text(5☆) | ナノ

「うあ、寒いですね! イヤーマフしましょう、まふまふ」
「無視安定」
「霧切さん冷たいです! 冬の外気よりつべたい!」
「だったらよかったじゃない、常日頃から寒さに慣れているということよね」
「舞園さやかは現在あなたからの貴重なあたたかみを募集しております! 歳末助け合い運動です! 恵まれないアイドルに愛の手を!」
「知ったこっちゃないわ、SNSにでも書いていればいいんじゃないかしら」
「めそ……」

 淡いピンクが華やかなフレアタッチのトレンチコートが冬空にも眩しいさやかさんと、いつもながらの好みであるシックな黒のダッフルコートをスマートにパンツスタイルに合わせた響子さんが行く先遠くでじゃれ合っている。吐く息が白い。

 今日は、平生仲良くしてくださる皆さん――先述のお二人と、あとはもちろん清多夏さん――と4人連れ立って、間近に控えた学級内での催しの準備をすべくお買い物に出ていた。
 賑やかな町並み、前方を行くお二人の、というかさやかさんの楽しそうな声を聴きながら、なぜかあたしの足はゆるやかに止まった。アーケードに絶えず響くBGM、この時期であれば何所ででも耳にするような国内外のクリスマス・ソングに聞き入ってしまう。

 この時期のラブソングには、別れをモチーフにしたものが多い。
 引用するまでもなく、ぱっと思いついたものの歌詞を見てみると、綺麗な旋律や楽しげな曲調に乗って、もしくはストレートに懐古調のテイストで以て、昔の、もう終わった恋を歌ってみたり、さらぬ別れを嘆いてみたりというものが意外とあったりする。昨今ではそればかりにとどまらず恋人との幸せな今を歌った冬のナンバーも増えたが、寒くなってくるとつい街を歩くのをためらってしまうほど、あたしの脳裏を過ぎっていく歌は哀しいものが多かった。

「そのうち実感を伴って、涙を流しながらしみじみと聴くような日が訪れるのかしら」

 いまが幸せだからこそ、斯様な詮のないことを考えてしまうのだろう。
 幸いにも心から愛おしいと思えるようなひとと巡り会い、愛し愛されることが叶った夢のような日々の中に居るからこそ、いつかはこの季節を歌う多くの歌のように、この幸せを幸せ「だった」と回想しなくてはならない未来に行き着いてしまうのではないか、などと考えてしまうのだろう。

「白雪?」
「っきゃ、……あ、清多夏さん」

 うっかり街中に居ることを忘れかけてしまっていた。育ちの良さが見て取れるような濃紺のピーコートの袖から伸びた手が、あたしの冷え切った指をとる。「どうかしたかね」と気遣わしげに尋ねてくる声量は平生より抑えめ。そんなに真剣な顔をさせてしまうほどに深刻そうな影を負っていただろうか。なんでもないわとほほ笑んで小さく肩を竦めた。
 そのままあたしの手を取って先行のふたりへ合流しようと歩みだしかけた彼へ、何の気無しの体を装って一言だけ投げ掛ける。

「……ねえ、清多夏さん」
「うん?」
「この時期のお歌って、なんだかちょっぴり感傷的になってしまうわよね」

 実際はちょっぴりどころではないのだが、未だ古今東西の「冬うた」をランダム再生し続けるアーケードをゆっくりと歩み過ぎながら問うてみた。彼が昨今のJポップ事情に明るいなどとは流石に思わないが、それでも有名な洋楽の幾つか程度はご存知であろう、と。
 而して清多夏さんの返答は、平生のオーバーリアクションと引き比べても実に自然で実にあっけらかんとしたものであった。

「……きみも大概愛らしさが過ぎるな、白雪」

 ふ、と眉を下げて穏やかに笑む。まるで聞き分けのない子どものどうしようもなく脈絡のない話を黙って聞いてやる父親のような、あるいはまるで、大人げない恋人の些細なわがままをいなしてやる殿方のような。大人の男性がするような表情で、斯様なことを仰せになったのだ。
 いま流れ始めたBGMは、男性ヴォーカルの、耳馴染みのある冬の定番。これもまた、過去に手放した恋を叙情的に歌い上げるバラードだ。ゆったりと歩みながら、あたしの言葉で音楽に気がついたらしかった清多夏さんは、どうやらご存知であったらしい曲に合わせてサビの一節を軽く口ずさんでいる。上手だった。
 当然、あたしが微塵も納得できていないらしいことなど最早お見通しであったらしく、暫く歩いてのち絶妙なタイミングでフォローが入った。これまた穏やかな声。オフの清多夏さんは最強無敵だ。

「自分の身の上に引き比べて感じ考えることができる、その瑞々しい感受性はたいへん魅力的だとは思う」
「……」
「いつかは我が身にも別れが訪れるのではないかと純粋に恐れる幼気さも、まあ僕からしてみれば好ましいとも言える」
「ぅ、」
「而して、歌は歌だ。それ以上でも以下でもない。それでも白雪が気にすると言うなら、それこそ明るく楽しい歌を選んで聴いてみるといい」
「そ、そういう問題じゃ」
「僕は、どのような音楽であろうが白雪と二人で過ごす冬に聴けるのであれば喜ばしいぞ」

 ――それは、ずるい。そんなの、あたしだって同じなのに。

 言い募ろうとしたあたしの頭に、ぽふりと柔らかで暖かな感触。「先刻、雑貨屋で見つけたのだ。きみに似合うかと思って」と変わらぬ笑み混じりの声に、アーケードを外気と隔てるガラス板に目を投じればピーコートの王子さまの傍らに白いコートを纏った白いうさぎが佇んでいた。耳付きの帽子、だなんて実用性を問われそうなものを彼がわざわざ入手するなんて。

「先ほどきみにああ言った手前、少々お恥ずかしいではあるがね」
「……清多夏さん?」
「けさ聴いた一曲に僕も感化されていたのかも知れないな。恋人と過ごす冬は楽しくて暖かいのだ、と。分かっているところに尚更煽られたものだから」

 ガラス窓の外を、ついにちらちらと白い羽のような粒が舞い始めたのを眺めながら、ついぞ忘れていたことを思い出す。待ち合わせて、一歩アーケードに踏み入れた今日のいちばんはじめの風景。
 現金なことで我ながら恥じ入る思いだけれど、あのとき確かにあたしも、しあわせな冬のこれからを噛み締めていたのだった、と。


・雪が降ってきた

//20161218


「……あ、これわたしたちの新曲です! サンタさんのカップルがらーぶらーぶでとびきりハッピーな冬うたですよ! どやです!」
「昨今CMでもよく聴かれるわねえ。お衣装もとっても可愛らしくて」
「モチーフが古典過ぎやしないかしら。パーティー抜け出さない?って今日び、昭和じゃないんだから」
「! きゃー嬉しい、霧切さんもチェックしてくれてるんですね!」
「……言うんじゃなかった」
「僕も知っているぞ、テレビで流れると白雪が一緒に歌うのだ、非常に愛らしい」
「わたしの曲をダシにして石丸夫妻がイチャイチャしてるんですね、わかります」

「聴いているだけでわくわくするの、あたしこれ大好きよ。ずっと長く愛される曲になるでしょうね」

そうして来年もその次の年もずっと、ふたりで聴けるようであったらいい、と。