text (だんろん部!) | ナノ







「あら! まあ、弐大先輩。御機嫌よう、ご無沙汰しております」
「応、有栖川か。お前さん、偶にゃあワシらの教室にも遊びに来んかい…水臭いのぅ、奴らも寂しがっとるぞな」
「あらあら…皆さん息災でいらっしゃるようで、何よりだわ」
「墳ッ…あやつ等が息災でない訳が無いじゃろう。……無、どうしたんじゃい、早く行かんかい」
「つかぬことをお伺いするのですが、例えばあたしが部活動を立ち上げるとしまして、」
「何と! お前さんも遂に部活動に励む気になったとは感心じゃあ!」
「(言えない…干し梅と干し芋貪りながら適当に創部届書きましたなんて言えない……)創部届が受理されたら、何を以て部活動をスタートさせたら宜しいんでしょうか?」
「そうじゃな……先ずは適度に清潔且つ機能的な部室の確保じゃろうな。選手たちが日々己の限界を超え励むのにも、根城がガタついとったら儘ならんぜよ」
「(言えない…限界を超えるどころか全員思いっきり寛ぐ気ですなんて言えない……)やはり部室が大切なのですわね、有難うございました」
「何か気懸かりな事があるんじゃったら何時でも聞きに来たらいいわい。――ところで、のぅ、有栖川」
「? 如何されました、先輩」



「その、お前さんの腰にしがみ付いて泣いてる風紀委員長は何じゃい……」

「あらあら。何時も通りの彼でしてよ?」
「何時もの弩えれぇ漢っぷりは何処に遣ったんじゃ…惨めよのぅ」
「白雪…ぐすっ、その男性とはどういう関係なんだね……ひっぐ、ぅっ」



 * * * 

 


 霧切響子は、この世に生を受けて十数年めの本日となり漸く、自分についてひとつの新たな発見をすることとなる。舞園から拝借したポケットミラーに映る己の姿を眺め、しみじみと頷いた。

「――私、『三角巾にエプロン』という調理実習の定番ルックがつくづく似合わないのね」
「く…黒手袋が作業用ゴム手袋に変わるだけでえらくこう……カジュアルダウン、というか何というか」
「でも霧切さんは元来が超高校級のクールビューティーですから無問題ですよ!」

 創部届が受理されて、ちょうど一週間後の本日。「だんろん部」部長・有栖川白雪、副部長・霧切響子、そして書記・舞園さやかは、各々の解釈に基づく「清掃作業を行うに相応しい恰好」をして集合していた。
 場所は、この一週間内で有栖川が己のパートナーでありこの希望ヶ峰学園で最高学年でないながらその手腕で風紀委員会を取り纏めているところの石丸清多夏に交渉することにより借り受けたいち教室。もと風紀委員会の執務室であったそこには、機密性の薄い雑多な書類群――所謂紙ゴミなり新しい執務室にお引越しした際に置いて行かれたと見える調度品なりがそのままにされていた。
 このまま使用しても良かったのだが――現に有栖川と霧切は当初その心算であったのだが――、舞園の猛烈な抗議によって(「だってだってこんなのわたしが思い描いてた「部活」の部室じゃないですもん! ふえーん!」)片づけ・清掃及び新たな調度品の手配を最初の活動とすることが決定した運びである。基本的には有栖川も霧切も舞園には甘いのであった。

「さあ、何処から始めましょうか。紙ゴミ類のとりまとめ? それとも棚の運び出し?」

 当然のように普段使いの作務衣に襷掛け、という出で立ちで亜麻色の髪を無造作にコンコルドクリップで一纏めにした有栖川が室内に一歩入り込みながらそう促す。緩いとはいえ、部活は部活。昼休み、偶然にも遭遇した超高校級の"マネージャー"たる先輩某氏の姿に感化されたのかもしれないその仕切りぶりは、確かに部長らしいといえるものである。残念ながら霧切は欠伸をしていて聞いていなかったが。

「うーん、シュレッダーにかける必要もないくらいの雑書類とはいえやっぱり関係ないわたしたちが勝手に弄るのは気が退けますよね……」
「――と、いうより。ひとつ提案があるのだけど」

 希望ヶ峰学園の指定ジャージ上下にポニーテールが眩しい舞園が「書類は後日、石丸くんを呼んで処分して貰っちゃいましょうよ」と妥当ながら鬼畜めいた発言をする傍らで、先述のエプロン+三角巾+ゴム手袋装備の霧切が部長の有栖川へと緩く挙手した。

「あら。響子さん、如何されたの?」
「書類を片づけて棚なり何なりを運び出してしまうと、現在此処に残っているもので使えるものだけを残したとしてもなかなか部室として機能し難いのだと思うの」
「……そうねえ。殆ど何にもない状態になってしまうわ、ということは先にお掃除をしてしまったら問題なのね」
「……! ……!! ……!!!」
「(舞園さんの目がきらきらしている……)そう、だから今日は最低限、私たちが常駐出来る程度の衛生環境を整えたら、あとはこの教室内の必要な個所を採寸すべきね」
「(さやかさんの目がきらきらしているわ……)届くまでに数日掛かると見れば、確かに先に見繕っておくのが先決ですものね――その、新しい調度品なりインテリアなり、諸々を」

「つまり! お買いものですよねっ!!」

 カーペットやテーブル、カーテン。諸々、当初舞園が声高に主張していた「憧れの部室!」を構成する重要な部分が、確かに現在の教室には足りていなかった。先ずはそちらから検討して、然るが後にそれが届くまでの数日で残りの雑多な部分は片づけてしまえばよいのではないかという真っ当な発案であった。霧切としては、単にこの時期に暖房器具のひとつも搬入されていない状態で長居など出来ようか、という公私混同めいた主張でもあったのだが。
 みんなでおかいもの、と終始うきうきしていたテンションを猶更ぶち上げる舞園であったが、なぜか有栖川と霧切の表情はそこで一瞬、翳る。

「……舞園さんはどうする、白雪? 連れて行く? それとも置いて行く?」
「えっ」
「そうねえ…ホームセンターや雑貨屋さんの客層はあまり詳しくはないけれど……超高校級のアイドルですもの、其処彼処にファンが居ても何ら不思議はないわねえ」
「えっ、えっ」

 よもや自分が参加できないなどという事態があるものだろうか、と衝撃を受ける舞園は確実にこの一瞬、自分の立場を失念していた。現状を把握し、次には花浅葱の瞳が潤んで揺れる。この面子で泣き落としが成立するとは考え難いが、それでも一矢報いずにはいられなかった。

「舞園さんには部室に残ってもと風紀委員会の財産でも発掘していて貰いましょうか、委員長の『愛しききみへ 〜有栖川白雪への思慕を綴る私記〜』欠番のVol.5が見つかるかも知れないわ――って、何を泣きそうになっているのよあなたは」
「ちょっとお待ちになって響子さん、それ、なあに? ――あらあら、さやかさんたら…」
「わ…わたしも、いきたいですう!」

 何なんだその自己需要自己供給の見本市の如きタイトリングは。欠番ということは確実に五冊以上あるというのか。そして何故名前を出されている当事者たる己が今初めて耳にしたその事実を霧切が知り得ているのか。……いいや、措こう。
 両手を胸の前で握り、只管うるうるしている舞園の頭にぽふ、と掌を置く。14cmの身長差はなかなか堪えるが、有栖川はそのままなでなでを続けた。ユウジョウ!

「仲間外れはいやです! わたしなら大丈夫です、オーラ切りますからっ!」
「舞園さんはいつからメカになったのよ。そんな事出来たら苦労しないわ」
「わたしなら出来ますもんん! エスパーですからっ! エスパーですからあぁ!」
「(こんなに必死な「エスパーですから」をあたし初めて聞いてよ…)」
「じゃあその記念に連れてってくださいよう白雪ちゃん! わーん!」
「わっこのひと今ナチュラルにココロンパして来たわよ響子さん! ワザマエ!」

 収拾がつかない。もう双方殴って黙らせようかと霧切の脳裏にコトダマが閃く。何事も暴力で解決するのが一番だ。言弾(物理)に包まれて在れ。いやいや。
 楽しい楽しい部活のお買いものにもしかしたら自分だけ連れて行ってもらえないかもしれない。それってムラハチじゃないですか。コワイ! 舞園は泣き落としからもっと効果的な策に思い当たったようで、艶やかに濡れた瞳をじとりと有栖川へ向けた。個人攻撃に切り替えるらしい。

「っていうか! ていうか! そんなこと言うなら白雪ちゃんだって危ないじゃないですかー! わたし知ってるんですからね、今月の地域紙の『特集☆希望ヶ峰ガールズ』、白雪ちゃん特集ですよねっ? ただでさえ普段からいろいろ出てるのにこのタイミングで外に出るなんてぜーったい、危ないです!」
「……ご存知でいらっしゃるとは…」
「白雪ちゃんの出演メディアなら石丸くんと共謀してチェック済みですよ? そうそうそうですよ思い出したーっ、白雪ちゃんたらまた外出先で暴徒なフリークから抱きしめられて石丸くんを黒くさせたいんですか!」
「――ふ、不用意に歴史の闇に触れるのは得策では無いと申し上げておくわ」
「なんでしたっけ、『今日に限っては制服を着て来なかったことが幸いしたな』でしたっけ? いやー…結構な八面六臂だったって聞いてますよ? 石丸くんってなにか武道の心得があるんです?」
「剣道は強いらしいじゃない。――白雪、息してる?」
「でも多分、そのひとをしめやかに失禁させたときは徒手空拳だったはずですよ? そのあと白雪ちゃんも存分にオシオキされたって噂ですけど、生憎わたしそっちは詳しく聞けてないんですよn「分かったわ、部長命令よ! さやかさんも一緒にお買いものに連れて行きましょう。いいわね響子さん!」わーい!」
 
 功夫を嗜んでいるから何だというのだ。所詮は150cm39kg――己より身長の低い不二咲より軽いのだから!――の少女が、176cm66kgの壮健たる青年に敵う訳が無いのだ。というのは有栖川の心のうちだけに留めておきたい「その日」の夜の一幕であった。はい、しまっちゃおうねー。
 
 そんなわけで。
 すんなりと(?)希望が通りにこにことご機嫌な舞園と、珍しく心に深刻なダメージを負ってか死んだ魚の目をしている有栖川と、いつものクールな横顔のうちに買い物の帰りにはどんなスイーツを食べようかと思索を巡らす霧切は、日の高いうちに外へと繰り出すべく清掃作業に精力を傾けるのであった。
 その過程で時期外れの頭文字(イニシャル)Gに悲鳴をあげたり、時間差にもほどがある「僕を呼んだかね!」がカットインしたり(「……あとで、お話があります。(ひとの恥部をさも得意げに吹聴しやがってこの……!)」)、苗木が謎の部活の勧誘から匿ってほしいと十分ほど潜伏しに来たりと色々あったわけだが、割愛する。今後も数限りないほど起こり得る出来事であるからである。チャメシ・インシデントである。

 だんろん部員の想いは一路、お買いものへ――
 

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