おためしで付き合った凪誠士郎の沼からいつのまにか抜け出せなくなってて怖い







玲王と恋人になったらしたいことがたくさんある。

手を繋いで歩いて帰りたいし、いつも頑張ってる玲王を膝枕で甘やかしてあげたいし、お互いの気持ちを確かめる甘いキスがしたい。

でもその権利はわたしにはなかった。


「玲王」
「おー、どうした?」
「婚約、そろそろ解消しよっか」
「…は?」

白宝学園の屋上に呼び出した婚約者に別れを告げれば、彼は思ったよりも驚いているようだった。まさかわたしから婚約破棄を申し出るだなんて思いもしなかったんだと思う。


わたしと玲王は親同士が決めた許嫁だった。日本を代表する会社の一つである御影コーポレーション社長の一人息子の玲王と、同じく大会社の社長令嬢のわたし。親同士が元々仲が良かったらしく口約束で婚約が決まったのはわたしたちがまだ幼い頃だった。小さい頃からなんでもできてかっこいい玲王はわたしにとっては自慢の許嫁で、彼に見合う人間になろうとずっとずっと努力してきた。作法、言葉遣い、勉強、運動、美容。苦手なものだって泣き言言わずなんでもやった。

そんなわたしを玲王は大切にしてくれていたと思う。中学から同じ学校に通うようになると車でだけどいつも一緒に登下校をしていたし、週に一度は放課後に遊びにいったし、わたしの誕生日にはその時わたしが一番欲しいものをわたしに聞かずにプレゼントしてくれた。

でもそれは親の決めた婚約者だからであって、わたしのことを女として好きだからじゃなかった。わたしがそれを知ったのは中三の時。受験で玲王と同じ白宝学園を受けると言った時のことだった。

「え、お前〇〇女子行くって言ってなかった?無理して俺と同じとこ行く必要ないからな?」
「でも玲王がいるところ行きたいし」
「まあ俺はいいけど。お前のこと心配だし」
「心配?なんで?」
「あの女子校、隣の男子校から狙われるしな」

玲王がそういう心配をしてくれてるんだって思ったら嬉しくてわたしのテンションは一気に上がって、そして次の言葉で地の底に落ちた。

「可愛い妹がいると兄貴は色々心配なんだよ」

玲王はわたしのことを妹だとはっきり言った。この時のショックときたら筆舌し難い。確かに初めて会った時に「俺一人っ子だからこんな妹欲しかったんだよな」と言われたけどそれは昔の話だと思ってた。

「…わたし、妹じゃないよ」
「俺にとったら妹みたいに大切だからな」

二度言われてようやく線引きされてるんだってわかった。その頃、わたしたちの結婚を待たずして親同士の会社の提携は決まったから、元々口約束だったのも相まってわたしたちの婚約はどちらでもいいという流れに変わっていた。玲王がそのことについてどう思っていたかは聞いてなかったけど、少なくともわたしは予定通り結婚するつもりでいた。でも玲王はわたしとは違ったらしい。

「でも、わたしたち婚約者だよね?」

まだ認められないわたしはそう聞いてみたけど、玲王はほんの少しだけ笑みを浮かべて、「お前に好きなやつができるまではな」と言った。


これがわたしの一度目の失恋。


だからと言ってすぐにはいそうですか、なんて言えない。わたしはずっと玲王に見合う女になるべく頑張ってきたんだから、わたし以上に玲王に見合う人が現れるまでは婚約者の座を譲らないし、それまでに絶対に玲王を振り向かせる。結局わたしは玲王と同じ高校に行くことを決め、進学してからも全力で頑張ったけど、玲王はやっぱり振り向いてくれなかった。

ディズニーに連れて行ってもらったとき、とびきりおしゃれをして行って玲王に「どう?」って聞いてみたけどにっこり笑って「今日この中で一番可愛い子を連れてる自信ある」なんて言うだけで、手の一つも握ってくれない。

デート中に雨に降られてお気に入りのシャツから下着が透けてる状態で玲王に「寒い」と抱きついてみたこともあるけど、玲王は「風邪ひく」とわたしに自分のジャケットをかけて、すぐにばぁやさんを呼んだ。そして最後に鼻を摘んで「鼻まで冷てーじゃん。早く風呂入れよ」とわたしを家まで送り届けて終わり。

パーフェクトな対応だと思うけど。さすが玲王って感じだけど。でもその時はさすがに玲王って本当に男?って聞きたくなったし、自分に女としての魅力がないって相当落ち込んだ。

それでもまだ諦める時じゃないって思ってたけど、高二になって玲王を振り向かせることはどうしたって無理なんだってことがわかってしまった。

それは玲王が夢を見つけて、そしてひとりの男が玲王の前に現れたことがきっかけだった。


“凪誠士郎”。

玲王の宝物。


凪誠士郎は玲王が一緒に夢を叶えることを望んだ人だった。凪くんのことを話す時、玲王はすごく楽しそうで見たことがないくらい目を輝かせていて、まるで恋をしてるみたいだなって思った。最初はそれが面白くなくて、相手は男だと言うのに正直嫉妬してたし、勝手に恋敵だとも思ってた。

それでどんな人かと思って玲王に話しかけるついでに彼を盗み見てみれば「おりゃっ」「死ね」とか言いながらずっとゲームをしてる。正直言ってちょっと引いた。

「それ、おもしろい?」

あまりに夢中だから少しだけ気になって聞いてみればこちらを見向きもしないで「ん」という適当な返事。どうやら究極のめんどくさがりやでゲーム以外のやる気をどこかに置いてきてしまった人らしい。

玲王はこの人のいったいどこがいいんだろう。サッカーの才能はあるみたいだし、確かにここまでめんどくさがりだとついかまいたくなる気持ちもわからなくもないけど、だからってそこまで入れ込むかな。そう思って敵情視察と思って彼のやってるゲームを始めて何度か話しかけてみたけど、やっぱり「めんどい」しか言わないからわたしの印象は変わらないままだった。

それでも玲王は諦めるどころかむしろ躍起になって凪くんを追った。玲王はなんでもできるから今まではすぐになんでも手に入れられてたっていうのはあるかもしれないけど、W杯優勝の夢と凪誠士郎を追いかける玲王はいつもと全く違ってた。いつもどこかつまらなさそうだったのに、すごく楽しそうで、きらきらしてる。

玲王って本当に欲しいものにはこんなにも必死になるんだ。

今までずっと一緒にいて、こんなふうに玲王に求められたことなんてあったかな。その答えは考えるまでもなくて。こんな玲王を見れば自分が玲王にとってそういう存在にはなれないんだということを認めざるをえなかった。

こうして二度目の失恋は、まさかのサッカーと一人の男によってもたらされたのだった。






「好きな人できたから」

少しだけ驚いた玲王にわたしは嘘をついた。賢くて空気の読める玲王は気がついてたと思う。それでもわたしは玲王のことをちゃんと忘れた上で次に行くんだよって玲王に思われたくて強がりを言った。多分ずっとずっと玲王の隣にふさわしい女になりたいと思って頑張ってきたわたしの最後の矜持だったんだと思う。

「そっか」

玲王は少しだけ寂しそうに笑った。

「俺の目の黒いうちは変な男と付き合わせねぇからな?」
「ほんと過保護。お兄ちゃんだね」
「そーそー。つーか普通に大事な幼馴染なんだから心配くらいさせろって」
「幼馴染?」
「だろ?小さい頃からずっと一緒だし」

婚約者じゃなくて幼馴染、か。これで本当に終わったんだ。

そう思うと鼻の奥がツンとした。終わるまで泣かないって決めたのに。泣いたら好きな人ができたフリした意味ないじゃん。

なんとか涙がこぼれるのだけは堪えようと息を呑んで耐えていたら思いもよらない方向から声をかけられた。

「ねぇ、話終わった?」

慌ててそちらを見てみれば屋上から梯子で登れるところに寝転がっていた凪誠士郎がこちらを見下ろしていた。

「え」
「お前、またこんなとこに」

少し呆れたような玲王の言葉に返事をせず、凪くんはひょいとそこから飛び降りてわたしの隣までくると、その長身でわたしの方を見下ろして、そしてなぜかわたしをぎゅっと抱き寄せた。

「へ?」
「は?」

わたしと玲王の声が被る。思いもかけない展開に固まるわたしをよそに凪くんは「こういうことだから玲王は心配しなくていいよ」と抱き締める力を強くした。

「え、お前ら付き合ってんの?」
「うん」
「いつから」
「………昨日?」

そんなわけないでしょ!そう言いたいけど顔を彼の胸に押さえつけられていて話すどころか息が苦しい。まだ続きそうな会話に我慢の限界を迎えたわたしが凪くんの胸をどんどんと叩くと、ようやく凪くんは力を弱めた。

「忘れてた」

は?人のこと抱きしめて忘れるとかある?

「こっちは死ぬかと思ったんだけど…!なんでゲームばっかりしてるのにそんな力あるの?普通ヒョロくなるでしょ」
「え、それ偏見」

のらりくらりとかわす凪くんにわたしが怒っていると、そんなわたしたちを見た玲王が「ははっ」と笑って、「じゃあ邪魔者は退散するな。後でどうなったか教えて」と屋上から出ていってしまった。


なに、これ。どういうこと?

っていうかなんで凪くんがこんなことを言い出したのか全くわからない。

取り残されたわたしはしばらく玲王が出ていった方を見つめて、凪くんの方に視線を向けなかった。凪くんもまたゲームを始めたのか何も言わない。

その無言が体感5分(多分本当は1分くらい)続いた後、わたしは意を決して凪くんに「あの!」と話しかけた。すると凪くんはスマホから視線をこちらに向けてわたしを手招きした。

「…何?」

聞いても答えずに手元のスマホに戻す凪くんに仕方なく近寄ると凪くんは「ここ」と自分の横を指差す。見上げるのがめんどくさいって感じの顔をしてるから、最近その長身を見上げさせてわたしの首を疲れさせるくせにって言いたくなったけどそれよりも今は聞かないといけないことがある。

「さっきのって何…?」
「ん、わかんない」
「え、わかんないの!?」

凪くんはようやくスマホから視線を上げた。何て返事が来るのか全く想像できなくてなんか無駄にドキドキしながら返事を待っていると、凪くんはいつもみたいに無気力な顔でわたしの顔をじっと見つめて、そしてその形のいい唇を開いた。

「あんたが泣きそうなのが嫌だったのかも」

「へ?」

さっきから驚かされすぎてどう反応したらいいのかわかないことばっかり起きてるけど、これが一番驚かされた。

なに、それ。

なんか、なんか、わたしのことが好きみたいに思えるんだけど気のせい…?

恋愛経験がまるでないわたしはこの状況をいったいどうしたらいいのかわからなくて視線を泳がせているのに、彼は何にも気にしてないかのようにゲームに戻る。

え、なに、どうしたらいいの…?この人の考えてること、やっぱりわかんない。

それからしばらくわたしはどきまぎしたまま凪くんの隣に座り続けていたら、知らない間に思ったよりも時間が経っていたらしく昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。

「あ、しまった…」

一応優等生をしてるわたしは授業なんてサボったことがなくて顔を青くしていると、凪くんは「一緒にゲームする?」なんて呑気に言ってくる。

「わたし初めてサボるんだけど」
「へー、えらいね」
「凪くんはよくサボるの?」
「サボるつもりなくても寝ててサボってることとかある」
「そんなことある?」
「うん」

この学校に凪くんみたいな人がいるのって本当に不思議。玲王の話だと成績は悪くないみたいだけど。

何を考えてるのか全くわからない凪くんは、やっぱり何も考えてないのかずっとゲームを続けている。なんだかその姿に悩んでるのがバカらしくなってきて、でも今更授業に行く気にもなれなくて、もう本当にゲームでもしようかと思い始めていたら、凪くんが「あ」と声を上げた。

「どうかした?」

すると凪くんはスマホの画面をわたしに向けた。どうやら玲王からのラインで『ナマエ教室戻ってきてねぇけど一緒?』と書かれている。そして続けて『適当に付き合うのはなしな』と送られてきたのが見えた。

凪くんはそれに『OK』というゆるいスタンプを返していて思わず「え!?」と声が出た。

「なんか本当に付き合うみたいになってない!?」

わたしがそう言うと凪くんは一瞬止まって、そしてこてんと首を傾げた。

「え、付き合ったでしょ」
「え、いつ!?」
「さっき。玲王の前で付き合ってるって言ったし」
「多分玲王はそれ信じてないと思うけど。それに凪くんとわたしが付き合うっておかしくない?そもそも凪くんはわたしの恋敵だし」
「恋敵は俺じゃなくてサッカーでしょ」
「…それは、まあそうだけど。そもそも凪くんは彼女とか絶対めんどくさいって言うタイプでしょ」
「めんどいけど。でもあんたといるのはあんまめんどくないよ。それにあんたも玲王のこと本気で諦めるんなら彼氏くらいいた方がいいんじゃないの」
「…」

それはそうかもしれないけど。でも玲王のこと諦めるきっかけになったのは凪くんだし。それに凪くんわたしのことどう思ってるかよくわかんないし。でももう玲王に付き合ってるみたいに言っちゃってるし。なんかこれを断るのも凪くんの好意を踏み躙るような気もするし。でもこれで付き合うのってやっぱり変だし。

でも、でも、と同じようなことをぐるぐる考えたけど最後は「玲王を本気で諦めるなら」の一言でわたしは凪くんに甘えることを決めてしまった。

「おためしって、ありですか?」
「それでいーよ」

凪くんはそう言うとわたしの膝に頭をどすっと乗せてきて思わず「は?」って言葉が出た。

「なにしてるの」
「なんか疲れた」
「え?」
「付き合うって、疲れるね」
「…」

付き合って1分でそんなことを言うこの男を一発殴ってやろうかと思った。なのに凪くんはもう寝息を立てて眠ってしまってどうしたらいいのかわからない。それに人間の頭は思ったよりも重たかったみたいで、しばらくして足が痺れてきて本当にどうしたらいいのかわからなくなった。

なに、これ。

膝枕はわたしが憧れてた行為の一つだったのに、それをまさかおためしで付き合った人と開始3分後にするだなんて誰が思っただろう。っていうかこれ、ただの枕代わりだし。ノーカンにしよ。

今日は玲王に別れを告げて、泣いて、泣いて、泣くっていうシリアスな日になるはずだったのに。わたしの目からは結局一滴も涙は流れていなくて、なぜか頭の中は凪誠士郎でいっぱいだった。




◇◇◇



「玲王今度の試合応援行くね
「おー!勝つから応援よろしくな」

「玲王くん、マネージャーってまだ募集してたりする?」
「ワリィ。もういっぱいでさ。また頼むな」

「御影くん!」

「レーオっ

「玲王さまっ」




「わー」
「すっご」

玲王が歩けばそこら中から声がかかる状況にわたしと友人の言葉が被った。


玲王がフリーになって、そしてわたしと凪くんが付き合い始めたことは瞬く間に有名になった。玲王とのことは一緒に登校するのをやめることになるからいずれはバレると思っていたけど、思ったよりも早くみんなに知れることとなったのは驚くべきことに凪くんが原因だった。



「ねぇ」
「凪くん。どうしたの?」

それはわたしたちが付き合うことになった翌日の休み時間のことだった。気怠げな凪くんがわたしの教室にやってきて空いていたわたしの前の席に座った。彼がわたしを訪ねてくるなんて初めてだから驚いた。というか、彼がゲーム以外で能動的に動いてるのを見たことがほぼないからめちゃくちゃ驚いた。

「連絡先教えて」
「そういえば忘れてたね」
「昨日聞こうと思ったのに起きたらいなかった」
「いや、凪くん起こしても全然起きないから」
「だって寝心地よかったし」

なんか複雑。わたしの足に肉がついてるって言われた気がする。

「玲王に聞けばよかったのに」
「彼女の連絡先他の男から聞くのって複雑じゃない?」

他の男って、玲王でしょ。そう言おうとしたけどそれよりも早く「「は!?」」という声がそれを邪魔した。

凪くんの声はぼーっとした話し方の割に通る。それこそ声優か?ってくらい声がいいからよく通る。だから彼のこの発言は近くにいた玲王ファンに聞こえてしまったらしい。

「え、ミョウジさん玲王くんの婚約者なんでしょ?どういうこと!?」
「やっそれは」
「ナマエは俺の彼女。玲王とはもう別れたし」
「「は?」」

今度はクラス中からの「は?」にわたしは慌てて凪くんの口を手で塞いだ。

「むぐっ」
「凪くん!ちょっといい!?」
「連絡先」
「こっちで教えるから早く!」
「え、めんど」

みんなに質問攻めに合う前になんとか凪くんを引っ張ってわたしは教室を後にした。そのままこの時間人気のない昇降口まで連行してようやく手を離すと凪くんはわたしの掴んだ手をぷらぷらと振る。

え、もしかして、ことの重大さわかってない…?

「凪くん、さっきのなんだけど」

凪くんは首をこてんとかしげて「どれ?」なんて言うからやっぱりわかってないらしい。

「だからさっきの、彼女とか玲王と別れたとかってやつ」
「それがどうかした?」
「おためしなのにみんなの前で言ったら大事になるよ」
「え、内緒だった?」
「むしろみんなに知れ渡ったらおためしの意味ある?」
「でも玲王が知ってる時点でナマエにとってはどっちでもいいでしょ」

それは、たしかにそうかもしれないけど。

「凪くんはわたしと付き合ってるって思われていいの?」
「別にいいよ」

いいんだ…。まあ人にどう思われるとかに無関心そうだもんね。わたしとしては玲王と婚約破棄してすぐに凪くんって色々言われそうな気がするから黙っておきたかったんだけどな。まぁもう遅いけど。

わたしが黙っていると凪くんは持っていたスマホをわたしに見せて、終わったなら早くしてという様子にわたしはため息が出たのだった。


ちなみにわたしたちがいなくなった教室は騒然としていて、凪くんを追ってわたしの教室に来た玲王が正式に婚約は破棄になったことと、凪くんからの告白で(これは玲王が気を利かせてくれた)おためしで交際中ということを説明してその場を収めたらしい。

そしてそれから翌日には玲王がフリーになったことは全校生徒の知るところとなって、二ヶ月たった今では女子の玲王へのアピール合戦がすごいことになっているのだ。


そして今も友人と学内のカフェでお茶をしていると校庭を歩いている玲王を見かけたからついわたしたちの話題もそういったものになる。

「今まで婚約者いるのに声かける女どうなのって思ってたんだけど、これを見ると婚約者ってすごい抑制力あったんだね」
「確かに…。なんかこんな大事になっちゃったから玲王に申し訳ないかも」
「まあいつかはバレてたし。それに御影くん、みんなに説明してる時二人のこと応援してるって言ってたから大丈夫だよ」
「…そっか」

それはそれで複雑だけど。でもそのお陰でわたしが尻軽とか陰口叩かれなかったんだよね。色々言われるかもって覚悟してたんだけど…。玲王って本当にわたしのお兄ちゃんみたい。

「しかも凪くん初恋なんでしょ?普段あんな感じなのに初恋だから頑張ってるんだって思うとかわいいよね」
「…初恋?」
「確か御影くんがそう言ってたと思ったけど」
「それ玲王がわたしへの風当たり弱くするために言ってくれたんだよ。そういうところうまいから」
「そうかな?でもまさかナマエがあの凪くんとね。今思えば急にゲームをやり出したあたりからフラグが立ってたってワケか」

違う。あの頃は凪くんに対抗意識燃やしてたから始めただけだし。

「そういう目的でゲーム始めたんじゃないからね?ね、もうそろそろこの話やめよ」
「いやいや、今からでしょ?」
「え?」
「それで凪くんとはどこまでいったの!?」

珍しくケーキと紅茶を奢るって言い出した時はなんで?って思ったけど、聞きたかったのはこれか…。

恋愛話が大好きな友人は絶対逃さないと頬杖をついてにっこりと笑いながらわたしの前にケーキをぐいっと差し出した。一日限定3食の超レアなミルフィーユ。お金持ちが多く通う学校なだけあってクオリティも値段も高い。なかなか食べられないこのケーキを逃すわけにもいかず、わたしはミルフィーユにフォークをサクリと入れた。

「…どこにもいってないよ。わたしたちおためし交際中だし」
「またまた。しらばっくれてもダメだよ。おためしの距離感じゃないし、本当はもうちゃんと付き合ってるんじゃないの?むしろもうしちゃってる?」
「してないしてない!」

わたしたちももう高二。ちゃんと付き合ってたらそういうこともあるかもしれないけど、わたしたちはおためしだし。まあ、でもおためしの距離感じゃないなと思うことは確かにあるし、正直めちゃくちゃ凪くんに振り回されてる自覚はあるけど、でもやっぱり相手は1分で付き合うのってめんどいという男なんだからなにかあるはずがないんだよね。





連絡先を交換してからはサッカー部が忙しそうだっだからそこまで関わることもなくて、あってもゲームのアイテムを送り合うくらい。凪くんの性格もあってそのうち自然消滅かなって思ってたけど、付き合い始めて二週間ぐらい経った日に、授業が終わって真っ直ぐ昇降口に向かうと、そこには下駄箱にもたれかかってゲームをする凪くんがいた。

「凪くん?どうしたの?部活は?」
「休み」

だからってこんなとこでゲームしなくても。しかもわたしの下駄箱の前だし。

「帰ってからゲームしたら?」
「うん。そうする」

よっこいしょとゆっくりと立ち上がってわたしに向かって手を伸ばした。

「ん?」
「帰ろ」
「え、まさかわたしのこと待ってたの?」
「うん。送るよ」

そして凪くんはわたしの手を掴んで歩き始めた。

「み、みんなに知られたからって無理しなくていいからね?」
「無理してないよ」
「だってこんな頑張ってる凪くんとか解釈違いなんだけど。あと倒れないか心配…」
「どんだけ?さすがに帰るだけで倒れないよ。ナマエはこういうのめんどい?」
「そんなことは、ないけど」
「うん。ならイベントの続きやりたいし早く帰ろ」
「あ、わたしも新キャラ可愛いから頑張ってるよ。凪くんのサポート強すぎてつい凪くん探しちゃう。なんであんなに強いの?」
「課金してるし」
「そっ……っ、そっか」
「今度また対戦する?」
「…うん」

会話の最中、凪くんの大きな手が掴むのがわたしの手首から手のひらに変わった。そうすると何でか途端に話が何も入ってこなくなった。

なんか、本当の恋人みたい。

凪くんはわたしのこと好きじゃないし、わたしだってそう。そのはずなのに家に着くまでずっと手に汗かいてないかなとか、そんなことばっかり考えてた。

そんなんだから次の日、玲王におんぶされた凪くんと会ったときに『うちくるの来週の日曜日は?』と聞かれるまで対戦の約束をしたことも、凪くんのサボテンを見せてもらう約束をしたことも覚えてなくて、なんて約束をしてしまったんだと頭を抱えた。


それからサッカー部の休みの日は凪くんの家でゲームデートが定番になった。初めは寮とはいえ一人暮らしの男の家に入るのは緊張したけど、やっぱり凪くんは凪くんで、大抵ゲームをして終わるから三回目くらいからは特に緊張することもなくなった。そんな小学生のお友達のするようなことを重ねていたから、わたしも凪くんが男だってことを忘れて接するようになったし、凪くんも凪くんで「えー、めんどい。やって」となんでもわたしに頼んできて、もしかしてわたしのことを玲王とでも思ってる?みたいな扱いだった。

そんな日が2ヶ月くらい続いた頃のこと。その日はテストが近くてわたしは凪くんのうちでテスト勉強をしていた。まあ凪くんはまだ勉強しなくていいやとゲームしてただけだけど。

「お昼だしそろそろご飯食べよ」
「えー」
「ご飯食べないと死ぬから…。凪くんの家なにもないし外に食べに行かない?近くにカフェあったよね」
「ゼリーあるし」
「それはわたしが嫌なんだけど」
「めんどくさ。おんぶして」
「いやわたし玲王じゃないから。わたしが凪くんおんぶしたら潰れる」

そう言ってるのに凪くんはわたしの肩に寄りかかってきた。

「わっ」

平均的な女子の身長体重のわたしに長身の凪くんを支えられるはずがない。わたしは凪くんに押し潰される形で床に這いつくばった。

「お、重い…。だからわたし玲王じゃないってば」
「わかってるよ」

いや、絶対わかってない。現にわたしは今死にそう。

「も、なんでもいいからどいて…」

わたしがそう言うと凪くんは「わかってないのはナマエ」と言いながらわたしの上から退いて、わたしの手を引っ張って起こしながらわざとらしくはぁとため息をついた。

え、ため息をつきたいのはこっちなんですが。ちょっと体格差考えて!と言おうと思ったけどわたしのお腹の虫がぐーぐーと鳴るから文句はぐっと飲み込んだ。

「カフェ面倒だったらコンビニでパンでも買う?」
「ういー」

もう、この男は本当になんなんだ。

でもこの翌日はなんか凪くんは様子がおかしくて、移動教室のときに向かいからのそのそとこちらに歩いてくる凪くんを発見したからいつものように手を振ると、凪くんはわたしに向かってゆっくり歩いてきてそのまま抱きしめた。

「は!?な、な、凪くん!?どうしたの?」
「ん」
「ん、じゃなくて!何!?」
「やっぱりナマエと玲王は違うよ」
「うん?」
「ナマエはちっちゃいし、やわらかいし、かわいいよ」
「ちょ、な、ど、ど」
「じゃーね」
「……は?」

この凪くんの行動にわたしは固まったし、友達はみんなあらまぁと近所のおばさんのようにニコニコしていた。なんか居た堪れなくて思わずトイレに逃げた。

そのあと玲王に会うとなんだか玲王は苦笑いしていて、聞けば凪くんがわたしと玲王が違うことを確かめるために玲王を抱きしめていたらしく、一部の凪玲王クラスタが沸いてたらしい。

「二人いつもいちゃいちゃしてるのに今更それくらいで沸くんだね」
「え、この話聞いて言う感想それ?」
「だって…」
「あー、こういうの慣れてねぇもんな」
「凪くん天然すぎてどう反応するのが正解かわかんない。なんなのあの生き物」
「おもしれーよな?俺急に抱きしめられて『玲王、ごつい』って言われたんだけど」
「だから玲王と比べるのが間違ってる」

玲王はハハッと笑った。

まさか玲王と凪くんの話を笑いながらする日がくるなんて。それによく考えると玲王と話すのは結構久しぶりだったりする。

「玲王」
「ん?」
「ずっと言いたかったんだけど、わたしのせいで迷惑かけてごめんね」
「迷惑?」
「婚約者いなくなって声かけられるの増えてるから」
「そんなん気にしてねぇって!俺、人気者だからしゃーねーの。つーかんな寂しいこと言うなよ」
「え?」
「婚約者じゃなくなったからって俺らは俺らだろ?お前にされて迷惑なことなんてねぇよ」
「…うん、ありがとう」

こんな穏やかな気持ちで玲王と話せる日が来るなんてびっくりだった。しかもこんなに早く。凪くんに振り回されっぱなしだけど、でも凪くんの言う通り確かに玲王を忘れるためには彼氏、じゃなくて凪くん一人いた方がよかったらしい。







「それ、普通に凪くんに押し倒されてるじゃん。空気読んだら?」

わたしがここ最近の凪くんとの出来事を話していると、向かいの友人が呆れたようにわたしを見ている。

「…は?」
「ってことは時間の問題か」
「ちっちがう!あれはおんぶしてもらおうとしてわたしが耐えられなかっただけだから!凪くんは究極マイペース男だよ?それに凪くんだってわたしのこと好きじゃないだろうし、わたしだって凪くんのこと恋敵と思ってるし…」

わたしがごにょごにょと反論していると竹を割ったような性格の友人に机をバンっと叩かれた。

「まだそんなこと言ってるの!?もう玲王くんのこと諦めたんだから凪くんは恋敵じゃないでしょ!ナマエの彼氏!」
「う…」

そうだけど。久しぶりに玲王と話してちゃんと諦められたなって思ったし、凪くんといるの悪くないなって思ってるけど。

「いやでもやっぱりうちらはそういう仲じゃないよ」
「…まぁナマエがいいならいいけど。もし本当に凪くんのこと恋敵だって思ってるなら早く別れた方がいいよ。凪くんだって男なんだからね?気がついたら食われてるよ」
「いや、あの凪くん限ってそれは」
「どうかな。初恋だし」

その前提が間違ってるんだってば。わたしたちに何かあるわけない。


そう思ってたわたしの耳に飛び込んできたのは凪くんと玲王がJFUの主催する新プロジェクトの強化指定選手に選ばれたという報告。めんどくさそうにする凪くんとそれを引っ張っていく玲王を見送るとわたしの日常は一気に静かになった。

『スマホ没収だって、死ぬかも』という連絡があったから凪くんはひょっとしたらすぐに帰ってくるかもしれないと思ってたけど、玲王がついてるからか帰ってくる気配はない。

凪くんがいるときは振り回されて、つい世話を焼きたくなって、毎日大変って思ってたはずなのにいなくなるとなんだか物足りない。気がついたら来るはずのない凪くんとのLINEのトーク画面を見たり、ゲームで無駄に凪くんにアイテムを送ったりしてた。

あれ、なんかこれ…。

冷静に考えると自分のしてることが好きな人と連絡取れなくなってうじうじしてる少女漫画のヒロインみたいで「は?」ってなった。

だって凪くんは玲王を諦める原因になった恋敵で、おためしで付き合ってる多分お互いいい友達と思ってる人。そもそも片思いはもう玲王でこりごりだから、わたしが次に好きになるのはわたしを妹だなんていわないし、付き合って1分でめんどくさいって言わない、わたしを好きになってくれる人って決めてるし。

だから凪くんのことなんて別に好きじゃないし。

それなのにわたしのスマホが鳴って『凪誠士郎』の名前が見えるとテスト勉強の手をすぐに止めてスマホに手を伸ばした。

そこにはあいさつもなしに『今マルチいける?』というゲームのお誘い。相変わらずの凪くんに笑って、『少しなら』とその日は勉強するのをやめて一緒にゲームをすると、なんだかわたしのモヤモヤは収まったからそれ以上考えるのはやめた。

わたしがそれが本当の恋だと気がついたのは、テレビでU-20の人たちとの試合が放送された時。会えない期間が長すぎたのか、久しぶりに凪くんの姿を見たらその瞬間心臓がドドドって信じられないくらい早鐘を打った。

あれ、凪くんってこんなにかっこよかったっけ?

テレビ越しだっていうのになんか今までになく凪くんがキラキラして見えて、何度か目を擦ったけどやっぱり同じで、会いたいって気持ちが溢れてくる。

あ、あれ…?本当に?もしかしてわたし、凪くんのこと、好きなの?あのわたしと付き合うのがめんどくさいって言った凪くんが?

そしてそこでようやくわたしが凪くんと帰る時になんとなく手がもの寂しくて凪くんの手に伸ばしかけてたこととか、凪くんに「かわいい」って言われて本当はすごく嬉しかったこととかを思い出して、すっかり凪くんが自分にとってなくてはならない存在に変わっていたことに気がついた。

でもこれはおためしなのに。本気で好きになっちゃってどうするの。

それにテレビに映る凪くんはわたしの知ってる凪くんじゃなくて、誰が見てもカッコいいサッカー選手。きっとこれからとんでもなく人気になる。たった今恋心を自覚したんだから、試合で凪くんを知ってファンになったミーハーな女の子たちとなにも変わらないのに、わたしは誰も凪くんを見つけないでって嫉妬して、自分勝手すぎる気持ちに自己嫌悪した。





『明後日うちこない?』と連絡がきたのはその翌日のことで、いつも何も考えずにしてた返信に無駄に15分もかけてしまった。

『もう召集は終わったの?』
『二週間休みだって』
『そうなんだ』

気持ちがぐちゃぐちゃだからこんなんで家に行っていいのかわからない。でもやっぱり好きだから会いたくて、気がついたら無駄におしゃれしようとしてるのを自制していつも通りのスタイルで凪くんの家に向かった。

「な、凪くん、久しぶり」
「うん」

久しぶりに会った凪くんは前よりも精悍な顔つきになってた。それがまたかっこよくて、つい視線をそらす。

凪くんはいつも通りでわたしを迎え入れると当たり前のようにベッドにどさっと倒れ込んでゲームを始める。わたしはいつもはベッドにもたれて座るのになんだか座れなくて少し離れたところに座った。

「…なんでそこ?こっちおいでよ」
「ここで大丈夫」
「久しぶりだから緊張しちゃった?」

…そうだけど。そういうことは口に出して言わないでほしい。

「や、なんとなく。ちょっと暑いし」
「ふーん」

すると凪くんはベッドから降りてわたしを後ろから抱きしめるように座った。

「っ!」

190cmあるだけあって、そんな状況でもわたしの頭に余裕で顎が置ける。わたしはすっぽりと凪くんの腕の中に収まってしまって、わたしの心臓の音が凪くんに聞こえてないから不安になった。

「ちょ、何!?」
「俺は寒いけど」

そう言う凪くんの吐息がわたしの耳に当たって「ひゃっ」て声が出そうになる。それをなんとか身を捩ってやりすごそうとすると、それが面白かったのか「くすぐったい?」と聞いてきて、彼の薄い唇をわたしの耳に寄せる。

「んっ」

思わず漏れた自分の息がなんか甘いものな気がして恥ずかしくて口を押さえる。するとその唇はそのままわたしの首筋に降りていく。ぞわぞわする感覚がまるで自分が自分じゃなくなるみたいで怖くて凪くんの唇から逃れるように背を預けていた凪くんの体から離したけど凪くんはそれを許さないと言わんばかりにわたしをぎゅっと抱きしめた。

振り向いて彼を「やめてよ」と睨むと、男の人にしては可愛らしいまんまるの瞳がきゅっと細められた。

あ、やばい。

なにか危機感みたいなものを感じて咄嗟に自分の口の前に掌を出すと、そこにムニッと柔らかいものが触れる。

「手、邪魔」
「…へ?」
「何?」
「い、いやいや、なにしようとしてるの!」
「キスだけど」
「な、何言ってるの!?」
「なんで?キスくらいいいじゃん」
「おためしの恋人はキスしないよ!そういうのはお互い好きになってからするものだし…」

凪くん、わたしのこと好きなわけじゃないじゃん。

「おためし?」

なぜかきょとんとした顔をして首を傾げている。

「あー、俺そんな風に言ったんだっけ」

まるで忘れてましたとでも言うような言い方に今度きょとんとしたのはわたしの方だった。

凪くんはわたしの方に手を伸ばす。その手はわたしの手持ち無沙汰な手をとって、そしてゆっくりと指を絡めた。

「ナマエが恋人としたいことって膝枕と手を繋いで帰るのとキスだっけ?」

それはまだわたしが玲王のことが好きだった時。凪くんと話した「付き合った時にすること」の話だ。

「俺たちもう二つしてる。あとキスだけだよ。それってもう付き合ってるんじゃないの?」
「だっ、だって、凪くんわたしのこと好きじゃないでしょ…?」
「俺のことめんどくさがりってわかってるのに、なんで気付かないかな。俺、ずっとあんたのこと好きだったよ」
「う、うそ…だって付き合うのってめんどくさいって」
「確かにあの時は自分でもわかってなかったけど。でもナマエも同じでしょ」
「え?」
「あの時は違ったけど、今は俺のこと好きでしょ」
「な、なんで!?」
「だって玲王の話しなくなったし」
「それは、流石に彼氏の前でその話するのはアレかなって…」
「ナマエが手を繋ぎたそうにしてるのだって気付いてたよ」
「う…」
「あとそんな俺にキスしてほしいって顔してたらさすがにわかる」

さすがにそんな顔はしてない!

でも反論は凪くんの唇で止められた。はじめてのキスは、ちょっと勢い余ったのかお互いの歯が少し当たって痛かったけど、とびきり甘かった。

このキスが終わったらどんな顔して凪くんに好きって言ったらいいんだろう。

そんなことを悩んでいたのに、凪くんはゆっくりと離した唇を開いて強烈な一言を放った。

「やっぱり付き合うってめんどくさいね」
「…」

だから、キスのあと5秒でそれはないから。

「…やっぱり凪くんとは付き合えないかも」

凪くんが「付き合うのめんどくさい」を卒業するまでは絶対に好きを認めない。そう思うのに、「もー、ほんとめんどくさいなぁ。我慢の限界なのに」と凪くんが膨れた後、

「じゃあ今からちゃんとナマエのこと落とすから」

ともう一度、今度は歯をぶつけずに的確にわたしをとろけさせるキスをしてくるこの天才に結局わたしの心臓は高鳴りっぱなしで、一瞬にして陥落しそうになるのを理性で必死に止めた。





「玲王、試合見たよ。すごかったね!」
「おー、途中出場だけどな。次はスタメンになるわ」
「玲王なら絶対になれるってわかってるから」
「ん。…で、そのひっつき虫は?」
「いや、それが…」
「ついに付き合った?」
「…え!?し、知ってたの!?」
「さすがにあのタイミングで付き合ってるっておもわねぇだろ」
「そうだよね、玲王だもんね…」
「まあ俺は二人は合うと思ってたけどな」
「それ、なんか複雑というか」
「ねぇ、話終わった?そろそろうち帰ろ」
「え、わたしは家に帰るよ」
「なんで?昨日は明日も泊まるってい」
「ちょ!も、ほんとやめて!?」
「ほどほどにしとけよー」
「れ、玲王の裏切り者っ!」


◆◆◆



Side 玲王

「あっ!ちょっ」
「うりゃ」
「まっ」
「さっさと死ねし」
「まって、まだ死なな、あ、あー、…また負けた。凪くんに勝てる日来るのかな…」
「えー。負けるまでやるのとかしんどい」
「…なんか凪くんといると頭痛くなってくる」
「玲王のとこいけば?なんで最近俺のとこ来るの」
「それは…凪くんに勝ちたいから…」
「俺に勝ってどうするの?」
「凪くんに勝ったら玲王が振り向いてくれるかなって…」
「玲王と付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってないよ。婚約者ってだけ」
「ふーん。何が違うの?」
「全然違うよ。婚約者は別にお互いのこと好きじゃなくてもなれるけど、恋人は好きじゃないとなれないし」
「へー」
「恋人になったら手を繋いだり、膝枕したり、キスしたりできるじゃん。女の子だったら憧れるよ」
「へー」
「…聞いた割に全然興味ないね」
「まあ。あー、なんかおなかすいたかも」
「ご飯食べなよ」
「めんどいから寝る」
「え!?もー。わたしのお弁当食べる?」

凪が興味持つなんて珍しいし、ナマエが俺以外の男と話してんのも珍しい。ナマエは凪のなんでも「えー、めんど」って言うのにずっと引いてて、「玲王、本当に凪くんとサッカーするの?」って苦い顔してたけど、結局凪のわがままを聞き始める。

その姿を見て、だよなー、と思った。この二人、合うと思った。

ほら、俺くらいになるとそういうのもなんとなくわかるっつーか。

まあ、実際を言えばナマエは本当は俺みたいに器用に何でもこなすやつよりも凪みたいな放っておけない構いたくなるやつのが合うなってずっと思ってたし、凪には甘えさせてくれるけどちゃんと言えるところは言える女が合うだろうなって思ってたってことなんだけど。

ただ思ったより二人の展開が早かったのは驚いた。そりゃいつかはひょっとして、と思ってたけど。でもナマエは刷り込みで俺のことが好きだとずっと思い込んでたし、凪も恋愛なんてめんどくさいっていうタイプだし。

だからあの婚約破棄を決めた日、凪が泣きそうなナマエを抱きしめた時は流石に固まった。

え、マジで?

二人がそんな仲じゃないことはわかってたし。でもようやく前に進もうとするナマエを慰めるのは俺じゃダメで、きっと凪ならそれができる。そう思って二人を置いて屋上を後にした。さすがにずっと俺を慕ってくれてたナマエがいなくなんのは寂しかったけど、でも俺が自分であいつの兄貴になるって決めたしな。だから凪との恋は全力で応援する。そう思って俺は凪にラインを送った。

『泣かせんなよ』

『あいつも俺の宝物だからさ』

凪からの返事は『心配性なおにーちゃんだなぁ』で、ちょっとムカついたから『やっぱお前みたいな男に妹はやれねぇわ』って返事しといた。

「で、付き合った?」
「なんかおためしとか言ってた」
「あー、まあそりゃすぐにはな。つーか俺はお前のあの行動に驚いた」
「俺もよくわかんない。なんで人間ってこんな感情あるんだろ。付き合うってめんどくさいね」
「お前、それあいつには言うなよ?」
「言ったらすごい顔された」
「えっお前バカじゃん」

◆◆◆

つーことで、長い馴れ初めはここまで!今日は凪とナマエの結婚式にお越しくださりありがとうございます!御影コーポレーションの式場だから今日は無礼講!!好きなだけ飲んで食って祝って帰ってください!!

あ、おい、ナマエ!頭抱えんな!!え、赤裸々に語りすぎ?妹の結婚式なんだからはしゃぐにきまってんだろ!!

「レオ、かほごー。いつまでも妹離れしないとナマエにウザがられるよ」
「どっちにしろ誠士郎離れは一生しないだろうけどね」
「お前らな」





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