text (だんろん部!) | ナノ







 ことの起こりは、突如として食堂前に現れた立て看板だった。
 如何にも「見てください緊急なんで!」然としたそれは、持ち前のランニングスキルで以て校内を巡回してきた朝日奈によって学園内はおろか寄宿舎各階の随所に設置されていたことが後に明らかとされた。

 有栖川白雪を「あら、」と驚かせ、舞園さやかの瞳をきらきらと輝かせ、霧切響子に苦虫を数十匹ほど噛み潰したかのような形相をせしめ――希望ヶ峰学園じゅうを震撼させたその看板に貼られていた掲示は、以下。








我が国、ひいては世界の希望たり得る才能を持つ学生諸君においては、単に自らの領分にのみ専心するのみに留まらず精神力、協調性を養うための課外活動に従事することも肝要である。加えて、学業とも専門分野とも離れた場を持つことによるストレスケア、新たな発見なども期待されるところである。
ひいては、本日時点で校内外の部活動、同好会、サークル等に所属していない生徒について最低週一日程度の課外活動を義務付けるものとする。

なお、下記に該当する生徒については例外として課外活動を免除する。
(1)委員会に在籍する生徒(風紀委員、図書委員など)
(2)学園長に申請し、許可を受けた生徒

****年 **月**日
私立希望ヶ峰学園 学園長 霧切 仁






「――私、今すぐ学園長室にシュールストレミングをぶちまけて来るわね」
「あらあら穏やかじゃないわねえ、響子さんたら」

 顔色ひとつ変えずして、ひとは威圧感を放つことが可能なのだ。――これは、そのとき偶然その場に居合わせた苗木がのちに語ったことである。きりぎりさんこわい、と萎れきったアンテナから発された微弱な電波を葉隠が読み取った結果によるところだ。
 平静を保ちながらも明らかに握り拳が震えている霧切と、ふふりと微笑む有栖川。しかしこの巫女、「穏やかじゃないわねえ」とか言いながら「落ち着きなさいな」とも「手荒なことはおよしになって」とも言わないあたり、どうやらこの状況を楽しむ心算で居るらしいことが知れようものだ。

「唐突に何よ、あの人の単なる思い付きだとしか考えられないわ。おおかた部活動もののドキュメンタリーでも観て感化されたに決まっているのよ」
「ううん、わたしは違うんじゃないかと思います」
「あら、さやかさん。いらしたのね」

 ちなみにここまで舞園が黙っていたのは先刻霧切が何の気なしに発した「シュールストレミング」が一体何なのか分からず自前のモバイルで検索を掛けていたためである。なんだかよくわからないですけどお魚の缶詰なんですね、わたしシーフードって大好きなんです。今度お昼に持ってきて白雪ちゃんと霧切さんと一緒に食べたいなー! と戦慄の思考を携えにこにこした面持ちで、舞園は自身が持つ言弾を証拠提出した。

「わたし、きのう偶然にも学園長室の近くを通りがかったんです。そしたら学園長が半開きのドアの向こうで膝から崩れ落ちてまして」
「心洗われるような光景ね」
「もー、霧切さん! ……それでですね、デスクの上にはノートパソコンが乗ってたんです。こっち向きに開いていたので、わたしのほうからも画面が覗けたんですけど、



 ――学園長のTwitterプロフィール画像が、山田くん画の美少女イラストになってまして」



「…………あ゛」
「響子さん?」
「しかも学園長、アカウントを取得してから一週間くらいろくにログインしてなかったみたいで、暫くその事実に気付いてなかったみたいなんです。あまつさえプロフィールの文言も

『才能!希望!超高校級!希望ぅぅわああぁああああん!!!!俺の想いよ学生に届け!!希望ヶ峰の希望たちへ届け!』

 ――……みたいな感じに改変されてしまっていたようで」
「さやかさん、たまたま通りすがっただけにしては随分と状況描写が詳細なのね」
「エスパーですからね! どやです!」

 口元を手で抑えて動揺だか吐き気だかを堪えるような素振りの霧切を、ひとり苗木だけがおろおろしながら案じている。
 数分の間を要して漸く現世に戻ってきた霧切は、舞園と有栖川――ふたりで舞園のモバイルを使ってカラータイルをころんころんして遊んでいた――を視線ひとつで己のほうへ呼び戻してこう告げた。


「事の次第は把握したわ、父の私への意趣返しの一環でもあるようね――とはいえ、恐らくこの文言のすべてが嘘だという事も無いんでしょう。あの人、あれで此処の生徒のことは大切に想っているみたいだから。

 悪いんだけど、――暫く、"部活"に付き合って貰うことになりそう。いいかしら」


 無論、希少な「霧切からのお願い」に否の返事を寄越すような舞園と有栖川ではない。ちなみにこの時点で苗木は桑田や葉隠に引きずられていって不在である。

「ええ、無論よ。何をしようかしらね、楽しみだこと」
「実はわたし、ずーっと"部活"に憧れてたんです!」

「白雪、舞園さん……有難う」
「ふふふー、これから部活が出来るんですね、楽しみです。


 部室にたむろしたり、室内で鍋やってスプリンクラーに襲われたり、生徒会長の陰謀で部の存続が危なくなったり、部費の奪い合いで命の遣り取りをしたり、あっ勿論あれです、風紀委員会との対立なんかは外せないですよね!」

 
「あらあら、途中からだいぶん可笑しくってよ?」
「この面子だと普通に在り得そうで怖いのだけど。あ、でも最後のは心配要らないわね、白雪を部長に据えさえすれば寧ろ風紀委員長立ち寄り休憩所扱いくらいのレベルで贔屓にして貰えると思うわ」
「そうですね、じゃあ白雪ちゃんが部長で!」
「構わなくってよ。これから宜しくお願いするわね」

 かくして。
 有栖川白雪を部長に据え、霧切響子・舞園さやかを部員として擁する「部活動」がここに誕生の兆しを見せたのであった。とはいえ、



「ところで響子さん、あたしたちは主にどのような活動をしていくことにしましょうか」
「現状ノープランよ」
「あらあら、これから大変ねえ。うふふ」
「とりあえず教室でお菓子食べながら決めませんか? わたし干し梅と干し芋持ってきてるんです!」

 活動内容・活動場所・顧問はおろか、部活動名すら未定ではあるのだけれども。


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