*百合夢、恋人設定
「わあ、出店が一杯! なにから食べよっかなあ…響子ちゃんは何がいい?」
「……名前が良いなら何でも構わないけれど、初詣って元来お参りありきのものじゃないかしら」
「あ。……え、えへ」
「まったく。――そうね、焼き鳥。塩」
それから、名前がたこ焼きを食べたいのなら付き合ってあげてもいいわ。……なんて。いつもクールな響子ちゃんは、実はわたしに対してだけはちょっぴり甘いのだ。
先ずはお参りを済ませてからにしましょうか、とスマートに私を先導してくれながら、清潔そうな香りのする長い髪を揺らして響子ちゃんがちいさく、でも確かに笑いかけてくる。――夢みたいだ、と思った。
だって、実際夢見ていたのだ。初詣デート、なんてまるで雑誌の特集みたいな心躍るシチュエーション。しかもお相手は、綺麗でかっこよくて時々たまらなく可愛い、大好きな恋人。多忙を極めるスケジュールをどのようにして調整したのか、この日――流石に三箇日こそ空けられなかったけれど、なんて申し訳なさそうにされた日にはどうしようかと思った。ぜんっぜん、問題ないのに!――まる一日を、響子ちゃんは私とのお出かけのために確保してくれたのだった。響子ちゃんは、やっぱり優しい。
ハンサムな印象を纏わせる黒いナポレオン・コートから覗く凛々しい美脚は、制服で見慣れたスカート姿ではなくラインを殊更きれいに見せるスキニーパンツに包まれている。いつもは片三つ編みでほかの髪はストレートに流しているきらきらのプラチナブロンドも、今日はトルコ石とシルバーがあしらわれたシュシュ――今年のクリスマスにわたしからプレゼントしたもの、だ――でサイドに纏められている。響子ちゃんは言わずもがな、希望ヶ峰の誇る超高校級の"探偵"なのだけれど、こうしているとファッションモデルと言っても遜色ないほどの美貌であることに改めて気づかされる。すっごい、美人。もともと女の子にしては上背があるのも相俟って、ほんとに眩しい。隣に並んでると気後れしちゃいそうなくらい……なんて前に零したら響子ちゃんから珍しくお説教されてしまったので、言わないけれど。
Aラインの花柄ワンピース――響子ちゃんが「名前には女の子らしい服が本当によく似合うのね」なんていつも褒めてくれるから、自ずとわたしのワードローブにはその手合いのお洋服が溢れることになる――に白いコートを羽織ったわたしと響子ちゃんとではまったく系統が異なるのだけれど、今日はふたりともお揃いのショップ・バッグを肩から提げている。これも、私だけの響子ちゃんの特別。新年一度の、女の子のわがまま。それに付き合って貰ってしまったのだ。
「えへへー、おみくじの結果で中身の良し悪しを予想しちゃお。何か軽いアウターと、スカーフ位入ってないかなあ…」
「既に決定されている袋の中身についてまでは神様も関知し得ないと思うのだけど」
「いいのです! 気は心、というのです! から!」
福袋。
今日はこの神社――希望ヶ峰にほど近い、大きな宗教団体が持っているらしい神社。別に後ろ暗いところもないみたいで毎年三箇日は客足が絶えないのだ――にこうして二人して初詣に来る前に、私が年内からずっと楽しみにして響子ちゃんにせがみ続けていた所謂「初売り」に行って来たところだった。
特に私服に拘らない、最低限動きやすさと清潔感、それとTPOが弁えられていれば…なんて味気ないことを言う響子ちゃん(超高校級のハンサムガール!)があまりに勿体なさすぎて、思わずマネキンにしちゃう勢いで色々と見繕った次第だけれど、これがとっても楽しかった。最初はいつものポーカーフェイスで棒立ちだった――あとで聞いたところによるとどう立ってたらいいのか分からなかっただけ、らしかった――響子ちゃんも最終的にノってくれて、わたしが次々持ってくるお洋服に「それは私でなくて名前が自分で着るべき系統でしょう」「あまりルーズなシルエットは好みじゃないわ、あなたが着るのなら可愛らしいと思うけれど」と率直な感想まで言ってくれるようになった。これは来年の夏、ふたりで水着も見に行けちゃうかな? なんて思ったりして。
そして、最後に初売りの醍醐味ともいえる新年の運だめし、福袋を買ったのだ。選べるツータイプにいとも容易く誘惑されたわたしが売り場の前で十五分間も立ち往生していたとき、響子ちゃんは苛立つ様子も見せずずっと傍で待っていてくれた。結局どちらも買う、という大は小を兼ねる的決断を下したわたしにも響子ちゃんは呆れないでくれたばかりか「折角だし、私もひとつ買うわ」なんて優しいことを言ってくれたのである! 普段は”協調性? 何それおいしいの?”を地で行く響子ちゃんが、きっと私が申し訳なく思わないようにと思って気を遣ってくれたのだ。や…優しい。わたしにだけ、優しい……!
「――気は心。確かに、ね」
「そうだよー。何かあったときもさ、もうだめだーって思うのかなんとかなるさーって思うのかで全然違うんだから」
「……そういうもの、なのね」
「だよ! ううん、この世には目視できない不思議なパワーが渦巻いているんですなっ」
「葉隠くんみたいなこと言わないで頂戴」
「あう」
賑わっているとはいえやはり三箇日明け、超行列! というほどでもない適度な人の入りを見せる本殿まで、数十メートル。手をつなぐでもなく、変に離れすぎるでもなく。つかず離れずの距離を、取りとめのない話をしながら並んで歩く。
ただの女の子友達同士が遊びに来ているだけなのだろう、って傍目には見えるのかも知れないけれど、わたしはそれでも全然かまわない。だって、わたしの中ではこれって立派なデートだもん。友達と遊ぶだけだったら、こんなにときめいたりしない。こうして一緒に時間を過ごせることを、こんなにも幸せに思ったり、きっと出来ない筈だから。
* * * 「うーん、お賽銭どうしよ。やっぱり今年は500円かなっ」
「……名前のそういう突拍子もないところ、嫌いじゃないのだけれど。ごめんなさい、ちょっと意味が分からないわ」
お賽銭箱の前で急に思い立ち、深刻な顔でお財布とにらめっこしている私を、なにか気の毒なものを見るような目で響子ちゃんが覗きこんできた。し、失礼だぞお! 響子ちゃんのことで悩んでるっていうのに!
だって、去年はこんなに素敵な恋人ができたのだ。
女の子同士だから、とか、響子ちゃんは苗木くんが好きなんじゃないか――これは本人から「所謂ペットに抱くような感情だと思うの」と端的な回答を貰えた――とか、色々ぐるぐるして、周りにもちょいちょい迷惑を掛けて、やっと結ばれたのだ。
ほんとならわたしなんかには勿体ないひとなのだから、これはしっかり願を掛けておかなければ何時どんな切欠で響子ちゃんが離れて行っちゃうか分かったもんじゃない。響子ちゃんはほんとに誠実で、心の綺麗な女の子だって分かってはいるけれど、望まない別れだってあるかも知れない。こないだ古典の時間に習ったもん、さらぬ別れ、とかって――うぅ、やっぱり千円にしようか。
お財布をぱくぱくさせながら、考えていたことをそんな感じにかいつまんで響子ちゃんに話すと、なんだか呆れたような、でも少し照れているような、不思議な顔をされた。教室では少なくともまずお目に掛かれない表情。わたしだけの、特別だった。
「……はあ、成程ね。了解したわ、でもね…意味、無いと思うのだけど」
「うそ! そんなことないもん! 千円ならきっと…い、一年くらい持つもん!」
「千円でも一年なの…コストパフォーマンスが脆弱過ぎるわね。……そうじゃなくて。あのね、本来お賽銭って別に神様に対する賄賂とかって意味合いのものじゃないのよ」
「え、え?! お願いごと聞き入れ料とかじゃないの?!」
びっくり、である。
わたしは小学校時代に私立の中学校を受験したので数年前の初詣には勿論受験合格祈願を行ったのだけれど、お母さんなんか普通に「今年は奮発しなくちゃね」なーんて言って千円札入れてたのに。
「此処の巫女、私の旧知なのだけど――賽銭って、かつて仏前なり神前なりに米を撒いていた風習の名残なんですって。つまり、神様に向けてのものじゃなくて、神様に向かうにあたって自分の心を清めるためのものなの」
「ほぇー……」
「呆けないで頂戴、私にしか可愛いなんて思われないのだから。――兎に角、本当にその生産性のない願いを掛けるか否かは知らないけれど、お賽銭は常識的な額を入れておくのね」
「……むぅ、わっかりましたあ響子せんせー」
「よろしい」
……でも、なあ。
わたしが悄然としているのを気落ちしていると見たらしい響子ちゃんが、頭に手を置いてくれる。ぽふ、って軽い音がした。
違うのです、落ち込んでいるのではなく納得できずにいるだけなのです。別に、神様にお願いしたいからお賽銭を奮発したいわけではないのです、わたし自身の誓いの問題なんだもん。今年も、響子ちゃんの恋人で居られるっていう奇跡をわたしのものにし続けるんだぞ、って。
結局500円玉を投げた。心底理解できないような顔で響子ちゃんがわたしのほうに目を遣っているのは分かっているのだけど、もうこうなったら意地なのだ。手を合わせて顔を伏せてしっかりと拝む。
――顔を伏せる瞬間、拝殿の奥にいた巫女さんと一瞬、目があった。笑みのかたちに柔らかく細められた綺麗な紫の瞳はさながらアメジストを思わせる煌めきを湛えていたけれど、それよりもわたしにとって愛しい紫色がひとつあるから、きゅんともこない。甘いような爽やかなような、菫のそれよりも淡く儚い、蘭の花の薄紫。響子ちゃんの、理知的な光を絶やすことない瞳は、そんな色を孕んでいる。
「――行きましょう、後が閊えてしまうわ」
「あ、うん」
「名前」
「……なあに? 響子ちゃん」
「折角のデート、でしょう。――私は別に何も怒ってはいないのだから、笑って頂戴」
とってつけたような笑みのひとつもなく。まっこと通常操業ですってポーカーフェイスで、でも、とっても優しい声色で――響子ちゃんがわたしの腕を引いてくれた。御神籤も引くんでしょう、なんて言って。わたしの些細な発言までちゃんと覚えていてくれて、導いてくれる。ほんと、響子ちゃんってどこまで王子さまなんだろ。そして、そのたった一言で下向きだった気持ちが途端に上向きハッピーになっちゃうわたしも相当なものだなあと思ってしまう。
いつだって響子ちゃんは、その指先ひとつ、何の気ない言葉ひとつ、視線ひとつで、さも簡単にわたしを浮上させたり撃沈させたりを自在に行ってくるから。わたしは常々「身が持たない!」とぼやいたりしているのだけど。まあそれが幸せなのだけど!
「あ、待って響子ちゃん」
「……今度は何の騒ぎかしら」
「あのね、お守りを見たいの」
思い付き、という訳では無くて実はずっと考えていたことだった。
押しも押されぬ超高校級の”探偵”の名をほしいままにする響子ちゃんは、今でも学校生活の合間に何くれとなく「お仕事」に出てゆく。それはいつも響子ちゃんの体力を容赦なく削り取ってゆき、こころを疲れさせ、時々はダイレクトに身体をも傷つけることがある。
私の好きでやっていることだから名前が気に病むことじゃない、大丈夫よ――そんなふうに響子ちゃんはいつも流してしまうけれど、それで引き下がれてしまうような半端な思い入れなのならば、もとよりわたしは今こうして響子ちゃんの恋人になんてなっていない。辞める気が無いと言うのなら、それでも歩み続ける響子ちゃんの、せめて力になりたい。支えになりたい。
そう思って、ささやかではあるだろうけれど厄除けとか幸運招来とかのお守りでもプレゼント出来たらと密かに息巻いていたのだ。だというのに、
「――霊符ひとつでどうなるものでも無いと思うけれどね」
「れ、れいふ?」
「名前、知らないの? そっちが元来の”お守り”なの。私たちの目に触れるあの袋はお守り入れなのよ」
「ふつう知らないってえ……で、…え、響子ちゃんお守りとか持たないひとなの?」
痛いくらいに純粋な、現実主義。
もちろん響子ちゃんは人の痛みをちゃんと分かる子だし目に見えないものの存在だってきちんと認めている。でも、自分の知識の中で納得がいく部分に関して響子ちゃんは妥協をしない。これが、彼女が協調性がないだなんて誤解を受けてしまいがちな部分なのだろうと思う。
ロマンで飯は食えないのだ――なんて、響子ちゃんは素で言えちゃうひとなのかも知れない。販売所のほうへ歩を進めながらそう食い下がるわたしに、「そうね、今まで必要を感じていなかったから」となんともクールな相槌が寄越される。なんでも自分でこなしてきて、自分の足で堂々と立っている響子ちゃんらしい、過剰な冷たさを感じることでもないポーカーフェイスで以て。
悪気は、ないのだ。ほんとは響子ちゃんがとっても優しい子だって、その中でもいっそう、恋人のわたしのことを気に掛けてくれてるんだって、ちゃんと分かってる。だから、哀しいなんてことはひとつもない。だけど。
ぷく、と両頬を軽く膨らませて、斜め上のいとおしい薄紫の瞳を、長く強く見据えた。
「なんか、響子ちゃんと居ると――世の中のぜーんぶ、いろんなこと、目に見えるもの見えないもの含めて、ぜんぶ、響子ちゃんが合理的に説明してくれちゃいそうな気がする」
なんだか、ちょっとだけ、寂しいのだ。
響子ちゃんには全部見えてるんじゃないかな、って。その視点に、わたしはどう足掻いても着いていけないから、それがとても寂しいな、って。
――思いのほか恨みがましく響いてしまったさきの一言が今更恥ずかしく思えてきて、どうしようかと思っていたところに、深いふかーいため息が聴こえてきた。
響子ちゃんが、真っ直ぐわたしの目を見返してくる。深く探るような、貪られるような、イノセントで貪欲な目。わたしが欲する、わたしを欲してくれる薄紫。
「名前」
「……ぅ、なんですか」
「ばか」
あた。
短く切り揃えられた桜貝のような爪が、わたしの眉間をピンポイントで狙撃する。女の子同士だからこのへん遠慮がないのだろう。それにしたって、どうしてこのタイミングででこぴんなのか。情けなさも相俟ってなんだか自然と涙腺が緩んでくるのを感じる。
「――私に、お守りをプレゼントしてくれようって話だったんでしょう」
「うん、そうだよ。……なんで分かったの」
「名前の事だもの、推理すら要らないわ。――まったく、文脈を考えないで先走らないで頂戴」
「……どういうこと。わたし、響子ちゃんみたいに頭よくないから分かんないもん」
「買い被り過ぎだと言っているの。大体、私が名前の言う通りの人智を超えたインテリの持ち主であったとして、だったらどうして今こうやってあなたを困らせてるの、って話じゃない」
「そっ……そんなの詭弁だよぅ」
「あら、詭弁なんて難しい言葉をよく知っていたわね、名前。――いい、新年だしお年玉だとでも思ってよく覚えておいて頂戴。
私は”探偵”として、並みの高校生たち以上の経験をしているし、それだけ多くのことを知っているわ。だけど、――今はどうしても分からないことがあるの。知りたいのだけれど、そしてそれは多くの”並みの高校生たち”は皆知っていることなのだろうけれど、わたしには分からないの」
それは、たとえば名前――あなたのこと。
あなたがこんな事言い出すときには、なにを考えているのかしら。どうしてこのタイミングで泣くのかしら。明らかに非効率的なことを敢えて選びに行くのはどうしてかしら。何故、私のためにそんな事までしてくれるのかしら。
それは、たとえば私のこと。
私はあなたに何を伝えれば、あなたに笑って貰えるのかしら。私のどんな発言が名前を喜ばせて、どんな行動が名前を傷つけてしまうのか。あなたの気持ちはしっかり余さず受け取っているのだと、それがとても私には嬉しいことなのだと、あなたに誤解なく伝えるにはどうすればいいのかしら。
「――考えてばかり、よ。合理的な説明、だなんて私は端から名前との間に必要ないと思っているのだけど……あなたは違ったのかしら」
「だ! だって! お守りも……ぅ、さっきの、お参りのお賽銭のときだって、」
「……いやね、自分の行動の理由を解説させられるのってなんだか取調べみたいで。お賽銭、結局名前はあんなに入れてしまったんでしょう。確かに本来の用途を説いた私からすれば、あなたの行動は不可解よ」
「ううう」
「――名前は、私の話を聞いて…お賽銭の額にはなんの意味もない、って知って、それでもお賽銭の額を下げなかった。
結局のところその時のあなたが何を考えていたのかは私に知るすべはないのだけれど…もうひとつ不可解なことに、私はそのとき確かに、――嬉しい、と感じていたわ」
冬の風が吹き、響子ちゃんが立っているところの傍らに並んで吊るされている絵馬がぱたぱたと乾いた音を立てる。拝殿からは、さっきの巫女さんが舞を納めているのか、澄んだ鈴の音が断続的に響いてくる。落ち着くような、気持ちが昂るような、不思議な感覚だった。
ただ、これだけは言える。あのときの響子ちゃんが怒っていたのではないと分かって、それだけでわたしはものすごく安心してしまった。こうなればもう全て打ち明けてしまえ、と言わんばかりに響子ちゃんが「それから」と言葉を繋ぐ。
「お守りの件に至っては、完全に名前が私の発言を曲解しているのよ」
「……してないもん。要らないって、ゆったじゃない」
「言っていないわ。”今まで必要がなかった”というだけよ、その文意には今後あなたからお守りを受け取ることについて言及する部分なんて存在しないじゃない」
「ええー……」
「私が、名前からのプレゼントを無碍にするとでも思ったの? ……そう思われていたのだとしたら、私も随分となめられてしまったものね」
「ちっ違っ……ぅ、ごめんなさい、なんかもうわたし、いっぱいいっぱいで」
さきほどは頭に乗せられ、少し前には額を弾かれた犯人である響子ちゃんの白魚のような手が次に伸べられたのは、わたしの唇に他ならなかった。やんわりと、黙らされる。強制などない筈のほっそりした手指は、黒革のグローブ越しに確かにわたしの口を塞いでしまったのだった。
そうして、さっきのある種熱烈な告白――わたし、もうちょっと意識をしっかり向けておいたらよかった! 保存版だったのに!――に今更その目尻を紅く染めた響子ちゃんは、ここにきて漸く笑顔を見せてくれたのだった。ずいぶんと久しぶりなように思う。
「――幸運守りひとつで、手を打つわ」
「え、……貰ってくれるの? 響子ちゃん」
「捜査中の無事をあなたが祈っていてくれる、って信じる手立てとしては非常に有用じゃない。十分使えるもの――それに、名前からのプレゼントなら、それが役に立つ立たない以前に私にとって価値を持たない筈がないじゃない。そこまで考えて頂きたかったところね」
「そ、そんな自惚れた考えは生憎身に付けてないっていうか……」
「じゃあ一刻も早く覚えることね。下手に思考を隠さないで、名前のくせに生意気なのよ――
私も、ちゃんと考える。だけど、極力、すべて晒して頂戴。教えて貰いたいこと、未だ沢山あるの」
わたしは響子ちゃんについて未だ全部は理解しきれてないのだろうと思う。
わたしの手の内なんてぜんぶ読まれちゃってる、と思っていたのに、響子ちゃんは改めて教えてほしいという。だから、響子ちゃんもまた、わたしについて未だ全部は理解しきれていないのだろうと思う。
響子ちゃんは、万能の王子さまなんかじゃなかったんだ。もちろん、かっこよくて凛々しいのは変わらないけれど――それ以上に、等身大の、考えることは得意なのに感じることがちょっとだけ苦手な、恋する(――もう自惚れてもいいや!)女の子なんだ。
お互いのこと、全部分かるなんて、理想だけどまだまだわたしたちには難しいみたい。
だから、今年はちょっとでもそれに近づけるように、もっとふたりでお話しよう。
「うん――じゃあそれ今年の抱負にするね!」
「随分と抽象的な抱負になるけれど大丈夫なの?」
「問題ないよっ。よーし、お守り買って御神籤ひいて、食べ歩きしながら帰ろー!」
現金にもそれで元気を取り戻したわたしは、響子ちゃんと並んで再び歩き出す。まずは、やっぱりお守りの販売所。
お目当ての品はあまりにわたしたち二人に都合のいい色をしていた。わたしの大好きな色。響子ちゃんの、薄紫。お守り袋自体に意味はない、なんて響子ちゃんは言っていたけれど、「わたし、この色がいちばん好きなんだ」なんて零しながら手渡したそれは、とても大切なものを持つように優しく受け取られたのだった。
御神籤は可も無し不可も無し、で結局くだんの福袋の中身がどんなものかは帰寮してから確かめてみようか、でなんとなく流れた。
帰り道にフライドポテトをふたりでつまみながら、広い街路を並んで歩く。さりげなく雑誌の再現だったのだけれど、わたしの胸に立ち上ってくるのはときめきやドキドキというよりは、不思議と安寧とした気持ちだった。響子ちゃんが、隣に居てくれる。その事実が、わたしをたまらなく幸福にさせてくれる。
「――うーん、中吉とはいえ吉は吉。これはどっちかにアウター入ってやしないかな」
「そうかしら。外から見たところなんだか平坦だし絶望的な気がするのだけれど」
「! だめだよ響子ちゃん、まだ現実は見せないでっ……」
「というか、留め具ってただのジッパーなのだから別に中身なら今すぐにでも確かめられるじゃないn「お部屋に帰ってから開けてこその福袋、だよ! このまま無事に持って帰ったら神様が温情措置でモッズコートくれるかも!」……そう、」
名前は、モッズコートが欲しかったのね――また呆れられるかと思っていたところに、響子ちゃんが唐突に変化球の相槌をくれる。響子ちゃん優しいから、まさか気にして買ってくれるだなんて言い出すんじゃないだろうか、断固阻止だ。女の子同士の間柄にそんな、貢ぐ貢がれるの関係を築いちゃだめなんだもん。
そんな突飛な妄想を繰り広げていたわたしが我に返るのと、響子ちゃんが自分の肩に提げていたショップバッグからビニールで梱包された真新しい洋服をわたしのほうへ差し出してきたのがほぼ同時だった。錆びたようなオリーブグリーン、こげ茶に白混じりのティペット。それは、わたしが欲しいと言い続けていたモッズコートそのもの、で。
「――え、響子ちゃんこれ、えっ、」
「あげるわ」
「でも、だってそれ響子ちゃんのじゃない」
「生憎、趣味じゃないわ。
――というより、名前が好みそうなものが出てきたら譲ってあげられるように、と思ってひとつ買ってみただけなのだもの。福袋、なんて生まれて初めて手を出したわ」
き、響子ちゃんの、ばか!
自分だってよっぽどよくわからないことやってるじゃない!
でも、――嬉しい。これも、さっき響子ちゃんが言っていたとおりだ。
「……いいの?」
「ええ。自惚れていいわよ、あなたのためだもの。完全に、疑いなく、名前――あなたのために動いたの」
「――……ッ! 有難う、やっぱり響子ちゃん王子さまだー!」
「ちょっと、イカ焼き持ったまま抱き着いてこないで頂戴」
恋愛には、理屈で割り切れないことって沢山ある。
異性同性の別に拠らず、「どうしてこうなるの?」ってことばかり、ある。
でも、その答えって意外とシンプルなのかも知れない。
たとえば――、
「……だって、すきなんだもん!」
・わかってハンサムガール!
20140105
だから、買い被り過ぎだと言っているのに。
でも――不思議とそれを訂正しようと思えないのは、名前、やっぱりあなたの所為なんでしょうね。
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