text(2016誕生日) | ナノ



「石丸いた―――――!! もち、有栖川ちゃんも一緒だよねっ」
「然り。石丸よ、我と朝日奈からは此れを用意した」

 朝食を終え、白雪と二人で他愛無い会話を交わしながら購買部前へと差し掛かった辺りで、快活な声に呼び止められた。振り見れば朝日奈君と大神君。元気よく駆けてくる朝日奈君の後ろを悠然と歩んできた大神君の手に、皿の載った木製のトレイを認める。

「っていうかすごいタイミングだよー! 私たち、購買部に箱探しに来たの。ここで会えたから先に中身見せられるもんねっ」
「あら、察するに何か、食べられるものかしら?」
「然様。76期の"菓子職人"の監修を受けて拵えてみたのだが……」
「なんと……ッ?!」

 大神君が持っている皿の上のそれを見て驚いた。――とはいえ品物そのものに驚いたというわけではない。面子に朝日奈君が含まれるのであればまず真っ先に候補に挙がるであろうそれ、ドーナツがそこに鎮座ましましていた。問題はその造形にある。
 すでに白雪のみならず78期の学友諸君の知るところとなっている僕の食の好みは、基本的に奇を衒わぬ簡素質朴なもの。それを把握してくれているのだろうか、素朴でほっこりとした焼き色も目に温かいそれに粉雪のような砂糖が散らされたそれはシンプルなシュガードーナツである。その中央、穴から何かがひょこりと顔を出していた。縁に手を掛け、つぶらな瞳でこちらを見つめる小さな妖精がいる。

「――……白雪だッ! 白雪がいるぞ!」
「うん? 何を仰せかしら清多夏さんたら……あら、まあ!」
「じゃーん! 砂糖菓子で有栖川ちゃん作ったの! シュガークラフトっていうんだって、安藤先輩ホントすごいんだからー!」
「白雪がいる! 嗚呼なんて愛らしいんだ……!」
「……石丸よ、落ち着かぬか」

 アメジストの如く煌めく美しい紫色の瞳も、風に揺れるたび僕の目を惹く亜麻色の髪も、そこではすべてが甘やかに映る。そして実際ひとたび口に含めばきっと甘いのだろう。
 先輩の手ほどきがあったとはいえ恐らくは彼女たちの手で仕上げてくれたのであろう、手作りの風合いがよく現れた愛らしい砂糖細工は、紛う方なき僕のための逸品ものである。嬉しくないはずがあろうか!

「あっ言い忘れてた。えへへ、石丸お誕生日おめでとー!」
「同じく、お目出度う。此れからも宜しく頼む」
「有難う、朝日奈君、大神君。大切に頂くとするよ」
「あたしからも重ねて、有難うねえお二人とも……。きちんとあらゆる方法で記録してから頂くようにしますから」

 僕の傍らで二人に向かって深々と礼をする白雪も、そういえば口にすると甘く感じられることがあるなとなんとはなしに思う。
 折角立ち会ったことだし、この場でプレゼントは受け取りたいと思う。一緒に箱を探す旨を伝えて購買部へ足を踏み入れようとした刹那、先刻朝日奈君たちが来た道とは反対方向から、今度はけたたましい足音が段々と近しく響いてくる。

「……葉隠君かね?」
「なんで分かったんだべ?! 石丸っちさてはエスパーか!」
「私も分かったよ」
「……我もだ」
「えぇ?! 有栖川っちは?」
「御機嫌よう葉隠さん、もしかして貴方も清多夏さんに御用でおいでかしら」
「ああん爽やかなスルーが却って気持ちいい! じゃなくてだ、有栖川っちの言う通りだべ。俺も誕生祝いに来たんだって」

 そのわりに手ぶらなのは恐らく僕が鈍いがゆえ気付かないだけだということもないはずだ。純粋に何も持っていないのだ、彼は。とはいえそもそも僕は白雪さえ居てくれれば特に何をか求めたいわけでもないので、祝辞一つでも元来十分なのであるからして。
 とはいえさきの桑田君の例もある。葉隠君が下手なことを言い出して大神君に粛清されなければいいが、と心中微かに祈りながら彼の二の句を待つ。と、彼は唐突に右手をばっと僕の眼前に広げて斯く言い放った。

「全国数万人のシェアを持つ占い界の超新星(スーパー・ルーキー)こと俺、葉隠康比呂が本日のみお誕生日特典、即ちタダで石丸っちの未来を占ってやるべ!」

「調子いいこと言って結局なんも用意してなかったってことじゃん!」
「何を言う朝日奈っち! 今回は水晶も札も使わねえ特別仕様の占いなんだぞ、この俺の直感で三割以上に的中率をドーピングした代物だべ!」
「素敵ね、どんな未来が見えるかしら」
「とはいえ有栖川っちみてーに純粋に期待でハードル上げてくるオーディエンスがいると少々やりにくいっつーのも事実だべ…Oh……」

 などと嘯きつつ、雰囲気を出すためだろうか葉隠君はそこから無言になり、表情もいつもの締まりのないそれと違い静謐さを湛えた大人のものになる。成程、この手腕も含めて超高校級の"占い師"と呼ばれる所以であるのかもしれないと思わされた。あの大神君をして、なにか不思議なものを見るような目をするほどに。そういえば、苗木君などをからかったりする場面を除いて、彼がこうして職業としての占いを行う機会に立ち会うことはとても稀なのではないだろうかといま気付いた。
 ふん、と微かに唸り、葉隠君が右手を下ろす。彼にしか分からない何かを感じ取ったのか、しみじみと頷くさまにこの場はすっかり呑まれている。なにを言い出すのだろうか。

「見えたべ……」
「ほんとー?」
「本気の俺はキレッキレなんだって! その俺の占いに拠るとだ、――……将来、お前さんたちは結婚すると出てるべ!」




 ――……。




「ふむ。当然だな?」
「葉隠よ、此奴らが今後破局を迎えるなどと云う方が我らには信じがたい話だ」
「まあ、無事に結婚できるのかしら! それは素敵な未来を見ていただけたものね……!」
「有栖川ちゃん優しい! ……いあ、葉隠さすがにそれは手抜き過ぎでしょ?」

 白雪にはあとで何故そこで驚けるのかと真意を問いただす必要がありそうだ。
 僕たちにとっては至極当然の結果を堂々と告げてきた葉隠君だが、まあ彼としても予想できたのであろう僕たちの反応に「それにしたって冷たくね?!」とショックを受けつつも、やはり先の一言で終わりではなかったらしく続きを口にする。

「場所は海辺の教会だべ、有栖川っちの希望っつーことで国内だけどちょっとばかしお洒落な雰囲気の街だな。ちなみに78期の俺ら野郎組は前日に石丸っちと飲んでて式当日はヘロヘロ。寧ろシャキッとしてる石丸っちの方がどっかオカシイんだべきっと」
「! ……葉隠さん、どうしてあたしの好みを」 
「いやん! 苦情は終わってから聞くから! そんで朝日奈っちやら舞園っちにどやされながら会場入りすんだけど、まー有栖川っちの花嫁衣装が綺麗でな、白いふわふわしたドレスにレース?やらフリル?やらついてるやつでな、石丸っちがヴェール上げようとする手がすげー震えてて面白いのな」
「ありそう……」
「ちなみに披露宴の友人代表スピーチなんだけどよ、大和田っちも不二咲っちも大泣きで用意してた原稿読めねーってんで十神っちがアドリブで適当に喋るらしいべ」
「僕もきっと兄弟の式となれば同じように滂沱するだろう」
「有栖川っちのほうも勿論舞園っちがダメでな、」
「でしょうねえ……うふふ、それではやっぱり響子さん?」
「いんや、俺が見た限りじゃ霧切っちもダメだったな。セレスっちが読んでたべ」
「彼奴がか。俄かに信じ難いな」
「さくらちゃん、そこはまあ葉隠だし三割だし」

 軽妙な葉隠君の語り口につい乗せられてしまい、購買部前で五人して立ち尽くすこの絵面は傍から見て果たしてどのように映るだろうか。未だ午前中、しかも夏季休業中ともあれば、人通り自体はそう多いものでもなかったが。
 ちらと白雪のほうに視線を遣れば、彼の話を疑うでもないようでなんとはなし嬉しそうな顔をしていた。基本的に純な彼女は、斯様な折に他者の善意を疑うことをしない。そういうところが愛おしかった。

「ひでーべ! とはいえなァ、」
「む、なんだね葉隠君」

 よもや僕と白雪がこの先結ばれないなどというありもしない虚構の世界を見たとでも言う心算だろうか。而して僕が詰め寄るより早く、彼は両手を腰に当てて泰然と大きく頷いて、

「いろいろ見えたんだべ、所謂できちゃった婚で式場を赤い目ェした女の子と綺麗な明るい髪――あ、染めてるとかじゃなくて有栖川っちの色だな――の男の子が走り回んのを両家挨拶中に苗木っちと戦刃っちで只管追いかけてるトコとか、俺ら78期の手作り婚だーっつって寄宿舎の食堂で江ノ島っちがやってるブランドのドレス着て式やってんのとか、俺が読んでる新聞の下んとこに、【首相動静 白雪夫人を伴い○○国首相と会食】みてーな感じで石丸っちの仕事がずらーっと書いてあったり。まあ俺はロクに読んでなかったけどよ」
「ふむ」
「まだあんだけどな、それだけ見てもお前さんと有栖川っちがくっついてねえ図って一つも無かったんだべ」

 ――だからまァ、その一点については三割どこじゃなく当確で良いンじゃねえかな、と。

 なんともない風に言い切った葉隠君をよそに、僕たちはそれぞれの理由で沈黙してしまった。
 きちんと礼を言わねばならないと我に返ったのは、その沈黙に何をか勘違いした葉隠君が「はァ?! 珍しくタダ占いなのに頑張ったんだがスベったとか泣くに泣けねえんだけども!」と慌てはじめてからだった。

「……有難う、葉隠君」
「お? 気持ちだけで足りねえなら幾らか払ってくれてもいいべ?」
「調子にのんなー! でもなんか今の占いはちょっと良かったかも」

 彼お得意の口先八丁のサービストークであったとしても、僕にはそれで十分過ぎるほどのプレゼントだった。白雪との未来を確言してもらえた。剰え、超高校級の"占い師"である彼が言うのだから、もしかしたらそれは近い未来の現実かもしれない。
 これから先、僕がどのような進路を歩むのかについては未だ茫洋としているにしろ、傍らに白雪が居てくれるというのであれば常に前を向いて生きていけようというものだった。

「お主、やはりただの占い師では無いのだろうな」
「えええオーガにまで褒められるとか今日の俺に何が起こってンだこれ却って怖いべ?!」
「……我を何だと思って居るのだ」
「やればできるんじゃん葉隠! でも見直したーとか言うとまた調子乗るからやめよー」
「なんか既にいつになく持ち上げられてる感じが落ち着かねぇんだって!」

 もう一度、白雪のほうに視線を遣る。今度はしっかりと紫水晶の瞳が僕を捉えてくれていた。
 珍しくも照れているらしい葉隠君で遊び始めた朝日奈君(と、それを諌めるでもなく見守る大神君)を表に残して、彼女たちが贈ってくれた作品をできる限りきれいに保管するために僕たちは二人で購買部の扉を開いた。





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