運命なんて生ぬるい 裏





Side R

「ナマエちゃんも兄ちゃんのこと好きなの?」
「わたし?わたしは…好きだよ。でも冴くんには内緒ね」
「おれのことは?」
「もちろん大好きだよ」
「へへっおれも」

隣の家に住む大好きなお姉ちゃん。いつもふわふわで、笑顔で、可愛くて、隣にいたい。それなのに、そのお姉ちゃんに違和感を感じるようになったのはいつのことだっただろう。絡みつくような甘ったるい香りがするようになったのは。

その香りをかぐと自分が自分じゃなくなるような、もっとかぎたくて、でもかぎたくない変な感覚がした。俺はなんだかそれが怖かった。

「兄ちゃん」
「なんだ」
「ナマエちゃんって最近なんか甘い匂いしない?」

俺があれあんまり好きくないと口を尖らせると兄ちゃんは少しだけ驚いたような顔をする。

「わかるのか?」
「え?うん。なんか花?みたいなやつ」
「…兄弟だからか」

兄ちゃんは俺には意味のわからない言葉を呟いた後、顔色を変えずに俺に向かって言った。

「それは俺らにしかわからない匂いだから他のやつには言うなよ」
「え?」
「ナマエにもな」
「なんで?」
「それは」

その後兄ちゃんがなんて答えたのかよく覚えてない。でも兄ちゃんがなんと言おうとやっぱりナマエちゃんに会うと自分の知らない自分が暴かれる変な感覚がして、それがどうにも嫌で、だんだんナマエちゃんを避けるようになっていった。そんな俺をナマエちゃんは思春期特有の自分のものを取られたくないという独占欲だと思ったのか「お兄ちゃん取らないから大丈夫だって」と笑う。そんなんじゃないのに、とそれにすらイライラした。

この理由のわからないイライラは兄ちゃんがスペインに行ってしまってから半年後くらいまで続いた。


それから数年の時が経った。その頃には兄ちゃんはスペインで活躍していて、俺は一人噛み合わないサッカーにイライラする毎日。でもなんとかチームの優勝をもぎ取ってようやく兄ちゃんに顔向けできると安堵していた中で受けたバース性検査。俺がアルファだとわかると、校内のベータの女やオメガが今まで以上に俺に擦り寄るようになってきてイラつきはさらに募っていった。それが最高潮になったのは、ベータの女に囲まれた時でも、断れない状況を作り出して告白された時(そうであっても断るけど)でもなくて、たった一人のオメガにごく普通の告白をされた時。

「ずっと好きでした。あの、糸師くんがアルファだって聞いて…私オメガなの。だから」

人気のない校舎裏を一人歩いていたら知らないオメガに話しかけられた。そいつは初めてのヒートが近いのか鼻につく匂いで俺を刺激してくる。

「興味ねぇ」

別に好きな匂いでも何でもないのになぜか体が熱くなって知りもしないオメガを本能的に求めようとする自分への嫌悪で胃がムカムカする。それで必要以上に冷たいトーンで返した。こっちはスペインで活躍する兄ちゃんにおいていかれないように必死で、オメガなんかに構ってる時間はないし、フェロモンなんかに気持ちを左右されるつもりはない。それに俺はもっといい香りを知っている。もっと本能をゆさぶる、抗い難い感覚を引き起こす何か。でもこの時はそれがなんなのか思い出せなかった。

思い出したのはそのすぐ後。クラブに行く最中、久しぶりにあいつに会った時のことだった。大きくなるにつれてちゃん付けで呼ぶのが恥ずかしくなって呼び捨てで呼ぶようになった幼馴染は、今は兄ちゃんの彼女。二人が自分から離れていくようで寂しい気持ちもあったけど、訳もわからぬまま抱いていた嫌悪感はいつのまにか消えていて、今は昔と同じ、とまではいかないが普通には話せるようになった。

「あ、凛だ」
「なんだ」
「その返し。どんどん冴に似てきたね」
「…」
「ふふ、照れてる?顔に出るところは違うね。冴は不機嫌しか顔に出さないから」
「うるせぇ。ガキ扱いするな」
「でも凛はいつまでもわたしの弟だし」
「お前の弟になった覚えはねぇ」
「あー、うん、そうだね」

いつもならここで「寂しいこと言わないでよ!」と怒るこいつが黙るのは珍しいことだった。隣を歩くこいつに目を向けるといつものあたたかい笑顔はなくてどこか遠くの方を見つめている。兄ちゃんとのことを考えてるというのは想像に難くなかった。

兄ちゃんとの関係を父さんたちやナマエの両親に反対されていることは知っていた。理由はこいつがベータだから。別れるように初めて言われてた時は俺はまだ小学生だったから何がダメなのかわからなかったけど、自分がアルファだと診断を受ければ兄ちゃんとナマエが結ばれるのがいかに難しいかよくわかる。身体のつくりがそうなってる。アルファはオメガを求めるし、オメガはアルファを求める。先程自分が好きでもないオメガに反応しそうになったのが何よりの証拠。

でも、それが気にいらない。何が悲しくて人間が感情そっちのけで相手を選ばなきゃなんねぇのか。アルファがベータを好きで何が悪い。ベータがアルファを好きで何がおかしい。どこの馬の骨とも知らないオメガに兄ちゃんを取られるぐらいならずっとこいつの方がいいし、兄ちゃん以外の男がこいつの隣に立っているのを考えると酷く不快になる。

もしこいつの居場所が兄ちゃんの隣じゃないなら、ほかの男に取られるくらいなら、俺が…。

「りーん?」

声をかけられてハッとした。

「…なんだ」
「さっきから話しかけてるのに無視するんだもん。聞いてた?」
「…聞いてねぇ」
「え、ひどい」

なにやってんだ、俺は。

俺は無意識にアルファのフェロモンをナマエに纏わせていて、急いでそれを止めた。それはアルファが自分のオメガにマーキングする行為で、ベータにしても意味のないことだし、増して兄の彼女にすることではない。

「さっさと歩かねぇと置いてく」
「塩対応がすぎる」

兄に対する罪悪感を抱きながらなんでもないふりをして、いつも通り彼女に接する。


でも、その時俺の心臓は痛いくらい鳴っていた。原因は隣から香るほんの少しだけ甘い香り。それは、俺の本能を揺さぶる懐かしい香りだった。







香りは一過性のものだったが、それが昔のようにあいつから強く香るようになったのは兄ちゃん──兄貴が帰ってきて、そしてスペインに戻った後のこと。あの時兄貴と仲違いしてしばらく部屋にこもっていたから久しぶりにあいつに会った時は何が起こったのか全くわからなかった。

その濃い花の香りに自分の喉がぐっと鳴ったのを感じた。でも昔みたいに生理的な拒否感はない。………むしろ。

いや、そんなのあるわけねぇ。

その馬鹿げた考えを投げ捨てて、「凛、ちょっと痩せた?ダメだよ、ちゃんと食べなきゃ」と言う幼馴染の少し痩けた頬を引っ張った。

「いひゃい」
「自分の顔見て言え」
「え?」
「お前のが痩せた」
「ダイエット成功した的な?」
「見えすいた嘘ついてんじゃねぇ。…兄貴のことか」
「…こんな時くらい自分の心配しなよ。でもありがと。冴のこともあるけど、最近ちょっと体調よくなかったからそれでかな。気温差にやられてるのかも」

季節の変わり目はよく風邪ひくから、と無理やりその話題を終わらせようとするナマエに何も言えなくなった。こいつを覆う兄貴のフェロモンがまるで「俺のものに近づくな」と牽制をしている様だったから。

自分が一度こいつに自分のフェロモンを纏わせようとしたのを知られて、それを咎められているような気になったから。


それから一年後、兄貴は親の反対もアルファと一緒になることに不安を抱える自分の愛しい女の憂慮も黙らせて、あいつをスペインに連れて行った。それから俺はブルーロックで兄貴に勝つことだけを考えてサッカーに打ち込んでいたし、あいつも新生活に慣れるのに必死だったから、自然と連絡は途絶えた。再び連絡を取るようになったのは俺がスカウトされたフランスのチームに入ることになったとニュースで見たあいつが俺に連絡をしてきてから。

『フランスなら気軽に会えるね!うちにご飯食べにおいでよ』
「そんな暇ねぇ」
『えー、凛の好きなご飯用意するのに。わたしの料理の腕めちゃくちゃ上がってるから!』
「どうせお茶漬けだろ?そんなん腕関係ねぇ」
『バレた』

電話越しの明るい声を聞いて安堵した。これでいい。幼馴染のお姉ちゃんはいつか本物の姉貴になる。兄貴にはこいつで、こいつには兄貴。ずっとそうだったんだからそれでいい。そう思ってた。それなのに。


「さえが運命の番に会った」


今にも泣き出しそうな声に気がついたら走り出していた。








あの後、迎えにいったホテルのエレベーターを降りた瞬間から香っていたのは頭を溶けさせるあの香りをもっとずっと強くしたもので、部屋番号を見なくてもこれを辿ればあいつがいるとすぐにわかった。鍵のかかっていない部屋の扉を開けたその中に充満しているそれは間違いなくヒート中のオメガのフェロモン。心臓がどくんとひとつ鳴って、そして自分の呼吸が浅くなるのを感じた。

相手が誰だって構わない。このオメガのうなじを噛んで自分のものにしてしまいたい。

───これは、俺のオメガだ。


アルファという獰猛な性は理性なんかでコントロールすることはできないんだとわかった。そのままそのオメガを探すけど、香りはまるで波が引いたかのように去っていって、その部屋の主の元に辿り着いた時には跡形もなく消えていた。

「おい!」

あいつはまるで死んだように床に倒れていた。その姿をみた瞬間に理性が戻った。目元は涙でぐしゃぐしゃに濡れていたものの、呼吸は落ち着いている。

生きてる。

それに安堵したあと、さきほどのあれはなんだったのかナマエを一度ベッドに運びながら考えた。今のこいつはいつもとそこまで変わったようには見えなくて、だからこそワケがわからない。

ナマエはほんの少し甘い香りのするただのベータのはずで、オメガじゃないんだからヒートなんてする訳がない。なら、さっきまでのはなんなのか。

バース性がベータやアルファであったのに後々オメガになった人間を後天性オメガと言うらしい。医学的にも機序がまるで解明されていないその症例はおとぎ話なんかじゃなく実際に発見されてはいるが、世界でも数例しかみられてないという。まさか自分の幼馴染がそんな稀な症例を患ったとでもいうのか。

でもそれからうちに住み始めたこいつはやっぱり今までと変わらなくてしばらく様子をみることにした。兄貴のことで動揺してる中「お前はオメガになったかもしれない」だなんて、確信が持てなきゃ言えなかったから。





「りーん!そろそろ起きないと遅刻するよー」
「………うるせぇ」
「取材あるって言ってなかったっけ」
「…」

それはあいつがうちに住み始めて三ヶ月ほど経った日のことだった。ホラーゲームが止まらなくてシーズン中にはできない夜更かしをしていたから、寝不足で朝の機嫌は最悪。でも確かに今日は取材で、マネージャーからもスポンサー絡みだからいつもより気を引き締めてと言われていたし、仕方なく準備を始めた。

着替えを終えて部屋を出ると暖かい家庭のにおい。長らく一人暮らしをしていたからあいつが来てからの三ヶ月はなんだか懐かしくて、しかも言っていた通り料理の腕は格段に上がっていたから飯はうまい。今朝の飯はなにかと覗きに行くとナマエは俺の口の中に出汁のいい香りのする卵焼きを放り込んできた後、不思議そうに首を傾げた。

「凛香水変えた?」
「香水?」
「それ、冴が付けてたのと似てる。兄弟は香水の好みも似るの?」

人工のキツい匂いは好きじゃないから香水なんざつけた覚えはない。俺の覚えてる限りでは兄貴も同じ。でもこいつが俺に向けて寂しそうに笑ったその瞬間、卵焼きの匂いに隠れていた香りがぶわりと広がって、全身の汗腺がぶわっと開いた。

その香りは間違いなくオメガのヒートの予兆。それでようやく自分の幼馴染がベータからオメガに、たった今変わったのだとわかった。おそらく前回兄貴と別れた後不完全なヒートを起こして、そして今三ヶ月経って完全なヒートが始まろうとしているのだろう。

「…お前、今日は絶対に外に出るな」
「え、なんで?」
「なんでもだ。買い物ももし必要なものがあれば俺が買ってくるし、もし誰か来ても絶対に扉を開けるな」
「なにそれ」
「それと」
「ん?」
「俺は香水なんてしてねぇし、兄貴もしてない」
「え、うそ?でも」

お前が感じてたのは香水じゃない。俺たちのフェロモンだ。でも今そんな悠長な話をしている場合じゃない。これ以上自分が近くにいると自分にとってもこいつにとってもよくない。そして俺は朝食を断る理由も告げずに部屋を出た。


マンションのエレベーターで一階まで降りた後、自分が肩で息をしていることに気がついた。それはあいつに誘発されたラットだった。自分にまとわりつくオメガのフェロモンがまるで「わたしを噛んで」と言っているように感じて思わず唇を噛んだ。戻って、今すぐその白く細いうなじを噛んで、そして自分だけのオメガにしてしまいたい。でもそんなことしたらあいつはどう思う?ずっと弟だと思ってきた俺に、傷つけられたら。それに……。


どれくらいそうしていたのかわからない。自分の中の獰猛な本能が落ち着き始めた頃にはスマホにはマネージャーから何回もの着信が入っていた。

早く仕事を終わらせて、ヒートの抑制剤をもらって帰らねぇと。

すべきことをするためにずんと重たい頭を上げようとしたまさにその時、俺の名を呼ぶ声がした。


「凛」


顔を見なくたってそれが誰かわかる。声と、それからアルファの威圧感で。

「………兄貴」
「ンな顔で出歩くんじゃねぇ」

そう言うと兄貴はポケットから何かを取り出して俺に渡す。

「アルファならそれくらい持っとけ。どこで当てられるかわかんねぇぞ」

アルミとプラスチックで包装されたそれは何度も飲んだことがあるアルファ用の抑制剤。たまたま切らしてただけだと言いたいのに結局そんな余裕もない俺はその白い錠剤をしばらく見つめた後、それをごくりと飲み干した。

連絡してないのに兄貴がここに来たこと、それから俺が誰のフェロモンに当てられたかについて何も言わないこと。それ兄貴は全部知っていたことはすぐにわかったけど、ならなんで。

「兄貴はナマエがオメガになりかかってたこと知ってたんだな」
「当たり前だ。あれは俺のだ」
「じゃあなんで迎えに来ねえ。まさか本当に運命の番とやらにうつつ抜かしてんじゃねぇだろうな」
「バカか?あんなのが運命だったらお前は200回運命に会ってる」

ならなぜ。

もう一度同じ質問に戻ろうとする前に兄貴はその問いに答えた。

「ナマエがお前のとこにいるのもお前があいつを傷つけないこともわかってた」
「…だからって何も連絡しないでいたらあいつがどう思うかぐらいわかんだろ。元気しか取り柄がねぇのに元気のフリもできてなかったんだぞ」
「……それでいい」
「は?」
「あいつもこれでわかっただろ。自分が誰の番か」

それ以上話すことはないと俺の隣を通り過ぎようとして、そしてふと思い直したのか俺の名を呼んだ。

「凛」
「…なんだ」
「よく我慢した。薬効いてから行け」

まるで幼い子供にするように俺の頭に手を乗せる兄貴に、昔の兄ちゃんの姿が重なる。そういや昔あいつからいい香りがすることを尋ねた時兄貴はなんて答えたんだったか。やっぱり思い出せないが、あの時も俺の中に眠る気持ちを咎めることなく“兄ちゃん”として俺に接していた気がする。

兄貴は俺があいつを噛まないことを知っている。



別に兄貴のためじゃねぇ。ナマエと、俺のためだ。

エレベーターに乗り込む兄貴の背中にそう言ってやりたかったのに、俺の脳裏に浮かぶのは小さい頃から見ていた二人の並ぶ姿。兄貴にはあいつで、あいつには兄貴。兄貴に運命の番が現れたと聞いた時、そしてあいつを迎えにいった時ですらそれは揺るがなくて、兄貴は絶対に迎えにくると思っていた。それくらい、小さい頃から兄貴にとってあいつは特別だった。だから俺が入り込む余地がないのはわかってた。


なのになんでこんなに気分がワリィんだよ。クソ神が。



『運命の番?ああ、あれは嘘ですよ嘘。ベータだってお互い生理的に好きな相手とか無理な相手とかあるでしょ?それと同じです。フェロモンの香りが好みかどうか。結局アルファとオメガは発情していればお互いを求めざるをえませんからね。そもそもオメガの数が少なすぎるから、その中で好みのフェロモンをしていたら運命だと思うんでしょうね。もし仮にそれを運命というなら運命の相手は多分世界に5、6人はいるんじゃないでしょうか?

あぁ、でも。少し違うけどこんな話があります。稀に強いアルファ個体は自分のフェロモンをぶつけ続けることで相手を自分だけのオメガにすることができるそうなんです。これはおとぎ話なんかじゃなくてちゃんと科学的にも証明されてることなんですよ。でもそれにはその相手に長時間、継続的に自分のフェロモンを浴びせ続けないといけないんです。すごい執着でしょ?

そう考えると自分で運命を作り出せるアルファはやっぱりすごいし、一人の人間の人生を捻じ曲げるほどの執着には恐怖すら覚えますよね』



これは俺がベータのオメガ化について調べた時に出てきた文献だ。兄貴があいつをオメガにしたのはもう疑いようはない。

でも。

自分だけのオメガにできるって言うんなら、なんで俺にあいつのフェロモンがわかんだ。なんで俺が唯一欲しいと思った香りはあいつからすんだ。

兄貴のオメガを、俺の運命にするんじゃねぇ。





まだ自分が纏う気がおかしくなりそうな甘い香りを肺に吸い込んで、そしてそのままその場にうずくまった。兄貴の言うことなんか聞かずさっさと行ってしまえと思うのに、なぜかその場から動くことができなかった。






Side S



「わたしとさえくんはうんめいのつがいでね、けっこんしてしあわせにくらすの」

当時流行ってたらしいドラマのセリフを運命の番が何かも知らねぇで言ったナマエに、俺は「当たり前だ」と返した。



隣の家に住むあいつと一緒になると決めたのはいつのことだったか覚えていない。ただ漠然と俺はこいつと一生一緒にいるんだろうと思っていたし、自分以外の誰かがあいつに触れるのが許せないくらいあいつは自分のものだと思っていた。

アルファとしての性に目覚めるのが早かった俺は、誰よりも先に隣にいる愛しい女がオメガでないことに気がついていた。それがわかったとき、俺はひどく安心した。

オメガはアルファを誘惑する。ナマエのフェロモンが、自分以外の誰かを。想像しただけで吐き気がする。

だからあいつが別にベータだろうがアルファだろうが、どっちだってよかった。俺の番はあいつだけだし、あいつの番は俺だけ。それだけは変わらない。


でもその俺の執着があいつの身体のつくりを変え始めていた。

ナマエから、むせかえるような花の匂いがする。

それはよくオメガのフェロモンの香りが例えられる言葉だった。

でも今まで会ったどのオメガのフェロモンよりも俺を惑わしてきて、そして俺を落ち着かせた。本能的に、ナマエは俺のオメガになっているんだとわかった。


当時から数えて10年ほど前に騒がれた運命の番の存在を否定する記事を読んだのはその頃だった。センセーショナルなその研究は、アルファを産みやすいというオメガを作り出して国を発展させようと言う一部の者たちにもてはやされたが、すぐに政府によって禁止された。理由は簡単。自然の摂理で生まれてきた人間の性別を、そしてその人間の将来を、他者が安易に歪めていいはずがない。


でも、お前が俺の運命になるなら。


「わたしとさえくんはうんめいのつがいでね、けっこんしてしあわせにくらすの」

その言葉を忘れられずに運命を捻じ曲げた俺をお前はどう思うか知らねぇ。でも「わたしがオメガだったらよかったのに…」なんて言葉で俺との未来を諦めようとするんなら。そんな神なんざクソくらえ。


「よぉ」



神の決めたことを覆す業を背負うことなんて、お前と一緒にいられるなら俺には安すぎんだよ。



「他の男に尻尾振んのは終わったかよ。俺のオメガ」





Title by icca
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