text(ゆり雑多) | ナノ

みかえり美人



◎舞園×超高校級の"ピアニスト"


 いつも見ているメークさんの見よう見まねなんですけど――と前置きしていたにしてはずいぶんと迷いなく動く舞園さんの白くて華奢な指が、私の髪を一房残らずきれいにすくっていく。アップスタイルにするには難しいとばかり思っていた微妙な丈のセミロングも、彼女の手に懸ればあっという間にまとめられてしまう。
 左右で毛量に差をつけて作られた2本の三つ編みのうち一方を、くるくる巻いてシニョンにしていく。鏡越しに向かい合った私の輪郭があらわになって、美容院に来ているみたいな錯覚。長さの関係で下付きに作られたシニョンに、もう片方の三つ編みを巻き付けてもらえば、それこそこれから私が着る――否、着付けてもらう――浴衣姿にもぴったりなまとめ髪が完成した。ひとに髪を任せるとなると、力加減の関係だったり髪が攣れてしまったりで少しは痛いものかと思っていたのに、そういえばすっかり安心して任せてしまっていたことに気付く。

「名前ちゃんの髪、いい匂いします……」
「ふ、普通のシャンプーとコンディショナーだよ」
「じゃあ単に名前ちゃんの匂いがわたしにとってとてもいい匂いだということですね――よしっ、綺麗に髪できましたから、ぱぱっと飾りも選んじゃいましょうね」

 あまりに舞園さんが通常操業だったせいで、お礼を言うタイミングを逃した。こちらの気も知らないで、舞園さんはドレッサーの机上に広げられた色とりどりの髪飾りをああでもないこうでもないと手にとっては私のほうに翳して取り替え、嬉々としている様子。
 上機嫌で零されるメロディー――超高校級の"アイドル"による生歌のハミングがBGMだなんてとんだ贅沢だ――を拾いながら、今しがた彼女の手で作り上げられたまとめ髪をもう少ししっかり見ておこうと大きな鏡にぼんやりと意識を遣る。夏の恋の始まりを謳う、甘酸っぱいような跳ねるような旋律は、今月リリースされたばかりの新曲、しかもB面だった。

「浴衣が濃い色ですから、髪飾りは明るい色のほうがよさそうですよね。古典柄ですし、華やか過ぎない清楚なものにしましょうね――名前ちゃん、これなんかどうでしょう」
「……きれい」
「名前ちゃんがですか? ですよねっわたしもそう思います! それに賛成だー! なーんて」
「ち、違うよ! それは違うよ! ……その、浴衣とか、髪飾りとか。私、あんまり詳しくないから全部、舞園さん任せになっちゃって」
「もー、もっと任せてくれちゃっていいんですからねっ何だったら身も心も! ふふ! ――……それはそれとして、けっこう時間掛けて真剣に選びましたから、褒めてもらえるのは純粋に嬉しいです。名前ちゃんには寒色系、っていうのは決めてたんですけど、紫と最後まで迷ったんですよね……でも、いい選択だったみたいです」

 まだドレッサーの脇に掛けられた状態の浴衣は、この時期の夜空のような甘みを含んだ濃紺。それでいて日没後の屋外で埋もれてしまうほどの暗い印象はまったくなく、白や橙、銀色と鮮やかな夏の花模様が全体的に散りばめられていて、きちんと明るく見える。

『背が高いひとは大ぶりな柄のものが映えるんです。霧切さんだったら青地に紫の大輪とか、似合うんだろうなー』

 数時間前をふと回想する。浴衣を選びながら――明らかに私に実際着せる予定などないであろうピンクのモダン柄だのミニ丈の姫浴衣だのを私の身体に当てがってそれはそれは楽しそうにしながら!――舞園さんはそんなことを言っていた。

『お祭りとか、今回みたく花火大会とかってときに着ていく浴衣は"遊び着"ですからね。あんまり身構えないで自分に合った色や柄を選ぶのがいいんですって。えへ、こないだ番組でご一緒した着物アドバイザーの先生の受け売りなんですけどね』
『盾子ちゃんなら黒地にピンクの薔薇乱舞とかでも余裕で着こなしちゃいそう……』
『ふふ、確かに! うーん、翻って本題ですけど、名前ちゃんは繊細で綺麗な子ですから、舞園的にはなんだかんだで古典柄を推しちゃいます』

 繊細で、綺麗。――寧ろそれは舞園さんの自己紹介だというほうが正しいんじゃないだろうか。たとえ平生アイドルにあるまじき変態的な狼藉をはたらいている事実があるにせよ、それは殆ど私のみに向けられたものであって、本当の舞園さやかは実に女の子らしい感情の機微を持っている。それは私が誰より分かっているはずだった。
 みどり、グレー、漆黒もまたワンチャン……と私の眼前で真剣な顔をして唸り声をあげている舞園さんは、私がそちらに気をやっていないのが不満だったようで荒れ一つない頬を僅かに膨らませて、

『名前ちゃんの浴衣ですよっ、どんなお色がいいか聞かせてください』
『沢山あって選びきれないよ……それに、仕事柄いいもの沢山見てる舞園さんのほうが目が肥えてると思うし』
『むー、お任せしてもらえるのは光栄ですけど……いいんですか? わたしが個人的に見たい一心でとんでもないもの選んじゃったりするかもですよ?』
『えっ』

 ちらりと艶を含んだ視線が、肩から二の腕に、胸の方にと伝ってゆくのを否が応にも感じる。いくら希望ケ峰生御用達の衣装店といえど、このアイドル白昼堂々フリーダム過ぎやしないだろうか。

『大胆に肩を肌蹴た花魁風のですとか、中央からスリットが入ってて歩くたび太腿が見えるものですとか』
『ちょ、え、いやいやいやいや』

 そもそもそれって最早浴衣の定義に適っているのかどうかすら怪しいのでは。そんなことを言ったか言わないかのうちに、焦る私の姿に満足したらしい舞園さんは「これか、これで。ちょっと名前ちゃん合わせてみてもらっていいですか」といっそ此方が恨めしくなるほどにいつもの澄ました綺麗な表情で何着かの候補を本格的に私に当てがってきた。先程までの遣り取りは本当にほんの戯れだったようで、合わせることになった浴衣はどれもきちんと選んだことが分かる甲乙つけがたい上等なもので――……



「うん、やっぱり浴衣の柄に合わせて橙でいきましょう! ねっ名前ちゃん!」


 ――そして時間軸はここに戻ってくるのだった。
 
 浴衣を選んでいたときと同じように真剣な表情で髪飾りとにらめっこしていた舞園さんが、花のコサージュを私に向かって掲げて微笑んでいる。ちりめん素材で作られている向日葵の花。素材が和風なので、モチーフは大輪の花でもどこか落ち着いた、しっとりした印象を受ける。コットンパールの垂れがついているのが可愛らしかった。

「……流石はアイドル」
「うん? 何がですか?」
「あ、いや…自分が可愛くなる着こなしだけじゃなくて、誰かにものを見繕うのも上手なんだなって、思った…だけで……」
「――……名前ちゃん普段あんまり面と向かって褒めてくれませんからそういう不意打ちけっこうあれです、……有り体に言いますと、たいへんキます」
「今の撤回していい?」
「だめです! 頂いた言葉はわたしのものです! なかったことにするなんて惜し過ぎますからっ」

 白い頬を林檎のように紅潮させ、ドラマの感動的なワンシーンのような美しい歓喜の表情を作ってまでこの人は何を言い出すのか。
 髪飾りがシニョンに挿され、ピンがしっかり留められているか確認される。浴衣を着る前に終えてしまわないと、あとから直すのは大変なのだ。折角綺麗に上げてもらった襟足も、アップスタイルに合わせて少し分け方を変えてもらった前髪も。

 立ってください、と促されて漸く浴衣を着付ける段階に入る。舞園さんに導かれるまま羽織った浴衣に袖を通して、背縫いの位置を調整してもらう。正面から向かい合うようなこの構図――しかも構造としてどうしても舞園さんの手が私の背中側に回る!――は平生の彼女との過ごし方を考えるだに緊張せざるを得ないものだが、こんなときばかり熱心に集中しているらしい熱を湛えた花浅葱色の瞳につい絆されてしまう。と、そのようなことをぼんやり思っていたところ、背縫いが真ん中に当たるように左右を僅かに引っ張っていた彼女の手がはたと止まった。

「……むうん」
「舞園さん?」
「悩ましいところです。衣紋抜き――あ、襟の後ろ部分をどれくらい空けるか、の加減なんですけど」
「えーっと……あんまり詳しくないんだけど、空いてるほうが色っぽく見える、んだったっけ」
「です。名前ちゃん、ただでさえ蠱惑的なバック・シャンなのに今日は襟足上げて項が絶賛大公開なわけじゃないですか、わたしとしては見せびらかしたいしわたし自身が見ていたいっていう思いは確かにあるんですよ」
「言ってる事の大半よく分からないけどすごく隠したい気になりますね……」
「でも、抜きすぎるとセクシーになり過ぎちゃって下品に見えちゃうんですよね。わたしたちみたく若いうちは、衣紋抜きは控え目にするのがいいんですって」

 なるほど。
 本当にしぶしぶの選択であるらしくほのかに悲しげな眼をした舞園さんが、襟部分から私の首筋裏に手を差し入れてくる。「ちなみに、」と続く講釈はあくまで平然としたいつもの彼女の口調だが、生憎とこちらはそれどころではない。

「普通のお着物であれば拳一つぶんがセオリーですが、浴衣ではもっと控え目に、具体的に言うと指3本ほどの抜き加減がいいんだそうです。こんな塩梅で」
「っひゃ、……ちょ、舞園さん、そんな下のほうまで入れる必要ないでしょ、」
「ええ、ありませんね。それが何か?」

 開き直った、だと……?! 見られないぶんは触って楽しもうという魂胆なのか。素肌の背中、だなんて普段は触れられる機会のない部分に無造作に指を滑らされ、一気に顔の熱が上がる。人さし指で背筋の部分をひたひたと点を打つようになぞられる。何の前触れもなく、隙あらば――時には隙を作っていない心算であっても――少し踏み込んだスキンシップを図ってくるのがこのアイドルだった。

「ま、待ち合わせ遅れちゃうから……、早く続きお願い」
「えっ続けていいんですか?!」
「違う! 着付けを!!」
「むー……別にちょっとくらい遅れたって皆さん怒ったりしないですって、優しいから。寧ろお察ししてもらって結果オーライまでありますよ」
「ありませんよ。……うん、長さは左右ちゃんと均等みたいだから、えっと次は……こう? 右前、だったよね」
「うふふ違います、合わせはこっちが前。自分から見て手前が右になるように…って覚え方が一般的ですけど、背後から抱き着いたときに右手が入れ易いほう、と覚えるのも一つの手ですね。こういうふうn「いいから! 実演しなくていいから後ろに回らなくていいから分かったから右前すごくよく分かったから!」必死な名前ちゃんも可愛いです……!」

 さあ、もしこのあと待ち合わせに遅刻したとして「着付け係がいちいち暴走していたので間に合いませんでした」という言い訳で何人を納得させられるだろう。制止がなければ確実に私の背後に回る気でいただろう舞園さんは、而してさしてダメージを受けたふうもなく、「じゃあ締めちゃいますけど、苦しくなりそうだったら言ってくださいね」と本格的な合わせの調整に入るようだった。苦しかったら、じゃなくて苦しくなりそうだったら、なのはこれから78期のみんなと合流して向かう花火大会で、動いたり色々食べたりということを見越して余裕を持たせてくれるためなのだろう。
 そこから先は実にスムーズなもので、何度か「苦しくないですかー」「だいじょぶ」という遣り取りを挟みながら、胸紐から伊達締めまで手際よく取り付けてくれた舞園さんは、ベッドに置いていた箱から仕上げに帯を取り出してきた。

「帯のお色も浴衣の柄に合わせてみました。こちらは銀色です。なぜかといいますと先日偶然、いえ運命的にチケットが手に入ったので赴いたリサイタルで主演のピアニストのお嬢さんがお召しになっていたシルバーのマーメイドドレスがとっても綺麗だったからです」
「…………え、なんで」
「ちなみにそのピアニスト嬢は栄えある希望ケ峰学園の78期生で、苗字名前さんというそうです」
「でしょうね! いやいやなんで舞園さん来てたの?!」
「え? チケットが手に入ったからですってば」
「でしょうね! そこは分かるけども! ちょっと私ほんとそれ初耳d「はーい脇空けてくださいね、帯巻きますからね〜」あっごめ、……ねえ。あの。きいてますかまいぞのさん」
「アイドル聞こえませーん」

 ……あとで超高校級の"探偵"という尋問のプロを雇おうと強く決心した。焼きそばと綿あめあたりで買収できればいいのだけれど。
 
 一度も帯を巻き直すことなく、澄んだ1/fゆらぎの優しい声色が「よしっ」と美しい快哉をあげる。少し身を捻って姿見に腰の部分を映すと、透かしでレース模様の入った上品な帯が、きれいに花文庫結びになっていた。……少なくともここから目視で確認できる範囲に着付けや帯の結び方のお手本になるような本など無いのだが。流石に末恐ろしくなってくる。よもや舞園さんは"アイドル"の才能と同時に超高校級の"着付け師"の才能も併せ持っているのではないだろうか。天才か。石丸くんが泣くぞ。
 ほんとはメークまでわたしがやりたかったんですけど、とこのうえ何処まで触る気だったのかと警戒をおぼえざるを得ない呟きをひとつ零したのち、舞園さんが帯の確認で中腰になっていた姿勢を正してぱちんと両手を合わせた。

「オールアップです! 名前ちゃん、お疲れさまでしたっ」

「……すごい、お店でしてもらったみたい」
「えっお代とっていい出来ってことですか? 嬉しい、じゃあ体で払っ「いやー持つべきものは友達だなー私すごい恵まれてるなー!!!」……しゅーん、です。二重にしゅんです、ともだち、とかー……遺憾の意と不満のフを表明します」
「ピアニスト聞こえません。……なんて、でもほんと感動の出来なのは確かだよ。舞園さん、ありがと」

 艶めいて潤んだくちびるをとがらせて幼げな落胆の表情を作っていた舞園さんが、私の言葉でぱっと笑顔になる。テレビで見るよりずっと無邪気で、そのぶん無防備にも見えるくしゃりとした表情は、きっと素の彼女のものなのだろうと思った。数瞬前のような油断ならない二の句でなく、返って来たのは「ううん、わたしも楽しかったです!」と、シンプルなそれ。
 ぼちぼち待ち合わせ場所に出発しなくては危ない時間になり始めていた。外出用の巾着と桐下駄を用意してくれながら、舞園さんは「一点だけ反省点があるんですよね」と今更告げてくる。私から見れば完璧すぎるほどに完璧な動きだったと思ったのだが、彼女にしか分からないミスでもあったのだろうか。何にせよ私にとってはこれで大満足なのだけれど。

「なに?」
「とっても大きい後悔です。――なぜわたしは名前ちゃんに『ヘアメークの用意しますから、先に和装下着と襦袢着けておいてくださいね』なんて言っちゃったんだろうって……!」
「……」
「そこから着付ければよかった……っ! 合法的に何の含みも無く名前ちゃんの肌が、しかもついぞ平生拝むことのできない真っ白なお腹とか! デコルテ一帯とか! なんなら腋とか腰とか! あの忌々しい白いガーゼ地に阻まれて結局肝心の着付けのときには布越しの柔らかさと体温くらいしかろくに分かりやしませんでした!」
「風紀が乱れる!!」
「この際構うものですか! 実際今更じゃないですか!」
「(もうやだこのアイドル!)」
「諦めてください!」
「(ナチュラルに心を読んできた……?!)」

 大したことじゃないのに大したことだった。聞くんじゃなかった、ということだけはひしひしと分かった。
 すんすんとこれ見よがしにオーバーな嘘泣きを演じる舞園さんを尻目に、私は外出の準備を整える。夕暮れの色に染まりつつある窓の外をぼんやり眺めているうちに、背後から「お待たせしちゃいました。行きましょっか」と声が掛かり、二人揃って部屋を出た。そこで、なぜここまで気付かなかったのかという事態に遅まきながら気が付く。

 私は、部屋の鍵を外から掛けて此方を振り向く舞園さん――青と白のストライプが爽やかな襟付きのノースリーブワンピースにレース編みのショール、女優さんのような白いカンカン帽が眩しい彼女へ、率直な疑問を呈した。

「……舞園さん、浴衣着ないの?」
「ええ、わたしは今年はいいんです」
「まさか私に時間割いちゃって自分のぶんの余裕がなかった、とか」

 だとしたら申し訳なさすぎる。
 これだけ綺麗に浴衣を着付ける腕がある彼女のことだ、もしかしなくとも今日のために自分自身のための浴衣を用意していたのではないだろうか。

「いえ、最初から着る気はなかったです。お昼に名前ちゃんと一緒に浴衣を見てたときも、わたし自分のぶんは選んでなかったでしょう」
「私物があるのかなって」
「ないです。というか寧ろ、今日はこのコーデで行くって前々から決めてたんですって」

 微妙に歩き慣れない下駄が立てる調子はずれのリズムに裏打つように、傍らの舞園さんが気持ち緩めの歩幅で奏でるローヒールのサボのぱたぱたという小さな音が心地よい。流石はアイドル、何の気なしの私服ですらこんなに可愛く着こなす。

「だって名前ちゃん、わたし、日ごろ私服着れる機会ってそんなにないんですよ」
「……あ」
「せっかく皆と遊べる機会ですし、わたしとしては名前ちゃんとのデート兼って意識ですし。というか寧ろそっちがメーンですし」
「う、」
「着たいもの着ただけですよ、って」

 わかりました? という笑み混じりの問いかけには首肯だけで返した。いや、デートじゃ、ないですし。確かに向こうに着くまでは二人だし、なんなら今までも二人だったし、集合してクラス皆で出店を冷やかしたり何だりしているうちに気が付いたらまた舞園さんと二人に……なんて事態は容易に想像できるけれど。でも、デートって。そんな大それた心構えできょう私はここに臨んでいない。
 それとももしかして似合ってないですか、と少しだけ不安を滲ませた声が追い打ちのように掛かり――アイドル、ずるい――、そうなってしまっては元来このアイドルのファンである身としてはもう、「世界一可愛いです」としか言えないわけだが。

 屋外は日暮れ時とは言いながらもやはり、暑い。「盾子ちゃんからLINEきた。戦刃さんが射的に備えてアップしてるんだって」「景品お菓子ならいいなー。そういえばセレスさんどんな衣装でいらっしゃるだろ」「石丸くんが制服で来るか賭けない?」「おっ名前ちゃん勝算アリですか? じゃあ冷やしパインの奢りを賭けましょう」――などと取り留めのない会話がどちらからともなく始まり、自然に立ち消えていく。
 どんな話題が出てきていたかも曖昧だ。取り敢えず今日のこと。だから、私がそこで発した問いも、別段深い意味があったわけではない、純粋且つささやかな疑問でしかなかった。

「そういえば、」
「? どうしました、名前ちゃん」
「舞園さんが着付け上手なのって、やっぱり仕事の関係?」
「……あー、」
「違っ、た?」

 あの迷いない手付き(悪戯さえも迷いなかった、というのは余計だろうが)、このきれいな仕上がり。そういえば浴衣選びのときに着物アドバイザーと番組で共演したという話をしていたことだし、と思いついぞ疑っていなかったのだが。
 ところが私の予想に反して緩やかに首を横に振ってのけた舞園さんは、実はですね、と前置きして至極プライベートな表情で花のようなくちびるを開く。

「かねてお話してた通り、うちってお母さんがいないんですよ。それで、小さい頃にお友達と近所のお祭りに行くときには、大体お友達のおうちに呼んでもらって、その子のお母さんに着せてもらってたんです」
「……あ、」
「幸いにも、おうちが美容師さんだったり大家族で手馴れてたりってお母さんがたが多かったですから、技術を覚えるには事欠かなかったんですよね。……ほら、2回目って、頼みにくいじゃないですか」
「そう、なのかな」
「わたしはそのおうちの子じゃないですからね。……だから、着せてもらってるあいだ、なんとか覚えて次のお祭りは自分でちゃんと浴衣着よう、って。そのときはだめでも、もう一回見たら覚えられるかも、って、それで何度か見よう見まねで習ってみて、気が付いたらできるようになってました」

 お祭りに友だちと一緒に行くために、浴衣を着る方法を身につける必要があった、と。
 私自身にはそもそもお祭りに行った記憶自体があっただろうか――と掘り起こすのは取り敢えず今は措くとして、よもやそのような事情だったなんて。

 よくないことを聞いてしまっただろうか、と後悔しかけた私に向かって、しかし舞園さんは、このうえなく嬉しげに笑いかけてきた。

「いやー人生分からないものですよね、昔子ども心に必死で覚えた技術で、今こうして名前ちゃんのこと綺麗にすることができたんですもん」
「う、……ん」
「自分が着るんじゃなくても、こんな形で役立てることができちゃいました」

 幾ら私にだって、今の舞園さんの表情が演技でないことくらいは見抜けた。だからこそなんだか気恥ずかしい。私を着飾ることで確かに、偽りなく舞園さんは満足できたのだということが分かるからだ。


「……来年は、」


 そんな声がこぼれたのは、あまりにも無意識で。自分でも意図しない内にくちびるが自然と動いていた。柔らかい表情のまま舞園さんが小首を傾げ、さらりと黒髪が揺れる。

「?」
「……来年は、舞園さんも浴衣着たらいいと思う」
「え、と――……わたし"も"と、いいますと」
「あっ、……否、そこはそんなに大事じゃない」
「大事です。……も、ってことは、当然、名前ちゃんも居てくれるってことですよね、そうですよね?」

 やってしまった。そして、今更なかったことにしてくれる相手でもない。さらに言うなら、……そもそも彼女の指摘は正鵠を射ているわけで。

「……私は着付け、覚えてないけど。いいなら」
「! なーんも問題ないですよぅ名前ちゃん! 来年も再来年も、わたしがばっちり着付けちゃいますからっ!」

 結局、思っていることのダイレクトな部分は何ら開示できない私を意に介さず、どこまで真意が伝わっているかも定かでないながら、それでも何をか汲み取って、舞園さんは嬉しそうに両手を胸の前で合わせた。つくづく女の子らしいポーズが絵になるひとだと思う。

「わたし、感無量です」
「大袈裟だよ舞園さん、友達とお祭りに行くのくらい「友達じゃ! ないです!」……ぁ、う、ぇと」
「来年はふたりで行きましょう」
「わー……」
「というか来年まで待てません、夏休み中にどこかで別のお祭りやってないですかね」
「ま、待ち合わせ! 遅れるから! 駆け足!」


・みかえり美人


//20160818


同情をかいたかったわけじゃないからお話してなかったんですけど、ね。
それでもやっぱり「話した甲斐があった」なんて思っちゃうわたし、悪い子ですかね。



超絶憧れ大好きサイト「レートCXX%」の小宮山さまに(たいへん勝手ながら)押付けさせていただきます……! 同宅ゆりゆめシリーズ「舞園さんと私」のおふたりを(たいへん勝手ながら)イメージして書かせていただきました。まさか本気でやるとは思わなかった、と言われそうですが何を隠そう蕗は最初からやる気でした、だから言ったじゃん止めろって!!!!!
今回のコレは完全なるファンフィクション、いわゆる三次創作です。設定など多分に蕗の捏造が含まれておりますので本家のおふたりがお好きな皆さま及び小宮山さまには本当に本当に申し訳なく……! orz ご指摘お叱り等ございましたら甘んじて受け付けます。


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