text(2016誕生日) | ナノ



 麩と山菜の味噌汁は甘口の麦みその牧歌的な味わいがなんとものどかで、幸せな朝の到来を感じさせてくれる。ほっけの天日干しを焼いたのはふわふわとした口当たりながらしっかり身のつまっていることが分かる上等なもので、僭越ながら所望していた切り干し大根の煮物もまた、嗚呼これが食卓にのぼる将来の彼女との家庭はきっと素晴らしいものになるだろうと先の先への多幸感を象徴するほど。
 そしてなにより、太陽の光を集めたようなこっくりとした黄色に照る表面からえも言われぬ芳香が立ち上る厚めのだし巻き玉子のなんと目に映えることだろう。最初は何もつけず、次に大根おろしを乗せて、ゆくゆくは少しポン酢をかけて頂くのが最近の僕のブームである。

「有難う、白雪」
「お誕生日プレゼントよ、…なあんて。いつもの朝ごはんよねえ」
「いつも嬉しいが当然ながら今日も嬉しい。――いただきます」

 僕をこの学園へ招致してくださった運営側の職員諸兄にさぞや叱られようと思うのだが、希望ケ峰に入学してよかったと感じるのは何も学びの機会を得られたこと・一生の仲間といえる学友と出会えたこと等々という崇高な意義ばかりではなく、この学園が非常に設備の整っている全寮制のそれであるという点にもある。一般の学校であるなら、こうして朝な夕なに白雪の手料理を振る舞ってもらえる機会も無かろうと思うからだ。これが当たり前のことでないなどということは僕とて把握している。
 それをさぞ当然だとばかりに振る舞う白雪は、どうやらこのうえ僕に対して何をか誕生日の施しをすべきと考えているらしく、僕が彼女手製の朝食を頂く向かいで茶碗を片手に考え事に耽っているようだった。欲しいものなら今日に限らずとも常日頃からずっと伝えてあるのに、何を以て彼女はそれのみでは不十分であると判じるのだろうか。

「――あ、居た居た。石丸クン!」
「苗木君ではないか。今朝は早いのだな、おはよう」

 購買部で買ったと思しき菓子パンの袋と別にクラフトペーパーの紙袋を携えた苗木君が、僕らの座しているテーブルまで駆け寄ってくる。

「おはよう。有栖川さんも一緒なら丁度よかった」
「あら、あたしにも御用?」
「うん。じゃあ、コホン。――石丸クン、誕生日おめでとう!」

 紙袋は僕へのプレゼントであったらしい。有難く受け取る。
 その場で開けて構わないという彼の許しを得て包みを開くと、中身はマグカップが二つ、だった。シンプルな無地であるのが使い勝手良いそれは、やや丸みを帯びたフォルムの陶器製。片方が青藍、もう片方が亜麻色の一対。白雪の美しく波打つ髪にも似たその地色が一瞬で気に入った。

「有難う、苗木君。とても嬉しい」
「ホント? 気に入ってもらえたならボクも嬉しいよ、耐熱性でレンジとかもイケるから有栖川さんと色々使ってみてね」
「あたしにまで宜しいのかしら…有難う、苗木さん」
「ただのマグカップじゃプレゼントっぽくないなって思ってさ。有栖川さんとお揃いってほうが石丸クン喜ぶかなーって」
「やはり苗木先生には何もかもお見通しだということか……その心遣いこそが僕にとっては一番の賜物だ、重ねて感謝するぞ!」

 彼の目から見ても、僕と白雪とが一対であると認識してもらえているということだ。嬉しくないわけがないではないか。
 早速これで食後の珈琲を淹れさせていただこうかしら、と白雪が厨房に向かう足取りも軽やかに思われた。ほんのお礼とばかり、平生は余程でないと許可しない白雪の料理をひと口だけ分けて進ぜることにする。苗木君、だし巻きが食べたいのであれば斯様に口を開けて待つのではなく僕の箸を取ってくれたまえ。食べさせてやる趣味は無い。

「――おー、苗木のが先だったかよ。はよ、イインチョ」
「桑田クン」
「お早う、桑田君。早朝練習の帰りかね」

 白雪と丁度入れ替わるようなタイミングで、練習着に身を包んだ桑田君が食堂に入ってくる。自然な調子で「誕生日おめっとー」と続けられ、彼もまた僕を祝ってくれるらしいのだと分かった。一年前には到底想像できなかったであろうこの関係性が、面映くも誇らしくも思われる。
 そんな感慨をいろいろな意味で打ち砕いてくれるプレゼントが呈されることになろうとは、この時の僕には未だ予想できなかった。

「有難う、桑田君」
「始業式前っつーのが切ねえタイミングだよな、これまであんま祝ってもらえなかったンじゃねェのもしかして」
「よく分かったな……否、そもそも祝ってくれるような友人もこれまでは居なかったもので、だな」
「だ、大丈夫だよ今年からボクたちがちゃんと祝うからさ!」
「そーそー。っつーことでホイ、オレからはコレ」
「まさか君からプレゼントを貰う日が来るとは――……って、桑田君なんだねこれは?!」
「ちょ……!」

 僕の口からはとても言えない何かであった。
 誕生日プレゼントらしい包装など勿論なく、ありのままの姿で僕に投げ渡されたそれは、その存在を認識した僕がうっかり受け取り損ねて食卓に滑り落ちて汁椀の傍らでその破廉恥な蛍光色のパッケージを際立たせていた。

「桑田クン、否、うん、キミだしさ、モノ自体のチョイスにはもう今更疑問の余地もないけどさ、……いろいろ突っ込みたいトコあるけど、――……先ず何処で買ったのさコレ」
「自販機」
「嗚呼あの薬局の前やうらびれた路地の角などに設置されている自動販売機かね――……ではなくッ! 一体なにを考えているんだね君は?! 神聖なる学び舎に斯様なものを持ちこむというだけでも看過しがたいというのに剰えそれを僕への誕生日プレゼントに選ぶなど……ッ!」
「テメーがそれ言えた立場かいっぺん胸に手ェ当てて考えてみろやアホ! あんだけ堂々と有栖川ちゃんとオツキアイ宣言しといて裏で何もしてませーん清らかな関係でーすとか幾らホザいてもだぁーれも信じねえかんな?!」
「ふむ、其処は諸君の想像に任せようと思う」
「石丸クンは立場的にそこ譲っちゃダメだと思うよ?!」

 兎に角、僕の口からはとても言えない何かであった。(再掲)
 
 白雪が今にも戻ってきやしないかと心配してくれているらしい苗木君をよそに、彼女の目に触れては一大事だと判断すれば僕はそれ――言わずもがなのものである――をもともと苗木君のマグカップが包まれていた包装紙に丁重にくるんだのち、紙袋の中におさめた。

「貰ったからには使ったほうがよいのだろうか」
「?! 石丸クン、いやいやいやいやそれはやっぱり待ったほうがいいよ有栖川さん大事にしてあげなきゃ」
「いや、え、……は? え、なんでお前そんな平然としてんの? そもそも使ってんの?」
「まさか」
「だよなー? ……え、いや待てどっちだ石丸テメーそのまさかって何だよ使ってねえってことかよそれってどっちの意味だよ、――……イヤイヤ冗談だよな? ん? んん? アポ……?」

 おや、なんということだろう。
 反応から察するに、どうやら桑田君は僕と白雪の関係を内実まで把握しているから「これ」を選んだ、というわけではなかったらしい。知ったような言い方をするからてっきりそうなのだろうと思ってしまったではないか。

 混乱のあまり水墨画のような画風になる桑田君と「流石に有栖川さんには手出せないよね」と苦笑いしてくれる苗木君が、白雪の戻ってくる足音にそろって慌てふためくさまはたいへん微笑ましく和やかであることだ。
 淹れたての珈琲を差し向けてくれながら愛らしく微笑む白雪へ「学友からのプレゼントというものは何であっても心が躍るな」としみじみ頷いて、僕は改めて今日これからを想った。





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