「――もしもし、父さん。僕です」 「あ、母さま? あたしよ、白雪。父さまは未だ説話中かしら?」 「元気にやっています、勿論です。――ぅ、否、連絡が遅くなってしまったのは父さんは今日も仕事だと思ったからで」 「そう! きょうねえ、清多夏さんのお誕生日だったの。何故だかあたしも沢山おこぼれを戴いてしまってね、」 「はい、……はい、……むぅ。済みません、否、……はい、その、彼女が傍に居たもので、僕はつい其方ばかりに気が行ってしまって」 「それでねえ、十神さん……そうそう、あの翡翠の瞳の端正なマスクの御方、その御曹司どのからね、清多夏さんと二人でーって旅行をプレゼントしていただいたの!」 「……ッ! そ、ちら…も、……勿論。……白雪とは今日も、無論、これからも、ずっと仲睦まじくやっていきます。父さんと母さんのように、互いを尊敬し合える夫婦になりたいと、僕は、えっと」 「前に別荘の候補地にしていたあの温泉なのよ、――……あ、あの甘いお煎餅? 名物だものねえ、勿論了解よ、きちんとお土産に買って帰るわね」 「え?! 冬の休暇にもですか?! それはちょっと彼女のほうの実家の都合もあるし難しいのでは……否、分かっています、母さんが白雪のことをいたく気に入っていることも知っています。なにやら僕が知らないところでたびたび一緒に出掛けているらしいことも聞きましたし……むぅ、…一応聞いてはみますが」 「そう、きょう一日で清多夏さんはやっぱり人望篤いとっても素敵な殿方なのだってあたし再確認した思いよ! 朝からすごかったのだから、いろいろな御方から次々にプレゼントを渡されて、……それでね、彼は律儀だからちゃんと手帳に誰からなにを戴いたか記録しておられるの」 「父さんから僕に……? っそ、そんな! 忙しいのにわざわざ用意してくれなくていいのに……も、もう発送してくださったのですか……う、有難うございます。大切に使いますから」 「ええ、……え、え? あら、うふふ。やっぱり聞こえてしまうわよね? そうなの、いま清多夏さんが一緒に居るわ」 「白雪ですか? 傍らで別の電話に出ていますが……なっ、え、話を?! 電話を代われと?! ――……す、すまない白雪、いま大丈夫かね」 「すごいタイミングね、実は今あたしもまったく同じ用件を貴方に取り次ごうとしていたところよ、清多夏さん」 「……い、石丸さんのお電話d――……ひぇ、そんな、いいえいいえあたしなんぞがお義父さまだなんて烏滸がましくお呼びできません!」 「白雪さんのご実家で御間違いありませんか、――……嗚呼! その節は非常にお世話になりました、ええ、……ええ、そうですね今年の春ぶりで……ッ! 碌にご挨拶も差し上げられず申し訳ありませんでした」 「いつもいs……あ、嗚呼、そうですよねえ、おうちのかたは皆さん石丸さんでいらっしゃる、……ええと、清多夏さんには本当にお世話になっていまして。このたびは息子さんのお誕生日ということで、本当におめでとうございます、――あたし個人と致しましてはことに、彼をあたしに出会わせてくださって有難うございます、と。感謝しきりで。……ごめんなさい、突然で、まとまらなくって」 「ええ、あの、旅行へ! ……いえあの問題はありませんッ、僕はしっかり責任を以て白雪さんを旅先でも守り遂せる覚悟で――……え、……あ、はい。あの、ええ、勿論、楽しみ……です。あ、りがとうござ……ッそ、そんな! 婚前旅行などという大それたものではありませんのでッ!」 「そういえば過日にお義母さまにもそれとなくご意見頂戴したのですけれど、よろしければお義父さま、そのぅ……清多夏さんの好みというか、欲しいものとか、ご存知でしたら教えていただけませんでしょうか。あたし、恥ずかしながらここまで近くにいながら未だにこれといった贈り物を出来ていませんで」 「――はあ?! ……っと大きな声を出してしまって失礼しました、否でも而して、とんでもないです! ご実家から僕に何か、などと……ッ! その、……あの、……これは僕のたわごとだと聞き流してもらえれば幸いなのですが、僕は白雪さんさえ傍に居てくれればそれで十全なので、なにも他に欲しいものなど無いんです。それこそ、僕が何をか有栖川家の皆さまに望む権利があるというのなら、ただそれだけを赦してもらえたら、と。……なんて、――……今は難しいことは分かっています、白雪さんはご実家の皆さまのみならず信者の方々にとってもかけがえのない存在、で、――……え、ええ?! そんな軽く?!」 「んに?! ……いえ、失礼、……そんな、お義母さまと同じことを仰るんですね……? そんな、斯様な理屈ではあたし自身の気が収まらないんです、ただでさえ今日は皆さん清多夏さんに素敵なプレゼントをなさっていたので……。これはご本人にも重ね重ね申しているのですけれど、それこそあたし自身の身の上などとうにすべて彼に捧げてしまっている心算なので、……その、今更、というのも……」 「え、……嗚呼、はい。いま白雪さんは僕の父と話してもらっていて、」 「清多夏さん、ですか? あたしの実家…おそらく今も母、と通話してもらっています。――ひぇ?! うちの者と話したい、と?!」 「わ、……わ、分かりました、ええと、――受話器を合わせるわけにはいきませんね、僕の実家の連絡先を口頭でお伝えします」 「――……あ、今から此方の実家のほうからお電話がゆくようです、えと、……一旦、通話切らせていただきますね、では」 ――……。 「ずっと言っているだろう、僕がきみから欲しいものは一つきりだと」 「それではあたしの気が済まないの、ということも再三申している心算よ?」 「そう言われたとて、白雪以上に欲しいものなど見つからないのだ」 「でも、それはもう清多夏さん既にお持ちでしょう」 「すでに持っているものがなお欲しい、と思うことは誰しもあるだろう」 「どうすれば宜しいの?」 「何度でも僕にくれたらいい。僕はその都度きっと幸せを感じられることと思う」 「不思議ね」 「いつでも確認していたいんだ、白雪が疑いようなく僕のもので居てくれるのだという事実を」 「……ばか」 「きみに関してのみ、僕はそう謗られたとて仕方のない思考をしている自覚があるよ。……そうだ、時に白雪」 「なあに?」 「きょうの昼、セレスくんから貰ったものを見せてもらいたい」 「ちょっと急用を思い出したからあたし失礼するわね」 「嘘を吐くのはやめたまえ! というか実家同士の電話がいつまた僕たちに返ってくるやら分からない現状、きみにいま出て行かれると純粋に困るのだ」 「じゃああたしが出て行きたくならないような話題を提供していただけない?」 「むぅ、……では質問を変えよう。少し待っていたまえ、……――嗚呼、その前に。やはりきみには気高くもミステリアスな黒猫の意匠は誂えたかのようにぴったりであっただろうな」 「違うわ、白猫よ白猫」 「やはりそうか! そうだと思っていたのだよ流石はセレスくんだ!」 「!!」 「僕はきみの愛らしい姿をこの機会に拝んでみたい、セレスくんはどうやら平生から白雪の取り乱したさまを見てみたいと考えていたようで、珍しくも彼女とのあいだに意見の一致をみたのだよ! それで僕から駄目元で依頼をしてみたところ、意外にもすんなりと了承を得てだな」 「……ふ、ふたりしてあたしを騙したの……?!」 「む? 言葉は正しく使わなければいけないぞ白雪。僕もセレスくんも今回きみに何も事実を偽ってはいない。セレスくんは単にきみにものを贈っただけで、僕はきみにそれを見せてほしいと言っているだけだ」 「じゃあ正しく使うもん! ふたりしてあたしにいじわるしてるんだ!!」 「嗚呼、今だッ! その状態のきみにこそあれは似合うだろう! さあ出してくれ白雪、持ってきているだろうほら早く!」 「ぐすっ……なによお……みたいならみたいってふつうにいえばいいだけなのに……!」 「愛らしい! 而してやはりセレスくんの趣味が反映されているらしいこともうかがえるな、単なる猫耳のカチューシャというだけではなくそこはかとなくゴシック調、というのだろうか、華美な装飾が施されていて――……」 「んにいいいぃ」 「やはり想像通り――否、想像以上に愛らしい……ッ! 僕の貧相な語彙では愛らしいという以上の表現を即座に思いつくことができない、而して、……ああ、…なんとも、くっ、愛おしいというか、愛くるしいというか、愛でたいというか、……山田君が常日頃言う"萌え"という概念は今この白雪にこそ相応しい形容であるのかもしれない……。指触りのよいこのほわほわとした毛、優しいグレーにところどころ白黒の毛が混ざる色合い、……そうか成程な、この耳はマンチカンだろう! あの潤んだ大きな瞳や幼気で庇護欲をそそるさまはまさに白雪をそっくり思わせる有様だものな!」 「そ、そんなにねこ詳しかったのきよくん……」 「白雪に似ているなと思って前から気になる文字列ではあったのだ」 「にゃ、にゃるほど……」 「そしてここには花村先輩が先刻差し入れてくれたケーキがある」 「! と、唐突ね……?」 「きみがシャワーを浴びていた際にこの部屋にわざわざいらしてくださったのだ。そういえばバースデーケーキについて何も考えていなかったな、とそのとき初めて気づいたよ」 「……はっ、ほんとだわ……あたしったら不覚、それこそ贈り物としてあたしが手作りすればよかったんだわ……!」 「問題ないさ、こうして先輩が届けてくださったんだ。あとはきみと二人で有難く味わわせてもらうのみだ」 「あら、あたしも? 嬉しいわ、超高校級の"料理人"の御方による傑作だもの、それこそ誰かのお誕生日なんて特別な機会でないとなかなか堪能できないものねえ――……うん?」 「うん?」 「何故あたしのお洋服を引っ張るの?」 「? 早くケーキが食べたいのだろう?」 「え、え? ――……否ちょっとお待ちになって、そんなキャットドッグプレスに載っていそうな食べ方は風紀上よろしくないとあたしは思うわよ? ねえ風紀委員どの?」 「出どころはキャットドッグプレスではなく今日プレゼントとして戴いたアンソロ?とやらだが」 「問われる全年齢の定義っ! 恨むわよお山田さん、清多夏さんにまた変なこと教えて……!」 「――と、電話だな。白雪、きみのほうが鳴っているようだ」 「ほんとねえ。(助かった……)もしもし、母さま。あたしよ――……いやいやいや先方とどんな話したらそういう流れになるんだよお?!」 「白雪?」 「そ、それは勿論、ずっと一緒に居たいし居る心算、だけど、……な、なにを勝手に両家顔合わせの日程決めてるんだよぅばかー!!」 「なに、有栖川家のご両親とご挨拶をする機会があるのかね!」 「え? 父さまとお義父さまが武道の話で意気投合した……? も、もう、あたしには何がなにやら……好きにしてよもう――……って、ふゎ、ち、違っ、貴方には言ってない、から運ばないで! 嗚呼違うの母さまこちらの話、……ゎ、クリーム冷たいったらぁ!!」 笑み混じりに切れたらしい通話に思い切り拗ねた仔猫がじとりと視線をくれる。僕が返す言葉は「いただきます」の一言で事足りた。 日付は既に改まり、九月一日。何のこともない、最早お誕生日様ではないこの僕と、只管に愛おしい彼女の他愛無い夜。ともなれば、最早つらつらと取り留めのないエピローグは不要だろう。先刻ちょうど白雪自身が誓ってくれたことには、誕生日であろうとなかろうと、常に彼女自身は僕に委ねてくれているということであるから。 「……お誕生日の夜よぉ? ご家族ともお話した、もう少し何か、……こう、あっていいのではなくて?」 「嗚呼、そうだな。――……明日はきちんと目覚ましをかけよう、不二咲君に貰ったきみのアラームを試すのが楽しみだったんだ」 「そうではなくて! ゎ、……っんゃ、もう、舐めちゃいや!」 お誕生日様な一日であれ、そうでない三百六十四日であれ。 有栖川白雪は石丸清多夏が有するところのものである。この絶対的に幸福な事実が揺るがぬところのものであるということを、今日も僕は再確認するのであった。 ――Happy birthday dear Super highschool-level "Moral Compass"! |