この後本気になった豹馬に完全に落とされたし、わたしの苗字は千切になった






「あ、千切くんだ」

わたしが働く羅古捨実業高校からの帰り道。一緒になった先輩が本屋の店先に並ぶサッカー雑誌に目を向けてそう呟いた。

「表紙かー。買おうかな」
「先輩ってファンでしたっけ?」
「こんな可愛い顔してサッカー選手とかみんな好きだよね。あと前うちの学校来たじゃん?本物見るとやっぱりファンになる」
「あー、ですよね」

先輩が雑誌を手に取った。わたしも買おうかと悩んで手を伸ばしかけたけど、先輩の一言でその手はぴたりと止まった。

「でも彼女持ちってだけでどうもガチファンになれないんだよね。別にリアコってわけじゃないんだけど、なんか気にならない?」
「彼女持ち……?」
「前千切くんがうちの学校来たとき右手の薬指に指輪してるの見ちゃってさぁ。ちょっとショックだった」

最初は理解できなくて、でも少しして意味がわかると胸の奥がさーっと冷えていった。

「そうなんですか…」
「すぐ外してたから多分内緒なんだと思うけど。でも顔は好きなんだよね」

先輩は「どうしよう」と言いながらも結局は買うことに決めたらしく雑誌を持ってレジへと向かった。

それを平静を装って見送ったわたしは雑誌の表紙で自慢のスピードで相手をぶち抜いている男のセフレで、もう三年もこのわがままな男に報われない片思いをしている。




◇◇◇




わたしが千切豹馬と再会したのは、羅古捨実業に彼が『未来を諦めない』という演目(だったと思うけど正確なタイトルは忘れちゃった)で母校スピーチをしにやってきた日のことだった。

わたしたちは高校の同級生だったけど、彼は日本で知らない人はいないくらい有名なサッカー選手になっていたから、彼が華々しく教師陣に迎え入れられて「こちらこそよろしくお願いします」と男もドキッとするような綺麗な笑みを返した時も、全てが終わってうちの教頭が恐れ多くも彼を打ち上げの飲み会に誘った時も、なんならその飲み会の最中でさえ、わたしは彼に話しかける気は全くなかった。話しかけて「ごめん、誰」なんて言われたらやっぱり悲しいし。

実際向こうも話しかけてくる様子はなかったから、二つ向こうのテーブルでたくさんの人に囲まれている彼を見て、ああ、わたしの同級生ほんとすごいひとなんだなぁなんて、肉眼で見ているはずなのにテレビ越しで見ているような感覚だった。

だから、帰り道にわたしを追いかけてきた彼に名前を呼ばれた時はめちゃくちゃ驚いた。

「覚えてたんだ…」

心の底から出た一言が思わず漏れると、それを聞いた千切くんがその整った顔を歪める。

「俺は結構仲良いと思ってたんだけど」
「あ、ごめん」
「え、それ俺の勘違いだったってこと?」
「違う違う。千切くんはもうテレビの向こうの人だと思ってたから話しかけていいかわからなくて」

わたしの言葉に千切くんは「友達甲斐ねー」と口を尖らせたけど、わたしと千切くんが関わったのは彼が足を怪我してリハビリをしていた間だけだったから、まさかそんな風に言ってもらえるなんて思わなくてまた驚かされた。

彼は病院に行くまでの30分をいつも図書室で潰していた。当時図書委員をしていたわたしがおせっかいで彼の取れない本を取ったことから関係は始まって、彼が読む本がわたしの好みに似てたから本の貸出をする時にわたしが「このシリーズ面白いですよね」と話しかけて少しだけ話すようになって、彼がサッカー部に復帰する前は何度かお互いのおすすめの小説を交換した。

そのあとしばらくは色々ごたついていたらしいけど、少ししてテレビで放映されるようなプロジェクトの強化指定選手に選ばれて瞬く間にまた学校の人気者に戻った。だからあの一瞬関わっただけのわたしのことなんて覚えてないと思ってたけど、薄情だったのはわたしの方らしい。


そういえばあの頃千切くんのことちょっと気になってたっけ。あんなにかっこいい人と話す機会なんて他になかったし、あの頃ジブリの耳をすませばにハマってたから、同じ本を借りる男の子にちょっとドキドキしちゃってたし。

懐かしいなぁ、なんて思いながら憧れてた人を真正面から見つめると、あの頃よりもずっと男の人らしくなっていて、でもその美貌はむしろ凄みを増している。一見相反しそうなのにこの人はそれを両立させるからすごい。きっと今でもモテてるんだろうなぁ。わたしは友達と言われたばかりなのにやっぱりどこか芸能人を見るような気持ちが捨てきれなかった。


「それで元気してた?」
「うん。千切くんは?」
「見ての通り。てかまさかうちの高校で教師してるとか思わなかったから驚いた」
「先生できるならどこでもよかったんだけど、希望できるならやっぱり母校かなって思って。ちなみに国語の先生やってます」
「それは聞かなくてもわかる。本の虫って自分で言ってたくらいだし」
「ふふっほんとよく覚えてるね」
「最近も本読んでんの?」
「うん。千切くんは?そんな時間ない?」
「いや、休みの日とかはよく読んでる」
「へぇ。もしかして英語とかで読んでたりするの?」
「まさか。日常会話もまだ怪しいくらい。読んでるのは日本から持ってったやつとか送ってもらったやつ。つーかこれから暇?よかったらおすすめとかまた聞きたいんだけど」

あんま最近面白いの出会えてなくてと苦笑いする彼におすすめしたい本がたくさん頭に浮かんで二つ返事でOKをした。次の日朝イチでペットショップに預けていた愛猫のお迎えがあるから二次会に参加せずに帰ろうと思ったのに頷いてしまったのは、あの千切くんに友達って言ってもらえたことに多少、いや、かなり浮かれてたからだと思う。



千切くんの行きつけというバーは駅前から一本裏に入ったこじんまりとしたお店で、わたしの家からもそう遠くないところにあった。

「こんなとこにバーなんてあったんだ。全然知らなかった」
「見た目店っぽくないよな。俺も二、三年前に見つけたんだけど、人あんまいなくて落ち着けるし結構いいよ」

よかったら使ってと一言を添えながら重たいドアを押す彼に次いで中に入るとマスターが静かに「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。お客さんは二人で、恋人同士なのか肩を寄せ合って話しているから今入ってきたわたしたち、というか千切くんが誰かなんて気にも止めてないようだった。

お酒に詳しくないわたしはマスターにおすすめの甘めのお酒をお願いして、千切くんはわたしの知らないお酒を頼んだ。それで乾杯してお酒もそこそこに
「千切くんは最近どんな本読んだの?」
と話したくてうずうずしてた本の話題を出すと千切くんは頬杖をつきながらぷはっと破顔した。

「な、なんか変だった?」
「変わってねぇなって思って。相変わらず本の話になると早口になる」
「えっうそっ知らなかった…。直そ」
「いや、そういうとこいいと思うけど。最近読んだのは…」

いいと思うけど。

その言葉に心臓が跳ねた。千切くんが他意なく言ったのは分かってるけど、やっぱりかっこいい人に言われると無駄にドキドキしてしまってよくない。あとこの距離の近さもよくない。カップル向けに作られているのかわたしたちの座るシートは距離が近くてわたしたちの膝と膝はどうしても軽く触れ合ってしまう。憧れてた人とこんな距離で話すことなんてなかったし、一生ないと思ってたからそれもわたしをさらに浮かれさせた一因だった。



しばらくおすすめの本を話し合って、そのあとは彼の住む海外の話に素敵な好敵手の話。どれも楽しくて時間はあっという間に過ぎていって、気がつけばバーテンダーさんの向こうに見える壁掛け時計の短針は12を超えていた。

そろそろ帰らなきゃとグラスに残るアルコールを煽るペースを早めていると、千切くんからの視線を感じた。どうしたのと聞こうと思ったけど、頬杖をついてわたしを見つめる目がなんだか熱い気がして思わず目を逸らすと、グラスを持たない左手に熱が触れた。それは千切くんの右手で、最初は触れるだけだったのに次は指先をなぞって、最後には指を甘く絡めとられた。

「千切くん…あ、あの」
「ん?」
「て、てが…」
「うん。帰したくねぇなって思った」

へ?

なに、これ。なんの冗談?わたし、口説かれてるの?千切くんに?

そんなことあるわけない。そうは思うけど千切くんの赤みがかった瞳は真っ直ぐわたしを見つめていてとても冗談には思えない。

「あ、の…」
「彼氏いる?」

はっきり言って千切くんと過ごしたこの二時間弱はとんでもなく楽しくて、もっと一緒にいたいと思うのはわたしも同じだった。もし彼がフリーで、もし彼が有名人じゃなかったら尻尾を振って頷いてたと思う。でもおそらくそのどちらも違う。こんな人に相手がいないわけないし、彼は世界で活躍するストライカー。わかっているのに彼によく映える赤色の髪を耳にかける彼があまりにかっこよくて、安易に頷いてしまいそうになる。

「今はいない、けど…。でも千切くんは彼女いるでしょ」

なけなしの理性で聞けば彼は「んなのいねぇよ。そんな暇なかったし」と答えた。酔っ払った頭はそっか、それなら一夜くらい、だってもう二度とこんなことないわけだし、と簡単に結論づけた。

そういう経験が乏しいわたしはどう言えばいいのかわからなくて、グラスを置いて少しだけ身体を彼の方に向けた。すると千切くんはそれだけであっさりと答えを見抜いてわたしの手を取った。


彼の泊まるホテルはそのバーの目と鼻の先で、わたしたちはそのままホテルのエレベーターに乗りこんだ。無言でわたしの隣に立つ千切くんが今どんな顔をしているのか気になってその横顔を盗み見ると向こうもこちらを見ていてぱちりと目が合う。熱を孕む瞳が細められると心臓がぎゅって掴まれたみたいに痛くなって思わずまだ絡められたままの手を握り返すと、千切くんはその手を引いてわたしの唇にキスをひとつ落とした。

「あんま煽んな。我慢できなくなるから」

その一言でわたしが煽られた。この人はこうやって女をその気にさせるんだなって思った。彼の思い通りに完全にその気になってしまったわたしはもう一度彼の手を、今度は自分の意思で握った。







目が覚めて眼前に広がる見慣れない天井に少しは後悔とかあるかと思ったけど、そんな気持ちが全く芽生えなかったのはもちろん相手が千切くんだからだ。千切くんは最初から最後まで優しかったし(途中からあんまり覚えてないけど)、正直めちゃくちゃ上手だったし、目の前にある顔はひたすらかっこよくて、むしろ昨日は今まで生きてきた中で一番幸せな夜だったなんて思うくらいだった。

もう少し浸りたい気もするけど、そろそろ準備しないと猫のお迎えに間に合わない。千切くんを起こさないよう重たい体をベッドからそっと起こすと隣から「はよ」と声がかけられた。

どうやら彼は先に目覚めていたみたいで、寝転がったまま、でもぱっちりと大きな目を開いてわたしを見ている。

「千切くん…」

恥ずかしさから布団を掻き寄せて体を隠しながらそう言うと、千切くんはムスッとした顔をわたしに向けた。

「昨日は名前で呼んでたじゃん」
「え…」
「呼ばないなら思い出させてやろっか?」

もし千切くんのファンが聞いたら卒倒しそうな一言に、昨日から彼への気持ちが再燃しかけていたわたしの心臓もばくばくと鳴る。でもワンナイトは所詮ワンナイト。履き違えちゃいけないと「じゃあ豹馬?」って軽く流したら彼は「ん」と頷いて代わりにわたしの名前を呼んだ。

その瞬間、あー、これ以上ここにいたら深みにハマるなって気がついた。

「わたしそろそろ帰らなきゃ」

慌ててベッドから降りると豹馬はまるで名残惜しいみたいにわたしの手を引く。

「早くね?」
「うん。ペット預けてるから迎えに行かなきゃ」
「何飼ってんの?」
「猫」
「へー、俺猫好き。どんなの?」

離された手で服を手繰り寄せて着替えようとしたけど、豹馬はマイペースに会話を続けてくる。

「あの、着替えたいから向こう向いててほしいんだけど」
「もう全部見てるから今更」
「や、それとこれとは話がちがうから!」
「やだ」

やだ!?やだってなに。わたしだってやだよ。

昨日と違って優しくない豹馬は結局言ってもやめてくれなくて、仕方なく服を持っていそいそと浴室に向かった。でもわたしの手からストッキングやなんやらがポロポロとすり抜けていって、慌てて拾いに戻るとまだわたしを見てた豹馬にぷはっと噴き出すように笑われてしまった。わたしがこんな間抜けな姿晒してるのは見てくるあなたのせいでしょ!って怒りたくなった。

そのあと豹馬はわたしをペットショップまで送ってくれたけど、別れ際はワンナイトらしくあっさりしてて「それじゃ」の一言。少し寂しい気もしたけど、これならすぐに日常に戻れる。無駄に優しくされてたらこうはいかないから、さすが彼はそういうのを心得てると思った。


ちなみに迎えに行ったうちの黒猫は臍を曲げていて、出会った頃みたいにわたしの指を噛んだり、わたしに知らない匂いがついているのを嫌がって仕切りに匂いを嗅いではネコパンチを繰り出した。猫らしく俺様気質で自分が一番じゃないと気が済まないたちだから、一晩あずれられたのも気に入らなかったのかもしれない。

「クロ、ごめんね。わたしにはクロだけだから!」
「シャー!!!」
「うう…ごめんて」

毛を逆立てるクロにこれは長期戦になりそうだと覚悟して、自分のアパートへ戻った。お風呂に入ってクロの好きな匂いのボディクリームを塗れば少し機嫌が直って、特別な時にしかあげないおやつで釣ればわたしの膝に乗ってその艶やかな毛を撫でさせてくれた。それからクロの気の向くまま相手をしていたら眠る頃にはいつもは違う部屋で寝るのにわたしのベッドに乗ってきたから、思ったよりも早くご機嫌は戻ったらしい。そしてその頃にはもう昨日の夜のことはわたしの中でいい夢に変わっていた。


それなのに翌日、バーで交換した使うはずのないアドレスから『この後お前んち行って良い?』と連絡が来たときは、素で「マジで?」って声が出た。

『猫会ってみたいんだけど。あとかりんとうまんじゅう好き?うまいのあるから持ってく』

ああ。猫ね?なんだ。

…なんだって何?いや、期待とかしてないから。

あんなに怒っていたのに「かりんとうまんじゅうだってさ。どうする?」と聞けば現金なクロは「にゃあ」とむしろ早く呼べと言わんばかりの様子。そう言われるとわたしには断る理由が見つからない。

『いいよ。かりんとうまんじゅう大好き』

するとわたしの一言に、とんでもない言葉が返ってきた。

『歯ブラシとかある?ないなら買ってから行く』

……へ!?うそだぁ。

しばらく考えたけど、どう見てもこれはそういうお誘いで、わたしはもう一度「……マジで?」って声が出た。

『泊まりはちょっと。明日学校だし』

さすがにもう一回はない。絶対沼る。わかってたから断ったのに、電話がかかってきて拗ねたように『会いたくねぇの?』ってあのいい声で言われてしまうとなんだか豹馬に本気で求められてる気になって、気がついたら頷いてた。わたしめちゃくちゃ簡単な女じゃん。




それから豹馬は鹿児島にいる間、何度かうちにやってきた。目的はうちにいる猫のような気がしなくもなかったけど(わたしがいない間にクロにめちゃくちゃ話しかけてる豹馬を見た時は可愛すぎて死ぬかと思った)、話が合うから会話をすると楽しくて、でもお互い何も話さずに本を読んでる時間も苦じゃなくて、そして夜には今まで知らなかった快楽に溶かされる。そんな心地いい時間が一日、二日と続けば自ずとわたしは豹馬が来るのを心待ちにするようになって、彼が帰るころにはすっかり千切豹馬の沼に足の指先から頭のてっぺんまで浸かっていた。

わたしが豹馬と再会したのはたったの二週間前。たったそれだけの期間なのにもう彼を知る前の自分には戻れないことがわかって、豹馬が海外に戻ってしまったあとは少しだけ泣いた。うそ、結構泣いた。







『何してんの?』
『クロが甘えただからずっと撫でてる。手疲れたよ』
『いいじゃん。場所変わりてー』

会えないからきっと忘れられるって思ったのに、豹馬はよくこうして連絡をしてきた。まるで彼女に送るかのような文面に加えて最後には必ず『おすすめの本送って』だの、『クロの写真送って』だの、わたしに何かを求める一言が付いていて、最初のうちはそれに結構腹が立った。

一度、いや、五回くらい寝たけど、それだけのセフレにどれだけわがまま言うのこの男!さっさと忘れさせろ!!

何度そう送ろうと思ったかわからない。連絡が来てもスルーしようって思ったこともある。でも結局しばらくするとスマホに手が伸びて返信をしてしまうのだ。そしてわたしのラインが既読になって返事が来るのを忠犬のように待っている自分がいて、ほんとバカじゃんって思う。豹馬からの連絡に一喜一憂してるわたしを見て、クロはなんだか呆れてるようだった。



サッカーのシーズンが始まると、ニュースのスポーツコーナーでは毎日のように海外で活躍する選手の名前が聞こえてくる。豹馬は今年調子がいいみたいで頻繁に名前が上がるからどうにも気になって「サッカーとか全く見ない」って言ったくせに豹馬の活躍見たさに海外サッカーの試合が見れる動画配信サイトに登録した。

彼が点を決めると飛び上がって喜んで、チームが勝てば嬉しくなってクロとかりんとうまんじゅうで祝杯をあげた。それで調子に乗って『おめでと!』なんて送ろうとしたこともあったけど、テレビの向こうでインタビューを受けてる姿を見るとやっぱり住む世界が違う人だと気持ちが落ち着いて、わたしから連絡するのは違うなとメッセージの内容を全て消した。

彼からの連絡は試合が始まってからは減ったけど、それでも定期的にはあった。あれ送ってだの、このテレビ見たいから録画しといてだの、あいかわらずのわがままぶりだったけど、結局そのわがままが離れ難くする要因の一つで、一周回って「もう、わたしがいないとダメじゃん」とか思っちゃってた。あの二週間以降、会ってもないのにわたしをこんなにバカにする豹馬はものすごいダメ女リアコ製造機なんだと思う。絶対わたしみたいになってる女は沢山いる。





気がつくと豹馬と出会ってもう季節は一巡りしていた。

オフに入った豹馬から『鹿児島帰ってきたら行っていい?』って連絡がきたときはまた会えるんだってベッドの上で転がるほど喜んで、そのあと部屋の掃除をしてかりんとうまんじゅうを買いに行った。他の用事も済ませて帰るとボロアパートに不釣り合いなイケメンがわたしの部屋の前に立っていて、脇には大きなスーツケース。そしてそのイケメンはわたしに気がつくと手にしていたスマホをポケットに入れながら「おかえり」と言う。

明らかに空港から直行してきましたって感じの豹馬にわたしは思わず「は?」って声が出た。わたしに一番に会いにきたみたいに見えるからやめてほしい。ほんとリアコ製造機じゃん。

豹馬はそんなわたしの態度に不満げな顔を隠しもしないから、とりあえず「ただいま。おかえり?」って言ってみたら豹馬はとびきりの笑顔で「ただいま」と答えた。その瞬間わたしの心臓はきゅんを通り越してぎゅんってなったから、もうわたし、豹馬のことめちゃくちゃ好きじゃんって死にたくなった。もちろんそれはめちゃくちゃ辛い恋の始まりだった。







「豹馬ってわがままって言われることない?」

豹馬は当初わたしが抱いていたイメージと違う男だった。見た目の可愛らしさとは違って洗濯物は放置するし、他にやるべきことがあっても自分がやりたいことを優先するし、セフレに髪乾かしてとドライヤーを渡してくる。結構ダメなところが多い。

でもそんなダメなところが彼を身近に感じさせて、こうして実際に会うと彼が世界に名を馳せる人だということを忘れてしまう。だから気がついたら本人にこんなことも言えるくらいわたしは彼に気を許してしまっていた。

わたしの言葉を聞いて豹馬はその可愛い顔をきょとんとさせた。

「まあなくはねぇけど。気分屋とか?」
「あー、なるほど」

それもしっくりくる。わたしが髪を乾かしてあげた後、足のケアをしてたから邪魔しちゃ悪いと思ってクロと遊んでたのに、そうしたらわたしからクロを奪う。それならと本を読み始めたのに今度はわたしを膝に乗せて「最初から読む」。でなぜか今は彼に押し倒されてる。ほんとに気まぐれというかマイペースというか…うん、やっぱりわがままでいいと思う。でも本人に言わせれば

「でも納得はしてない。別に普通だろ」

らしい。

「少なくとも猫くらい気まぐれだとは思うよ」

わたしの言葉に喜とも怒とも取れる表情を浮かべた豹馬に首を傾げると、その彼の顔が近づいてきてわたしのおでことおでこがぴたっとくっつけられた。

「つーか今俺に押し倒されてんのわかってる?」
「うん」
「随分余裕じゃん」

うっ。顔がいい…声がいい…わたしと同じ匂いしてる…やばい。

当然余裕なんてあるわけもなく。でもわたしはすっかり育ってしまった恋心を悟られたくなくて必死に何でもないふりをした。

「そんなことないけど」

わたしがそう言うやいなや豹馬は縛っていた髪をぱさりと解いて、「けど、何?」と目を細める。その色気に無事やられたわたしは思わず心臓を抑えた。

「むしろいつもいっぱいいっぱいだから手加減して」

するとまるで猫が獲物を狙う時のように豹馬の瞳孔がきゅっと開いた。

「ばーか。そんなの手加減すんなって言ってるのと同じだろ」

その日豹馬に噛まれた首のあとはしばらく消えなくて結構困った。


高校の時の彼は今よりもずっとツンケンしてて、女子の誘いもばっさり断る人だった。だからこんなふうにされるとわたしひょっとして彼女になれたりして、なんて期待してしまうのも仕方のないことだと思う。何度か「わたしたちってこのまま付き合うのかな?」って聞きそうになったくらい。

でもなぜかいつもそういうタイミングで豹馬の熱愛報道が出たり、女の人と電話してるところにでくわして、やっぱりないよねって現実を見せつけられた。その度に無駄に傷ついて、でも豹馬のことを簡単には諦められなくて、それで一緒にいると優しくてわがままな豹馬にまた期待する。この三年間はずっとその繰り返しだった。

わたしも気がついたらもう27歳。仲のいい友達はもう何人も結婚してて「結婚なんていいもんじゃないよー。自由な時間ないし」って言う。結婚どころかセフレに沼ってるわたしは「大変だね」って返しながらも結婚について語れることが羨ましかった。ほんともうそろそろどうにかしなきゃって思ってた。







「前千切くんがうちの学校来たとき右手の薬指に指輪してるの見ちゃってさぁ。ちょっとショックだった」

先輩からその話を聞いたのはそんな頃だった。それを聞いてわたしはちょっとどころかかなりショックだった。その頃豹馬からの連絡が減ってたから余計にメンタルに来たって言うのもある。

セフレのくせにショックを受けるのはお門違いだけど、やっぱり辛くて、豹馬の愛情を当たり前にもらえる彼女が羨ましくて、そして彼女いないって言ったじゃんって豹馬にムカついた。でもまだどこかで見間違いかもって信じてて、豹馬から連絡が来ると浮かれて都合のいい女になって、そして目が覚めると泣く。抜け出せないこのスパイラルはまるで麻薬みたいだなって思ってた。

そしてまだ抜けられないわたしは「来週一時帰国することになったんだけど東京来れねえ?」って呼ばれると結局豹馬の元に行くことに決めてしまうのだ。


言われたのは東京の有名なホテルのスイートで、一般人のわたしではとても泊まれるようなとこじゃなかった。部屋を訪ねるとトレーニング後だったのか汗だくの豹馬に「よっ」と迎えられて、その笑顔を見るとなんだか涙が出てきてそれを悟られないように抱きついた。

「めずらしいじゃん、甘えてくんの」
「…たまには。だめ?」
「ダメなわけねぇし。でも今汚ねぇしちょっとシャワー浴びてくるわ。適当に待ってて」
「うん」
「一緒に入る?」
「もうっ早く入ってきて!」
「ははっ」

豹馬の背中を押して浴室に追いやる頃には流石に落ち着いて、ようやく部屋に目が向けられた。めちゃくちゃ広くて素敵な部屋のはずなのに、せっかくのキングサイズのベッドに豹馬の荷物がとっ散らかっている。

ほんと、こういうとこ放っておけなくなる。そう思ってとりあえず床に落ちたかたっぽの靴下を拾い上げて、何気なく棚の上に視線を向けた。するとそこには彼がいつも付けてる腕時計に並んでシンプルなシルバーの指輪が一つ置いてあった。どう見てもペアリングに見えるそれは久しぶりに彼に会えて浮かれてたわたしの気持ちを萎えさせるのに十分だった。


やっぱりいるんじゃん、彼女…。


その後なんとも言えない気持ちで夜を過ごして、翌朝豹馬がわたしを起こさないように静かにベッドから降りて部屋から出て行くまで、本当は起きていたけど寝ているふりをした。事前に11時のチェックアウトまでゆっくりしていいと言われてたからわたしはそれまでその無駄に広い部屋で泣いて、そして豹馬とさよならすることを決めた。



◇◇◇



「それじゃかんぱーい!」
「「カンパーイ!」」


豹馬と関係を持つようになってから、豹馬のオフのタイミングは予定をいつも空けていた。でももうそんな必要もないから一昨日は親友に失恋ソング縛りカラオケに付き合ってもらったし、昨日は自分磨きで美容院とエステに行って、今日は高校の同窓会。

気軽に安く騒ぎたい連中ばっかりだからお店は駅前の大手の大衆居酒屋。なんだかんだで同窓会は年一くらいで開かれてるし、大抵見慣れた顔ぶれだからそこまで話す近況もなくて話題は自然と今やスーパースターになった同級生の話題へと移った。

「千切くん、今じゃ世界で活躍するストライカーだもんね。そんな人と同級生とかすごくない?うちら」
「だよなー。怪我した時は正直終わったって思ったけどな」
「つーか千切って女子アナとかと付き合ってんのかな?なんか多いじゃんそういうの」

その話題に入れないわたしは手持ち無沙汰でこっそりとスマホを手に取った。するとラインに未読のメッセージが2件。そういえばしばらく確認してなかったことを思い出して開いてみればそれは豹馬からのものだった。

『空港着いたんだけど、そのままそっち行っていい?』

『多分10時には着く』

「え?」

思わず声が出た。こう言う連絡は急なことが多いけど、今日はいつもに増して急だった。時刻を確認するともう22:15。え、もう過ぎてるじゃん。

どうしよう。

でもわたしはもう都合のいい女はやめるって決めたし。今日は断ろう。そう思ってラインを打ち始めると、また新着のメッセージが入った。

『今どこいる?』

もちろん豹馬からだった。今日は無理だと送ろうと思っていたのに、今彼がこのラインを見てるなら、最後に一度だけ無理を言ってみようか、なんて思いが湧いてきた。さんざんわがままを聞いてきたんだから、最後に一度だけ、わがままを言いたくなったのだ。

『今飲み会中だから迎えに来て』

これで終わってもいいって思って送ったけど、実際に既読がついても全然来ない返信にわたしは自嘲するように笑った。

返事なんて来るワケないか。

「飲み物頼むけど他誰か頼むやついる?」
「はーい」

お酒に逃げるじゃないけど、今日は飲んで全部を忘れたかった。

「おっ飲むじゃん」
「今日は飲みたい気分なんだよね」
「なら付き合うわ」

そう言ってくれた元クラスメイトと一緒にメニューを覗き込んでお酒を決めて、運ばれてきたグラスを二人で乾杯する。完全にから元気だったけど、お互い地元にいるから話もそれなりに盛り上がった。多分わたしにはこういう地に足のついた関係がいいんだよなって思い込んで、心の奥底にある気持ちを封じ込めようとしていた。


次のお酒でも頼もうかな。店員さんを呼ぼうとしたら、店内が先ほどよりもザワザワとしていることに気がついた。みんなも気がついたみたいでその騒ぎの元に目を向けると、その中心で目立つ髪色が揺れた。



うそ。



心臓が止まるかと思った。見違えるわけがないその姿は先程終わったと思った豹馬のものだった。急な有名人の登場に同級生たちは一時騒然となった。ミーハーな女の子はきゃあきゃあ叫んでたし、お調子者の男子も「サインもらうか!」なんて言ってたけど、わたしはなんで、どうして、と言う気持ちでそのどれにも反応できずただ呆然と彼を見つめていた。

「あれ、千切じゃん!マジで!?」
「おっす」
「んだよ。誘った時はこっち帰ってくんの明日だから行けねえっつってたのによぉ」

わたしがようやく動けたのはその会話が聞こえて来た時だった。

なんだ。男子側から連絡行ってたのか。びっくりした。ひょっとして本当に迎えに来たのかも、なんて思っちゃったじゃん。

「わりぃ。マジで明日の予定だったんだけど早まった」
「ちょうどよかったじゃん!こっちこいよ!」

知らないふりしなきゃ。多分豹馬も気まずいだろうし。そう思って先ほどから話している隣の男の人に目を向けると

「いや、今日はこいつ迎えに来ただけだからすぐ帰るわ。また今度誘って」

と豹馬がこちらに近づいてきてわたしの手を掴んだ。

「ほら。行くぞ」
「えっ!!」
「「えっ!?」」

豹馬のまさかすぎる行動にわたしだけじゃなくてみんなも目が点になっている。

「いやなんでお前が驚いてんだよ。お前が迎えにこいっつったんじゃん」
「えっ!!」

そうだけど。そうだけど!まさかこんな風にセフレを迎えにくる男がいる?

呆然とするわたしに周りは
「え!マジで!?お前ら付き合ってんの!?」
なんて盛り上がり始める。

その質問、今一番してほしくなかった。いたたまれなさで死にそうになっていると豹馬はいつまでも立ち上がらないわたしを無理やり立たせて

「まあ。でもこいつ一般人だしここだけの話にしといて。それじゃ俺らはここで」

とわたしの荷物を持って歩きはじめた。


…は?


展開についていけないわたしは何も言わない豹馬の後ろをただついていくしかできなくて、後ろからひゅーひゅーなんて今どき言うやついるの?みたいな冷やかしの声だけが耳に残った。



◇◆◇



今までも何度かもしかして、と思ったことはあったけど、その度打ち砕かれてきたからもう期待したくない。あの指輪のことも、よく女の人と電話をしてることも、連絡が減ってたことも、なにも解決してない。なのにどうしたって期待してしまうわたしはバカなのかな。

でも、だって、この人は人前でリスクのあるあんな嘘は言わない。わたしは覚悟を決めて豹馬の名を呼んだ。

「何?」
「怒ってる?」

先程から無言で進む彼の背中にそう声をかけるとようやく足を止めた豹馬がわたしを振り返った。

「怒ってる」
「わたしがわがまま言ったから?」
「それって迎えに来いっていたやつ?それならむしろ嬉しかったけど」

嬉しいんだ。わたしがわがまま言うの。わがままな男がわがまま言われて喜ぶとか、もうそれだけで泣きそうだった。

「じゃあなんで怒ってるの?」

わたしの言葉に豹馬は一つ大きなため息をついた。

「彼女が別の男と楽しそうにしてるの見て喜ぶやついねぇから」

その瞬間自分の目からぶわって涙が溢れてくるのを感じた。それは全く止まる気配がなくて、すぐに豹馬にも気づかれた。

「は?え、どうした?」
「聞いても、いい……?豹馬がよく電話してる女の人って誰?」
「電話?姉ちゃんかな。多分。よくかかってくるけど」
「じゃあ、指輪、してるよね?シルバーのリング」
「女避けにしてるけど…マジでどうした?」
「最近っ、連絡なかったのどうして?」
「…今シーズン結構かけてたからあんま余裕なかった。ワリィ」

つーかお前から連絡してこいって。いっつも俺からじゃん。

豹馬はそう付け足して口を尖らせたあと、わたしの涙を細い、でもちゃんとごつごつした男の人の指で拭った。

「で、何で泣いてんのか聞いていい?別れるとかは聞かねぇけど、それ以外ならなんでもする」

その指が、豹馬の瞳が、あまりに優しくて、なんでわたしは今までこれに気が付かなかったんだろうって思った。

「………豹馬って、わたしのこと、好きなの…?」
「……は?」
「わたしっ、ずっと、豹馬のセフレだと思ってて…。好きとかバレちゃダメって思ってて…っ」

「…はぁ!?」

嗚咽混じりにそう言えば豹馬は見たこともない顔で動揺した後、「ほんと、マジか」と顔を歪めた。

「お前から連絡なかったのってセフレだと思ってたから…?」

わたしがコクリと頷くと「最悪」と眉間に皺を寄せた。

「…さいあく?」
「あの日ちゃん言わなかった自分死ねって思ってる」

豹馬はバツが悪そうに、でも優しい瞳でわたしを見下ろした。

「お前のこと、セフレとか思ってないから。セフレのためにわざわざ鹿児島まで来ない。正直そんな暇じゃねぇし、セフレだったらもっと簡単に会える女にしてる。別にいらないけど」
「うん…わたしも疑ったことはあったよ。でも…付き合おうとかなかったし。豹馬は有名人で、いっぱい綺麗な人も知ってるし…。勝手に彼女とか思ってたら迷惑な女だからって思って…」
「それは、ごめん。あんまそういうの得意じゃないっつーか、勝手にわかってるって思ってた。でも、別に好きでもなんでもない女ならわざわざ用事作って連絡しない。お前ぜんっぜん連絡してこねぇから用事考えんの結構大変だったんだけど」
「え…」
「つーか、なんか最近ちょっと変だと思ってたけど、もしかして俺と離れようとか考えてた?」
「……うん。指輪見て、彼女いるって思っちゃって…」
「東京で会った時だよな?あんとき隠すの忘れてたし。ちゃんと言ってペアリングとか買ってもよかったんだけど、高校でお前見つけた時急いで指輪外したのバレんの恥ずくて言えなかった」
「なんで外したの?」

純粋にその理由がわからなくて聞くと、豹馬はわたしから視線を逸らしてまるで照れてるみたいに口元を手で隠した。

「高校ンときからいいなって思ってた女がいたら女避けの指輪なんて外すに決まってんじゃん」

へ…?

わざわざわたしのために連絡を作ってくれてたとか、ペアリング買ってもいいって思ってくれてたとか。さっきからいっぱいいっぱいだったのに、もう頭がパンクしそう。

だって、高校の時わたしなんてただのモブみたいなものだったのに。忘れられてるって思ってたくらいだったのに。

「お前のこと、ずっと好きだったよ。サッカー忙しいから告るとかは考えてなかったけど。でもブルーロックに行ってる時も、プロになっても、思い出す女はずっとお前だけだった。もし次会えたら彼氏いても奪うって思ってたから、いないって聞いて浮かれて色々順番間違えた」

うそだぁ。

豹馬からの気持ちを聞いてもう何度も心の中で思ってたことをまた呟いた。豹馬の言葉にどうやら涙腺がバカになったみたいで、わたしの涙は止まる気配なく流れていく。

「もうお前のこと手放せないって思ってるくらい好きなんだけどさ。お前は違う?俺と離れてもいいって思ってる?」

そんなの思ってない。だってずっとずっと好きだったもん。

でも嗚咽が止まなくて答えられないわたしはなんとか「思ってない」と首を振った。わたしの答えを見た豹馬はこわばった顔を少し緩めて今度は指じゃなくて自分の袖でぐいぐいとわたしの涙を拭いた。それが結構痛くてようやく波がスッと引いていく。

「い、痛いよ…っ」
「ん。ごめん。でもかわいー顔が台無しだからもう泣くなって」
「かわいい…?」
「かわいい。どんな女よりナマエが一番かわいいって思ってる」
「…っ」
「俺の名前呼ぶとちょっと顔赤くするとこもかわいいし、恥ずかしがってる時顔隠すのもかわいい」
「…ちょっ何で急にそんなこと言うの!?今までそういうのなかったじゃん」
「言葉にすんの苦手だけどそれで逃げられるとか無理だから。あとは…」
「も、やめて!こんなの死んじゃうよ…!」

わたしがそう睨むと豹馬はいつもみたいにぷはって声を上げて笑って「死なれたら困るけどかわいくてやめらんねーわ」って言ってきて、わたしの心臓の鼓動は握りつぶされた。


「なぁ」
「……何?」
「俺のこと好き?」
「も、もう」
「好きって言ってくんねぇの?」
「うう……好き、だよ」
「ん。俺も」




◇◇◇



「千切選手!優勝を決める試合でのハットトリック!素晴らしい活躍でしたね!」
「ありがとうございます」

次のシーズンで豹馬は念願のリーグ優勝を果たした。わたしはクロを抱きしめながらテレビの前で固唾を飲んで試合を見守っていたわけなんだけど、豹馬のスピードで相手のディフェンダーを置き去りにして決勝点を決めた時は人生で一番大きな声をあげて叫んだ気がする。まあそのせいでお隣さんに壁をコンコンと叩かれちゃったワケなんだけど。それは置いておいて今まで送ったことなかったけどわたしは初めて豹馬に『おめでとう!すごい!かっこよかった!』って連絡をした。

最後のヒーローインタビューはもちろん豹馬で、テレビの画面に大きく移るその顔は穏やかで、満足そうで、でもちょっとドヤ顔で。高校の時図書室で鬱屈とした顔で本に手を伸ばしてた豹馬に教えてあげたいなって思った。

「この優勝を誰に1番に伝えたいですか?」

記者さんから勝因や今季の活躍について色々聞かれた後のありきたりな質問。前だったら豹馬が彼女とか答えたら泣くって思ってたけど、今なら彼女じゃなくても家族でも戦友でも誰だって嬉しい。っていうか普通に考えてここで彼女って言う人いないし。

でもなんだかんだ言って気になるからじっとその答えを待った。そしたら。

「彼女っすかね。多分オレがどのチームにいるかも、何位かも知らないと思うんで一応」

息が止まるかと思った。

そういえばわたし、サッカー全く見ないって言ってから豹馬に何も言ってない。わたしも大概言葉が足りないから豹馬のこと言えない。…まあ最近は過剰過ぎて心臓持たないくらいだけど。

そんなことを冷静に考えながらも心臓はじわじわと高鳴っていく。

その答えに記者は肉に群がるハイエナみたいに質問を続けた。「どのような方ですか」とか「どこで知り合ったのか」とか。

その質問を適当にかわしながらも「結婚は?」と聞かれると「優勝したらって思ってたんで」なんて顔を綻ばせて言うものだからわたしの心臓は爆発して、机に突っ伏した。

なんでっ!こんな時に限ってライン送っちゃったの!?

この後わたしはそわそわして何も手につかなくて、セフレだと思ってた時ぶりに送ったラインが既読になるのを、初めて正座で待ってしまった。そんなわたしをクロは呆れたように見つめて「にゃあ」と鳴いていた。






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