「――有栖川さん、ちょっと」 「あら、ミス・ルーデンベルク。珍しいわねえ、あたしなんぞに何の御用かしら」 「石丸くん、暫し彼女をお借りしますわね」 「本当はとても嫌だが致し方ない。可及的速やかに帰してくれたまえよ」 「時にミス、きょう清多夏さんお誕生日でいらっしゃるのだけれど」 「知っていますとも、なんだか最近山田くんたちが忙しくしていましたからきっとその準備なのだろうとは容易に想像がつきますもの」 「ええ」 「特にわたくしから貴方に差し上げるものはありませんわよ、石丸くん? ほら有栖川さん、わたくしを待たせないでくださいませ」 「え、ええ……?」 「おー兄弟! 先ずは誕生日おめでとよ、これからもヨロシク頼むぜ」 「石丸くん、おめでとぉ! お祝いできて嬉しいよ」 「兄弟、不二咲君も……わざわざ僕のために済まないな、有難う」 「他の連中の誕生日だって毎度やってんじゃねェか、気にすんなっての。――おら、そこ座って待ってろ、直ぐ持ってくっからよ」 「楽しみだな、兄弟手製の昼餉か」 「大和田君すっごい上手だったよ、なんだか夏祭りの出店みたいで豪快で男らしくて! そういえばみんなで行った夏祭り、楽しかったよねぇ」 「ああ、とてもいい思い出になった。戦刃君が射的で一等の景品を当てたときには一同大盛り上がりだったな!」 「ふふ、桑田君は途中から諦めて素手で弾投げ始めてたっけ……それで色々当てちゃったんだからやっぱり野球選手って凄いんだなーって思ったよぉ」 「霧切くんも上手だったな。構えがさまになっていた、と舞園くんが頻りに褒めそやしていた」 「あの屋台にいる間だけで舞園さん何回シャッター切ってたんだろ……」 「苗木君がくじで家庭用ゲーム機を当てたのにも驚いた。やはり彼は希望ケ峰に選ばれるべくして選ばれたのだろうと最近ことに僕は思うよ」 「ツイてなかったりツイてたり、毎日大変そうだよねぇ……えへへ、でも苗木君の周りにはいつも笑顔の人が集まってくるから、それってすごい才能なんじゃないかなって僕もよく思うんだ」 「人が集まる、といえば……江ノ島くんの影響力は甚大だったな」 「盆踊りが完全にクラブみたいになっちゃってたもんねぇ……そういえば、僕たちのお父さんたちの世代のギャルって"パラパラ"っていう不思議なダンスをみんなで踊るのが流行ってたんだって。江ノ島さんも踊れちゃったりするのかなぁ……?」 「その踊りが如何様なものなのかは分からないが、おそらく江ノ島くんのことだ、完璧にこなしてみせるのではないかね。おおよそ彼女にできないことなど大人しく座っていることと数時間同じ作業に従事することと戦刃くんを労わることくらいのものだろう」 「そうだねぇ……。」 「人目をひくといえば、山田君と不二咲君の型抜き対決も見ものだったな! 途中から77期の左右田先輩も加わってますます白熱したのだったか……」 「そして優勝は…誰だったっけぇ?」 「ハッハッハ、勿論我らが不二咲君だッ! 流石は僕が認めたもう一人の兄弟!」 「えへへ、一番難しいトーテムポール形に挑戦してるとき、後ろから大和田君と石丸君の応援が聞こえてきて…これは負けられないぞーって思ったんだ。頑張っちゃった」 「而して優勝賞品は山田君と左右田先輩に譲ってしまったのだったかね」 「うん、僕は優勝できたってだけで満足したから」 「成程……勝ち負けにこだわるその姿勢、不二咲君の男児たるを見る想いだッ!」 「――うっし、完成だ! 兄弟、不二咲、冷めねェうちに食いやがれ!」 「わーい、大和田君の焼きそばだ! ……あれぇ、わたあめは? わた焼きそばじゃないのぉ」 「何だねそれは?! 不二咲君には何が見えているんだね……?! ふむ、とても美味しそうな焼きそばだ! すごいな、丁度いま不二咲君と先日皆で訪れた夏祭りの話をしていたところだったのだ」 「アー……オメーがドジ踏んで有栖川の浴衣の合わせかっ開きやがったときn「兄弟それ以上はいけないッ! 忘れろビームを使わざるを得ないッ!」だっ、わーったから立ち上がンじゃねェっつの! っつか十割テメーのミスだろうが阿呆」 「……有栖川さん、ほんとに肌真っ白なんだねぇ」 「不二咲君」 「ふえぇ……!」 「オイ兄弟、八つ当たりで不二咲苛めてやるなよ……おら、箸」 「有難う。うん、そういえば先程この食堂に足を踏み入れたときからソースの良い薫りが漂っているな、とは思っていたのだ。この豚ばら肉やキャベツの大ぶりなのがなんとも祭り感があって楽しいな!」 「うんうん! 僕までご馳走になっちゃっていいのかな…でもお腹空いちゃったから遠慮なく頂いちゃうね。大和田君、ありがとぉ」 「いーってことよ。まァ俺も食うしよ」 「太麺がいいな! 食べでがあるし麺の弾力も楽しめて」 「んんっ……! 大和田君これ美味しいよぉ! 紅生姜がいい感じ」 「そりゃ何よりだ。――まァ喰いながら軽く聞き流してくれりゃいいんだがよ、兄弟……アー、今は敢えて、…石丸よォ」 「ん? 何だね」 「左側の口の端に青のり。……違ェ、あのよォ……まァ誕生日っつうことで折角の機会だし、と思ってよ。――……これからも俺とか不二咲と宜しくしてくれ、な」 「〜〜んん! ま、っ、むぐむぐむぐ」 「いいよいいよ不二咲ンな焦って呑み込むンじゃねェっつの! ったく……まァ、そういうわけだ」 「兄弟……否、大和田君……ッ!」 「っ、はぁ……! 僕からも、だよぉ。石丸君、これからもずっと、僕たちと仲良しでいてねぇ」 「不二咲君……ぅう、当然ではないかッ! 君たち二人は僕のかけがえのない兄弟なのだッ! この学園を出てたとえそれぞれの道を歩もうともそれは寸分違わぬ事実だ、僕のほうこそ厳にお願いしよう、どうか二人とも、末永く僕と朋友で在ってくれ……ッ!」 「な、泣いちゃだめだよぉ……!」 「バッカ不二咲、テメーも泣いてンじゃねェか馬鹿野郎……!」 「きょ、兄弟もではないか……ッ!」 「有栖川との結婚式にゃ必ず呼べよな、俺が兄弟の男っぷりをガチで語ってやっからよォ……!」 「くすん……。うぅ、鼻がつまっちゃったら大和田君の焼きそば美味しく食べられない、から、ちゃんと泣き止まなくちゃ……」 「僕がこの学園で得た財産は無論、白雪の存在だけではないのだ。君たち二人との絆も然り、78期諸君一人一人が僕にとって、欠けていた視点を埋め新たな世界を教えてくれる大切な仲間なのだ。そこにあるのは種類の差であって、優劣ではない。すべてが遍く僕にとって今や必要不可欠なんだ」 「……兄弟」 「うん?」 「顎に鰹節が」 「えええ其処かね?! 台無しではないか! ……はー、……否、うん。而して、今日は朝から感動させられっぱなしで僕は心の休む暇もないぞ」 「ふふ、実はみんないろいろ石丸君のために今日まで準備してきてたんだって。隠すの上手だったでしょ」 「僕が皆の誕生日にプレゼントを準備しているときは大体3日前までにはバレてしまうのが常であるのに」 「そりゃまァ…兄弟はなあ」 「石丸君は、ねぇ……有栖川さんと一緒に考えてるとき以外は、……うん。えへへ」 「遺憾の意を表明するぞ! ――……ふぅ、ご馳走様でした、だッ!」 「僕も! ちゃんと二人とおんなじ量を食べたよぉ!」 「よく頑張ったなァ不二さ……睨むなっつの悪かったよフツーだよなフツー!」 「そうそう!」 「ったく……おし、俺がお前らのぶんまで皿洗ってくっから、その間に不二咲は兄弟にテメーのプレゼントとやら渡しちまいな」 「おや、不二咲君も僕に何か用意してくれているのだな!」 「当たり前だよぉ。ちょっと待っててねぇ……よいしょ、っと」 「む。それは君のノートパソコンだな」 「そしてプレゼントはね、これなんだぁ」 「CD−ROMだな。……ッは、なんと愛らしい白雪の写真ッ!」 「ただのCDじゃ見た目がプレゼントっぽくないから、これはただのオマケだね。CD見てるだけでも石丸君もう楽しそうで何よりだよぉ……」 「それで、そのCDの中身は何なのだろうか? 楽しみだ」 「えへへ……じゃあ起動するねぇ」 『正午よ清多夏さん、きょうのお昼は何を召し上がるの?』 「ッ?! な……ッ、が、画面に白雪が……?!」 「驚くのはまだ早いよぉ! こうしてパネルで時間の始点と終点を設定してあげると、」 『お勉強なさるの? うふふ、それじゃああたしがきっかり1時間半、監督させていただくわね』 「なんと……時間を計測してくれるのか!」 「くじけそうになったらこうやって頭を撫でて、」 『まあ! 甘えっこさん、まだ時間には早くてよ?』 『だけれど……いつも本当に頑張っていらっしゃるわね。あたし、ちゃんと分かっていますからね』 『一緒に頑張りましょ、清多夏さん』 「うむ、頑張ろうッ!」 「えへへぇ」 「いつもながらに君の技術力には驚かされるぞ不二咲君……ッ! これも君のプログラムの賜物なのだろう」 「まあねっ、……なんちゃってちょっとかっこつけてみたりして。えへへ。今回はとにかく容量を軽くするのが一番だったからアルターエゴを積んだりはしてないし、石丸君がお部屋で使ってる私物のパソコンでも問題なく動くようにしてあるよ。苗木君のを借りてテストしてみたから保証済みですぅ」 「至れり尽くせりとはこのことだな! ところで不二咲君、この白雪の音声は一体どのように手に入れたんだね」 「もちろん有栖川さん本人にお願いして録音に協力してもらったんだよ。付き添いで遊びに来てた舞園さんが『わたしも霧切さんの作ってほしいです!』って言ってくれたから来年は舞園さんにプレゼント頑張らなくちゃ」 「……その成否は霧切くんが録音に協力してくれるか否かに懸かっているな」 「が、頑張るよぉ…そのときにはきっと僕ももっと強い男になってるはずだし」 「(ふむ、外部からの委託で録った音声だということはいつもの「んにぃ」やら「きよくん」やらは好きに聴けないのか……残念だがそこは本人に直に言ってもらうことにするか)不二咲君、仕様書のようなものはあるだろうか?」 「もちろん。えっとねぇ、今紹介した時報とアラーム、タイマーのほかに、カードゲームとかボードゲームで対戦できる機能とか、カレンダーに予定を登録しておいたら起動したときにお知らせしてくれる機能とかも搭載してるんだ」 「それは便利だな! ……むぅ、僕はあまりゲームの類に造詣が深くないのだが、将棋や囲碁などといったものかね」 「そうそう。あとはチェスとか、ポーカーとか。自動学習AIまでは積めなかったんだけど、ちょっと78期のみんなにお願いして思考ルーチンとか対局傾向なんかをお勉強させてもらってるよぉ」 「……具体的な面子としては?」 「んーと、十神君でしょ、霧切さんでしょ、あとは勿論セレスさんでしょ、有栖川さん本人にもお願いしたかな?」 「僕に一勝たりともさせる気のない選定をどうも有難うッ! お陰で挑む前から胃が痛いぞ!」 「すぐに勝っちゃったらつまらないでしょ? なーんて……あ、大和田君!」 「よう。説明終わったか?」 「とても貴重なものを頂いたよ。――改めて、兄弟、不二咲君。僕には勿体ないほどのプレゼントを本当に有難う」 「えへへっ、どういたしましてぇ」 「そういうこった。ンじゃ、メシも食ったし昼寝でもすっか! 行くぞ不二咲」 「おー! じゃあ石丸君、またねぇ」 ……。 「……白雪がセレスくんのもとから帰ってくるまでの間にすべての音声データを網羅して愛らしい箇所と"実用的な"箇所を別途録音してループ再生できるように編集しなくては……ッ!」 |