text (おあそび) | ナノ



右向いても左向いても隣向いても奇人変人@

「――し、失礼致しますッ!」
「やあ、君が有栖川くんが言っていた石丸君だね。私は霧切仁、この町の町内会長を務めさせてもらっている」
「とか言いつつ日ごろはただの雑貨屋よ」
「響子。……まあ、本当なのだがね。作物の種や株、生活用品など入り用なものがあればいつでも来てくれ。一先ず今日のところは有栖川くんに頼んで一通り揃えてもらっているから、ゆくゆくの話だ」
「本当に申し訳ありません、何から何まで」
「いいんだよ、新たな住人はいつだって歓迎だ。願わくは、きみが記憶を取り戻して元の場所に帰ることになった後も、この町のことを忘れないでいてくれると嬉しいよ」
「有難う、ございます」
「そういえば父さん、黄桜さんは?」
「未だ開店時間には早いからといって外出しているよ、天願さんのところへ酒を届けに行っているんじゃないかな」
「あら、じゃあまた後ほどご挨拶に伺わなくてはならないわねえ。石丸さん、この雑貨屋さんの地下にはとっても素敵なバーがあるのよ」
「白雪、褒め過ぎよ。――土地が肥沃だから葡萄酒や林檎酒の評判も高いのよね、もし石丸君がお酒もいけるのなら、今度遊びに来るといいと思うわよ」



「あら! 有栖川さんの言ってた彼ね〜初めまして! 私は雪染ちさ」
「(白雪さんは何処まで僕のことを話して回っていらっしゃったのだ……?!)石丸清多夏です、…今後何卒お世話になります」
「ここは宿屋なんだけど、町でパーティーをしたり催しがあったりするときには会場として開放することもあるの。お部屋はいつでも用意できるから、何かあったらいつでも言ってね」
「な、何かとは……?」
「うふふ、ご自分には既にお家があるから〜と思っておられるのでしょう石丸さん、でも色々あるのよ」
「そうそう、朝起きたら台風で畑ごと家の敷地ひっちゃかめっちゃかになってて修理にまる三日掛かるとか」
「ファッ?!」
「あるわねえ、あと美味しい作物を育てすぎてモンスターに目を付けられて急襲されたり」
「?! 白雪さん、この町は斯様に危険と隣り合わせだったのですか?!」
「んもう石丸さんたらまた他人行儀……うふふ、大丈夫よ。みんな今更その程度では動じない方々ばかりだから」
「僕は動じます!!」
「だーいじょうぶよ、石丸くんもきっとすぐ慣れるわ! それに、もし本当に困ったときは町のみんなが助けてくれるんだから」
「オイ雪染、宗方が向こうで何か探してんだが」
「あー読みかけの本でしょどうせ! 京助ったら大事な学術書なんだからご飯時に持ち込んで読みかけにして放っとくのやめなさいって何回も言ってるのに!」
「多分それだわ。どっかやったのお前か?」
「うん、ベランダに干してるよ」
「お前も大概容赦ねえよな! ……っとワリィ、来客だったか」
「は、初めまして。本日からこの町にお世話になります」
「そうかよ、まァ大したモンもねえ町だが悪い処でもねえ筈だ、ゆっくりしてけ」
「え〜逆蔵くん何その町人目線…自分だって旅人じゃーん……」
「? そうなのですか」
「彼は逆蔵十三さん、各地を旅して洞窟や秘境で発掘稼業を営む言わばトレジャーハンターよ。ここ暫くはこの町を拠点にしていらして、この宿屋がお家代わりなの」
「有栖川はその持って回った口利きどうにかなんねえのか、カユくて仕方ねえっつの……おい宗方、見つかったか?!」
「……ああ、見つかった。たくさんツバメにつつかれていた……」
「(先刻確か大切な学術書だと言っていなかったか!? 見るも無残な惨状ではないか……過酷過ぎやしないかこの町は!)」
「私の忠告を再三無視した京助が悪いっ!」
「……次から熟慮して善処する。む、……其方は」
「ッぼ、僕ですか?! 嗚呼ご挨拶が遅れてしまいたいへん申し訳なく、石丸清多夏と申しますッ!」
「奇遇だ、俺の好みの服装をしているな」
「え、?! 否あの此れは借り物で、ええと、……ッ白雪さん」
「もう、いやだわ宗方さんたら! これ、先刻ご自身が石丸さんにって貸してくださったものじゃないですか」
「あっ……そうだったな」
「も〜京助ったらその天然なんとかならないの?」
「(な、何だったんだ……?!)」
「(悪ィな石丸とやら、コイツ前からこういう奴でよ)」
「(逆蔵さん…)」
「成程、ということは行き倒れの旅人というのはお前のことか。俺は宗方京助、地理や郷土学を研究している学者だ」
「は、はあ。今後、お世話になります」
「自己紹介は慣れん。あとは何だ、個人的なことなどを話すのが自己紹介だよな、……あ、俺はそこの逆蔵に惚れられているらしい」
「なァんでお前はそういう事を唐突に言っちまうンだよ信じらんねえ!!!!!!」
「ほう、そうなのですね。兎に角宜しくお願い致します」
「えっ石丸そこは驚かねえのかよお前も何なんだよ!!!!」
「そうそう、ちなみに私も京助のこと大好きよ〜。京助命」
「ああ、俺も逆蔵と雪染が好きだぞ。あと酒場の林檎酒と食堂の煮込みハンバーグ定食が好きだ」
「も、もう…ヤだこいつら……」
「うふふ、石丸さんお分かりになっていらした? この町の皆さんとっても賑やかで良い方たちばかりでしょう」
「多分に個性的で、ひとたび会うだけで顔も名前も忘れることはないだろうと思えるほどだ。……未だ半分も出逢っていない、のだよな」
「ええ。引き続きご挨拶して参りましょうねえ」
「有栖川お前いつでもどこでも観客席の顔してんじゃねえぞコラ!」
「それから海の家のイカ刺しと、町の風呂屋のコーヒー牛乳と、」
「宗方はもういいよ……」


//20161106


「あ、あと先日海辺の洞窟で逆蔵が掘ってきてくれたエメラルドも好きだ」
「やだ〜逆蔵くんったらそこで萎れちゃうのがイカニモっぽくて可愛いぞ! もう!」