text(2016誕生日) | ナノ



「お呼び出し先はこちらよ、清多夏さん」
「……図書室、か。霧切くんか、腐川くんか」
「響子さんは未だお外でお仕事中よ、……うふふ、きっと驚いてよ」
「ふむ、――……失礼する、石丸だッ!」
「煩い」
「ふォおあ?! と、とと十神君ではないかッ!」
「煩いと言っている。……俺が貴様を呼び出してはいけない校則など無かったはずだが」
「うふふ、やっぱり吃驚なさった。清多夏さんたら可愛らしいのだから――……どうやら他のお客さまがたは何方もおられないようね、よかった」
「夏季休業中だ、余程の物好き以外は寄り付かん」
「確かにな。……時に、僕に声を掛けてくれたのは君で相違ないかね、十神君」
「勿体ぶった聞き方は止せ、――ほら、くれてやる」
「あたしが封筒の一文を代読しましょうか? Happy birthdayって。うふふっ」
「言っておくがな有栖川、それは最初からその封筒に印字されているものであって断じて俺が書いたものではないからな」
「而してこの封筒を選んだのは君なのだろう。どうあっても僕は率直に君へ感謝する以外の選択肢を持ち合わせない、わざわざプレゼントなど用意してくれて有難う、十神君」
「……はっ、しなければしないで苗木だの舞園だのが煩いからな。単なるカラス避けにすぎん、それで喜べるなど相変わらずおめでたい奴だな」
「苗木君と舞園くん……ああ! それで君は昨年の腐川くんの誕生日に一人ハッピーバースデーを歌唱させられたのだったn「オイ石丸、今すぐその封筒を返せ」いやだ! もう僕が有難く拝領したのだッ!」
「十神さん、長期休業中は何かとお忙しかったでしょうにお時間割いてくださったのね。流石、御曹司たる御方は級友への心遣いも忘れない器の大きさをもお持ちでいらっしゃるのだわ」
「――……大したものじゃない」
「それは僕が見て決めることだ。どれ、――……えっ」
「あらあら、清多夏さんたら突然固まってしまって。如何なさったの? ……って、あらあら! 十神さんたらこんなもの、よろしいの?!」
「受け取られて都合の悪いものなら最初から渡さん。無意味な質問だな」
「とはいえ……流石に僕には勿体なさ過ぎるぞ。身の丈にも合わないのではないかと心配だ、こんな……温泉旅行券など」
「寡聞たるあたしにもはっきり分かるほど上等なお宿だわ、此処。お父さまとでも行っていらっしゃいよ」
「生憎だが有栖川、よくチケットを検分してみろ」
「…え? ……まあ、あらいやだ! あたしたちの名前が刷られているわねえ」
「嫌がらせに決まっているだろう」
「いや、僕は特に何も嫌ではないが……というかたいへん嬉しいプレゼント以外の何物でもないのだが……一先ず重ねて十神君、結構なものを有難う」
「……愚かな男だ、よくよく内実を検めもせずに俺に礼を言って寄越すか」
「(十神さんたらほっぺ赤いわよ、ここ冷房効いてるからすごく目立ってよ)どういう意味かしら。……あらあら、チケットのほかにパンフレットと旅程表も入っているようね。清多夏さん、それも一緒にご覧になって頂戴」
「本当だ! ……ふむ、どれどれ」
「有栖川はその温泉地を知っていると言ったな。実際に足を運んだことがあるのか否かは知らんが、――……俺を楽しませるに足る余興など何もない、閑静だというだけが取り柄の保養地だぞ」
「そうなのか! ……ええと、して、それが何か問題かね?」
「平生べらべらとよく喋る貴様など特に困るだろうと言っているんだ、石丸。なにせ何もない土地だ、精々温泉と食事を楽しんで終いだぞ。お前は何を以て有栖川と会話を繋ぐ心算だ」
「えっ」
「(十神さん楽しそう……)」
「そう、これは単なる嫌がらせであって誕生日プレゼントなどという児戯めいたものではないんだよ」
「……いや、とくに無理をして会話を保たせる必要もないのではないだろうか?」
「なッ……?!」
「おお! 見たまえ白雪、この旅館のみならず色々な箇所にさまざまな泉質の立ち寄り湯や足湯があるらしい! 参考書や伝記を持ち込めば学習が捗りそうだぞ!」
「あらあら、本当ねえ。温泉たまごも食べられるみたい」
「楽しみだ……! 何もないというのであれば、何もないことを楽しむのみだぞ十神君。温泉を満喫したのちは夕餉の時間まで白雪の膝枕で昼寝を楽しむもまた一興、見知らぬ土地を写真に収めるもまた一興だ!」
「く、くそ……っ、まだだ! まだ終わらんぞ石丸! ずいぶんと悠長なことをのたまっているが貴様、日程を理解したうえでものを言っているんだろうな?」
「(どうして若干バトルの様相を呈しているのかしら……?)日程、って仰ったわねえ。清多夏さん、どうなっているの?」
「日時まで指定されているのかね。どれどれ、……ふむ、指定されているのは休日だな、問題はないように見えるが」
「莫迦め、帰着の翌日が何の日だか覚えていないと見受ける――……くくっ、第○回アドバンス全国模試の一斉受験日だぞ!」
「まあ、希望ケ峰では貴方がたみたいな飛びぬけて学力に自信がおありの皆さんしか受けておいででないあの模試ね?」
「ふむ――……ああ! 前回タッチの差できみを凌ぎ僕が首位を獲得したあの模試のことかn「石丸貴様は何処まで俺を愚弄すれば気が済む……ッ!」」
「……十神さん、あのう、まさかこのプレゼントって」
「最早手段は選ばん。この俺が、超高校級の"完璧"とも謳われる俺が、たかだかこの風紀委員風情を打ち倒すために日々時間を割いて一般学業などに励んでいるというのに何故斯様な色ボケ男に敗北を喫さねばならん」
「(言うて十神さんも相当な努力のお人よねえ)」
「成程! 十神君有難う、好意に甘えてこの期間中は思うさま羽を伸ばし、リフレッシュして模試に挑みたいと思うッ! よし、次も僕が勝つぞ!」
「好意ではないと言っている! ええい握手を求めてくるんじゃない! 近寄るな凡愚が!」
「(……よくよく見れば行きの電車も帰りの電車も少しずつ普通よりいいお席、しかもゆったりとした旅程で帰寮時間もじゅうぶん、翌日の模試に備えられる程度の余裕をもたせてあるのねえ…うん、これは間違いなく好意でしかなくってよ十神さん……)そもそも模試を受けないあたしにとっては完全なバケーションのプレゼントだわ、これ。ごめんなさいねえ十神さん、あたしなんぞに」
「有栖川を添わせれば石丸は断らんと踏んだまでだ」
「その通りだ! 白雪と僕は常に一対、謂わば比翼連理の存在であるからして「黙れ」いいや黙らない俄然喋るッ! ――何やらいろいろ言っていたようだが総じて僕のことをさまざま考えてこのプレゼントを選んでくれたのだということは確と感じた。十神君、感謝するぞ」
「……貴様がどう思おうが俺には関係ないことだ」
「うん、だからめいっぱい感謝されてもらうとしよう。入学当時を思えば、こうして君と、僕の誕生日などという平凡な話題について話をすることができていること自体が既に僕にとっては喜ばしいことであるしな!」
「本当にお目出度い頭をしておられるな、風紀委員殿は」
「……ッ! いま、十神君が僕に"おめでとう"と……ッ!!」
「違う!!!!」

 * * * 


「旅行だ! 旅行だぞ白雪! 早速今晩にでも両親に報告するとしよう」
「いつものアレはよろしいの? 風紀が乱れるー、って。うふふ」
「だからきちんと両親にはことわって行く。僕ときみとの交際は公明正大なものだ! 僕には何も後ろめたいことはないぞ!」
「うふふ、それなら重畳。何着て行こうかしら――……」
「こちらにおいででしたかご両人!」
「まあ! 山田さんに冬子さん、珍しい取り合わせねえ」
「れ、連名だから仕方なく、よ……ッ、あたしなんかに単独でプレゼントなんて考えられるわけないじゃない……!」
「腐川くんも僕を祝いに来てくれたのかね! 山田君も……休みの中本当にすまないな、わざわざ僕のために有難う」
「べ、別に清多夏くんのためなんかじゃないんだから勘違いしないでよねーっ!☆ なんて嘘ですぞ、改めまして石丸清多夏殿、ご生誕おめでとうございます」
「……み、右に同じよ、ふん」
「ああ、有難う! ふむ、……これは何だろう。一見したところ書籍の類のようだ」
「お二方とも活字文化の寵児でおられるものねえ。書籍といっても文庫の形ではないみたいね? 大判で、……そうねえ、教科書や資料集みたいな感じかしら?」
「ふふん、開いてみてくだされ」
「――……これは……! 綺麗な画だ、山田君が描いたのだな」
「然様! 世界に一冊きりの超稀覯本ッ! 超高校級の"同人作家"山田一二三と同じく超高校級の"文学少女"腐川冬子殿による一度限りの合同サークルによるま・さ・に超高校級のアンソロなのですぞ!!」
「アンソロ?」
「アンソロジー、複数の作家の手による作品集のことね。今回であればおそらく山田さんがイラストや漫画、冬子さんが小説を書いてくださっているのではないかしら」
「テーマは勿論『超高校級の"風紀委員"×超高校級の"巫女"』ッ! 拙者としては初の全年齢対象の健全本でありまして、そのぅ……何故だか普段よりドキドキしながら描かせていただいたのは内緒ですぞー」
「あ、あ、あたしは純文学でないと認めないって、同人なんて邪道だって何度も言ったわ! 今も変わってないわ! 山田がそのまま載っけるって言うから…その、今回は妥協してあげたけどっ……あああたしが書いたのはれっきとした純文学よッ! ティーンズラブ小説みたいな甘ちょろいもんじゃないんだから確と心得て読みなさいよねッ……?!」
「……むぅ?」
「清多夏さんには少ぅし難しいかしらね、……ええと、山田さんや冬子さんが、あたしたちをモデルにした物語を創作してくださったのよ」
「なんと! それはすごいことだ、まさか僕が物語の登場人物になる日が来るだなんて……やはり希望ケ峰はすごい、僕はいま猛烈に感動しているぞッ! 有難う山田君、腐川くんッ! 拝読し終えたら必ず感想文をそれぞれに宛てて提出させていただこう!」
「いいい要らないわよッこの色ボケ風紀委員! と、とっとと受け取って有栖川と何処へなり行きなさいよぉ!」
「えっ僕は欲しいです……特に有栖川白雪殿からは是非、実際に着用しておられる巫女服の構造などご教授願えれば今後の創作活動の参考の一助に、など……」
「あたし? うふふ、宜しくてよ。そうね、一般的な装束とは仕様が別物ですから実物写真も添えてお渡しするわね」
「白雪、僕もその写真が欲しい」
「うん? 清多夏さんもお絵描きなさるの?」
「いいや、僕はただ白雪の写真が欲しいだけだgごはッ……何をするのだね腐川くんッ!」
「アンタ誕生日だからって調子に乗り過ぎなのよ不潔にもほどがあるわッ! も、もうあたしは耐えられないッ……一刻も早く図書室に入って十神君の周りの清浄な空気で穢れを払わなくちゃ今にも倒れそうよォお!」
「(ガチャン!)」
「あぁあ何でぇ?! どうしていま施錠音が聞こえたの?! 十神く……っ、白夜さまぁああ!!」




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