ゆっくりと彼の方に足を進めた。

「ちょっといいか」

急に現れたかと思えば自分を見下ろすガラルで3本の指に入る有名人に彼は驚いていた。

「な、なんですか」
「あー、ここじゃなんだし場所変えさせてほしいんだが」
「すみませんが僕ここに用があるので」

わたしに頭ぽんしてきたのを見ていたからか少しだけ警戒したようにぴしゃりと提案を跳ね除ける彼に対してキバナくんは諭すように、でも有無を言わせないようにはっきりと「あいつが好きならあいつの迷惑になるようなことはやめろ。職場に押しかけんのは男のやることじゃねえよ」と言い放った。

「…ナックルはジムリーダーが人の恋愛事情に口出しするんですか?それはあなたの意見であって彼女の意見じゃないですよね」
「顔見たらわかるだろ。それともアンタはあいつの顔見ても迷惑そうなのがわかんねぇのかよ」
「ッ」

世界で戦ってる190cm超えの男を前にして本人に何かを言える肝の座った男はそうはいない。だから頭に血の上った彼はキバナくんを避けてわたしの元へとズカズカと向かってくる。そして「オレとまだ付き合ってるのに近場で男漁りかよ。どうせたくさんいる女の1人で遊ばれてるだけだろ!」と怒り始めた。

わたしだけじゃなくてキバナくんまで軽んじる言葉に血管が切れる音がした。もともとわたしは気が長い方じゃないから勝手なこの男に我慢の限界が来てしまったのだ。それで頬の一つでも叩いてやろうと思ったのに、それよりも先にキバナくんが彼を自分の方にぐいと引き寄せた。

「好きだっつーならその女を侮辱するようなことを言うんじゃねえ」

先ほどとは違う怒ってことを隠さない声音に空気がピリッとした。わたしだって怒っていたはずなのに、キバナくんの放つ空気に気圧された。

のだけど。

「あと悪いけどオレさまは一途なんでね。ナマエじゃなかったら彼氏に浮気されたって沈んでるとこにつけ込んだりしねぇよ」
「は?」


「……へ?」


急にぶっこまれた設定に思わず固まってしまった。わたしを庇ってくれてるのはわかってる。演技なのもわかってる。わかってるはずなのにみんなと同じように固まる。

時刻はちょうどランチ時。幸か不幸かセンター内に人はあまり多くなかったけどここにいる誰もが急に始まったキバナくんと1人の男とのやりとりに注目してる。そしてもちろんその中にはキバナくんの追っかけの子たちもいるわけで。

そんな中でこの発言。

確かに別れさせてくれるって言ったけど、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。

だってあのトップジムリーダーがわたしなんかに片思いしてるなんてこと、ある?いやない。

でももうここまで来てしまったらやるしかない。そこには触れるのは一旦置いておくとして、わたしも彼に一言ものを申さないと気が済まないし。

「一度裏切られたらもう信じられないから。それによく知りもしない人を悪く言うような人は好きじゃない」
「でも」
「これ以上迷惑かけられないから帰って」

今まで何度か別れ話をした中でも一番キツイ言葉だった。さすがに彼氏も気まずそうにしていたけど、まだでも三年も付き合ってたとか、でも好きだとか、でももう浮気なんてしないとか、「でも」を繰り返す。だけどキバナくんは彼を「そんな好きな女なら最初からオレが付け入る隙与えんじゃねぇよ」の一言でついに黙らせた。

バツが悪そうにそそくさと出ていく男は多分これでわたしの元彼になったんだと思う。良くも悪くもプライドの高い人だったから人前でこんなことになったらもうわたしには近づかないだろう。

よかった。一件落着!



………そう思えるほど現状は芳しくない。しんと静まり返ったセンターにわたしは気まずさ天元突破。視線が痛い。死ぬ。冗談じゃなく死ぬ。

とにかく迷惑かけちゃったキバナくんに謝って、みんなに謝って、そろそろ休憩時間だからちょっと席を外そう。それしかない。

「あ、あの!」
「勝手に話進めて悪かったな」
「え、謝るのはこっちなんだけど」
「場所変えるつもりだったんだけどな。ついカッとなっちまった。マジで悪かった」
「いえ、本当に助かったから。ごめんね」

まさかのキバナくんに謝られる展開になるなんて思わなかった。ちゃんと都合をつけてくれてたのにこんなことになって土下座して謝りたいのはこっちの方。

「いや、本当に、ごめんなさい」
「いや、こんなとこで話す内容じゃなかっただろ」

だから「ごめんなさい」を続けるのだけどこんな感じでキバナくんも謝ってくれるものだからしばらくお互い謝り続ける。でもさすがに続けるわけにはいかない。なんかさらに視線が痛くなってる気がするし。

「本当に、助けてくれてありがとう。巻き込んでごめんなさい」

これで終わればキバナくんはわたしを助けるために片思いなんて嘘をついたってことになる。キバナくんの女避けになるのなんて、この件で助けてもらってキバナくんのことが好きになって告白したらOKしてもらえたとでも言えばいいんだし。

だからあえてそう言ったのに、なぜかキバナくんは口を尖らせた。

「えっと、キバナくん…?」
「ばーか、巻き込まれたかったんだよ。…あー、こんな時に言うのはズルいかもしんねぇけど、マジでオレとのこと考えておいてほしい。返事はいつでもいいから」
「え」
「みんなも。騒がせて悪かったな。そーいうわけだからこれからはオレさまの片思い見守っててくれると助かる」

今日イチの衝撃にずっと胸に抱えていた書類を落とした。それこそ漫画みたいにバサバサーって音を立てて。

「え、あ、わあ!!」

床に広がっていくそれを慌てて拾おうとしたらキバナくんは笑いながら一緒に拾ってくれて、そしてわたしに止めを刺す。

「その反応は脈ありってことでいいか?」
「……お願いだから今日はもう勘弁してもらっていいですか」
「ハハッ」



さっきまで優勢だったキバナくんの片想いはわたしを助けるための嘘説は一瞬にしてひっくり返った。

この男は本当に上手いと思う。わたしをちゃんと別れさせてくれただけでなく、自分が片思いをしているということにしてこの後わたしが彼の彼女になったとしてもファンから陰口を言われないようにしてくれてるんだろう。

いや、でも。

フレンドリィショップのお兄さんが「キバナさん、カッケー」と呟いた。ファンの子達も先ほどまでの陰湿な視線とは違う、あんたを認めないという痛烈なまでの敵意をわたしに向けている。

気まずいのは変わらない。

彼の女避けをするってこういう感情の矢面に立つことなんだって改めてわかった。正直逃げ出したいし、居心地は最低。でもあの日彼の提案に頷いてしまった以上、今日こうして彼氏と別れさせてもらってしまった以上、もう引き下がれない。わたしはもう彼の女避けをするしかないんだって自分に言い聞かせながら、キバナくんの方を見ないようにしながら必死に書類を拾った。それでさっさと休憩行かないと死んでしまう。

いろんな意味で。



◇◇◇



あそこにいた人たちがあの出来事を積極的に拡散したわけではないみたいだけど、人気者のキバナくんの恋愛沙汰はやっぱり回るのが早かった。

最初はキバナ様に片思いしてる人がいるらしいで、次はそれがポケモンセンターのおねえさんらしい。それに彼がずっと片思いしてただとか、一度はフラれてるとか、なぜかありもしない尾鰭がついて広まって、気がついたら久しぶりに会ったダンデさんに

「ようやくキバナの片思いが実ったかと思うとオレとしても嬉しいぜ」

なんて言われる始末。「もし結婚式を挙げるなら呼んでくれよ!」と暴走する元チャンピオンにもうどこからつっこんだらいいかわからなくてわたしは曖昧に笑うしかできなかった。

ちなみにファンの子たちは「さっさと付き合ってさっさと別れろ」って思ってるらしい。確かにキバナくんがわたしみたいなのと続くはずがない。今は片想い中だからのぼせ上がってるけど付き合えば現実が見えてさっさと別れるってことなんだろう。ダンデさんよりもよっぽど正しいとつい頷きそうになってしまった。

でも付き合い始める前にまさかこんな大事になるなんて思ってもみなかったからこうなると逆にどうやって付き合い始めたらいいのかわからない。それでキバナくんに聞くのだけど「お前のタイミングでいいぜ?オレはいつでも大歓迎だけどな」って言われる。

そう言われちゃうと困るんですが。キバナくんが始めた片思い設定なのに。

でも早く女避けしないとキバナくんの仕事に支障が出るかもしれないし、周りからいつまでキバナ様を待たせるんだって圧力もすごいし、結局わたしは思ったよりも早く、キバナくんが堂々と「帰ろうぜ」とわたしを迎えにきてくれた5回目の時に返事をすることに決めた。


「忙しいだろうから迎え無理しなくて大丈夫だよ?」
「オレがやりたくてやってることだから気にすんな。それとも迷惑か?」
「え、そんなことないけど。でもキバナくんの仕事に障ったらやだなって思って」
「昔と違って今は器用だぜ?その辺はうまくやるし、お前と会えた方が仕事頑張れるしよ」
「う゛…」
「どーした?」
「な、なんでもない」

キバナくんの言葉はいちいちクリティカルヒットしてくるから困る。こういうの、彼氏とか両片思いの相手に言われたら嬉しいんだろうな。

キバナくんはいつだってわたしのことが大好きみたいな演技をこの上なく上手にこなす。なのにわたしはド下手で申し訳ないって思う。いや、上手すぎてわたしの心臓が持たないからもう少し自重してほしいけど。

「それで、その」
「どうした?」
「あの、えっと…」

でもだからこそわたしも少しは頑張らないといけない。ちゃんと別れさせてもらったんだし。例え今から告白するのがトップジムリーダーで昔好きだった人で、心臓が口から出そうなくらい緊張しててもちゃんと返事をして付き合わなきゃ。それがわたしの役目だし。

「ん、どうした?」
「その、例の件なんだけど……。よろしくお願いしますって返事してもいいですか」
「それって」
「告白の、返事」
「マジか…!」

その言葉と共にキバナくんは垂れた目尻をもっと下げてひどく嬉しそうに笑いながら、そのままわたしを彼の腕の中に閉じ込めた。

「一生大事にする!」
「え?あ、うん、ふふ、うん」

一生だなんて。そう思ったけど、ぎゅうぎゅうと苦しいくらいにわたしを抱きしめてくるキバナくんがなんだか可愛くて抱きしめられてるってことを忘れてつい笑ってしまった。

ほんと、この人フリがうますぎる。めちゃくちゃ悪い男じゃん。





その日の夜キバナくんはSNSに人気のがおーポーズの写真をあげた。それはジュラルドンやヌメルゴン、彼の大切なパートナーたちと一緒の写真で、いつも簡潔な一言を載せる彼にしては珍しく長文も添えられていた。

『プライベートの話だからあげるか迷ったけど、最近騒がせちまってるから報告させてもらうぜ。自分でも笑うぐらい長い間片思いしてた子と付き合えることになった。めちゃくちゃ嬉しいし、絶対に大事にする。でもだからってオレさまが目指すのはライバルに勝って優勝することに変わりない。これからもオレのパートナーたちと全力でトレーニング続けるから応援よろしく頼む!』

ここ最近キバナくんの片想いネタはいろんなところで取り上げられていたから多分それを終息させるのと、彼女できたからというアピールをファンの子にするための投稿だったんだと思う。

そしてそれを見た友人がこうして「おめでとう!」と言ってくれたのだから、多分これで間違ってなかったんだと思う。

でも、嘘だってわかってるのにまるでキバナくんが本当にわたしにずっと片思いしていたみたいに報告してるのがなんだか苦しかった。だってあの時ずっと片思いしていたのはわたしだった。噂にあるみたいに失恋して、彼を上書きしたなんて強がってるのもわたし。

だからキバナくんの言葉を読んでいるとまるであの頃の無くした恋が10年越しに叶ったみたいな気になってしまうのだ。


もう、ほんと、真実を知ってるわたしがそんなことになってどうする。ただでさえ全部終わった後に別れるのが大変そうだって思ってるのに。

でもまだ大丈夫。だってキバナくんはわたしを好きじゃないって知ってるし、わたしだってそう。

だから、大丈夫。

だから当面は「キバナ様とどこまで行ったの?」とぐいぐい聞いてくる同僚の質問からどう逃げるかと、別れた後にわたしにちゃんと彼氏ができるかについて考えようと思う。







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