text (long1) | ナノ


03





 純白と、翡翠色と、瑠璃色。

 さく、と彼女が歩を進めるたびに裾が、袖が翻る。冬も深まる中、枯れ葉の絨毯は猶更重厚に僕と彼女の往く道を覆っていて、はたと意識を取り戻した僕の視界を占めていた華奢な後ろ姿に、またひとひら葉が落ちる。――攫ってゆかれる。そう思った。


「白雪!」


 まるで俗世から切り離されたように、喧噪も、自動車の排気音も、おおよその機械音すらも聴こえない、ただ圧倒的な自然だけがそこにある。
 深い森。而して、木々の間から漏れ零れてくる冬の陽光は殊更に柔らかく、そして温かい。種々の野鳥たちの囀る声と、遠くの方で水が流れている音がするほかにはひとつの雑音も聴こえやしない、ただ原初的な自然だけがそこにある。

 だから、平生ついぞ考えないようにしているきみの神性をも、目の当たりにしてしまったような気がしたのだ。


「――如何なさったの? 清多夏さん」
「否、…む、何でも……無いんだ。済まない」


 小走りに余裕なく近づいて握る手の柔らかさは、温かさは、今も僕たちに降り注いでいる陽光のそれと同じもののようにも感じられる。一般的な巫女装束に洋風の装飾を加えた独特の衣裳は、この地に祀られ崇められている彼女という存在を体現したかのような穢し難さを帯びていて。
 幼気な子どものようにこてんと倒した首、僕へ真っ直ぐ向けられた瞳は紫水晶。僕は、きみにそうして見つめられるたびに、今まで後ろ暗い生き方をして来なかった自分に対して深く安堵する。きみの瞳に映るに足る人間で在れたことは、このうえない勲功であろうと思うのだ。――こうして結ばれる前までの僕であったなら、其処で満足出来ていた筈だというのに。

 半身を翻した白雪が、僕と正面から向かい合って微笑みかけてくる。冬の冷たい、それでいて清涼な風に乗せて亜麻色の髪がふわりと広がる。僕に取られたまま繋がっている片手はそのままに、そこへもう片方の手を重ねてきた。ややあってゆるりと綻んだ唇から紡がれる声は、自然の息吹きに彩られたこの空間に染み透りながら、僅かなささやきまで僕に残してくれた。

「――何処にも、行かないわ?」

 僕の衝動など、葛藤など、彼女にとっては児戯に等しいものなのか。いつも白雪は、口に出来ない僕の感情を寸分違わず拾い上げ、昇華してくれる。
 今更ながら、咄嗟に握りしめてしまった彼女の手首の折れそうな脆さに驚かされる。このまま力を加え続けたら、どうなってしまうのだろう。清浄な、不可侵の存在であるところの「巫女」に対してこのような仮定を持ち出すこと自体が本来なら許されざるべきことなのであろう。それでも僕は、有栖川白雪への欲を捨て切れそうには無い。何処にも、行かない。それだけで満足出来ていたのはもう、とうに昔のことで。

「……傍に居てくれ、」
「ええ、勿論だわ」

 考える間すら無く即座に返ってくる僕の望みの返答は、近くで湧く清流の如きに澄みきって響いた。
 神の目からも隠れるような、この静謐の森で。数多の信仰を集める「巫女」は、迷いなく、僕だけの有栖川白雪で在り続けると誓ってくれた。慈悲深い微笑で、包み込むように。



「緑が、豊かでしょう」
「――生の草の匂いがする。何時振りだろうか」


 茶を招かれ、暫し休憩したのち白雪から導かれるようにして離れの外へ出ていた。一般に宗教結社の私用施設といったら豪奢でただただ広大で――というありふれたイメージしか持てないでいた僕は、一歩踏み出すなり視界に広がった光景に驚かされた。
 手つかずの――実際はそうと見せつつも「巫女」の散策に不都合になり得る危険などはすっかり排除されているのだろうが――自然。草木は生き生きと青く茂り、泉が湧き、生物の息吹きが其処彼処に感じられる、それはこの施設が如何に周辺環境と共生しているかを如実に表すものであった。

 しっとりと水気を含んだ空気、雑多な音が端から切り取られてしまっているかのような空間に、白雪は最初からそこに誂えられた存在であるかのように美しく収まっている。
 さきの巫女装束は室内着であったらしく、僕の傍らに寄り添うようにして立っている現在の白雪は全体的に白っぽい衣裳を纏っていた。袴に似たスカートは先刻のものと同様、胸から下をコルセットで編み上げているが、さきの緋色ではなく深海を湛えたような瑠璃色のものになっている。正面が最も短く、そこから背後に至るまで段差状に丈が長くなっている。とはいえ巫女ともあろうものがそう容易く露出を赦すべくもなく、スカートの下には生地がふんだんに使用されているのだろう純白のアンダー・スカートがもう一枚重ねられている。150cmと小柄な白雪が着用すると足首ほどまで至る長さであるそれは、ともすると足元の小枝などを引っ掛けてしまいかねない。僕が彼女より先に気付けばそっと裾を持ち上げて回避させたりもしているが、それは断じて疾しい願望の表れなどではないのだ。僕が言うのも何だが、少々身持ちが堅すぎやしないだろうか。否、これくらいがよいのか。

 付け袖から指先だけ出した状態で、白雪がある一点を指し遣る。寒風に晒される裸の肩はさぞや寒かろうと思うのだが、彼女は先刻から一度もそのような不都合を口にすることがない。慣れて、しまっているのだろう。
 ――何時の間に、開けた場所に出てきていたのか。そこには湖がただ粛々と、翡翠色の深い水を湛えて鎮座ましましていた。水面に木々がその影を落とし、反射しているさまはえも言われぬ幻想的なものであった。水底にも同じく森があるかのような、濃い水色。一歩進み出た白雪がその場に屈みこみ、袖が濡れるのも厭わず澄み透った水にその手を浸す。――そうしてきっと白雪は、誰より綺麗で透明な僕の白雪は、触れたところから滲むようにその水面に溶け込んでいって、水底の森へと還ってしまうのだ。


「――な、…に? 如何なさったの?」


 気付けば、白雪を背後から抱え込んで座り込んでしまっていた。また、攫ってゆかれるなどと妄執に囚われてしまったのか。
 どうも、この場所に足を踏み入れてから僕は浮き足立ってしまっているようだった。何度も何度も繰り返し、彼女の存在が此処に在ることを確かめる。「どこにもいかないわ、」と言い聞かせるような白雪の言葉は、常習性のある薬か何かのように、またひとときだけ僕を癒し宥めてくれる。

「こうして座り込んだところから、ぼうっと空を見上げてみるの。すーっと、息を吸い込んで」
「……快い空気だ。白雪が居るからだな」
「あらあら、あたしはマイナスイオン放出機などではありませんけど?」
「全く違うぞ。マイナスイオンが癒しに繋がるという科学的根拠は無いと言うじゃないか。その点、僕にとってきみの存在は絶対的なものだからな」
「……もう、恥ずかしいこと仰るんだから」

 衣服の汚れを厭わず、こうして枯れ葉の絨毯に腰を下ろしたのは一体どれくらい昔のことだっただろう。見上げる空は、高い。冬の優しい陽もまた、高い。
 冷たい外気に苛められる侭であった白雪の細い肩を、彼女が米神の部分から固定して背後に流しているヴェール越しに抱き締める。「温かいわ、」と破顔した白雪は、不可侵の存在というより寧ろ、無邪気な少女であるに疑い無かった。


「この湖の向こうは、どうなっているんだね」
「――人里が、あるわ」
「ほう、」

 立ち上がりたそうにする白雪の華奢な体躯に宿る仄かな温もりが愛おしくて、手放し難く一度は抱き留めたものの結局は腕を解いた。 

「"信者”の皆さんが、――その中でも、俗世にちょっと疲れてしまったひとたちが、のんびり暮らしているの」
「……つまり、強制的に働かせたりなんだりという」
「清多夏さんは”うち”を何だと思っておられるの……違うわ、あたしたちがお世話して差し上げるのは初手の段階だけ。おうちを貸して、畑を貸して、ライフラインを整えて。それだけよ。――たまに施設のほうまでお野菜なんか御裾分けに来てくださるけれど、此方から取り立てるものなんて一切なくってよ」

 僕を待たず、ふらりと湖から離れていく白雪。慌てて立ち上がり後を追った。

 枯れ木を、葉を、靴で踏む音の何と心地よいことか。磨き抜かれた床を編み上げのブーツで音高く歩く平生の感覚とは全く異なる其れ。これもまた、よいものだった。
 静かに揺れる水面を横に仰ぎながら、そう距離のない楕円形の湖を迂回すると、突き当りにも林が生い茂っている。切り立つ崖のようになっており、此処から直接下山は出来ないらしいことが知れた。勝手知ったるとばかり白雪はある特定の場所まで歩んでいき、そこで僕に向かって手招いてくる。

「此処から、覗いてみて」
「む、――まさか、……あれが先刻白雪が話していた、」

 眼下に広がる緑ののどけき人里は、山のほうに白くたなびく霞と、村人が起こしているのだろう煙の薄灰色とで靄がかって見えた。
 段をとって日当たりを最大限に活かそうというのか、田畑が其処彼処に散見された。小高い丘も、人里に近い林も、人の手が入れられているのか見通しがよく、隠れ里というには些か数の多い昔ながらの平屋のすべてに人々の生活を感じた。川面が陽の光を受けてきらりと輝く。
 なにより僕にとって印象深かったのは、そこに居り普段通りの生活を送っているのであろう住民の笑顔だった。小さい神社――きっと神事の際には白雪が直々にそこまで向かうのだろう――へ続く石段でじゃんけん遊びをする子供ら。畑の雑草を取りながら談笑する年齢さまざまの女性たち。丁度向こうから走ってきたトラックから今しがた降りてきた男性は、隣近所に買い物でも頼まれていたのか近寄ってくる住民たちへ包みを渡してやっていた。

「どう見えるかしら、清多夏さん」
「――幸せそうだ。とても」
「うふふ、貴方にもそう見えるのだったら、好かった。ひとの幸せって、幸せの在り方って、こんなところにも確かにあるのよね」



 崖から少し離れたところに、東屋があった。
 傍らには、川からずいぶんと距離があるというのに水車が据えられている。……まさかこれは広義の超芸術トマソンとやらではないのだろうか。白雪が己の趣味で作らせた可能性が微粒子レベルで存在している、気がする。
 並んで座る傍から、白雪が僕の肩に頭を預けてくる。警邏は要らない、と触れ回っていたのはこうして僕と近くに居てくれようとしたからだったのだと漸く気が付いた。彼女からの好意が感じられるこのような瞬間が、とても幸せなのだ。一方的な想いなどでは無い、と確認できるからである。――知らず、先刻から感じていた些細な引っかかりが口を衝いて出た。

「――何故だろう」
「? なにが、かしら」
「ひどく、懐かしいような気がしたんだ。この森の静かさと、緑の匂いと、人里で見た笑顔と、――それから、この場所に佇んでいるきみの姿、すべてが」



* * *




 祖父は僕たちに大いなる失望と莫大な負債を遺して逝った。

 すべてを捨てて何処へなりと消えてしまおうか。一家で、そのような選択をも執ろうかと考えていた矢先のことだったと記憶している。縋れるものがあるならば何にでも縋りたい、手当たり次第に何か無いかと探していたらしい僕の両親の手に当たったひとつが、宗教だった。――とはいえ何のことは無い、綺麗事の救済ばかりを謳い実情は無辜の民衆の信仰心から金を搾り取るだけ、などという結社に引っかかるほどには僕の両親も落ちぶれていやしなかった。
 少し疲れてしまったのだ、気休めでも楽になれるような話が聞けたなら――日頃、昼夜ともなく働き通しだった両親のその切望に僕が賛同しない筈も無く、少しの不安と多分の投げ遣りな気持ちを持って、僕はその「山」に入った。

 両親が施設で話を聞くあいだ、散策を許された。確かに日頃は学校と自宅との線引きもなく只管勉学と体力向上に邁進している身であった、偶には自然に触れるのも良いものなのかも知れない。
 枝を踏み折る。この上なく気に入っていたはずの白い学ランが、今このときだけは少々煩わしく感じられた。重い、ような気がした。僕はこんなに重い制服を纏ったまま、学生として何処へ行き付けばよいのだろう。それも、つい先日、喪ったのだ。

“――まあ! こんなところにまでお客人がいらっしゃるだなんて”
“な……ッ、あ、ぇ…と、申し訳無いッ!”

 そう広くもない山なのだろうと高を括って、少々遠くまで来過ぎてしまったらしかった。藁葺屋根の東屋にひとり佇む「そのひと」が、僕に声を掛けてきたそのとき。僕は初めて我に返り――思い切り下げた頭を上げるなり、彼女の美しさに目を奪われたのだった。
 純粋な驚きに軽く見開かれた大きな瞳は濡れたような煌めきを湛えた紫水晶のよう、ふわふわと柔らかく波打つ亜麻色の髪は、天使たちが笑い合いながら紡ぐ極上の糸のよう。

“――道に迷っておいでかしら”
“そ、……そのようです、何分初めて此処に来たので”
“違ってよ、”

 穏やかな眼差し。慈愛に満ち、ゆったりとした語り口の似合う声。それは彼女の神性なのだろうか。――傍らから僕のほうへ、陶器の茶碗をひとつ差し出しながら、彼女はこう続けた。

“ご自身が生きる道に、迷っておいでなのでしょう?”

 差し出されるまま受け取った茶器をどうしてよいか分からず、促されて隣へと着座した。それから温かい茶を馳走になり、既にその時には己の恥部と化していた祖父の失態について、極力一般的な話になるよう吐露したような覚えがあるが、如何せん今となっては曖昧だ。

“――そう、……たいへんな苦労を、強いられていらっしゃるのね”
“すべては祖父の慢心が招いたことなんです。彼は天才で、周りで彼のために尽力していた人のすべてを見下していた。物事の積み重ねより、そこにある結果だけを見て――そうして、愚かに転落していったんだ”
“……貴方はそのように、お考えになるのね”
“僕は、祖父のようにはならない。才能は努力で上回ることが出来るのだと証明し、そのうえで天才などよりも確固とした、地に足の着いた成功を目指すのです。――でないと、”
“でないと?”
“……家族も、僕も、負かされたままになってしまう”
“そう、……そう、思っていらっしゃるのね”

 気遣わしげにゆっくりと、僕を見据えて相槌を寄越す彼女は、其処でひと呼吸置いて「でもね、」と続けた。

“ひとつ、覚えていて貰いたいことがあるの。出会いしなに何か妙なことを言っていた女が居たな、くらいで記憶に留めておいてくださったらいいわ。あのね――”



* * *




「持つもの持たざるもの、その区分だけで何かを決めてしまうような、そんなひとにはならないで頂戴ね――と。そう、言われたのだ」

「……ずいぶんとまあ馴れ馴れしい巫女だったのねえ、初対面の、しかも同い年の異性に向かってそんな偉そうな口を」
「白雪、きみだろう?」

 貴方の表情には怒りだけでない、哀しみが滲んでいるの。――ねえ、哀しかったのじゃなくて? 憧れていた、立派なお祖父さまの姿を、お祖父さま自身に壊されてしまった気がして。ひとつの過ちが、あまりに大きな結果を呼んでしまったから、きっと、すべてを否定しなくては収まらなくなってしまったのよね。
 それなら、目指すべき道は決して誤りでは無いでしょう。お祖父さまが為し得なかったこと――正しいことをして、周りへの感謝を忘れず、決して驕らない。後ろ暗さの一切ない潔白さで、常にひとの前に立つ。きっと、叶うわ。ただ、――それはきっと、天才だからすべてだめだ、努力だけが唯一の正解だ、という固定概念を以てしては、難しいと思うの。

 細かい言い回しは惜しくも失念してしまったが、紫水晶の瞳を真っ直ぐ此方に向け逸らさぬまま、ゆっくりと、染み透らせるように、そのひと――白い装束に身を包んだ、亜麻色の髪をした巫女は、在りし日の僕にそう告げたのだった。
 当初は、彼女が何を言っているのやらあまり分からなかった。そののち案内を受けるまま下山した僕は憑き物が落ちたかのような表情をした両親と落ち合って帰宅し、二度とその土地に足を踏み入れることはなかった――両親がそこに「入信」しなかったのは、話をしてくれた教祖のほうから「此方からの勧誘はしないし現在はきっとそうするべきでない」との助言があったからだと後に知ることになる。実際、一報の連絡も届かなかった。
 それから以前に輪を掛けて勉学に、身体の研鑽に、委員会活動にと精を出し、模範生として表彰を受け両親を喜ばせたりもした。希望ヶ峰への編入が決まったときには、漸く「彼女」の言っていることが少し分かった気がした。僕はこの妄執を何処かで折り捨てなくては、きっとこの学園で望むようには生きられまいと悟ったからである。

 そして、時は流れ。今日もう一度、この土地にやってきて、思い出した。
 今の僕を築いて来たのは、努力だけではない。両親の支え、級友や教職員各位の支持、それだけでもない。

「――僕はずっと、きみの言葉に生かされて来たのだ」

 それは、何気ない啓示だった。
 而してそれは、何より尊い神託だった。

「……似たような山なんて、沢山あってよ? それこそ、こんなザ・日本の原風景! みたいな景観、昨今のブームですものね。それ、多分あたしじゃなくってよ」
「いいや、こんなに綺麗な紫水晶の持ち主、二人と居るものか」
「記憶違いなんじゃなくて? 清多夏さんはご存知ないかも知れないけれど、長期記憶って思い込みによって結構影響を受けたりするものなのよ――っきゃあ!」

 煩い口は塞いでしまうに限る。
 思い切りかき抱いたヴェール越しの肩は、依然として粟立つ気配も無い。ただ、少しずつ熱を持って、僅かにふるえているのが感じられた。

「済まない」
「……ええ、そうね。もっと謝って頂戴」
「否、其方ではなくてだな。――あれが白雪、きみだと確信したのはこの山に来るよりも一寸ばかり前のことだったんだ。こうして東屋に来てそれが盤石になった、という言い方のほうが、実は正しかったのだよ」


 今日のことだ。
 山に入る前、白雪が玉露を煎れてくれた。僕のために献じてくれたそれは、鮮やかな茶色が良く映える、上等な陶器の茶碗に注がれたものであった。――そう、ちょうど「あの日」、偶然に行き合った僕へ彼女が差し出してくれた、それと全く同じ茶碗に。


「――……完敗ね、貴方ったら時々いやに鋭いのだから」
「きみの能力上、覚えていないわけがないのだから曖昧に返してきた時点で白雪の負けは確定だったろう。――違うな、ここで問うべきは勝ち負けではないのだから」

 ひとつだけ、接吻を貰えないだろうか。

 木々がさわりと揺れる。快い水音は先より近く、それだけ上流のほうに歩いてきたのだと知れた。山の真の所有者であるところの野鳥や動物のか細い鳴き声に、遠く人里の活気までが届く。
 ――白雪。きみの居る世界は、こんなにも美しいのだな。

 あの日、偶然に踏み入れたきみの世界に、僕はずっと魅了されていて。
 それは止むことのない希求。何故なら、それこそが僕を生かすものだからだ。


・少女が見た日本の原風景

20131218


 恨みながらも離れられない、彼が歩んだ道。
 それでもきみとなら、きっと歩んでいける筈だ。

 ときどき、寄り道をして緑に包まれてみたりもしながら。