V3について。 | ナノ




 漸く少しだけ落ち着いたので、そろそろ拙宅「Twilight gloom」におけるV3への向き合い方について言葉にしておこうと思います。表でぐちぐち言うのはこのページだけにします。先に宣言しておきます。

 結論から言いますと、やはり蕗にはV3を全肯定することはできません。
 趣味でやっていることに対して必要以上に物分かりのいい風を装う必要は感じないので率直に申しますが、無印発売から年月を経て、思った以上に公式の趣向と自分のそれとが乖離してしまったのだなとまざまざと感じさせられた思いです。

 現在、論破ゆめ界隈が盛り上がっており、それだけ皆さまがV3を肯定的に受け止められたのであろうことは重々承知です。
 しかし申し訳ないのですが、希望ケ峰シリーズ――といいますか無印とスーダンに対しての思い入れがあまりにも強い身の上としては、それがゆえに、今回のV3、特に6章以降に透ける公式の悪意をどうしても「賛否両論ありますが好きです」とは口が裂けても言えない現状にあります。先に明言致しますが、これはあくまで蕗個人の心情であり、V3を礼賛される皆さまのお考えなどに対して何をか物申そうなどという差し出がましいものではありません。(もとよりそういった考えは努めて耳に入れない目に入れないようにしているため、反論するという発想がそもそもありません)予めご了承ください。
 
 いい意味での驚きが全くなかったのです。

 確かにダンガンロンパの醍醐味は「絶望」にもありました。思い入れのあるキャラクタが理不尽な死を遂げる。悲劇的な真実が明らかになる。而してそれは、これまで(少なくとも無印、スーダンまで)は確かに「いい意味での」絶望でありました。
 それが、今回はそうではなかった。プレイヤー視点ではなく、このシリーズを好きでいる者としての視点で「こういうことはしてほしくないな」「こういうのは嫌な気分になるな」ということを敢えてしてくる、そんな悪意がありました。少なくとも蕗にはそう見えました。今作のテーマは「嘘」ということでしたが、なんだか何でもかんでも「嘘だから」と言っておけばいいとでも思っているような、そんな不快感がありました。

 自分たちはプレイヤー批判をしておきながら、結局物語の真相を殆どうやむやにしてしまって「何を信じるかは自由」だと言わんばかりの終わらせ方をしてきたことも気にかかります。プレイヤー批判をするのであれば、結末をプレイヤー次第などと丸投げにすべきではなかった。心を揺り動かすというより、ただただ皆の予想を裏切ることだけを考えているような、六章にはそんな行き当たりばったり感すらおぼえました。
 3アニメの不評ぶりに立腹した公式の誰某が六章だけ書き換えたのではないか、などという他愛無い憶測もどこかで耳に入りましたが、そう疑われても仕方がないのではと思えるほどに未だに六章だけは本当に、ゲームとしてという以前にこのシリーズとして受け入れたくないものになっています。

 蕗は3アニメで数多の矛盾を放り投げて希望篇などという無印とスーダン双方への死体蹴りが行われたのを確認した時点で、なにかを諦めました。考察の余地があるとは言われているけれど、きっとそこまで深く考えられてはいないのだろうと察しました。制作陣のインタビュー、コメントなどもこのあたりからだいぶんおかしいものになっていましたよね。
 それでもゲームのことは信じていました。蕗が愛していたのはあくまで無印とスーダンだから、このゲームが原作でありすべてだからと思っていました。

 世界観一新、という文言はきっと嘘ではないと信じます。ですから、V3の中で無印とスーダンがフィクション設定であるという事実自体は別にどうでもいいのです。ただ、今作の六章がどうしても許せないのは、これまでゲームを愛してきたプレイヤーを純粋に傷つけようとする公式の悪意をどうしても感じざるを得なかったからです。傷つかないわけがないじゃないですか。わざわざ声優さんまで呼んで、みんなで作中でダンガンロンパを連呼して、むちゃくちゃな展開、公式としても恐らく深く考えていないのであろうつじつまや世界の詳細などはすべて嘘だフィクションだ設定だと言い訳をして「これこそダンガンロンパだ」と言い張る。それで納得できたひとは幸せだと思います。でも釈然としていない人は少なからずいると思います。
 蕗は、そういう人たちを「V3を理解していない」「考察を放棄している」「本当に六章ちゃんとやった?」などという心無い言葉で切り捨てるようなことは絶対にあってはならないと思っています。さきの言動は実際に蕗が目にした言葉です。公式が出してきたものはどんなものでも受け入れて当然、それができない人間はファンでいる資格などないのだと言わんばかりに、本当にダンガンロンパが好きならV3の結末は受け入れられて当然なのだと主張してくる向きがあります。もっと言えば、V3六章も含めて好きだと言えなければダンガンロンパを正しくプレイできていることにはならず、創作をする権利もないのだと言わんばかりの。V3を肯定的な目で見ることができずにいる人たちが、これまで自分が好きだったものに対しても罪悪感を感じてしまうことにもつながっています。

 正直なところ蕗がそうで、この数週間は本当に悩みました。V3に対してわだかまりがあるにもかかわらずこのジャンルに居て許されるのか。いつ「V3をそのまま愛せないお前なんかに論破ゆめを書く資格は無い」とコメントが飛んでくるだろうか。界隈が盛り上がっている今だからこそ、真に胃が痛い案件でした。今もそうです。サイトを閉めてしまおうかとも何度も考えました。今も考えています。V3をメインとして扱う気はないにもかかわらず、それでもどうしても頭が痛いのです。
 
 でも、二次創作って誰に許されてやるものでもないですから。自分が自分を満足させるためにやるものですから。大義名分なんざ必要ない、となんとか割り切って今こうして率直な感想を綴っています。
 蕗はV3を全肯定はできません。でも、全否定する気はありません。これまでのシリーズと同じく、魅力的なキャラクターたちが生き生きと動き回り、交流し、新たな世界をかたちづくっていくさまはやはり蕗が愛したダンガンロンパのものでした。これまでのシリーズと異なり、主人公たち含めて登場人物の一部が明確な恋愛感情を以てストーリーを展開するさまは新たな可能性を思わせるものでもありました。そういった部分については、やはり惹かれてやまないですし、いいとこどりだと謗られようが仕方のないことだと思うのです。

 何が書きたいか殆ど分からなくなりつつありますが、結局拙宅はこれまで拙宅がやってきたようにしかやっていけないと思います。
 これからも、誰も絶望しないただただ明るい優しいだけの希望ケ峰学園の話しか書かないし書けないです。もう技量がないせいでいいです。でも、それは蕗がコロシアイ学園生活をどうでもいいと思っているわけではなく、純粋に自分が書きたいものだけを書いているからこうなっているというだけです。
 そして、自分が納得したいだけのためにV3もゆめではありませんがテキストを扱うことがあると思います。そちらも同様です。自分が幸せになるためだけに幸せな才囚学園を捏造します。蕗がやりたいからやるだけです。誰にも迷惑はかけないからそっとしておいていただきます。V3については人を呼ぶ気が本気で全く無いので一切ランキングなどで匂わせませんから、それでどうか見逃してやってください。そして、現実逃避の産物などでよろしいのであれば、是非お暇な折にでもご笑覧いただければ何よりの幸いです。

 なんかそんな感じです。だいぶすっきりしました。
 以後、何事もなかったかのようにV3関連のテキスト出したりしますが、すべてはこういった動機なので「あー自己満足で忙しいんだな」と思って貰えたら嬉しいな、ということです。
 ぶっちゃけ「良い子の諸君!」コピペ(例のアレ)だけ貼り付ければ事足りるかなーとも思ったのですが幾らなんでもあんまりだよなと思い直したので拙くも言葉にさせていただきました次第です。

 どうにも大勢に乗れず今後も辺境の地として細々やっていくしかない拙宅ではございますが、今後もTwilight gloomを宜しくお願い致します。こんな取りどころのない拙宅に足を運んでくださる皆さまの存在が救いです。


//20170130 蕗