text(5☆) | ナノ

◎PBeMにおける蕗による最原RPログにモノローグを足したもの。
◎ひらたくいうと蕗がなりメで最原くん動かして楓ちゃんとバレンタインしてきたよっていうログの自分側だけ抜き出したやつです
→蕗のロール傾向が終止形口語小説ロールという携帯PBBで間違いなく嫌われる手合いのアレであることについては何も言わないであげてください
→全体の流れと楓ちゃんサイドの動きはモノローグで補足しますが、科白の感じやなんかは各々どんなやりとりがあったか想像で補ってください






 ――えっと、僕の話……? 

 そう、だね。夜時間に「ちょっとだけ会えないかな」って赤松さんに呼んでもらったから部屋まで行ったら、昼の間に女子みんなで集まって作ったんだってお菓子を貰えた。ガトーショコラと、トッピングがそれぞれ違うトリュフが3粒。音符の形のピックが赤松さんらしくって和んだ。そんな感じ、かな。
 え? それだけじゃないだろう、って……? 困ったな、どこから漏れたんだよ……分かった、――ここだけの話にしてくれるって約束してくれるなら、ちょっとだけ詳しく話すよ。本当に約束してよ? 王馬くんあたりに知られたら…考えるだけでも恐ろしいから。

 その日、赤松さんから電信を貰った僕は、もう日付的にもいてもたってもいられなくて柄にもなく走って寄宿舎まで帰ってきた。出先っていっても伯父さんの事務所だったんだけどね、――あとから聞いた話だと、赤松さんも部屋を掃除したりしたあとは落ち着かなくてあちこち歩き回ったりしていたそうなんだ。そういうところ、僕たち、似たもの同士なのかもしれないな。

(濃いグレーのダッフルコートを制服の上に羽織ったまま、己の部屋へも寄らず赴いた部屋の扉は当然ながら今は閉ざされている。ドアプレートの無表情のドットピクチャですら、彼女のものだと思えば温かみを感じるのは何故だろう――呼吸も漸く整ったところで、それでも一つ大きく息を吐いたのちに、軽く握った拳で扉を2度叩き硬質の音を立てた。)あの、赤松さん……! えっと、……僕、だけど。遅くなってごめん……(扉が開く前に一瞬だけ、俯いて瞼をぎゅっと閉じる。)

 ピンクの部屋着用ワンピースに、ベージュのカーディガン。赤松さん、なんていうかすごくリラックスした感じで――というか言ってしまえば本当に無防備な格好で、僕としてはいろいろ困った。どうして彼女はピンクだのベージュだのって女の子らしい色がこんなにも似合うんだっていう煩悶もあるし、そもそも今は夜時間だし。なんなら玄関先で「それ」を受け取ったら普通にまた明日って感じだと思っていたから、部屋に通されたときはどうしようかと思った。……笑いたかったら笑ったらいいんじゃないかな、みんなだってそうそう女の子の私室にプライベートで招かれることなんてないくせに……!
 くそ……ま、まあ、いいんだけど。結果として僕は幸せだし……。

――う、ううん、あの……たまには電信だけじゃなくて、寝る前にこうして話せたらなって、思ってた……し、……い、いいの?! お邪魔しま……す、(よくて玄関先での応対だろうという予測はあっさりと外れ、なにが探偵だこの先の展開一つ読めないで、と心中自嘲しつつも、見慣れない限りなくリラックスした装いの彼女の姿だの初めて私的な案件で通されたような気がする異性の個室だのそういえば今は夜時間なのではないかという逡巡だのに既に耳から目元からほんのり紅く染まってゆきつつ右手右足同時に出るようなぎこちない挙動で招かれるまま室内へ。誰の目があるか分からないしな、と急かされた理由を今さら反芻しつつ、取り敢えず脱いだコートは丸めて着座した膝へ置いてみる。)あ、うん、……その、お構いなく……?(興味がないといえばうそになる。何やら己の方向からは見えにくい位置に座っているらしい彼女のことも、この部屋のことも。とはいえ本業のようにきょろきょろするのが流石にマナー違反であることくらいは探偵も心得ていた。所在無げに帽子を被ったり外したりしているさまは傍から見れば滑稽なものかもしれない。)

 テーブルの手前に座ってて、っていわれたんだよ。どうしてかな、とは思ったんだけど僕もそこまで普段から探偵ぶっているわけじゃないから、あんまり深く考えてはいなかったんだ。赤松さんはそのテーブルを挟んで向こう側、部屋の奥でなにか取り出しているみたいだった。コロシアイ学園生活中だったらちょっとした危機感を感じていたところだったかもしれないね……まあ、赤松さんに手を下されるのならあながち最悪の終わり方でもないのかも、だけど。
 勿論、取り出されたのは凶器なんかじゃなかった。なぞなぞを出すみたいに、赤松さんに「どうして今日、キミを呼んだか分かるかな?」って聞かれた。……分からないわけがない。2月14日。剰え僕は事前に「渡したいものがある」とまで言われてたわけだしね。でも、ここまできて急に臆病風が吹いたっていうか……うん。もし勘違いだったら相当恥ずかしいよな、みたいな。それで、返答はずいぶんと意気地なしな感じにはなっちゃったんだけどさ……。

なっ……え、……なんで分かったの……(エスパーか、それともまた例の如く「帽子に書いてあった」のだろうか。斯様なシチュエーションで異性の部屋へ招かれたことがないことまで見透かされているらしいことに一際分かりやすく動揺するが、そこで呈された彼女からの突然の問い掛けに、しばし逡巡したのち、ついに意を決して帽子を傍らに置けば。恐らくは目覚まし時計の秒針がかちりと12のところを打ったタイミングで、)……それは、えっと、……日付から、もしかしてって推測はできるけど、……自惚れだった場合が怖いっていうか、その、……、(床と此方とを行き来する彼女の淡い紫色の瞳と、そのうち目が合うだろうか。)もしかして、……あの、赤松さん、前に言ってくれてたこと……僕に、この日、お菓子を贈ってくれるって、――……まさか、本当に……。

 思い上がりじゃなく、観察の成果だけど。……赤松さんも、緊張してくれていたみたい、だった。
 日付が変わるのを待って、漸く僕の「待て」も解除された。黒い箱に、金色のリボン――なんて、僕がちょろいのを差し引いたって、勘違いしちゃっても仕方ないんじゃないかな。自分の容姿に自惚れるほど痛々しくはないつもりだけど、そのときばかりは、赤松さんの印象に残る色合いの瞳を持っていたことに少し感謝した。……なんて、やっぱりこう言うと痛いね、どうしても……あの、鼻で笑うのやめてもらっていいかな。

(推理にもならない。なにせ、論理的に導いた結果ではない。無論、電信のやりとりこそ記憶にはあったものの――結局のところ、他でもない己の希望的観測を口にしたまでだったわけで。無意識に心中で期待していたそれが、現実に形を伴っていま自分の前に呈されている。片手で口元を覆って、斜め下に目線を遣る。而してそれが拒否反応などとはてんで対極の、単なる照れと歓喜の奔流の顕れであることは既に隠しきれないほどに熱を以て上気した横顔から知れよう。)わ、……うゎ、えーー……っと、……あ、…有難う、赤松さん……っ!(小刻みに震えていたもう片方の手を力なく伸ばして、それでも彼女から少々危ういていで差し伸べられた何よりの供物を壊れ物を扱うようにやわらかく、確と受け取る。気恥ずかしさをこらえて、追って両手を添え自分の手元へと安置した、その小箱。艶めくグランドピアノを思わせる漆黒に彼女らしいチョイスだと一旦は納得しかけたが、きらりと優しく煌めくリボンの金色に一瞬思考が停まる。こんな時ばかり、また、都合よく「推測」をはたらこうとしてしまう。沸騰した血が流れる音すら聞こえてくるような錯覚に至りながらも、彼女から続けられる声には「そ、そうなんだ」と懸命に声を絞り出し、――折角なら、と我儘を言ってみることにする。)赤松さん、わざわざ作ってくれたの……?! ぼ、僕なんかに……あの、……本当に、嬉しい。どうやってお礼をすればいいか分からない位、――……あの、……えっと、一つ食べてみても、いいかな。

 もらったものは、さっき話した通り。
 ひと口大にカットされたガトーショコラと、トリュフチョコレートが三つ。パウダーシュガーのと、ココアパウダーのと、抹茶パウダーの三つ。並び方までちゃんと覚えてるよ。ガトーショコラに刺さっていたピックは音符型だった。なんだか彼女らしさが見えて嬉しくなった。一緒に準備してくれてた飲み物は日本茶で、甘さが飽和しないようにしてくれる赤松さんの気遣いを感じたな……。
 それで、自分の部屋に帰ってゆっくり食べようかとも思ったんだけど……その、あまりに嬉しくて。折角だからこの場で一つ食べさせてもらおうかな、ってつい我儘を言っちゃったんだよね。……今思えば、そのときに僕は彼女の緩やかな変化に気付いておくべきだったんだ。

(水分を僅かに湛えて緊張に揺れる瞳とよく似た色合いのリボンを、震えているにもかかわらず職業柄の器用さで指先は丁寧に解いてゆく。華奢な小箱に納められた、手作りの風合いがほっこりと目にも温かく伝わる2種類のチョコレート菓子は、まるで、身の置き場なく離れがたくという体で寄り添う一対の存在のよう。あるいはこうして互いに今一つ顔を合わせられないままでいる、この部屋の自分と彼女のよう。而してきっと傍目にも甘いのだろう。)……お菓子自体はみんなで作ったんだとしたら、これって……その、包装もみんな、自分でしたってことだよね。赤松さん、あの……否、……えっと、いただき、ます。(あまりにうぬぼれが過ぎるかと質問を飲みこんだのと、湯呑を手にした彼女が此方へ戻って来るのとが同時だった。平生目の前の彼女が欠かさず身に着けているヘアピンと同じ意匠を感じて手に取った音符のピックで、こっくりと質量のある生地に仕立てられた真心のかたまりをひと口で含む。なんだか真摯な視線を感じるような気がするが、――監修がよかたことは勿論あるだろうけれど、それ以上に彼女が今日の日のために如何なる感情のもとであれこの逸品に込めてくれたのであろう丹精だとか慈しみだとかを濃厚なチョコレートの深い甘みと共に咥内で感じれば、)……あ、……の、――……ごめん、僕、こんなときばっかり、なんて言っていいか分からないとか……格好悪いけど、――……その、……美味しい、よ。凄く。……赤松さんの、優しさの味がする。……気がする。

 拙い感想しか、返せなくて。……だめだな、もっと国語の勉強をしておけばよかったって。気の利いた褒め言葉だったら、天海くんとか東条さんに聞いておけばよかったかもしれない。でも、生憎と僕は自分の言葉でなんとかするしかなくて……。嬉しかったのもそうだし、貰ったものが本当に美味しかったのも確かだから、それだけは伝えたかったんだ。拙くても……うん。
 それで、やっと言えたと思ったら赤松さん、すごく嬉しそうに笑ってくれて、――……そのままテーブルに伏しちゃったんだ。ぺたんって。

 仕方ないんだよ、な……。赤松さんは超高校級の"ピアニスト"、公演がなくたってレッスンとか取材とか、そうじゃないなら普通に学生として毎日忙しい人なんだ。しかも、大切な手を使って僕なんかに手作りでお菓子を作ってくれて……多分、いろいろ張りつめていたんじゃないかなって、僕はそこで初めて合点がいったんだ。
 テーブルに片頬をつけたままで僕のほうを見上げてふにゃふにゃ笑っている赤松さん、そりゃあもう可愛いの暴力でしかなかった。でも、あっこれただ純粋にふやけてるんじゃないなってすぐ分かった。赤松さん、これ、眠たいんだ、……って。
 まずいよね、僕もまずいって思った。だって夜時間だ。僕は外からの帰りがけに立ち寄ったから誰も僕の姿を見てない、つまり僕が赤松さんの個室にいることを誰も知らないんだ。そんな中で赤松さん、部屋に僕を招き入れた状態でまさか寝るのか?! って。いやそんな、別に寝てしまわれたからって僕がそんなすぐに彼女に何かするとかそんな、そういうのがまずいっていうわけじゃなくて、その…あの、風紀的な、うん、そういう、ことっていうか、……と、とにかくまずいことは分かるだろ?! ――……ご、めん、取り乱して。だから、僕としてはなんとか一刻も早くこの場をお暇して、まだ赤松さんの意識があるあいだに就寝の支度を済ませて普通に寝てもらわなきゃいけなかったんだ。淹れてもらったお茶も、惜しいとは思ったけどかなり急いで飲んだ。熱々の日本茶をあんなにハイペースで呷ったことなんてなかった。でもそんなの、今この場で赤松さんに寝落ちされることに比べたらなんでもなかったんだ……。

――あ、わ……っ赤松さん、まだ寝ないでね……?! 流石にこの状況でキミが寝てしまったら僕がどうなるか…いや、なにも、ないんだけど……風紀的によくないし、ね! うん、あの……ここで全部食べてしまうのは勿体ないから、残りは持って帰って大切に食べさせてもらうね、……だ、大丈夫……? その、やっぱり疲れさせちゃったんじゃ……ごめん、でも、うん…有難う……ほんと、(思ったことが思ったまま思った順番で出てくる非常に残念な言葉の発し方をしつつ、箱を開けがけあれだけ丁寧な解き方をしたというのに梱包しなおす手付きはいやにおぼつかなかった。あまりにあんまりだった。女の子らしい配色の女の子らしいルームウェアが似合う彼女も、自分だけのために――と自惚れてもよいものだろうか――手指が命のピアニストの彼女がわざわざ手作りのお菓子を準備してくれていたという事実も、ひと口賞味しただけで一日の疲れもそれまでの緊張も一気に融解するような夢見るほどの甘さも、こうして目に見えてはっきりと己に気を許してくれているような挙動で顔を合わせてくる彼女の、やわらかい表情も。あまりにも、己を幸せにさせてくれ過ぎた。「早く寝てもらわなきゃいけない、よね」と湯呑みを手にしてはそれなりのハイペースで傾けるのはできるだけ早く目の前の優しいこのひとに身体を休めて貰いたい一心ゆえ。ほこほこと湯気を立てるお茶の滋味で少しずつ落ち着いていく喉奥の甘さを名残惜しく思いながら、……探偵は少しばかり調子に乗ってしまう。)……1か月後。お返しはなにがいいかな、なんて……やっぱり、キミに尋ねるのはあまりに意気地なし、だよね。

 「キミが考えてくれるものなら、なんだって嬉しい」って。
 お返しをどうしよう、ってことについてはちゃんと答えてくれるあたり、やっぱり赤松さんは律儀でしっかりした人だなって思った。思った、けど。

 ――……だめだった。やっぱり寝ちゃったんだ、赤松さん……! あんまり幸せそうに寝ているものだからもう揺すって起こすわけにもいかなくて、相当必死に呼びかけてはみたけどやっぱり起きない。
 そのまま置いて帰るわけにはいかない。ブランケットなりなんなり掛けて帰るっていう手もあったんだとは思うんだけど、この時期だし……それに、座ったまま寝てしまって翌朝以降に身体になにかあったら困る、でしょ。僕もよく書類を触っていて机に着いたまま寝てしまうことってあるし……僕はともかく、赤松さんはピアニストなんだ。万に一つも何かあっちゃだめなんだ。だから、そのあと僕がしたことは何の衒いも、もちろん下心だってない、不可抗力であって配慮であって、……その。仕方のない、ことだったん……だ。

(もしかしたら彼女、とても精巧な機械仕掛けなのじゃなかろうか。規則正しくやってくる睡魔という名のプログラミングには抗えないとばかりに瞼を下ろした彼女を前に、一先ず先の問いへの返答は微かな声量なれど聞き漏らすことなく拝領したが、――……そののち間もなくして静寂に満ちた室内に細く通る安らかな寝息を耳にして最原終一ははっきりと、「あ、これ詰んだ」と自覚したとのちに語る。もしかすると余程気を張り詰めていたのか、ただでさえ日々あれだけピアノに学園生活にと精力的に過ごしている彼女のことだ、そのうえ自分になど時間を割いてもらってしまって――と思案に暮れながら暫くテーブルに突っ伏す彼女を見遣っていた。美しい髪、乙女の瑞々しさを湛えた肌、やわらかく閉じられた瞼を縁取る繊細そうな睫毛。非常に悩ましいことに、彼女が一足先に眠りへといざなわれてしまった今、時間はそれなりにあった。先刻つい気もそぞろなままに結んでしまったリボンの乱れを、再び解いて結い直せるほどに。悪くならない程度に、而して、ゆっくり食べよう。心中で今一度決め込んで、ついぞここまで完全な意気地なしに成り下がっていた男は徐に腰を浮かせて、己と彼女とを隔てたテーブルを回り込む。)――……赤松さん、この気の許され方はさっきの謎かけ以上に難易度高いよ。「義理」だからこその無防備なのかな、――……それとも、……(流石に、それ以上は時期尚早か。自分に都合の良過ぎる程に甘やかな時間を経て浮かされた思考を無理にでも打ち切ってしまえば、未だふやけた視界の中で金色の瞳をちらりと巡らせる。この位置から対象――この部屋の主である彼女の寝台までは、決して遠い距離でもない。確実に目を覚まさないであろうと確信できるほどに深く寝入ってしまったらしい彼女のごく近くに身を寄せつつ、「違うんだこれはまったくやましい動機があるわけじゃなくて仕方ないんだ必要な行動なんだ今は冬も真冬だしブランケットをかけてあげるだけじゃ幾らなんでも風邪をひくだろうしこのままの体勢だと翌朝身体のどこを痛めてしまうかわからないしそもそもそのまま帰ってって言われて鵜呑みにしてこの状態の赤松さんを放置して帰った日には僕は完全に脈無し認定されるに決まっているからで否別にポイントを稼ぎたいわけじゃない脈とかそういうのはどうでもいいんだとにかく仕方ないんだ、そう、」と極々低音量且つノンブレスで唱えきったのち、一度だけ目を強く瞑って、――できるだけフランクな接触の領分に留められそうな部位をと心がけつつ、彼女の身体を抱き上げる。なんの特別な意味合いもない作業だ、ただ寝落ちてしまったからきちんと寝かせてあげなくてはと、そういうことだ。ひとたび開き直ってしまえば隠れた胆力はあるこの男――本当にキミは寝落ちが得意なフレンズだね、なんて、探偵の非力な両腕でもこうして支えることができる確かな彼女の質量に場の状況も忘れて一瞬ふわりと笑んだかもしれない。妙にゆったりとしたモノローグは単に己にとってこの僅かなときが非常に色濃く印象深い時間であったからであって、実際の「滞空時間」はさほどでもない。掃除をしながら待っていたと冒頭で彼女が言っていた通り、きちんとベッドメイクがなされた寝台に極力意識を遣らぬようにして丁重に彼女を横たえると、暖かくしておやすみ、という気持ちも込めて殊更ていねいに毛布類を重ねてやり――……克明に両腕に刻まれたこの一瞬の温もりと記憶との余韻が消えぬ間に、且つ、此処までようこそだいぶんだいぶん頑張った己の理性を可及的早急にねぎらってやりたい気持ちの一心から、帰り支度を整えるのは自分で驚くほど早回しで済んでしまった。去り際に一度だけ、寝台で健やかに寝息を立てるいたいけな彼女の姿を顧みて、)――……おやすみ、赤松さん。……本当に、有難う。キミにとってのこれがどんな意味を持っていたとしても、……僕は、嬉しい。本当に。(しみじみと一つ、独りごちた。今更流暢になりだす本音の部分も、今しがた起こった少々「今の」ふたりには行き過ぎているかもしれなかった接触も、今宵のすべては自分ひとりの心に留め置く思い出。今後オープンにできるか否かは未知数だが――……自室に引き揚げた探偵が、寝しなに「これ、赤松さんが明日起きたらいろいろ困るやつじゃないか――……?!」と最初に考えておくべきであった懸案に思い当たり朝まで悶絶しながら眠れぬ夜を過ごしたことだけは疑いようのない事実であった。)

 結局、彼女がくれたものの意味が何なのかも聞けなかった。――いや、起きてたとしても僕が直接「これって…」って聞けたかって言われたら、その……無理だったんだろうけど。よしんば聞けたとしても、赤松さんのことだから、いつもお世話になってるから……なんてことを言って曖昧に笑うのかもしれないな、とも、思うし。そんなこと言うなら、贈り物をしなくちゃいけないのは僕のほうだ。僕のほうがずっと、毎日彼女に助けてもらってるんだから。
 それでもさ、……どうしようもなく、嬉しかった。彼女の真心をそのまま受け取ったような気持ちになれた。

 ――え、嬉しかったのは最後のアレだろうって? ば、莫迦言うなよ! そもそも嬉しいとか嬉しくないとか考える余裕があのときの僕にあるとでも思ってるのか?! な、か、感想ぉお……?! もう勘弁してよ、バレンタインの話っていうならもう十分じゃないの? キミたちが僕になにを期待してるのか知らないけど、そんな核心的なとこには触れてな……ど、どこに触ったかは聞いてない、って……も、もう……いやだ……っ! なんだよキミたち僕の友達じゃないのか?! あ! っていうか! 今話したこと、特に赤松さんが寝ちゃってからの話なんかもう特に、絶対誰にも黙っててよね! 翌朝ほんとに戦々恐々としてたんだけど、……赤松さん、なんにも覚えて無くて「寝てる間に無意識にベッドに移動してたみたい」なんて言ってくれてたし……そ、そう、あの夜には何も起きなかったんだ。ただ赤松さんが僕に手作りのチョコレートをくれた、僕はそれを心底有難く受け取った、そして何事もなく…部屋を、出…………うぅ、…だ、だって仕方なかったんだ! 赤松さんに風邪を引かせちゃうわけにいかなかったんだ! っも、百田くんだってそうだろ、春川さんがもしキミの前で寝ちゃ…う想定がそもそもし辛い、よね、……うん、分かるよ……っでも! やっぱりそのままにはしておかないだろ? 万が一彼女が気付いても騒ぎにならない程度の箇所を選んで手を回して運んであげるしかないんだよ! 僕もそうだった、それだけのことなんだ! 僕は夜這い説を否定する! そんなんじゃないんだよ!

 はー……も、もう、赤松さん帰ってきちゃうから、僕の話は終わり。で、いいだろ……? 
 ……でも、本当にいい思い出になったんだ。これまでより、――……「あのとき」よりずっと、今の彼女とこうして何気ない日常を生きていられることだけでも僕は十分、幸せなのに。僕なんかのために、……僕のためだけに、他でもない赤松さんが、こうしてこの日を特別なものにしてくれて。
 1か月後、今度は僕がしっかり報いなくちゃいけないなって思ってる。……それだけじゃないな、赤松さんの誕生日もある……だいぶん悩ましいけど、でも、……恵まれてる。こうして、彼女のために考えられることだって、幸せなことだよな。前から思ってたけど、今回それをしみじみ感じた。

 〜〜だから! 今度は僕の部屋で寝かせるのかって?! そういう話をしてるんじゃないっ!


・あなたのためにできること(after Valentine 2017)

//20170219


 結果的に、これが義理なのかそれとも……なんて、知らないままでいられてよかったかもしれない。
 だって、……万が一これが「本命」だなんて聞かされたあとにキミが無防備に僕の前で寝ちゃったんだとしたら、それこそ僕は此処で話せないようなことをしていたかもしれないから。――そんな心算じゃなかった、だなんて、偽証の余地も最早なくなってしまう、気がする。