text (ぎふと!) | ナノ

恋と緩みとチョコドーナツ





『もしもし有栖川さん?』
「あらあら、何方さまかしら」
『ボクだよ』
「競走馬の? 2012年のレース以降とんと見ないわねえ」
『あーもうやだこの子めんどくさい。まりんさんのベターハーフですけど』
「うふふ、ご無沙汰でしたね狛枝さん。如何されました? まりんさんなら此方ではなくってよ」
『まりんさんならボクの隣で寝てるよ。そうじゃなくて、有栖川さん今年のバレンタインどうするの?』
「どうする、って?」
『いや、何の含みもないそのままの意味だけど。チョコ』
「嗚呼…そうねえ、今年はさやかさんと響子さんに少し凝ったものを差し上げる予定よ。お二人はきっとお洒落なお店のショコラをあたってくださると思うから、せめてあたしは手作りでお渡ししようと思って」
『(まりんさんの友チョコを貰える幸運な連中には授業中に先生からピンポイントで予習してないトコ指されるレベルの不運をプレゼントしてやりたいなあ)……それで?』
「それで、って?」
『本命』
「清多夏さん?」
『そ』



「当然、――持って行かないわ?」



『は?』
「え?」
『あれ、あれあれあれボク聴き間違えた? あまりにまりんさん以外のことがどうでもよすぎて耳ボケて来てるのかな…なんだって、持って行かないってぇ?』
「然様ですわ、当然じゃない」
『いやいやいやいやいや待って待って有栖川さんどうしちゃったの』
「どうかしていないからこそ、だと思うのだけれど」
『え、なに遂に石丸クンから精神崩壊に追い込まれるレベルで犯し倒される覚悟決めたの?』
「んにゅ? おかし?」
『理解の範疇超えたら幼児化するんだ……そうじゃなくて、えっと、なんで?』
「当然よ、だって清多夏さんは風紀委員なんですもの」
『うん』
「当日はきっとあちこちのサイトさまで『没収だッ!』って仰ってる彼の姿が見られると思うの。所謂テンプレートね。ここで没収を口実に敢えて彼に渡す、っていう流れまで含めて実行すれば完璧で幸福な様式美が仕上がるとは思うのだけれど、それってあたしのキャラクタ的によろしくないような気がしたものですから」
『は、はあ』
「平生から清多夏さんにはよくお料理なりお菓子なり差し上げているし、わざわざバレンタインを催すまでもないかしらと思っていて。日本式のバレンタインって主たる行動目的は愛の告白なのでしょう、それだったら猶更あたしたち二人には必要のないイベントなのではないのかしら、と『わ、わー素だった! 有栖川さんって本ッ当キャラのわりに計算とか裏とか全然無いんだね?! ボクの天使と真反対! めんっどくっさい!』……え、ええと、いけなかったのかしら……?だって、今更なのでないの?」
『今更でもいいじゃない…っていうかバレンタインだよ、幾らまりんさん以外の世の中の物事に遍く価値を感じていないボクでも流石にココに乗っておかないっていう選択肢は無かったよ? ちょっと吃驚したよ』
「兎に角。彼はその職分に在る以上、個人的な贈り物をその日受け取る訳にはいかないのだと思うの。あたしだけ特別扱いだなんて、そんなことあってはいけないわ。寛大にも彼が許してくださったとてあたし自身が許せないでしょうね。お部屋に帰ってからお夕飯にお誘いするついでにでも簡単なものをお渡しすれば彼も分かってくださるのではないかしr『有栖川さん、それは違うよ……』あら、どうして?」
『(当の石丸クンが当然のように有栖川さんから貰えるって思い込んでるからだよ! どうしようかな別に有栖川さんがどうなろうとボクとしては特に構わないけどボクたち二人に害が無い今回みたいなケースのほうが却ってまりんさん気にするもんなあ……これボクがなんとかしないと有栖川さん2月14日たいへんなことになるよね? 全身にチョコ塗りたくられて彼が満足するまで舐め回されたりとか後ろにチョコバー突っ込まれたりとか、いや前々から彼がやりたいって言ってた気がする顔面騎乗とか電動歯ブラシとかあのへんをここぞとばかりに承諾させられちゃうかも知れない。それをミ=ゴろし…じゃなかった見殺しにするのは幾らなんでも夢見が悪い……いや別にどうでもいいんだけどボクの言葉一つで翻意させられるのであればするに越したことはないわけで。はてさてどう言い包めようかねえ)有栖川さんは何か大きな把握ミスをしているんじゃない? ホラ、思い出してみてよ』
「なにを、かしら?」
『写真だよ。無印6章で出てきた、平和な希望ヶ峰の写真』
「あら実際メタメタしいわねえ『いいから。進まないでしょ』……ええと、複数あったと思うのだけれど、具体的にどの写真かしら」
『あれだよ、教室での写真。休み時間か何か映してる感じのやつ』
「嗚呼、葵ちゃんやさやかさんがメインで映っているものね。――あ、」
『気付いた? あの二人、なにと一緒に映ってたっけ』

「…ドーナツ、……だわ」

『そう。そしてその傍らには当然、石丸クンも居たわけだけれど…さあ完全記憶能力者の有栖川さん、あの写真に写っていた彼は果たして、教室に持ち込まれていたドーナツが視界に入っていなかった訳がないあの状況で怒っていたかな?』
「いなかった、わ。――あたしの大好きな、笑顔だった」
『でしょう?(見て! 見てまりんさん! ボクの茶番RP力を! ああまりんさん寝てるんだった! 完膚なきまでに! ああん天使の休息! カワイイヤッター!)……つまり、希望ヶ峰には最初からお菓子類の持ち込み禁止の校則なんて無かった、と考えるべきなんじゃないの?』
「あら、確かに……。風紀委員というからには『没収!』は鉄板のシチュエーションだとばかり考えていたけれど、よくよく考えればそうなのね。まさか清多夏さんの中でドーナツがお菓子に含まれない、なんていう謎のカテゴライズがなされているというのでないならば」
『それならそれでチョコ掛けドーナツとか贈っておけばいいだろうね。よし、落としどころが見えた! それでいこうそれで!』
「え、っと」
『……渡すよね? バレンタイン』
「ううん…そうねえ、渡さない理由がなくなってしまったものね。では前向きに検討s『渡そうよ』ええ、そうするのもいいかもn『渡すよね、じゃあまりんさんにも話しておくからさ』え、ええ? 了解致しました、わ」



「んぅ……なぎとちゃ…ん、どう、したのぉ……?」
「あああまりんさん起こしちゃった? ごめんねボクの取るに足らない無駄話でまりんさんの心地よい睡眠を…何てお詫びしたらいいんだろ」
「でんわ、…だれ、と?」
「ああ、有栖川さんだよ」
「白雪ちゃん、……よ、いしょ(おきた)なんの用だったの?」
「……ふゆぅ」
「なっ凪兎ちゃん?! どうしたの急に凭れかかってきてっ」
「なーんかボクどっと疲れちゃったんだけど……褒めてよまりんさん、ボクすっごい頑張ったんだよ」
「? なでなで。えらいえらーい、凪兎ちゃん!」
「あああ訳も分かってないだろうに取り敢えず全力で褒めてくれるまりんさんほんと天使…聞いてよ、ボクはいま有栖川さんをエロ同人を濃縮したようなどろどろでぐっちょぐちょの愛ある凌辱ルートから回避させることに成功したんだ」
「な、なんだかよくわからないんだけど、えーっと……すっごい頑張ったんだよねきっと! 流石は凪兎ちゃんだよ、恋人のわたしも鼻高々だよ! えへへー」
「あはぁああ天使からの祝福と称賛のベーゼ! 非生産的な徒労に身を投じた甲斐があったよもうこれで全部報われたよ……! あ、それでまりんさん、バレンタインは前言ってた感じになるから。ボク、楽しみに待ってるからね」
「わたしも楽しみにしてるんだよ? いっつも一緒がいいのは当たり前だけど、たまにはこういうお楽しみがあるのも、どきどきしていいよねっ」




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