「魔術師推し」のうちわを持ってこっそり観戦に行ったら、塩対応な婚約者がデロ甘になった件について







なんで人間って嘘をつくとすぐにバレるんだろ。わたしの場合は、タイミングも内容もバレ方も本当に最悪すぎてもういっそ笑ってほしい。いや、わたしは全く笑えないけど。

そして嘘がバレた今、目の前にはわたしのことが好きじゃない婚約者。そしてわたしの指には何カラットかもわからない大粒の光る石。

「お前の前ではこのダイヤもかすむな。もっとお前に似合うものを持ってこさせよう」
「…」

「式場はホーエンツォレルン城か、ああ、お前はイタリア贔屓だったな。アマルフィにいい教会があると聞いたことがある」
「……」



ちなみにこれ、12年来形だけの婚約者をしてきた男のセリフである。


いや、どういうこと?



「あのね、ミヒャ」
「なんだ?」
「わたしたち結婚する仲だっけ…?」
「おいおい、何を言ってるんだ。俺たちが結婚するなんてもう10年以上前に決まっていただろう」

そうだけど、そうじゃない。お願いだからわたしの顔見て。今しわしわ電気ネズミの顔してるから。

あえてその顔を見せつけてやればようやくわたしの顔を見たミヒャが固まった。

ようやく気が付いてくれた!?

「そんな可愛い顔をしてどうした。おねだりならベッドの上で聞くぞ」
「…」

ちがう。

ほんと、なんでこんなことになった…。



◇◇◇



ミケランジェロのダビデ像も逃げ出すほどの美貌と新世代11傑に選ばれるほどのサッカーの才能を持つミヒャことミヒャエル・カイザーと婚約をしたのはわたしが10歳の頃。その頃から突出した才能を持っていたミヒャだったけど、所属したクラブがよくなかった。そのクラブのオーナーが自分の息子を活躍させるためにミヒャを冷遇していて、ほとんど試合に出させてもらえなかったらしい。一度ミヒャのゴールを見て心を奪われたフットボール狂いの父はそれを見かねてパトロンになることを申し出て、それを受けたミヒャは父がスポンサーを務めるバスタード・ミュンヘンの下部組織に移籍を決めた。


父はミヒャの話をしているといつも「あの子は間違いなく大物になる!」なんて鼻を鳴らしていたから当時から彼の実力は相当だったんだと思う。実際移籍してすぐに並み居るライバルたちを蹴散らしてエースになったみたいだし。だから遅かれ早かれミヒャに入れ上げる父が彼をわたしの婿にと言い出すだろうと母は思っていたらしいけど、まさかここまで早く言い出すとは思わなくて驚いたと言っていた。でもその時点で何度か父の付き添いで見た試合ですっかり彼の虜になっていたわたしはもちろんその提案に頷いたし、ミヒャの方も承知してわたしたちは晴れて婚約者となった。

それからわたしたちは父の立ち会いのもと何度か顔を合わせた。その時のミヒャと言えばそれはもう天使のように優しくて、
「ナマエ、遠いところからよく来たな。今日はお前のためにゴールを決めてこよう」
なんてちょっと甘いセリフも言ってくれて。元々天使のように綺麗だと思っていた人がキラキラした笑顔をわたしに向けて天使のように優しかったらそんなん好きになるに決まってる。磁石のS極がN極に引かれるくらい当たり前にわたしはミヒャに夢中になっていった。


子供の時は可愛くても大きくなると残念になる人はたくさんいるけど、ミヒャはそんなことなかった。大人になるにつれて美貌は増して、なんなら色気まで出てきてもうわたしは彼にメロメロ。

だから16歳になって仲のいい友人達が彼氏を作って「今日デートなの!」「昨日キスしちゃった!」なんて恋バナを聞けば、わたしも想いを寄せるミヒャとそういう関係になりたいと思うようになるのは当然のことで。

それで父に付き添った練習の見学の後、メンバーの人たちがガヤガヤと話している中でこっそり「今度二人で会わないかな?」と心臓を鳴らしながら聞くと、ミヒャの返事は「ああ、もちろん」。しかも笑顔付き。その時のわたしはそれはそれは舞い上がった。でもミヒャはいつでもわたしに優しかったから、どこかで当然だとも思っていて、このままわたしたちはただの婚約者から彼氏彼女になって、そしてみんなみたいに手を繋いで歩いたり、帰り道でキスをしたり、そんなことをするんだろうなと漠然と思っていた。



ても違った。



デート当日、ミヒャを待たせてはいけないと15分も前についたのに、待ち合わせ場所にはもう彼がいた。待っていてくれたことが嬉しくてわたしは駆け寄りながら「ミヒャ!」と手を振った。だけどミヒャはわたしに気がついてくれなくて、むしろ彼に話しかけている女の子に笑顔で対応していた。それは別によかった。ミヒャのファン対応が悪くないことは知っていたし。

でもそのあとが問題だった。女の子が去ったあとこちらに気がついたミヒャがわたしからふいっと顔を背けたのだ。いつもはわたしを見たら女優も裸足で逃げ出す美しい笑みを浮かべるあのミヒャが。優しい声音でわたしの名前を読んでくれるあのミヒャが。

目、合ったよね?え、なんで?

思わず駆け寄る足を止めた。ひょっとしたら気がついてなかったのかも。一縷の望みを掛けてゆっくりミヒャの元まで近づいて、そして「ごめんね、待たせちゃったかな?」といつも通りを装って聞いたわたしにミヒャは「ああ」とぶっきらぼうな物言い。その後もミヒャはわたしの方を一度も見なくて、返事も「ああ」とか「それでいい」とか一言だけ。

あれ…?いつもの優しくて甘いキラキラしたミヒャはどこに行ったの?もしかして体調でも悪い?

それで心配になって、勇気を出してわたしを見ないミヒャの袖を引いたら。

「あの、ミヒャ、ひょっとして」
「…今は話しかけるな」

…は?なんて?


あまりのショックにその後のことはあんまり覚えてない。とにかく呆然と家に帰って、そしてベッドの上でしばらく呆然としながら今日のできごとがなんだったのか考えた。

わからなかった。

でもなんとかして都合のいい解釈はないかと眠れない夜を過ごしていたら翌日ミヒャから連絡が来た。恐る恐るスマホの画面を見てみると『明日の試合は来れるか?お前が来るのを待ってるぞ』とそこにはいつもの彼らしい優しい言葉。少しだけ緊張しながら翌日の試合に差し入れを持って行けばミヒャは笑顔でわたしを迎え入れてくれて、そしてその日は初めて彼から「今度お前が言ってたケーゼトルテでも食べに行かないか?」と誘われた。父は仲が良くて何よりと頷いたし、わたしもやっぱりこの間のは何かの間違いだったと思って二度目のデートにスキップしながら向かった。

が、しかし。


「ミヒャ、これ美味しいね!」

「やっぱりケーゼトルテは最高!あ、一緒に写真撮ろっ」

「あれ、ミヒャもういいの?」

「…あの、ミヒャ?」


悲しいことに全部無視であった。ケーキ屋さんで向かい合って美味しいケーキを食べるはずが空気は最悪。隣のテーブルの女の子たちから「無理やり付き合わされてんのかな?彼氏かわいそー(笑)」なんて言われたらわたしももう黙るしかない。

あ、あれ?おかしくない?誘ってきたのミヒャだよね…?

そんなデートをあと三回くらい繰り返した頃、ミヒャが試合後にわたしとは似ても似つかない綺麗な女の人(後に女優と知った)と二人きりで仲良さそうに話しているところを見てようやく気がついた。


わたしって、もしかしてミヒャに好かれてない…?

二人になると目も合わないし、なんかつまらなさそうだし…あれ、むしろ嫌われてる?

でも様子が変なのは二人で遊びに行ってる時だけだし。……いや、そういえばお父さんとかチームメイトの前でしかあのキラキラミヒャいないな。

ここまできてようやくわかった。

ミヒャは人前で『良い婚約者』をしてるだけ。つまり、わたしのこと好きじゃない。

それなのに勘違いしてデートに誘って、その最中に手を繋いだりキスをしたりしようなんて勝手に考えてるとかさ……。


え、はっずかしい!!!勝手にあのミヒャに好かれてるとか勘違いして…え、死にたい。穴があったら入りたい…!!


「恥ずかしっ」て叫びながらベットの上をゴロンゴロンして、三半規管が弱いからゴロゴロしすぎて気持ち悪くなってきたら今度はベッドをバシバシとたたいていたらお母さんが「どうしたの!?」って部屋に入ってきた。蝶よ花よと育ててきた娘の奇行にお母さんはだいぶびっくりしていたけど、乱れた髪と息を整えながら「大丈夫…」と返事をして、そして決意した。


身の程をわきまえよう。


お父さんにお金があるから勘違いしてたけど、わたし自身に何か特別なものがあるわけじゃない。綺麗でも、スタイルがいいわけでも、勉強ができるわけでもない。そんなわたしをなんであの容姿端麗、サッカーの天才ミヒャエル・カイザーが好きでいると思った。


うん、死のうかな。


かくしてわたしのミヒャエル・カイザーへの不相応な片想いは終わりを告げたのである。

                 おしまい







でもそれで終わらないのが人生。なぜかわたしはまだミヒャの婚約者をしている。



◇◇◇



ミヒャのことを諦めることにしたけど、別にミヒャのことが嫌いになったわけじゃない。わたしもサッカーは大好きで、もちろんミヒャのファンでもあるからむしろこれからは友人として(ひょっとしたら友人だと名乗るのもおこがましいかもしれない)ミヒャの選手人生を応援していきたいと思っている。

ミヒャがこれまで頑張って婚約者をしようとしてたのは父のスポンサーをやめられると困るから以外に有り得ないから、わたしとミヒャの婚約が無しになってもスポンサーでい続けてもらう約束も既にお父さんに取り付け済み(お父さんはわたしたちが仲良しだと思ってるから笑い飛ばされたけど)。

だからもういつでも婚約をやめられるんだけど、あのミヒャにわたしから婚約破棄するなんて何様すぎてできない。というか、一度それとなく「わたしたちの婚約っていつ解消する?」的なことをラフな感じで聞いてみたらものすごい顔で睨まれた(多分ミヒャのプライドを傷つけた)から、わたしから言い出すことは出来なかった。

それでミヒャからの破棄を待つことにした。ミヒャはわたしに塩対応だし、どうやら本命がいるらしいからきっと破棄はすぐだろうなって思ってた。

のに。

いつまで経ってもミヒャは婚約破棄をしてこない。

なんで!?

そんなとある日、例によって試合の応援に行ったらミヒャが本命らしき女の人と話してるところにバッティングしてしまった。

ちなみに本命がいるのは「ミヒャって好きな人いるの?」って聞いた時、らしくなく顔を少し赤らめて目を背けて、それにおや?と思って追加で「やっぱり結婚は恋愛結婚でなくちゃね!ミヒャもそう思わない?」と尋ねたら、二人で会っている時に初めて「ああ、そうだな」って死ぬほど優しい顔をしてたからいるのが明らかになった。あの顔は好きな人がいないと出来ない。

で、本命とのお時間を邪魔しないようにいつもなら声をかけるミヒャの横を素通りしたらなぜかそのミヒャに手を掴まれて

「俺が見えてなかったのか?お前にそんな態度を取られると流石に堪える」

なんて本命さん(仮)の前でもいい婚約者を演じる。

…あ、ひょっとして婚約者が練習や試合に行くことが本命の女の子を牽制しちゃってる?

それで行くのを控えてみたけど、ミヒャから『最近来ないがどうした?』なんて連絡が来て、なんでわたしの気遣いがわからない!とキレそうになった。

それからも状況は変わらず、気がつけばわたしが22歳、ミヒャが23歳になってもこの形式上の婚約者を続けている。


本当にこれ、いつまで続くんだろ…。わたしだって普通に恋愛してみた………、いや、今恋愛以外に忙しいから別にいいんだけど。



…そして現在。



今のバスタード・ミュンヘンはノアさんとミヒャ中心のチームから、ブルーロックプロジェクトでスカウトされた潔くんも加えた超攻撃型チームへと変わった。プロジェクト中からなにかとぶつかっていた二人だったけど、多分喧嘩するほどなんとやら。わたしには二人が大親友にしか見えない。

そして今日もまた、わたしがミヒャに夕食(良いレストランだとミヒャもちゃんとキラキラミヒャになるので今日は素直に楽しみ)に誘われていたから試合後に差し入れを持って行くと二人は仲良く喧嘩をしていた。

「おいおい、世一。お前はどれだけ俺のことが好きなんだ。相変わらずクソ雑魚だな」
「今日俺にゴール数負けたヤツが吠えんのやめろよ」

二人の喧嘩は長いからしばらく経って声をかけようと待っているとわたしに気がついたミヒャの相棒・ネスくんが2人に割って入る。

「カイザー。世一に構ってる場合じゃないですよ」

そう言ってわたしに視線を向けると、それでようやく気がついたミヒャがわたしを手招きした。

「来てたなら声をかけろ。世一ごときのためにお前を待たせるなんてありえないからな」
「お前が突っかかってきたんだろーが!」

ほんと、仲がいい。

「こんにちは、ミヒャ。潔くん、いつもミヒャと仲良くしてくれてありがとうね」
「え、いや、全く仲良くないですが」
「ミヒャは嫌いな人には構わないタイプだから。ほら、好きの反対は無関心って言うでしょ?」
「そんなこと言うのはナマエさんくらいですよ…」
「ふふっ」

無関心を貫かれてるのはもちろんわたしのことだけど。まぁ少しは友人として仲良くしたいというわたしの希望は日々打ち砕かれてるのでもう気にするまい。

「おいクソ世一。ナマエのことを名前で呼ぶな」
「ミヒャ、わたしが名前で呼んでって言ったの。わたしの苗字長いから」
「本当にお前は天使のように優しいな。でも大切な婚約者がこんなやつに呼ばれてる俺の気持ちもわかってほしいな。お前の名は俺だけが呼んでいい」
「ふふっ天使なのはミヒャでしょ?」

わたしがそう笑顔で返すとミヒャはわたしの髪手ですくって弄び始めた。

相変わらず人前では甘いんだよね。蕩けるような瞳でわたしを見つめられると演技だと分かっていても流石にドキドキしちゃう。演技でこの破壊力とは、本命に対してはいったいどんなことになるんだろう。本命さんは生きてるのかな。

でもわたしもこの演技に触れて約12年。昔は甘いミヒャの演技に固まるどころか息もできなくなってたけど、流石にスルースキルが身についた。

ほんと、成長したと心の中で頷いていたけど、この後のミヒャの言葉にわたしは久しぶりに固まった。


「そういえば一週間後の試合は来れるか?いつもの場所は取ってある」
「………………え?」
「どうした?」


やばい。


一週間後はわたしたちが婚約してちょうど12年の記念日だった。とはいえミヒャはそんなこと覚えてないからだから何?って感じなんだけど。いつもは二つ返事でOKするけど、でもその日だけはどうしても、どう頑張っても無理だった。そこには潔くんやネスくんだけでなく何人もメンバーがいたから大変断りづらいけど、やっぱり無理だった。でもその理由は絶対にミヒャどころかこの中の誰にも知られてはいけない。


しばらく固まっていたわたしはミヒャに名前を呼ばれてようやく息するのを思い出して、そしてそっと彼から視線を逸らした。

「あ、そ、その日はちょっと用事がありまして」
「「「え!?」」」

わたしが断ることはまずない。だからチームのみんなは目が点だし、潔くんはぶっと吹き出していた。

「クソ世一の分際でうるさいですよ」

ミヒャ信奉者のネスくんは潔くんをおもいっきり睨む。当のミヒャはまさか断られると思わなかったのか一瞬二人きりの時のように不機嫌そうな素顔が出てしまっていたけど、すぐに気を取り直したのかいつものように甘く、でもつれない恋人をなじるかのようにわたしのあごをくいっと持ち上げてその端正すぎる顔をわたしに近づけてくる。

「おいおい。婚約者の出る試合よりも大切な用事なんてあるのか?」
「う…本当にごめんね、ミヒャ。次は必ず行くから」
「その用事とやらはなんだ。まさかこの俺より魅力的な男なんているはずないだろ」
「女友達だよ。共通の趣味の友達がいるって前話したでしょ?」
「そんなのいたか?他の女のことなど覚えてないな」
「あ、そう」

本命じゃない女(わたし)のことなんて覚えてないですよね。

「なら一緒に観にこればいいだろう。その女も招待してやろう」
「うーん、でも」
「この前はバスタード・ミュンヘンのファンだとかいってただろ」

覚えてるの?覚えてないの?どっちなの?まぁわたしの知り合いにバスタード・ミュンヘンのファンじゃない子いないけど。

「いや、そうなんだけどね。友達5人もいるし、もう色々と予定立てちゃってて…」

本当にごめんねっと顔の前で手を合わせてわたしよりもずっと背の高いミヒャを見上げると、ミヒャは一瞬その顔から表情がなくなった。

やっば。怒ってる。婚約者としての義務果たせって感じだよね。いやでも来週は…来週だけは…!!

「ミヒャ本当にごめんね。代わりにミヒャの言うことなんでも聞くから!」
「…」

やっぱり怒ってるミヒャのフォローをさすがのネスくんが「まあミョウジさんにも用事がある日くらいありますから」と入れてくれてミヒャも怒りを飲み込んだのかわたしのあごからようやく手を離して頬を撫でる。

「テレビでもいいから俺の活躍を見ろ。お前が見ているのといないのでは気持ちの入りようが違う」

それだけ見れば自分の活躍を婚約者に見てもらいたかったかわいい男にしか見えない。なんだかんだ言ってミヒャのことは応援してるし、嫌いになりきれないのでわたしは渾身の笑みを浮かべて「もちろん!ミヒャの活躍楽しみにしてるね!」と頷いた。



っていうかその試合、観に行くし。







それにしても久しぶりに会った推しがたいへんかわいいくて息があんまり出来なかった。あれ、なんか潔くんと足蹴り合ってる。なんで?あ、やだこっち見た!!無理無理!推しと目なんて合わせられないから違う方向いとこ。




◇◇◇



『ゴール!!』

周りはミヒャのゴールに沸いている中、わたしと友人たちはそのゴールの前のアシストに沸いていた。

「きゃーーー!!見た!?今のパス!!さいっこう!!」
「本当に!!やっぱりバスタード・ミュンヘンにはアレク様がいないとっ!!」

首には『NESS』と書かれたタオル、そして手には今日のために用意した『魔術師一生推し』といううちわ。周りのサポーターに邪魔にならないように胸の辺りに持っていたんだけど、この瞬間だけは無礼講。ついぴょんぴょん飛び跳ねてみんなで喜びを分かち合った。

今日はアレクシス・ネスの誕生日。ネス同好会の友人たちと試合を観戦して、その後は今日のネスくんの活躍について語りながらお祝いするという名の飲み会をする予定。

そう、わたしはネスくんがバスタード・ミュンヘンに入ってきたときからネスくんの大ファンなのだ。

初めはかわいいなって思っただけだった。可愛らしい顔に卓越したボール捌き。ミヒャとの完璧なコミュニケーション。まぁなんていいMFが入ってきたの!とニコニコして見ていたら、普通にお口が悪い。でもミヒャの前では子犬のようになる。ギャップがたまらなかった。しかも勉強もできてたまに教えてくれた。

知れば知るほどかわいい…。

え、かわいいな…。

…。(語彙力喪失)

そして気がついたらこんなことになっていた。ちなみに『推し』はミヒャがブルーロックプロジェクトに参加することになったとき、一度わたしも日本に行ったことがあってその時に知った。ちょっと気になって調べてみたらこれこそわたしがネスくんに抱いていた感情だと知って、それからは推し活にまい進している。

でも勘違いしないで欲しいのは男性として好きなわけではない。彼とどうにかなろうなんて浅ましい感情は一切持ってない。ネスくんはわたしの中でアイドル。偶像。つまり、やはり推しである。

それからはこっそりとネスくんのタオルを首にかけて、もしもの時のために変装して試合を見に行っていた。するとそこで気の合うネス仲間に会って、すぐに意気投合した。ネスくんのファンは同担拒否が多いからこの仲間は貴重だし、ミヒャエル・カイザーの婚約者という重圧から解放されて自由にネス愛を叫べる友人といるのは心地がよかった。そして推しの誕生日の今日はみんなではじめてうちわを作って試合を見にきたと言うわけだ。これは試合のスケジュールが出た段階から決まっていた予定で、わたしとしてもみんなで騒げるこの日はぜっっったいに逃せなかった。



「わたしの周りみんなカイザー推しだから同担で騒げるの楽しすぎ!」
「わかるー!顔もかわいいし、ちょっとだけ毒舌なところもいいよねっ!あと何よりカイザー以外にみんな等しく厳しいところがいい!」←ちなみにこれがわたし
「あるある、そういうところ!でも本当にこの日を楽しみに生きてきたからちゃんとみんなで集まれてよかった!」
「わたしもわたしも!急な予定入りそうだったけどなんとかリスケした」
「わたしなんて今日残業入るのが嫌すぎて風邪って休んだわよ」
「え、すご」

みんなの今日の気合いの入れようにうんうんと頷いていれば、「ナマエちゃんもやばかったとか言ってたけど大丈夫だった?」と聞かれた。

「多分大丈夫!」
「何があったの?」
「あー、実は婚約者に今日誘われてて」
「え、婚約者いるの!?それ大丈夫?」
「ちょっと怒ってたけど後で挽回するし、そのうち解消される婚約だから」
「え、なにそれ!?」
「あ、そんなことよりモニター!ネスくん映ってる!!」


『カイザー選手2点目!カイザーインパクトにディフェンダーは反応すらできず!』
『いやー、さすがでしたね。それにカイザー選手までつなぐネス選手!魔術師の名は伊達ではありません!』

「さっきのリプレイで流れるって!!」
「やだっ最高じゃん!!」

この時のわたし、完全に浮かれてて『一生魔術師推し』のうちわを振って「ネスくん好き」って叫んでた。


それが大画面に抜かれてることも知らずに。


しかも点が入った興奮でつい変装用のマスクを外してたから残りの変装は帽子だけ。実質変装してないようなもの。

隣の友人にモニターに映っていることを指摘されてやばっ!っとすぐにうちわで顔を隠したけど、そのあとワイプで抜かれたネスくんが「は?」って顔をしてるのが見えた。


あ 、 死 ん だ


わたしのイメージが…。推しに良く思われようってめちゃくちゃお嬢様演じてたのに!!っていうか推し(知り合い)に推してるって知られるの死にたいんだが?


でもそれよりも怖いものがある。もちろん婚約者のミヒャエル・カイザー。いや、ミヒャはきっとモニターなんて見てない。それにわたしがネスくんを推してたところで怒ったりしな……


なわけなかった。ネスくんの後に映ったそのときのミヒャの表情といったら。もう無どころか絶対零度でした。


いや超怒ってるーーー!!!!!


そりゃそうだよね!ミヒャが必死にいい婚約者演じてたのにその婚約者がこんなんじゃね!!

というわけでその日わたしの死が決まったのだった。

どうしよう。逃げていい?



◆◆◆



「おい、ネス。見てみろよ」

さぁ今から試合が始まるというタイミングでチームメイトの一人に話しかけられた。

「…なんですか。試合に集中してください」
「まーそう言わず。ほら、あそこ」

しつこく食い下がる同僚に仕方なく顎で示された方向を見てみれば『魔術師LOVE』だの『ネス最高』だの自分を褒める意味のわからないうちわが並んでいる。

「なんですか、あれ」
「なんか日本で流行ってる文化らしいぞ。今日お前の誕生日だしな。日本に行ってたのに知らないのか?」
「知らないですよ、そんなの。興味ないですし」
「いやでも、あれ見てみろよ。『魔術師一生推し』のうちわの子。めちゃくちゃ可愛くねぇ?マスクして帽子かぶってるけどあれは外せば絶対イイ女」

ほんとくだらない。そんなことしてカイザーの今期の無敗記録に傷でもつけたらどうする。

ため息をついて「そんなくだらないこと考えてる暇があるならカイザーの役に立ってください」と嫌味を言って試合に備えた。

もしこの時にちゃんと相手を見てればあんなことにはならなかった、かもしれない。




事件は後半戦残り11分、カイザーの2点目のゴールの時に起こった。

今日は僕の誕生日だったからか例の僕を推し?てる女がカメラに抜かれた。それがさっきチームメイトが言っていた女で、そいつはたしかに女を見る目は確かだからふとモニターを見たら

「は?」

久しぶりに心の底から何が起こってるのか訳がわからなくて宇宙を背負った。そしてすぐに気を取り直してカイザーを見れば……。

それ以上は僕の口からは言えない。

だって言えるわけないじゃないか。僕の敬愛するカイザーが……本命童貞だなんて。





僕のカイザーは完全無欠。
僕のカイザーは眉目秀麗。
僕のカイザーは絶対無二。

でもそのカイザーが唯一壊れる時がある。それが彼女関連。

「なぁネス」
「なんですか、カイザー」
「お前は女と二人で話す時何を考えてる」
「女と二人の時話す時、ですか?」

カイザーにそう聞かれたとき、この皇帝が何を聞いているのかわからなかった。ファンや、どうしてもサービスしなくてはいけない相手に対する態度も完璧だし。いつもは一言でカイザーの言いたいことがわかるのに、さっぱりわからなかった。

「カイザーが一番知ってるでしょう。この間だって鬱陶しいスポンサーの女を笑顔でいなしていたし」
「んなどうでもいい相手のことじゃない」

ということは婚約者のナマエさん…?でも彼女は名ばかりの婚約者のはず。表面上仲睦まじく見えるけど、いつもカイザーを見てる僕にはあれがカイザーの演技だとすぐにわかる。ということは別の女…。

「それもカイザーが一番知ってますよね。よく女優やモデルと仲良さそうに話してますし」

僕がそう言えばカイザーはため息をついた。

「わかってないな、お前は」
「す、すみません!」
「その辺の女優やモデルなんかよりも美しく俺に似合う女がいるだろ?」

…いたか?そんな女。

僕が答えあぐねていればカイザーは少し侮蔑混じりで鼻で笑った。

「まぁいい。ナマエの良さをお前にわかられても困るしな」

…エッ!?あの形だけの婚約者のこと!?

「ナマエ以上に可愛い女は世の中にはいない」

恍惚とした瞳でナマエさんについて語り始めるカイザーに、正直死ぬほど驚いたけど、それは置いておいてやっぱりカイザーの質問の意図がわからなかった。だってカイザーの彼女への対応は完璧だし。いや、僕にわかるくらい演技っぽくはあるけど。

それからしばらく彼女の容姿から始まって、性格、声と長い賛辞が続いて、それが終わってようやく僕の疑問は解決した。

「それで、天使と二人きりになったときに俺の口が開かないのはどういうことかわかるか?」


僕のカイザーが、僕のカイザーが、



本命童貞だった。



いつもはあんなにもかっこいいカイザーが女一人でこんなことに…。この時の僕の心情、誰かわかってほしい。いやでも僕は魔術師ネス。バスタード・ミュンヘンの心臓。

僕がカイザーを支えずしてなんとする!


「カイザー!目を見て話すのが無理なら顎あたりを見ましょう。面接では直接目を見るよりもそっちの方が好印象らしいですよ」

「えっナマエさんが学校の勉強がいっぱいいっぱいで試合を見にきてくれない!?僕が教えます!そう言って呼んでください」

「人前でなら会話ができるなら良いレストランに行きましょう!それならなんとかなります!!」

「婚約破棄の話が出た!?カイザー、ナマエさんは人間です!触れても大丈夫なのでそろそろ手くらい繋がないと他の男に取られてしまうかもしれませんよ!」


こうして僕は頑張った。本命童貞のかっこよくないカイザーなんて見たくないから頑張った。

最近はめざといクソ世一もなんとなくカイザーの本命童貞に気付きつつあるからその牽制という仕事まで増えたけどでも泣き言言わずに頑張った。

なのに。


「カイザー、あれは違いますからね!!何かの間違いです!!彼女は僕のことなんて」
「ネス」
「は、はい?」
「お前の言う通り俺が間違っていた。ナマエは人間で、そして昔からずっと俺のものだ。だから俺が好きにしても構わないよな」
「…はい」
「ところでネス」
「はい?」
「俺の二つ名は魔術師だったか?」
「………はい」



ほら壊れた!!本命童貞はちょっとしたことで壊れるし、ヤンデレ化するんですからね!!

ああ、もう。僕のカイザーが…。




「じゃあさっさととどめをさすぞ」
「……!はい!」
「GO ネス」
「はいっ!」


前言撤回。僕のカイザーは本命童貞でもかっこいい。



◇◇◇



試合の後、別に連絡は来なかった。わたしに気がついてなかったのかもしれないし、気がついててもわたしのことなんてどうでもよかったのかもしれない。

とにかく連絡がこなかったわけだし、それなら楽しい時間をみんなで過ごしたい。というわけでわたしはそのまま友人とネスくんの誕生日を祝うアフターに向かった。


そしたら…


「クソお邪魔します」


飲み会開始20分。みんなでワインを飲みながら今日の試合を振り返って、みんなで「アレクシス・ネス♪」なんて陽気にうちわをブンブン振り回している最中のことだった。


個室のドアが開かれると、そこにはハイブランドの服に身を包み、毛先に青を入れたブロンドの髪を靡かせた男が立っていた。

全員固まった。

「え。うそ…か、カイザー様!?」
「なんでっ」

は………?

「おいおい、おいたをしてるのはどこの誰だ?」

ミヒャは驚きすぎて言葉の出ないわたしの前まで来て、わたしを見下ろす。

「一時の気の迷いにしても俺をフッておいてここにいるなんて許せることではないぞ」

この時のミヒャは笑ってたけど、目の奥がまるで笑ってなくて、この視線だけで死ぬかと思うくらい体が震えた。

「フる?」
「どういうこと?」
「え、もしかしてナマエちゃんの婚約者って…」

友人達が事態を察し始めたけど、未だ固まって動けないわたしの代わりにミヒャが説明した。

「悪いがナマエは俺の女だ。少しの気の迷いでこんなところにいるだけだから連れ返させてもらう」
「「「は!?」」」

そしてミヒャはバカみたいにうちわを持って立ち尽くしていたわたしをあろうことがお姫様抱っこをしてその場から連れ去った。ちなみにうちわはその辺にぽいって捨てられた。

ねぇ、これ、どういうことだと思う?







お店の中をお姫様抱っこで出ていくのは死ぬほど恥ずかしかった。しばらく呆然としていたからお姫様抱っこをされていることに気がついたのがもう店の真ん中あたり。その頃にはもうみんなの視線をほしいままにしていたからわたしはミヒャに自然と抱きついて自分をその視線から守った。

「すぐ着くからそのまま掴まっていろ」

ミヒャは先ほどよりも少しだけ機嫌が治ったのか優しい声音でそう言って店を後にした。道の前に停まっていた車にわたしを乗せるとミヒャは無言で車を走らせる。

しばらくわたしたちは無言だった。ほんの少しだけミヒャが笑っているように見えなくもないけど、どう考えたって怒ってるに決まってる。形式上とはいえ婚約者がネス推しのうちわ持って試合を見に来てるとか…。しかも誘われてたの断ってたのチームメイトのみんなは見てたわけだし。

これはジャパニーズで言うところの切腹もの。

しばらくしてミヒャが車を停めたのがわかると、わたしは意を決してミヒャに謝った。

「ごめん、わたし…」
「何を謝っている」
「え、あの、ミヒャの誘い断ったのに試合に来てて…。しかもネスくんの応援してたし…」
「ああ、そんなことか。そんなことは気にしてない」
「え、気にしてないの?」
「俺の妻としてチームメイトを応援するのは悪くないことだしな」

……妻?

…………妻??


「…妻?」

心の中だけでは押し止められなかったからついに声に出た。

「ああ、気が早かったな。でもすぐにそうなるから問題ない」
「…んん?」
「でも」
「え」
「ネス好き、だったか?」
「……」
「あれはいただけない。その言葉は俺だけのものだ」

わたしの顎を痛いくらいに持って、その端正な顔を近づけてくるから私たちの唇は触れそうなくらい近い。普段なら心臓がどきどきしてしまいそうな距離だけど、今は急にわたしに向けられたミヒャの視線が先ほどと同じように怖くて嫌な意味で心臓が鳴る。

わたしが声を出せずに口をぱくぱくさせているとミヒャはわたしの顎を掴んだ手をぱっと離して、そういえば、と急におどけた調子にかわる。

「なんでも俺の言うことを聞くと言ってたな」
「え…?」

言った。確かに言ったけど…。

今日のミヒャの様子がいつもと違いすぎて素直に頷けない。でもそんなわたしをよそに、ミヒャはまるでわたしたちが仲睦まじいカップルであるようににっこりと笑ってこう言った。

「今日は俺たちの婚約12年目の記念日だからな。ホテルをとってある」



な ん だ っ て ?




◆◆◆



この俺が好きな女ごときに何話したらいいかわからなくなる日がくるなんて思わないだろうが。



小さい時から容姿が優れ、サッカーの才能もある俺は当然のようにまわりからちやほやされていた。でも当然それを面白くないと思う人間もいて、当時8歳の俺はチームで冷遇されていた。そこから救ってくれたのが今のスポンサーでナマエの父親。正直このクソチームから抜け出せるならなんでもいいと思ってその男について行ったし、それから3年して出たその娘とやらとの婚約も別にいつでも破談にすればいいと適当に受けたのは間違いない。でも初めて会ってその姿を見た時、固まった。好ましい見た目に、耳障りのいい声に生まれて初めて心臓が高鳴った。でもこの俺が女に一目惚れなんてするはずがない。だからこの時はまあこの女ならしばらく婚約者として隣にいてもいいか、というくらいだった。

とにかく初めの頃はこの女に嫌われて契約が切られてはたまらないと機嫌を取るつもりで「今日はお前のためにゴールを決めてこよう」なんて歯の浮くセリフを次から次へと言っていた。ナマエも満更じゃなさそうだったから、このまま俺のことを好きにさせれば使えると思っていた。

たしか16歳になった頃だったか。国民的女優に誘われて、断るのもなんだし女というものへの興味もあったからそこで童貞は捨てたが、正直こんなもんかと思っていた。そう思いながらもあの女ならどう鳴くのかとかヤッてる最中に考えてたんだからもうこの辺りから多分本当は好きだったんだとは思う。



それからしばらくしてあいつが顔を真っ赤にして俺を誘ってきたから、まあそろそろこいつとも体の関係くらいあってもいいのかと思って頷いた。どんな顔するかも気になっていた。

女との待ち合わせで自分が早く行ったことなんてないのになぜか早く行っていた時点で気がつくべきだった。なんかいつもの自分と違うと。

待っている間にファンに話しかけられた。俺は俺のことを正当に評価する人間が好きだし、見てくれを褒められるのも嫌いじゃない。とりあえず適当に愛想を振りまいていると俺の名が呼ばれた。

「ミヒャ!」


は?

クソかわいいな。


俺のためにおしゃれをして、俺のために走って駆け寄るこの女が俺には世界で一番可愛く見えた。

そして戸惑った。

今まで二人の時何を話していた?

見上げてくる顔は直視できないくらいかわいかったか?

触られるとこんなにも自分のものにしたい気持ちが抑えられなかったか? 

すべてが一瞬にしてわからなくなった。


それからというもの、人前ならなんとか体裁は取り繕えるのに二人きりになるとどうもままならない。ふとナマエの顔を見れば顔が緩むから、手で口元を押さえるか顔を見ないのがデフォ。少しでも触れると欲望のまま抱いて壊してしまいそうだから、触れない。

は?女なんて誰だって一緒だろうが。クソ意味がわからない。

まだ初恋を認めない俺は、他の女と遊んで憂さ晴らしをしようかと思ったがどうでも良すぎて愛想笑いする気すら起きない。それどころか俺を無視して通り過ぎるあいつを自分から呼び止める始末。そこまできてようやく俺はこれが初恋なのだと認めた。

でも認めたからってどうにかなるものでもない。結局俺の態度は変わらないままこの日を迎えた。

『魔術師一生推し』のうちわを振って「ネスくん好き」と言うナマエを見た瞬間、自分の中に生まれた衝動に驚いた。

誰かに取られるくらいなら俺が壊す。

ナマエは俺の婚約者で俺がずっと守ってきた。そのナマエが俺以外の男のところに行って勝手に汚れるくらいなら。

やはり俺が壊しても問題ないな。



◇◇◇



「このホテルのバーは前にお前も気に入っていたな」
「う、うん」

覚えてたんだ。正直ミヒャが何も話してくれなかったから居た堪れなくてバーをお酒を飲みながら「このバー素敵だね」ってポツポツ呟いただけだったような気もするけど。

いや、でもそれよりも。

二人っきりなのにミヒャが甘いんですが!?

どうしたの!?

今はそのバーがあるホテルの最上階。いわゆるスイートルームのベッドの上でなぜかわたしはミヒャの膝の上に乗せられている。そしてわたしの頬を撫でたり髪を弄んでいる。

え、誰?これ、誰?

そしてミヒャは困惑するわたしにさらに追い打ちをかける。

「部屋は二泊分とってあるから明日の夜にでも行くか」


な ん だ っ て ?


え、二日も泊まるの!?わたしたちこのホテルで一体何をするの!?


「あとは、そうだな、指輪でも買いに行くか。そろそろ本格的に進めないとお前をどこぞの誰かに取られてしまうかもしれないしな」

そう言ってわたしの瞼に唇を落とす。

進めるって…もしかして結婚の話してます?

え…どうしよう…ミヒャ、もしかしてわたしと結婚するって思ってるの!?え!!でもわたしと結婚しなくてもお父さんの会社のスポンサー契約は切れないし…。

あれ、わたし、もしかしてこの話、ミヒャにしてない?

…そういえばミヒャと二人っきりのときは会話がないからしてなかった。

なんてこった。いや、でもまだ色々未遂だからなんとかなる。

「心配しなくてもわたしと結婚しなくたってお父さんのスポンサーはなくならないよ?」
「ハッ、何を言ってるんだ?」
「だって契約切られるかもしれないから心配でわたしと結婚しようとしてるんでしょ?」

ミヒャはわたしの言葉に黙った。多分図星なんだろう。

「そこは大丈夫!お父さんはそんなことで契約切ったりしないから!ミヒャの一番のファンはお父さんだよ!」

わたしがそう力強く言えば、ミヒャはマリンブルーの瞳を細めた。

「そこは可愛く一番はわたしと言って欲しかったところだが、それはまぁそのうち言わせるからいい。今までの俺の態度が悪かったしな。でもお前は勘違いをしている」
「ん?」
「俺はお前の父親の契約などどちらでもいい。俺のスポンサーになりたがる人間など腐るほどいる」


な ん だ っ て ?


「え!?じゃあなんで結婚するの!?ミヒャ、わたしのこと好きじゃないでしょ!?」

ミヒャは一瞬止まって、そして今度は薄く笑みを浮かべた後、わたしの頭を引き寄せて、そしてわたしの唇を奪った。

「……へ?」
「愛している。愛しすぎて触れるのがクソ怖いと思うくらいにな」
「え、え?」
「さすがにお前が別の男の名を呼んでいるときは嫉妬で頭がどうにかなるかと思ったが」

何が起こっているのか理解できなかった。でも

「これでお前は俺のものだ」

という言葉とともにミヒャにトンっと体を押されてベッドに押し倒されてはじめてことの重大さがわかった。

「み、ミヒャ?」

ミヒャは天使も裸足で逃げ出すほどの綺麗な笑みを浮かべて一言。

「いいね、その顔。クソゾクゾクする」



◇◇◇



次の日目が覚めたらもうお昼前で、ミヒャはそれはそれは優しく丁寧に労ってくれた。甲斐甲斐しすぎて怖いくらい。っていうか、昨日からミヒャが怖い。でもとりあえずわたしは死亡寸前だった。

ようやく動けるようになるとミヒャはわたしをミュンヘンで一番高名なジュエリーショップに引っ張って行って、本当に指輪を作り始める。

もうどうしたら良いのかわからない。


なんだかミヒャが怖くてあれから聞けてなかったけど、でもこのまま結婚なんてありえない。だから指輪を作り終えて機嫌の良さそうなミヒャにわたしはついに聞いた。

「あの、一個聞きたいんだけど」
「どうした?」
「なんでずっと二人になると態度悪かったの…?」

わたしの質問にミヒャが固まる。

「だってミヒャがあまりに冷たいから嫌われてるって勘違いしてて…わたしミヒャのこと諦めたんだよ?だから聞く権利はあると思う」
「……」
「それがわかるまでは流石に結婚に頷けない」

言った!わたしちゃんと言った!

偉い!と自分で自分を褒めてみたけど、返事は一向にない。それで何も言わないミヒャの顔を覗き込めばその白い頬はかぁっと赤くなっていて、すぐに顔を背けながら手で顔を押さえた。

あれ、そういえばこういうこと、よくやってたな…。

なんかまるで恥ずかしがってるみたい…。


……え?


ええ?


え、え、まさか…?


「ねぇ、ミヒャ。まさか好きな子相手にどういう態度とったらいいかわからなかったとか言わないよね」
「…」
「え、ミヒャ…?」
「………」

もう一度顔を覗き込めばミヒャは「初恋なんだからしかたないだろう」とぷいっとそっぽを向いた。なんと耳まで赤い。

わたしごときに拗らせすぎだし、仕方ないの域超えてるでしょ!そう言いたいけどこんなミヒャ見たことない。あの超エゴイストで俺様な皇帝がこんなんだなんて…。

「ミヒャって」
「…」
「かわいいんだね……」

わたしの一言にミヒャが叫んだ。

「お前が俺を本気にさせたんだぞ。お前も俺なしで生きていけなくなるまでどろどろに甘やかしてやるからクソ覚悟しろ」


顔を真っ赤にしながらそんなこと言われても…!!昨日のヤンデレミヒャはどこに!?

でもまさかの恋愛下手なミヒャがあまりに可愛くてきゅんとしてしまったわたしは安易に

「よろしくお願いします」

って頷いてた。








無事正式な婚約者になったけど、デロ甘になったミヒャはあまりに重すぎてクソ大変だった。

会うたびに甘く「お前に会えない時間は永遠に感じるな」なんて言うのは前からあったからいいとして、それに加えて瞼にキス、その後はわたしを人目のないところに連れて行って口づけをした後わたしのとけた顔を見て「お前のこの顔が見られるのが俺だけだと思うとクソ興奮する」なんて言われるとキュンを通り越して心臓がもたない。

なのにその裏ではわたしのスマホに勝手にGPSアプリをいれるし、最近では友達と会うのについてくるし、連絡はすぐ返さないと怒ってくる。自由な時間はなくて、まだ22のわたしはたいへん不満だ。

でもその不満を爆発させたら『アレクシス・ネス襲来事件』や『潔世一暗殺未遂事件』なんかが起こってさらに大変なことになったからもう言わないし、もう逃げられないことはわかってるからわたしはこのミヒャを受け入れようと思う。

というか、多分わたしはかわいいに弱いから最後は「ミヒャってかわいいね」で許しちゃうんだよね。今後が心配。





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