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Special Adviser


 恋は人を幸せにする、というのは隊の人間から借りた小説の文言だったろうか。成程、確かに最近のエースは見ていて多分に幸せそうである。――主に頭が。
 意中の相手が常に手の届く距離にいる、というのはこの上ない喜びと同時に歯痒さももたらすのだろう。此方から見ても奴はかなり懸命なアプローチを続けているとは思うのだが、如何せん相手が悪い。食事中に相手の好物を譲ってやれば「具合でも悪いの?」と心配され、遠出の土産にアクセサリーを持ち帰れば「あたし今日誕生日じゃないよ」と言われ。毎夜の如く俺の私室へ泣きつきにやってくるエースの姿には同情を禁じ得ない。それでもどこか楽しそうにしているのだから世話無いが。

「あのさ、」
「――何だ、真剣な面して」

 夏島が近いのか、今日は朝から爽やかな快晴である。甲板の端のほうに腰をおろして、少しずつ汗ばんでくる肌を厭うて思わず手持ちの新聞で温い風を己に送っていると、眼前に影が落ちた。見上げれば、いつになく深刻げな面持ちの二番隊隊長の姿。要件を問うてはみたものの実のところ、大方予想は付いていたりする。

「おれ、次の島に着いたら、その、……えっと」
「名前だろい?」
「――っ! わっわっわかってんなら聞くなよ莫迦!!」

 先回りして奴の想い人――現在は二番隊預かりとなっている、海竜の血を引く女――の名を出してやれば、やはり図星だったようで急に勢いづいて罵られた。莫迦とは御挨拶だ、此方としては相談に乗ってやらないという選択肢もあるというのに。

「んで?」
「……飯にさ、誘いたいンだけど」
「行ってくりゃいいじゃねぇか。今回はウチの隊が舟番で何の支障もねェことだし」
「簡単に言うなよ! ……だからさ、どうやって誘ったらいいのかって、」

 率直な感想を述べるなら、なんだそんな事か、である。てっきり「今夜こそ名前をモノにしようと思うんだが!」等と言われるのではないかと身構えていた身としては、頬を歪めてしまうのは致し方ない。航海中はどうしても女と交わる機会のない海賊という立場上、上陸中は欲求を解消する絶好の機会である訳だが、この男はそれを措いてでも惚れた女との清らかな(かどうかは判断しかねるが)晩餐の機会を望んでいるわけだ。
 
「うっわ何だよその顔! あーあーおモテになられるマルコ隊長にはおれの気持ちなんてわかんないんですねー」
「違ぇよい、ちっと真剣に考えてやってんだろうが。……そうだな、」

 名前のことを考え起こしてみる。天真爛漫を絵に描いたような娘だ、一緒に夕飯でもどうかなどと軽く持ち出したら十中八九「いいねーみんなで行こうよ! ジョズもサッチも来るでしょ?」などと言い出すことは確実だ。その場に自分がいようものなら後々しばらくエースに逆恨みされかねない。では、誘いをかけるときに誰も居なくなっていたとしたら?

「取り敢えず名前と仲良い連中に今回だけ先に降りてもらっとけ。……ええと、アイツと親しいっつうと」
「おれ」
「莫迦野郎」

 * * * 


 そろそろ昼食らしいぞ、と甲板に告げに出て来たら予想通りやっぱり外は暑かった。早く涼しい船内に避難したかったけれど、この暑い中、隅のほうでわざわざ顔を突き合わせて話し込んでいる一・二番隊長の姿を見つけて思わず怪訝な目を向けてしまった。なにしてんの暑苦しいうえ男同士とか勘弁してよもう。暑さと空腹で突っ込む気力もないので無視しようと決めたところで、傍の見張り台に続くはしごを危なげなく降りてくるとんとんという足音に気付いた。名前だ。

「ハルタ、厨房みたー? なに出てくるかなあ」
「冷たいスープとカツサンド、あと特製サラダ……だったと思う」
「わーい! デザートも付いたらいいなっ」

 サッチに交渉してこよう、と風みたく軽やかな足取りで名前は横をすり抜けて行く。たぶん今までニュース・クーとじゃれていたんだろう。
 無視するといってもやっぱり飯の時間を知らせなかったら後から二人(というかほぼエース)に何をされるか分かったもんじゃあない。一応声だけでも掛けておこうと口元にあてかけた腕が上がらなかった。袖口にかかる細い指。たどると、さっき厨房に向かったはずの名前がいた。そのままずるずると船内に引きずり込まれ、扉が閉まった。あーあ、これエースとマルコが昼飯食べ損なったら名前のせいにしちゃっていいかなあ。

「どーした、急に」
「相談したいことがあるの」
「だから戻ってきたんだ? んー、おれで答えられることならいいけど」

 昼食にありつくまでの時間で済む程度のことなんだろうと判断して頷いた。それにしては真剣な表情に見えたから、少し心配もしつつ。

「たぶん明日くらいに次の島に着くでしょ? そしたらあたし、」
「あ、なんだエースのことね」
「ちょっ、えええっあっあっあたしそんなに顔に出てた?!」
「顔っていうか、普段の態度から考えたらなんとなく悟れるっていうか」

 まあアイツにはまず間違いなく伝わってないとは思うけど。たまには、としおらしく体調の心配をすれば「なんでもねえよ!」と突っぱねられ、貰ったアクセサリーを付けているのに仕事中で気付かれず。アイツが背を向けた瞬間に気丈な表情を崩してしまう名前を見ていると可哀想になる。

「なんかいつも流れでみんなでご飯食べることになっちゃうでしょ、だから」
「ん、二人で行きたいんだ?」
「……あ、べつにハルタ達がいるのがイヤとかそんなんじゃないからね!」
「あははっ、分かってるって」

 本当は二人になりたいのに、いざなろうと思うと恥ずかしいんだろう名前の気持ちも、なんとなくだけど分かる。上陸するときに二人が互いに食事に誘い合うような場面はこれまでにも何度もあったけれど、「じゃあ皆で、」と言いだすのは俺たちじゃなくて本人たちだ。内心、ちょっと申し訳ないことしてるんじゃないかと思う気持ちは俺たち周りにもかなりある。

「んじゃ、今度はおれたちさっさと上陸しちゃうからさ」
「いいの……?」
「勿論。かわいい妹分のためなら兄ちゃんたちには協力する義務があるっ」

 食堂の扉の向こうが一段騒がしくなった。食べ始めたんだろう。背を押して促してやれば、迷いが晴れたようでいつもの明るい笑顔になった名前は元気に一回頷いて今度こそ食堂へ走って行った。デザートはー?!とねだる声はもう遠くなっている。
 次の停泊のときにはいろいろ頑張らないといけなくなったみたいだ。俺だけが外しても仕方ないから、いつもアイツと飯食いに行ってる奴にも声を掛けておく必要がある。誰だっけ、あ、さっき甲板でいちゃついてたオッサンか。

 * * *

「ハルタ、お前メシの時間くらい知らせに来いよい」
「うぉあ?! ……噂をすれば。オッサンいつの間に」
「よーし食後に手合わせ付き合って貰おうか」
「あーもーそういうのいいから腹減った!食堂行こーぜ!」

 エースの優秀な腹時計は俺がわざわざ声なんか掛けなくても正確に昼食の時間を告げていたらしい。気が付いたら背後には大型のパイナップル……いや、一番隊隊長さま(うわあ怖いってマルコ相手じゃ手合わせどころかリンチだって俺死んじゃう)と、さっきまでの話の主役の姿があった。飯!と情けない声を上げながら食堂の扉を開けるエースの後ろ姿が、まったく似てないはずの名前のそれとなぜか被った。

「あ、そーだ」

 続いて悠長な足取りで俺を追い越して行こうとするマルコに、忘れないうちに言っておかないといけない、と声を掛け直した。あとでもっぺん言うけどさ、と前置きすると、それならこっちも言っとくことがある、と返ってきた。

「先にそっちの話を聞こうか」
「……あ、ちょっと待って。なんかおれすごく嫌な予感する」
「はあ?」
「んー、でもまあ一応言うけど。次の島についたら、エースのこと一人にしといて」

 口角下がり気味の普段からクールな口元が、呆けたように緩んだのがわかった。やっぱそっちの用件もそれなわけね。俺の予想を裏付けるように、ちょっと時間があってマルコも「成程、そういう事かい」とため息を吐いた。

「めんどくさいなあ、早くくっつけばいいのに」
「ま、付き合ってやろうや」

 多分、この先どうあっても、一番いい方向に向かうのは時間の問題って奴なんだろうけど。俺たちの後押しなんて必要かな。ちいさく俺がつぶやいたのを聞いた、俺たちの一番上のお兄さんは、「必要あってもなくても、あいつらがおれたちを頼りにしてきてんなら応えてやんのが当然だろい」と事も無げに返してのけたのだった。

・Special Adviser

//20100819(20160816 Rewrite!)

 ちなみに手合わせにはしっかり付き合わされた。


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