2014お正月企画! | ナノ
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*日向くん×超高校級の"歌姫"


「わあ……すごい人出だね。元旦当日を避けてもあんまり意味なかったのかな」

 こんなんじゃ折角着てきた晴れ着、着崩れたり汚れたりしちゃいそうでなんだか憂鬱。創くんに見て貰いたくって、今朝も早起きして着付け頑張ったのに。

 年が明けて、二日めの今日。私は真新しい紅梅色の晴れ着を纏いながら、そんな今一つ晴れない気持ちを抱えて此処に立っていた。
 希望ヶ峰学園から、電車で四、五駅くらいの距離にあるこの神社は、学園の生徒である超高校級の"巫女"を擁する宗教団体が構えているところで、特に宗派を問わない間口の広い作りをしていることから初詣にはもってこいと格好の評判なのだ。夏祭りもかくや、とばかり出店も充実しているのだという毎年の評判もあって、私も昨年ついに念願叶って恋人の地位を勝ち得た彼――日向創くん、に一ヶ月も前から初詣は絶対ここ、と強請っていたのだった。
 ――だから、その神社の人気を多少なりとも甘く見積もっていたらしかったことが土壇場で発覚したとしても、それって全て私のせいなのだ。

 せっかく来たなら出店でりんごあめとか買っちゃって、舐めながら歩いて――創くんにも時々あーんってしてあげちゃったりなんかして!――、とかしたかったのに。こんな人混みでそんなこと出来っこない。誰かにぶつかって袖とか裾とか汚しちゃうのが関の山だ。最悪の場合、食べてる途中で串が喉に刺さったり、なんて……
 思考がマイナスのスパイラルに突入し(ぜんぶ杞憂だって分かってたって凹むのはやめられないんだもん)、かくんと俯いてしまった私に、それでも創くんはとっても優しかった。ふっと苦笑しながら、セットが崩れないように優しく指先だけで私の髪をちょんちょんと撫でてくれる。私がずっと焦がれてきた、お兄ちゃんみたいな、でももっと近づきたいって思ってしまう、そんな表情。

「でも逆にさ、それなりに人出がないと初詣って感じもしないだろ。折角此処まで来たんだし楽しんで帰ろう――ほら、名前」

 いつもの制服の清潔そうな白いカッターも似合ってるけど、今日のアイボリーとネイビーのチェックのシャツは新鮮でますますかっこいい。濃いグレーのニットカーディガンも、ショート丈のダッフルコートも、創くんのしっかりきっちりした清潔感とお兄ちゃんっぽさをそのまま残しながらより素敵に彼を飾っている。
 それに、その右手首にはちゃんと本革の腕時計――昨日、つまり元旦がお誕生日だった創くんに私がプレゼントしたものだ。初詣を今日にずらしたのには、お正月云々より彼をがっつりお祝いしてあげたかった私の目論見も勿論あった訳で!――が巻かれていた。うん、私の見立てに狂いはなかった。ますますかっこいい。業界の知り合いに相談しただけの見返りはあったらしい。

 そんなときめきに溢れた右手を、創くんはわたしに差し出してきた。なんだろう?

「? どしたの、創くん」
「えっ……いや、その、…手」
「ごめんね、残念だけど私じゃ手相は見られないかな」
「いやお前いつもは俺と一緒に周りの連中にツッコミ入れてるくせにこういう時ばっかりボケに回るの止めろよな……否、なんだ、その……今日、人が多いから」
「多いから?」
「繋いでおかないと、一旦はぐれようものなら再会は困難を極めるぞ。だから、手」
「あ、あ! ……あぅ、そういうこと、なんだあ…」

 てっきり、昨日一緒にたまたま見た「開運」をテーマにしたバラエティ特番の影響でも受けたのかと思った。そしてひとたび真相を知ってしまうともう恥ずかしくてたまらなくて、私はもう一度俯いてしまった。勿論うれしいけど、でも恥ずかしいのは変わらないから、もうさっきまでぐるぐるしていたことって何だったか思い出せなくなってしまうくらい舞い上がってしまう。
 このままじゃ進まないだろ、と優しく嘆息する声が聞こえるのと同時に、そっと片手を引かれた。普段は優しすぎるくらい優しいのに、こういうときに積極的にリードしてくれる…なんて女の子の理想としてはベタすぎるのかも知れないけど、それでいいんだ。創くんは背が高くて声も中身もかっこよくて、ずっと憧れてきた私の王子様。少女マンガみたいな恋してたって、いいじゃない。


 * * * 



「ねえねえ創くん、なにお願いするか決めた?」
「いや言っちゃ駄目なものだろこういうのは……」
「なんで?」
「俺も詳しくないんだけどな…否、でもよく聞くだろ、口に出したら叶わなくなるとかって」
「私はねー、ドーム公演! 希望ヶ峰にいるんだし、今年こそ叶うかなって思ってるんだよね」
「――それは、願わなくてもそのうち叶うんじゃないか? 名前の事だしな」
「お願いしておくことで確実にしたいのです! よ! ……なんて、こっちは本命じゃないんだけどね」
「いや片手間でそんな大それた願い掛けるなよ、神様サイドが混迷を極めるぞ」
「あはは、創くんのツッコミ本当面白いよねえ! 私、大好き」

 並んでお参りの順番を待つ間にも、他愛ない会話は尽きない。
 結局買った――じゃない、買って貰っちゃった――りんご飴を堪能しながら、少しずつ列が進むのに合わせて歩む。「俺は芸人じゃないんだけどな…」と頬を掻く創くんが、誰かに私がりんご飴をぶつけてしまわないように、とそれとなく前の人との距離に気を遣ってくれている。そうだよ、創くんは芸人さんじゃない。私の大切な彼氏さまだもん。
 お参りの列が近づいてきて、また片手が空かない私は晴れ着に合わせて持ってきた巾着の袋も開けられない。創くんにお願いすれば持っていてくれるんだろうと思うんだけど流石に申し訳ない。お賽銭、どうしよう。お財布は当然、巾着の中にあるのに。

「これ、名前の分な」
「え……創くん」

 そこに、ごくごく自然に創くんの手が伸びてきた。反射的に出した手のひらに載せられた百円玉に、急いで仰ぎ見た先の彼は、やっぱり私の大好きないつもの顔で笑ってくれている。仕方ないな、なんて、甘い幻聴まできこえてくる気がした。

「日頃しっかりしてる癖に時々抜けてるのな、お前。賽銭箱になんにも無しじゃ叶わなくなるかも知れないぞ、ドーム公演」
「ご、ごめんね創くん……! えへへ、ありがと」

 大したことじゃない、なんて本当に大仰でなく返してくれる創くんに促されるようにして最前列へと進んだ。
 弟や妹がいる、なんて話は聞いたことがないけど、こういうときの創くんってほんとにお兄ちゃんみたい。包容力があるっていうのかな、よく気の付く…なんてレベルを超えて、ほんとに全部委ねちゃいたい気分になる。ずっと未来、息子が出来たらその子にとっての理想の姿になって、娘が出来たらきっと「パパと結婚するの!」なんて言われちゃうようなお父さんになること間違いなし。――どうしよ、娘に大人げなくライバル宣言…というか勝利宣言? なんてドヤ顔でやっちゃったらやっぱり創くん、呆れちゃうかなあ――……
 ぼーっとしていた私は横から創くんに小突かれてようやく賽銭箱の前に立った。「おい名前、お前なあ」と投げかけてくる苦笑がお父さんのそれからお母さんっぽいそれに移行している。ご、ごめんなさい……。

 拝殿の中では厄年の祓い――といってもこの神社は仏教とも神道とも違う道を執っているところなので単に「厄払いをしたいひと」が集まっている感じみたいだ、年齢層的に――を受けるために老若男女が頭を垂れていて、この真冬に薄い衣を童話のお姫さまのように重ねた紫の瞳の巫女さんが粛々と儀式を行っている。一番左端に座ってる、私とか創くんと同い年くらいの男の子がえらく熱心に巫女さんのことを目で追っかけてるのがなんだか面白い。ここって一応宗教団体の神社だっていうし、熱心な信者さんなのかな。赤い目もなんだかそれっぽい。

「えっと、二礼二拍手一拍手だっけ?」
「どうして二回に分けて拍手するんだよ。一礼、な」
「あー! 二礼二拍手一礼一拍手か!」
「その最後の一拍手は名前なりの拘りか? 二礼二拍手一礼、な」
「せっかくてみずで洗ったから、手を沢山使うのかなーって…」
「はいはいそうだなもったいないよな、ちなみにさっきのアレは"ちょうず"って読むんだぞ名前」
「なん…だと……!」

 そうこうしながらも無事にお賽銭を投げ入れて、しっかりお参りは済ませることが出来た。
 私が顔を上げたとき隣の創くんはまだお祈りが終わっていなかったみたいで、なにをお願いしているのかえらく真剣なその横顔にちょっとどきっとした。
 創くんはよく自分のことを特徴がないとか凡庸だとかって言って卑下するのだけど、あまりに自分のよさを分かってなさすぎだと私は思ってしまう。私と創くんでは学科が違うけど、本科にどんなすごいクラスメイトや先輩後輩がいるにしても、私がこんなに好きになれるのは創くんをおいて他にいないっていうのに。


「あ、絵馬! ねえねえ創くん、私、絵馬も書きたいなー」
「"今年はドーム公演します! 苗字名前"ってか? 願掛けっていうより先行予告になりそうだけどな、押しも押されぬ"歌姫"の直筆の絵馬なんてこの三が日の間に無事である保証が一切ないぞ」
「そ、そんなこと無いもん。…うー、駄目?」
「……成程、名前姫はこの俺にお参りの列を横切って対岸の販売所まで絵馬を買いに行けと仰せな訳だな」
「う、ううっ……」

 お参り待ちの列を左側にはけてしまって気づいた。こっちはお守りの販売所だったのだ。絵馬を飾るところはあちこちにあるけれど、売っているのは反対側の販売所なのである。いくらなんでも、この格好でもう一度あの列に突撃する訳にはいかない。しかも今度は進行方向に対して垂直に突っ切るというのだから確実に晴れ着は悲惨なことになるだろう。
 仕方ない、今年は諦めようかな。肩を落とす私の下がった視界の中で、創くんのスニーカーがくるりと踵を返した。

「ははっ、冗談だよ。ちょっと待っててくれな」
「えっ……いいよぉ創くん、またの機会にするってば」
「いいんだって。偶の名前のワガママに付き合えない程、俺のキャパは小さくないつもりだぞ」
「…ごめんなさい」

 なぜか軽く小突かれてしまった。なんで?

 創くんが人混みの中に紛れてしまったら私は彼を待つ以外にすることがなくなってしまう。下手にここから動いてはぐれるのもイヤだから、大人しくりんご飴を最後まで食べきって待っていた。
 そして私はここにきてようやく、自分の立場を忘れていたことに気づいた。晴れ着なんて着て、ずいぶんと華やかに装ってしまって。――私はどうして希望ヶ峰に招かれることになったのだった?



「あのー、歌手の苗字名前ちゃんですよね?」

「ホントだ名前ちゃんだ! 顔小さーい、テレビで見るのより可愛いっスねー」

「今日一人で来てるの? やっぱ希望ヶ峰の近くの神社だと超高校級の女の子たちに会えるって本当なんだ」



 口調は、そんなに怖いひとたちじゃない。見るからに怪しいような、不穏なひとたちならその時点で神社のひとたちからつまみ出されてしまうからだ。でも、囲まれてしまえばやっぱり怖い。
 よかったらこれから一緒に回りませんか――なんて、強引に腕をとられて身体が総毛立つ。さっき創くんに手を引いてもらったときにはなんともなかった…寧ろ嬉しかったその触れ合いが、相手が違うだけでこんなに怖いものになる。他に女の子もいるから安心、とか、そういう理由で怖いんじゃないのに。

 拝殿から降りてきたさっきの巫女さんが、私が知らない人たちに囲まれているのに気付いてくれた。すぐ傍にいた件の熱心な信者?の人と目を合わせていると思ったら、そっちの人のほうが赤い目に怒りを滲ませて私たちのほうへ来てくれようとした。正義感の強いひとなのだろう。
 でも、こっちに向かって声を挙げようとしたらしいところを巫女さんに止められている。そっか、下手にここで事を荒立てたら私自身が危ないのか。何せ、ここは学園の近くだし、私は凡人…なんて言ったら嫌味になっちゃうくらいには名前が知れた超高校級の"歌姫"だ。私がここから逃げられればなんでもいい、訳じゃないのか。

 じゃあ、私はどうなっちゃうんだろう?



「――あーっ、苗字さん駄目じゃないですかこんな所に居ちゃ! 俺ちゃんと言いましたよね休憩所に居てくださいってー!!」



 ――聴き慣れた大好きな声が、聴き慣れない呼び方で私を呼んだのは、そのときだった。


「…は、創く「頼みますよホント、帰って社長から怒られんの俺なんですから! 苗字さんただでさえ一人行動は迷子フラグの人なのにどーしてマネージャーの俺置いてどっか行っちゃうんですか勘弁してくださいよお願いですから!」」

 最初は、なにが起こっているのかよくわからなかった。それは私だけじゃなくて、さっきまで私の腕を掴んだり周りを囲んだりしていた人たちも含めて、みんなでぽかんといきなり駆け寄って来るなり私の両手を取って喚き立て始めた創くんを眺めることになった。

 勿論、私のマネージャーさんは事務所にちゃんと居る。当然ながら、創くんではない――だから、ここで創くんがいきなり寸劇を始めた理由はひとつ、なのだ。
 私は、テレビに出るときに鏡の前でいつも練習しているような、よそゆきの笑顔を即席で仕上げる。

「…え、……えへへ! ごめんね日向さん、ちょっと恋みくじが見たいなーって…許してぇ?」
「いーや俺は許さん、帰ったら社長に子細漏らさずチクってやりますよ。ったく、一般の人にご迷惑までお掛けして――……ああ、すいませんね皆さん」

 創くんのどこにこんな演技力が備わっていたのか。というか、口調が違うだけで結構言ってることは素っぽくはあるけど。
 私のマネージャーさん(仮)から突然話を振られ、あまつさえ頭まで下げられてしまった周りの人は、すっかり毒気を抜かれてしまったのか――それとも単にこの事態にヒいているのか――腰の退けた様子で「は、はあ…どうも」なんて言っている。あとひとおし、かな。

「えーっ、外出禁止令が出ちゃうじゃないですか! そうなったら私、日向さんのこと恨んでやる。むー」
「やかましいっ! ――あのー、これ宜しかったら皆さんに、銘菓・鈴白堂の草餅です。どうかこれに免じてお気を悪くなさらないでくださいね、今後ともどうぞうちの苗字名前をご贔屓にお願いします」

 ほら、行きますよ苗字さん! ――そんな創くんの滅多に聴かない怒鳴り声とともに、また腕を引かれる。でも、やっぱり今度は怖くないのだ。


 * * * 



「……ご、ごめんなさい」
「莫迦、お前が謝ってどうするんだよ。お前の立場を分かってて目を離した俺の責任に決まってるだろ?」
「違うよ! だって創くんは私がワガママ言ったかr「はいはいその言葉斬らせてもらうぞ」……あぅ」


 創くんに導かれるまま、本殿の裏手まで逃げてきた。どう考えたって悪いのは私なので、もう顔を合わせるのも申し訳なくて俯いていたのだけれど、そこでついにセットを軽く乱すくらいの勢いで一発、おでこに手刀を頂いてしまった。痛くないけど、心が痛い。
 怒られちゃうのかな。自然と涙腺が緩んでくるような気がして、でもここで泣いちゃったらそれこそ卑怯だから必死で堪えて顔を上げると、やっぱり創くんは怒って――いなかった。

「確かに、お前の言うとおりの部分もあるぞ。俺は確かに名前のために動いたんだしな」
「ううっ……」
「でも、別に俺はお前の所為で何か害を被ったりなんて全然してない。だから、『ごめんなさい』はおかしいんじゃないか?」
「……そ、…だね」

「じゃあ何て言うんだろうな、名前。こういう時って」


 そうだ。
 助けに来てくれた王子さまに言うべき科白は、「ごめんなさい」じゃないんだ。


「創くん、――ありがとう」


 今日、最初から、言わなきゃいけないことは「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」だったんだ。やっと気付けた。
 やっと正解に辿り着いた私に、創くんが笑ってくれる。いつもの「仕方ない奴だな」って笑顔で。

「どう致しまして、だ。……さて、これからどうするかな」
「もう帰ろ? お参りは出来たし、おみくじとかお守りはまた今度出直せばいいし……」
「…うーん、こうなると名前の言ってた通り、絵馬に願いを掛けたくなってくるよな」

 いくら感謝の言葉を重ねたっていいけど、流石にこれ以上創くんに迷惑は掛けられない。学園に戻ってお誕生日お祝いの続きをするほうがよっぽど彼に楽しんでもらえるような気がする。そう思って私は帰路に着くことを促すのだけれど、今度は創くんのほうが勿体ぶった。
 なんでも、さっき此処まで逃げてくる途中で亜麻色の髪をした巫女さん――確認しなくても分かる、その人ぜったい紫色の目をしてたでしょう――から何か手渡されたらしかった。創くんがコートのポケットから取り出したものは、販売所で売っているのと違う、薄紫色の絵馬だった。

「わ、……なにこれ、特注?」
「俺にも分からない。ただ、こういうもの貰っちゃうと書いて帰らない訳にいかない気がしないか? ほら、名前」
「私はもういいよ、やっぱりドームは自分で叶える。創くんが貰ったんだから創くんが書くべき! だよ!」

 自分が貰ったものまで全部、私が欲しいと言ったものは私に流してくれようとする。創くんの優しさって、ときどき申し訳なくなることがある。愛を感じる、って言えばそれまでなんだけど、やっぱり与えてもらってばかりじゃ気が退けてしまうのだ。

「ん、……そうか? じゃあ」
「どれどれ、拝見」
「わ、こら! こういうのは他人のを覗くものじゃないぞ、野暮っていうんだ」
「他人じゃないもん、恋人だもん……」
「そうだけど! ……否、なんだ、別に面白いことは書かないぞ?」

 袋の中に準備よく同梱されていた油性のマーカーを片手に渋い表情をする創くんに、しつこくお願いごとを訊ねてみる。私だったら、やっぱり当初書こうって決めていたメインのお願いごと――創くんとずーっと一緒にいられますように、って――書くんだと思う。創くんも一緒だったら、嬉しいなと思って。
 だから、創くんが「……決まってるだろ、名前の近くに居るために、」と口を開いたときには喜びかけた。だけど、

「――そのために、俺は本科に上がりたい。願ったら叶う、のならこれほど有難いことはないけどな」

 そんなことを言うものだから、思わず桐下駄でスニーカーの足を踏みつけてしまった。勿論まかり間違っても爪なんか傷つけてしまわないように、甲の部分をやんわりと、だけど。


「ッ痛! 名前、いきなり何なんだよっ」
「ばか、創くんのばーか! 私のときめき返してよぅ!」


 まだ、そんなことに拘ってるんだ!
 才能があるとかないとか、そんなことでひとの優劣は決まらないって。現に、私は中学校の頃から、この希望ヶ峰に入学した今でも、ずーっと創くんに惹かれてたのに、って。何度も折に触れて伝えてきたのに、まだ、拘ってるんだ!

「やだ! 創くんは本科に上がっちゃやだやだやだ!」
「おもちゃ売り場で喚く子供かお前は! ……なんでだよ」
「だって、……うー、いっつも言ってるじゃん。才能なんて持ってなくったって創くんは素敵だよ。さっきだって、私のこと助けてくれたじゃん……私に関係ないどんな凄い才能よりも、私は、私のためにっていっぱい優しくしてくれて、いっぱい大切にしてくれる創くんが好きだもん」
「でも、俺が『超高校級』なら、さっきの奴らだってもっとスマートに追い払えたかも知れないぞ。あんな風に莫迦みたいな小芝居しなくてよかったかも知れない」
「もー! 分かんないの?!

 ――創くんが本科に上がったら、『超高校級』の皆も私みたいに創くんのこと好きになっちゃうでしょ! そんなの絶対許さないもん!」

 だって、こんなにかっこよくて優しくて大人で包容力があって、頭だってよくて背も高くて女の子に優しくて男の子には信頼されてて、飛び抜けた才能は無いにしたっていろんなことがさらっと出来る創くんなんだよ? なにが悪いの? 「超高校級」じゃない? なんの問題ですか? ただの王子さまじゃん。
 私の! 私のだけどね!


「――わ、分かった! 分かったから名前、…その、……それ以上は俺が恥ずかしいから止めてくれ……」


 あ、珍しい。創くんが赤くなってる。
 考えてることが歌うみたいに、そのまま声に出てしまっていたみたい。別に隠す必要もないと思うから、結果オーライ。かな?

「ほんとに分かった?」
「分かった。分かり過ぎるくらい分かった。……別のこと、書いとく」
「絵馬に書かないだけじゃないよ! ちゃんと心から願ってよね、いい? 創くんは本科には上がりません。予備学科のまま卒業して普通のいい大学に行ってマイホームパパを目指すんだからね!」
「うわ、普通だなそれ…」

 ――……でも、お前とならそれもいいのかもな。

 そう言って私に創くんが見せてくれた笑顔は、少しも苦いところのない、「仕方ないな」のそれでもない、なんだかいつもより幼く見えるものだった。
 さらさらと絵馬に書き付けられていく、シャープな筆致。


“お前が安心して嫁げるような、甲斐性のある男になる ――日向創”


「……えー、これ”お前”って誰って感じじゃない?」
「莫迦。ここに”苗字名前が――”とか書いてみろ、完全に俺が芸能人相手に本気で懸想してる痛い男になるだろうが」
「違うもん、芸能人から本気で懸想されてる男の間違いだもん!」
「だとしても外から分からないだろ……はい、完成」
「むー。非常に遺憾である」

 これでも新年早々恥を捨てて勇気振り絞ってるんだよこっちは、とそっぽを向いて絵馬を掛けにいった創くんの表情は、残念ながら窺い知れなかった。
 だから――そのまま頬を膨らませていたせいで、帰りしな創くんに延々とほっぺたを突かれ空気を抜く遊びに使われた私は、ついぞとある事実に気付くことはなかった。



「――巫女さん、あの、ちょっと」
「あら。如何されました? その絵馬でしたらどちらに掛けて頂いても結構でしてよ」
「……これ、巫女さんに預かって貰いたくて」
「何故かはお尋ねすべきではないかしら――嗚呼、……うふふ、成程。構いませんわ、私(わたくし)のほうで直接、拝殿のほうへお納めしておきますから」
「よ、宜しく、…お願い、します」
「ええ。――歌姫の恋人も、楽じゃないわね?」



 その神社の拝殿、一般の参拝客が立ち入ることのない一角に、


"今年も一年、名前が歌姫として楽しく活動出来ますように。それから、叶うならその近くに、俺も居ることが出来ますように ――日向創”


 ひとつの絵馬が納められている、なんてささやかで幸せな事実に。


・スタアの恋人

20140102

 自分ばっかり夢中になってる、だなんて思うなよな。


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