text (だんろん部!) | ナノ







Q.女の子って何で出来てる?
A.取り敢えず今のところは干し梅と干し芋で構成されつつあります。



「――と、いうことで」

 波乱に満ちた創部のひとときを迎えたのち、だらだらと教室まで引き上げてきた道すがら職員室から拝借してきた創部届をひらりと翳しながら有栖川が切り出した。
 ちなみに、この展開に至るまでに舞園持参の干し梅と干し芋――お茶菓子、というにはあまりにあんまりなチョイスではあったが三人とも手持ちの飲料が梅昆布茶(有栖川)コーンスープ(霧切)しるこ(舞園)であったためそもそもが「放課後のおしゃべり会**」というムードではなかった――を思うさま消費しながら、部活動とは一切関係のない雑談に数十分ほど費やしてしまっているのはご愛嬌である。

「如何しましょうか、最低限の記入事項を埋めてしまわなくては提出も出来なくってよ」
「好都合じゃない。所詮ノープランなのだし、必要事項に応じて適当に考えていきましょう」
「……わたし、霧切さんの口から『適当に』なんてフレーズが飛び出すなんてついぞ想像すらしてませんでした」
「私、この場では全力で脱力するって決めたのよ」
「あらあら、平生お疲れの響子さんが羽を伸ばす場所になるというならそれはとても意義深いわね。――では、便宜上、副部長は響子さんのお名前で申請してしまって宜しくって?」

 鉤型に曲げた人指し指と中指とで器用にボールペンを親指の周りに往復させつつ、有栖川が何の気なしに提案を投げる。ノック部分にあしらわれているヴェネツィアン・ビーズが、やわらかく沈みゆく夕陽の光を受けて昏く煌めいた。
 支障ないわ、と首肯で以て返す霧切の口には干し芋が咥えられている。両手で頬杖を付きながら口だけ動かしてもひもひと喰い進めるさまはさながらハムスターのそれである。霧切のイメージ的にサファイアブルーだろうか。どうやらわざわざ口を開くことすら放棄したらしい。既にこの部活の方向性が見えてきたような気がする。

 ――ここで、有栖川を部長に・霧切を副部長にと据えられたことで必然的に自分一人だけが無職の状態となってしまったことに思い当たったらしい舞園が、傍らに座している有栖川からペンと創部届を強奪するという珍事が発生。まったく動機が思い当たらないのだけれどそういう病気でも発症なさいましたか? こまどり姉妹的な。
 舞園の、見る者すべてを虜にするとすら謳われる花浅葱色の瞳が潤んできらきらと輝いている。有栖川と霧切ヴィジョンだと「あーかわいいなーはいはいこのひと今度は何言い出すんかなー」程度の捉え方にはなるが元来これは異端な考えなのである。そういえばこのアイドル、部活に憧れてるとかのたまっていたような。

「白雪ちゃんが部長さんで霧切さんが副部長さんなら、じゃあわたしは書記をやりますねっ!」
「……何をわざわざミーティングで決める心算? もう明らかに緩い部活になる流れだと思うんだけど」
「いーいーじゃーなーいーでーすーかっ! やりましょうよ、ミーティング! これから毎週ノートを書こうぜ? ですよっ」
「――突っ込まないわよ、舞園さん」
「かっちりとしたミーティングという形でなくても、週に一回集まってティーパーティーをしたりポットラックパーティーをするのも素敵かも知れないわね。さやかさんには活動日誌を書いて頂けば良いのではないかしら」
「そうそう! 楽しんでこそじゃないですかー」
「大方のフィクションでは部活動のミーティングなんて基本的に雑談に終始してしまうのがチャメシ・インシデントだというもの」
「――突っ込まないわよ、白雪」

 コメディ連載だからといって地の文も科白も幾らなんでもメタが過ぎるのではないかと霧切は突っ込みたい。巫女?!巫女ナンデ?!とか絶対言ってあげないんだから。ただ、舞園が持ってきた干し芋が異様に美味しいので最早わりとどうでもいい。チープながらに侮れない味わい……無○良品のくせに生意気よ。後日、買い占めなくては。
 自分から書記を買って出ただけあり、てきぱきと手際よく記載事項を埋めてゆく舞園。平生からサインを書き慣れていることが窺えるすらすらとした文字は、霧切の只管シンプルなそれとも有栖川の限りなくHG丸ゴシックに近いそれとも異なる筆跡である。アイドル、という華やかな職分であるにしては丸みや幼さの少ないそのフォントは、彼女の内実である育ちの良さを体現しているかのようである。――文字だけを見るのであれば。

「えっと、次は活動内容です。どうしましょうかー」
「……白雪、舞園さん。何かしたいことがあるかしら」
「わたしは部室でお喋りがしたいです!」
「うふふ、さやかさんのご希望は間違いなく叶えられると思うわ? そうでなくて――難しいわねえ、強いて言うなら文化系の活動だと有難いのだけれど、って程度ね」
「嘘、白雪は運動もわりとそつなくこなすじゃないの。――そうね、それならもう無難に交流サークルでいいんじゃないかしら。あの人、確か部活動でなくても同好会やサークルなら大丈夫って書いていたと思うし」
「そうでしたそうでした! さっき澪田先輩もクラスのひとたちでバンド組むってメールで教えてくれたんですよー」
「自由な課外活動、という認識で大丈夫なのね。それなら、……ええ、整ってよ」

 頬を両手でむにむにと捏ねながら――彼女が軽い思考を短時間で纏める際に特有の仕草であった――部長・有栖川白雪が緩く頷いた。アメジストの瞳がきらりと理知の光を湛える。
 舞園はわくわくしながら手元のペンをくるりと回――そうとして失敗し、霧切は本日6個めの干し芋を口に咥えた。

「さやかさん、あたしが今から申し上げる通りに写して頂けるかしら」
「おっけーです。ユウジョウ!」
「ユウジョウ! ええと、――

『個々の領分の発育や通常の学校生活のみでは培うことの難しいコミュニケーション能力、ストレスマネジメント、PDCAサイクルの試験的実践を多岐のジャンルに渡る活動を通して身に付けていく。活動範囲にとらわれない多種多様な分野のものごとに触れることで、新たな興味関心の発見、現代社会への多角的な理解、ひいては私たち各人の専門とする本科活動への新風を吹き入れるものとする。』

――はい、これで少なくとも監査母体の風紀委員会くらいは納得させられる筈だわ」
「……白雪は要らないところで本気を出し過ぎなのよ。あなたが提出しに行く時点で風紀委員会は敵じゃないでしょうに。寧ろ味方よ、鬱陶しいくらいのね」

 わざわざ干し芋を一旦口から外してまで突っ込むくらいには霧切も呆れたらしい。こんなところで本気を出すくらいならメインの短篇で出してきなさいよ、私はこちらでシリアスをぶるつもりは一切無いのだけど、とはあまりにメタ過ぎるので言えない事情である。
 さらさらとペンを走らせながら、先刻からわくわくし通しの舞園が「わ、すごい。行数ぴったりですよ白雪ちゃん! わあ!」と楽しげな声をあげた。

「ふふふー、わたしエスパーだから分かっちゃいました。これってつまり、『日頃のストレス解消と親睦を深めるためにいろんなことやろうと思います!』ってこと、ですよねっ?」
「もとより隠す気もなくってよ? ちなみに校外に出る可能性があることも示唆しているからこれが通れば部活動の一環で外に遊びに行けるわね」
「あ。……だったら私、海で海苔づくり体験がしてみたいのだけど」
「! なーんですか霧切さんそれすっごく楽しそうじゃないですか! 行きましょうね!」

 わざわざ干し芋を一旦口から外してまで突っ込むくらいには霧切は海苔づくりがしたいらしかった。
 部活動の内容、というから大義名分めいたものを捻りだすのに苦心しただけで、実は単に「やりたいこと」というだけなら各人いろいろと持ってはいたのだ。自作映画を撮ってみたり、学校でチーズフォンデュやってみたり、TRPGやってみたり、オリジナルブレンドの紅茶作ってみたり、あとメントスコーラやったり。ちなみに最後の発案者は無論、舞園さやか嬢(職業:国民的アイドル)である。

「――よーし、ばっちり埋めましたよ!」
「あら、それなら最後は部活動名だけね。如何しましょうかしら」
「もう簡潔に“団欒部”とかでいいじゃない」
「まあ素敵! 新聞紙、と同じリズム感がいいわねえ」
「乾電池、も同じですねー! えっと、…らん、……らん、えーっと」
「……平仮名でいいと思うわ」
「……ええ、そうね。問題なくってよ」

 霧切の、適当にしては的を射た提案。やはりゆるゆるだるだるしていても本分は理知的で機転の利く「探偵」……的な何か、なのだ。
 ここで小さなアクシデントが。書記の舞園が団欒の「欒」の字を度忘れしてしまったのである。これだけ緩い空気であれば無理もない話。さらに救いようがないことに、正しい漢字を知っている霧切も、忘れ得る筈が無い完全記憶能力者の有栖川も、この空気の中でわざわざ正しい漢字を教えてやるのが完全に面倒くさくなっている。別にいいじゃない、平仮名で何がいけないのよ。ええその通りだわ、却ってゆるふわ女子力を演出できていいのじゃないかしら。

「ですねー、じゃあ平仮名で書いておきます。だんらん部」
「漸く創部届も完成ね! 提出先はどちらになっていたかしら」
「学園長室に直か、生徒会室か、風紀委員会よ。どの道その三機関すべてのチェックを経るようになっているから何処に出してもいいみたいね」

 そしてその三択なら提出先は最早迷うらくもないのであった。
 善は急げ、だんらん部(仮)の三人は一路、風紀委員会の執務室へと急ぐのであった。否、訂正。別に急ぎはしなかった。てれてれ歩いて行った。



 * * * 




 希望ヶ峰学園風紀委員会所属、超高校級の「風紀委員」との肩書きを持つ鋼の堅物優等生・石丸清多夏は、今日の日ほど自身の肩書きを恨んだことはなかった。とはいえ自らのアイデンティティとも言えようもの――現在はいち個人として寵愛すべき対象が出来たために然程固執しているものでもなかったけれど――に対してそう無碍にするわけには、と持ち前の理性を以て必死に自分を律していたのだ。今、このときまでは。
 そして今、創部届を手に風紀委員会執務室を訪れた霧切響子、舞園さやか、そして有栖川白雪を見た瞬間に膝から崩れ落ちたのであった。

「ぼ、僕だって……」
「石丸くん、仕事して頂戴。認印」
「僕だって白雪と部活動がしたかった……ッ! 蹴球でも籠球でも何だっていい、汗を流して一息ついた僕にマネージャーの…僕専属マネージャーの白雪が冷たいドリンクを手渡してくれる、そんな夢を見たっていいだろう!」
「そうですね、夢見るのは自由だと思いますよ。取り敢えずハンコ押してくれません?」
「文化部だって構わないッ! 楚々とした和服に身を包んだ白雪が茶を献じてくれたり、二人で花を活けたりするのも趣があっていい。僕に文学の素養は無いかもしれないが、この上なら文芸部で白雪に対する思いを五・七・五・七・七に込めて歌集を紡ぐこともまた辞さない心算だぞ!」
「あら、お茶とお花? 構わなくってよ、今度のお休みでよかったらご一緒しましょうか」
「うむ!」

 なんか急に元気になった。
 すっくと立ち上がり、何事も無かったかのように霧切から創部届を受け取り検分し始める超高校級の有栖川ラヴァーの持つ肩書きは風紀委員だとか何とかいう。

「そういえば風紀委員会の執務室って、最近になってこの教室に移転したんでしたよね? じゃあ前の教室って使ってないんじゃないですかね」
「確かに。私たちの部室に使えるかどうか交渉してみましょうか」
「じゃあ申請が通ったらあたしのほうから清多夏さんにお尋ねしてみるわね」

 有栖川がまとめ、霧切が干し芋を味わい、舞園が転記した創部届を時折「ふむ、」「成程な、」「部長・有栖川白雪、……これはこれで堪らない響きだな」などと挟みつつ丁寧に検分していく石丸の表情は至って真剣なそれである。赤ペンで書き込みを入れようとして一旦思いとどまり、コピーを取るまでの徹底ぶりである。プライベートと仕事のケジメが付いてこその風紀委員ですのよ、というどこかの風紀委員の名言を彷彿させる。石丸清多夏にテレポート能力はないが忘れろビームくらいなら撃てる。立派なレベル5だ。L5である。
 ほどなくして、ジャッジメントとは読まない風紀委員が顔を上げた。あー白雪可愛い。そうじゃなくて。怪訝そうに眉をひそめて、完全に仕事モードの空気を纏わせて気にかかった点をひとつ、有栖川たちに告げてくる。

「一通り目を通したのだが、特に風紀的観点から注意を喚起すべき個所は見受けられなかったぞ。活動内容も実に学生らしい向上心と高い意識に溢れているし、何より部長が素晴らしい。――なのだが、諸君。



 何なのだね、この『だんろん部』という珍妙な部活動名は」



 瞬時、舞園さやかがきょとんとした表情になり。
 待って一秒、有栖川白雪が身を乗り出して石丸の手元にある創部届を覗き。
 さらに一秒、霧切響子がなんとなく事態を察したものの軽く首肯するにとどまり。
 そして一秒、霧切に遅れて有栖川が創部届中の問題の記述に行き当たり、
 なおも一秒、有栖川と霧切が書記である今回の「クロ」のほうへ視線を向けたなら。

「えへへ、書き間違えちゃったみたいですね。ごめんなさい☆」

 てへりん☆ と昨今大流行している先輩たる超高校級の軽音部某嬢のネタを拝借して謝罪に代えた舞園はやっぱり国民的に可愛いのだった。桑田なら百回くらい死んでいる。問題はそれで誤魔化される面子がここにいないということだけである。
 霧切が、スキンケアの行き届いている舞園の頬を抓り、舞園がひゃんひゃん啼いているのを背景に置きながら有栖川が「あらあら」と苦笑する。ただ、実際のところ正式名称であった「団欒部」にしろ適当さとしては現行のものと実際とんとんだった訳で、特に拘りがあるわけでもない。現に、後ろでキャットファイトを展開している霧切と舞園の表情にも深刻さは翳りも無い。
 ということで、


「そのままで構わないわ、委員長。認印、くださらない?」


 団欒部――改め、「だんろん部」部長、有栖川白雪がそう微笑んでみせたことにより、その場はなし崩し的に丸く収まったのだった。



Q.女の子って何で出来てる?
A.ノリと勢い、ちょっとの適当さ。
あとはだんろん部的アトモスフィアを感じて頂ければどうとでも。



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