text (JK探偵と) | ナノ

◎ダンギリ2ネタバレ注意





私の隣に無防備に横たわる霧切が、小さく寝息を立てて眠りに就いた。それだけこの少女から信頼して貰えているのだと分かって、なんだか面映ゆいようなこそばゆいような、不思議な気分だ。
日付が変わって、年が変わった。私にとって革新的な怒濤のクライマックスを迎えた一年ではあったが――そして今まさに弩級の事件に立ち会っているさなかではあるのだが――霧切と出逢えたことは、きっとそれらと天秤にかけても遥かに勝るほど、意義深いことだったはずだ。

漸く、安堵の一息が吐ける。傍らの少女と同じく眠りの国へ誘われんとする前に、ついぞ失念していた携帯電話を手に取ってみる。黒幕が露呈したことで電波妨害も止んだようで、普通に電波が戻っている。――が、私がいの一番に目を遣り気を遠くしたのは、そのためではない。

――新着メール、10件超。

そもそも私は今の学校に友人らしい友人なんて殆ど――物好きで自由な某生徒会長、を幼馴染みに持つほかは――いない。普段から私の携帯は鳴らないのがデフォルトなのだ。それが、ここまで凄まじい受信履歴を遺しているということはつまり、そういうことなのだ。


「あいつ、新年早々どんだけ暇なんだっつーの」
「…ん……お姉さま、どうか…したの……?」
「! ううん、大丈夫だよ霧切ちゃん。ゆっくりお休み」


 体温の遠いさらりとした額に手をやってゆるりと撫でれば、意識の境をうつらうつらとしていたらしい霧切はそれきり、素直に目を閉じて再び眠りの森のお姫さまに逆戻りだ。うん、とっても可愛い。
 このメール爆撃の犯人にも少しくらいその奥ゆかしさなり静謐さなりを見習って貰いたいものだ――と九割九分九厘がた相手の目測を付けながら、私は薄暗い部屋の中でメールのチェックを始めた。最新のメールの差出人欄を見た瞬間、あまりに予想通り過ぎて先刻までの眠気が襲来するレベルで脱力してしまったのは言うまでもない。

 ――どや、やったったで!

 学校の子たちが奴の何処に憧れているのやら知れないほどの見事なドヤ顔で、そこだけは綺麗な黒髪を嫌味ったらしくかき上げ、それだけは可憐で整った顔のパーツを惜しみなしの笑顔に綻ばせ、そのあたりだけは理事長も一目置くほどの美声で、あいつはそんな感じの科白を吐くのだろう。


“あ”



 最初の一通には、それだけが届いていた。
 となれば、次の一通もなんとなく分かろうものだ。これくらいはランク7の探偵として――でなく、奴の幼馴染たるこの五月雨結には推理をする必要すら感じない。


”け”

”ま”

”し”

”て”



 成程、受信トレイを遡る順で一文を表示させたいから逆順に送信したのか。地味な作業なうえに何の生産性もないが、生憎と私は自分の幼馴染がそういった方面に無類のノリのよさを発揮する性質にかけて右に出る者はそうそう居ないという事実を痛いほど熟知している。
 恐らく年末年始も生徒会の雑務に追われ文字通りの師走を送っているのに違いないあの会長さまが、私のために――否、私にこんな謎の悪ふざけをかますためだけに、というほうが数億倍正しいけれど――時間を割いたのだと考えるとなんだかニヤニヤしてしまう。私は昨年かなり自分の変化を思わされたっていうのに、きみはいつまで経っても変わらないんだなあ、なんて。


”お”

”で”

”め”

”と”

”う”



「――ばーか、途中でトチってやんの」

 最後の一文字まで見送って、残り数文字といったところ――送信順としては寧ろ早いほうか――での「痛恨のミス」を発見すれば僅かにせせら笑ってやる。恐らく向こうの送信トレイには正しい順番で履歴が残っているのだろうから、学校に帰って最初に顔を合わせたときにでも言ってやるとしよう。まあ、成功したにしてもしないにしても、きっと奴の表情なんていつも通りのニヤニヤでしかないのだろうけれど。
 十件超、という先刻の見込み通り、一文字メールが終わった先にも別のメールが届いていた。つまり、送信順で言うなら最初に送信されたものだ。それなりに量がありそうな本文に、気軽な感じで目を通していく。


“明けましておめでとさん! どうせ結ちゃん年始もココに居いひんのやろからせめて新年初ツッコミだけでも貰わなよう満足もせんわ。そんな訳で! どや! うまいこと突っ込んでくれてはるかな? 「なんで其処でトチるねん!」とか言うててくれてたら最高なんやけどなあ”


 ……しまった、さっきのおでめとうは奴の計画的犯行だったのか。予定は変更だ、絶対ツッコんでなんかやるものか。

 クリスマス明けから数日のあいだ学校を離れる、と告げたときのあの子を思い出した。まーた生き急いだはるなこの少女探偵はんは、なんて苦笑しながら戯れに私にキックを繰り出しながら、――次の瞬間、えらく真顔になった。元来、学校の憧れの的と称される程度には整った顔立ちをしているものだから、ある意味どきっとした。
死なんと、戻って来てや。縁起でもない一言ではあったけれど、いやに真摯に発されたその言葉に私も素直に頷いてしまっていた。これまでだって「捜査」にあたって学校を空けたことは何度もあるし、而して私の専門分野からして人命の危機に晒されるようなことは少なかった。けれど今は、違う。そのあたりの変遷は、無論この幼馴染には話していない筈なのに――


“今ごろ血で血を洗う凄惨な事件の真っただ中で震え上がりながら朝を迎えたりしたはるんかな?(笑)せやったらこのメールは開かれてないか。つまりこれを読んだはる時点で結ちゃんは呑気にニューイヤーしとるんよな、うんうん”


 な・に・が、(笑)だ莫迦!!
 実際、こうしてメールを確認してみたのはほんの気紛れで、現状は指摘されている通り血で血を洗う凄惨な事件――最早解決の一途をみてはいるのだろうけれど――のさなかに在るというのに。
 私は無意識下でどれだけ張りつめていたのか、と思うくらい立て続けに脱力させられている。これが狙いだとすれば奴は超高校級の”ラフメイカー”として希望ヶ峰に招致されてもいいレベルだ。ただ経験則で分かり過ぎるくらい分かる、こういうときの幼馴染は大方なんにも考えていない。


“まあ、思うさまお仕事(そういえばそれって仕事納めなん? 仕事初めなん?)満喫したらなるはやで戻って来いや。まさか冬休みの課題、忘れたなんて言わんよな。結ちゃんただでさえ出席日数マッハなんやから課題くらいはしっかり出さんと拙いと思うえー? まあ、レディーボーデンのラムレーズンで手を打ったるわ。――ほなまた、学校で”


 あ゛。
 そういえば外泊の申請は出したが冬期課題にかかわる交渉なんかは一切、してこなかった。思わず始業式の日程までの猶予を数えだしてしまい、そこで気付いた。――私、今、すごく自然に日常に帰ってた。

 霧切にとって、探偵は人生で、人生とは探偵。だから、日常と仕事の切り替えも、多分、ものすごく不器用。でも、もしかしたら探偵を生業にしている人って、そういう人が多いのかもしれない。探偵って性分が日常にまでしみついてしまっていて、何においてもまずそれを通して考えてしまうというか。
 私は、日常に探偵のフィルタをおろすことのほうが結構難儀なことだったりする。学校で経験することとか、ふと見聞きしたこととか、探偵稼業に使えるかどうかというより単純に好き嫌いで判断してしまう事が殆どだし。調べものするにも一先ず図書館行くし。
私には、探偵としての自分もいち個人としての自分も必要なのだ。それが正しいとかではなくて、単に主義主張の問題として。

凄惨な事件、非日常的な空間に放り込まれたとして、霧切や七村は、それをも探偵の日常であると捉えるのだと思う。ただ、私は違う。帰る日常がある、って、考えていた。
 ――こうやって、無理やりにでも私に日常を回帰させてくれる存在があるから。


「……でも、あいつにしてはボケがお粗末だな。言ってやろ」


 言うべき言葉は「ありがとう」ではない。別に感謝しているわけではないのだし。「心配かけてごめん」でもない。というか下手に謝ろうものなら何を要求されるか分かったもんじゃない。
 やっぱり、「ただいま」しかないだろうな。そう結論付けて最後の未読メールを開封した私は、我が幼馴染のえげつなさを未だ見くびっていたらしいと思わされた。



“A HAPPY NEW YEAR! 
――平成2014年”




「っぶはッ……!」
「……お姉さま、うるさい…わ……」
「ごめん! …へ、平成天皇ずいぶんと長いご在位ですね……」

 数秒前までつらつら考えていた何もかもが一瞬にして霧散しどうでもよくなった。なんなんだあの女。
抗議の意の籠った霧切の小さな握り拳を側頭部に受けながら、私はようやく携帯を手放した。文句のひとつも打ってやればよかったのだろうけれど、どういう訳かまた電波が遮断されていた――ツッコミは学校に帰ってから、ということだろうか。

 目を覚ましたのち阿鼻叫喚の死地に立たされることになる、なんてフィクションじみた展開を迎えることなどいざ知らず、眠りに落ちるのは実に容易いことだった。
 レディボーデンだけじゃ足りないな、クリームシチュー味のガリガリ君も食わせてやらなくちゃ。


//20140110〜20140119




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