text (JK探偵と) | ナノ

 勝手知ったる、とばかり――実際知っているのだけれど――私の部屋にノックのひとつもなく入室してきた雛峯ゆきは、珍しくも真面目に机について勉強をしていた(古典だ。わからん……)私に、なんだか大層お疲れの様子で肩で息をしながらもやたらと満面の笑みでこう告げて寄越した。

「結ちゃん、めっちゃ好きやで。この成績優秀スポーツ万能且つ誰もが振り向く美貌の生徒会長さまこと雛峯ゆき様がそらもうアカン言うてまうくらい幸せにしたるさかいに、付き合お。な?」

 勿論結婚を前提としたお付き合いゆうごっつ真剣な奴やでえ、と超弩級のドヤ顔で胸を張る幼馴染にもその発言にも私は微塵も動じることなく、机の上に立てていた多機能時計のデジタル盤をちらと一瞥して、冷笑してやった。

「ふっ、莫迦め」
「はあー? なんやてこの会長さまに……ッは、まさか」

「そのまさかですぜ、旦那。つい先刻を以て四月一日は昨日のことと相成りまして候う。残念だったね」

「ぐぁ、ほんまにぃ?! 間に合わんかったんかいな…うはあー……最悪や、わたしとしたことがこない情けない失態を演じる日が来るやなんて……もうあかんわ、首くくろ。さいなら」

 時刻は奇しくも四月の…二日、になってしまっていたところであった。あと数分、いや数十秒ほど速かったなら奴は本懐を遂げられていたのだ。否、そうでもない。まさかこの女、こんなところで私より世間知に疎いというのだろうか。
 時計に向かって「あんたもうちょい空気読んでくれても罰は当たらへんのんと違うん?」となんとも非生産的な駄目出しをくらわせているゆきには追い打ちをかけるようで少々申し訳ないのだけれど、それ以上に愉快な気持ちになりながら私は椅子の上で優雅に足など組んで見せる。どや。

「というかねえ、ゆき」
「なんやの…このうえ人の傷口に塩塗りこもうやなんて五月雨さんガチのドSやんなあ……明日からわたしの親衛隊が黙ってないで」
「その冗談は冗談に聴こえないし冗談にならんから止めといて、頼む。――それはそれとしてだよ、元来エイプリルフールというものはですね雛峯さん、四月一日の午前中にのみ適用されるしきたりな訳ですよ」
「へ、マジで? それどこ情報? どこ情報よー」

 奴は奴なりにこの「嘘」をうまいこと当日じゅうに成立させたかったのであろう――年始のツッコミ待ちメール宜しく、どうにもこの才色兼備かっこ笑いたいかっこ閉じ、の生徒会長さまはそういう非常にどうでもいいところにやたらと凝る節があるのだ――ここまでそれなりの全力疾走で向かっていたらしく遂には床に膝をついてしまっているゆきは、既に精根尽き果てたような力の無い声で、それでも軽口を叩いて寄越してくる。意外だ、ほんとに知らなかったんだ。…とか言いつつ当の私も、今日のお昼ごろ偶然にも食堂前で邂逅した霧切に「私、彼氏が出来たんだ」などとうそぶいた結果、「残念ね、その嘘もう今年一年は叶わないのよ」という大層憐みの込められた嘆息と共に知らされた事実であったりもするのだけれど。
 嘘を吐いて良いのは四月一日の午前中まで。午後に嘘を吐いたものは馬鹿者で、且つ、いかなる場合に於いてもひとを傷つけるような嘘はNG。なお、エイプリルフールに吐いた嘘はその年じゅう実現しない。――意外だ、座学の他にも興味の範疇が広くてやたらと(探偵である私よりも、だ。悔しい)ものを知っている筈の雛峯ゆきが、わりと一般に広く知られているような気がするこの事実を知らないなど、と。思わず得意になって詳しい次第を告げてやると、ゆきはどうやら完全に空を衝かれたようで形の好い桜色のくちびるを半開きにして何やら感じ入るようにぼうっと頷いた。

「はあ……さよか」
「おう。まあ、何て言うのかな…定番ネタだったと思うし相手は私だしそんなにやらかしたわけでも無いっしょ、落ち込むなよ」
「うわなんか上から慰められてる感あるわー、傷つくわー」
「殴るよ?」

 というか別に傷つくも傷つかないも何も、単にイベントに乗り損ねたというだけの話だし。ゆきの方も別段何をか凹んでいる訳でもないようで今ものろのろ立ち上がりながら「はー、なんかどっと疲れ出たわ。死ぬ、今なら自然と死ねるわ」などと常の如く意味の分からないことを言っている。
 そういえば何ゆえこんな日付変更線の間際にまでこの女はかっちりと制服を着こんでいたのか。今更ながら思い至って問えば答えは簡単、生徒会長という栄華と羨望に満ちた雑用係たる名誉職に与るこの優等模範生は今日も今日とて生徒会業務の一環――つまり寮の見回り当番だ――をこなしていたのだということで。そんな大切な仕事の途中にこの茶番を挟んでくるあたりが本当にこの幼馴染の伺い知れぬところであり、同時に私が昔からよく見知っているところでもあった。

「ほな、わたしもそろそろ眠死するさかいに帰るけど。結ちゃん」
「あ?」


「わたし、先のが嘘やとは未だ一言も言うてへんよ?」

 
 こいつ、なんでそこだけ真顔で言うんだ。

 もとより私のリアクションなど求めてもいなかったのだろう、言い逃げを決め込みひらりと手を振ってその場を離れるゆきを見送る私は果たしてどんな顔をしていたのやら。そのときには既に背を向けていたゆきだって観ていないのだろうから、これは完全に迷宮入りの謎となる。
 本気だったらどうするっていうんだ。そしてその可能性を少しでも見積もってしまっている私はおそらく今年の四月一日に新たに爆誕したすべての四月莫迦よりも莫迦なんだろうなと思う。

・きみのしらない「嘘」

20140402


「知らん筈が無いやろ、莫迦」

 きちんと秒針が12を打つのを確かめてから扉を開いたのだというのに。

 仕方ないあの子のせいで、これは嘘になる。
 仕方ないあの子のために、これは嘘にする。

 笑いももっと大切な何かも得られなかったこの日のわたしはきっと、今年の四月一日に新たに爆誕したすべての四月莫迦よりも莫迦なのだろうなと思った。





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