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09


Summary:Have a good time, have a good lovers!


「はい、どうぞ」
「どうも」

 手渡されたカップに口を付ける。アリスの淹れる珈琲はいつもながら美味い。一緒に暮らすようになってから大方の炊事を任せていたが、出されるものが不味かったことなどただの一度もなかった。ソツが無い、という以上に何でも出来る女なのだ、本来は。

「ここのところ、連日あたしにお付き合い頂いちゃってて、申し訳ないです」
「否、こっちもそれなりに楽しかったよい」

 嘘ではなかった。
 家事も勉強も人並み以上にこなし、決して他人の手を煩わせることのなかったアリスの、取り乱したり大声を挙げたりという一面はとても新鮮で、何というか――可笑しな話ではあるが、一層身近に感じられるようになったので。

 今日は画面の電源はオフ。自分のぶんのカップを手にソファを回り込み、恋人は俺の隣へ腰を下ろす。少し前まで申し訳程度に間に挟んでいたクッションは、いつしか当然のようにアリス自身の膝へ置かれるようになっていた。これもここ最近の恩恵であるかも知れない。

「アリスにも、出来ないことなんてあったんだな」
「マルコさんはあたしを何だと…… ありますよ、一杯」

 いつまで経ってもジャンプは上手くならなかったし、ホラーゲームは結局俺が代わりにクリアしてやった。パズルゲームの最高記録も三連鎖。人のいい選択肢ばかりを選び続けた結果、恋愛ゲームでは寂しい独りエンディングを迎えていた。RPGではパーティ全滅の回数が二桁を超え、育成ゲームに至っては、知力と礼儀に偏重した報いで娘を天才詐欺師にしてしまうという末路。
 何度隣で溜息を吐いたことか。それでも傍らのアリスは、終始それらを楽しそうに眺めていた。勿論ホラーゲームの折は除くが。
 不慣れな手つきでコントローラーを握り、毎度の演出に歓声を挙げ、クライマックスでは律儀に涙する。ここまで楽しまれては、製作者も冥利に尽きるというものだろう。成程、確かにこいつに実況とやらを勧めてきたという友人らの観察眼は確かなのかも知れなかった――が、見るのは俺だけでいい。

「すっごく楽しかったです。……あ、過去形にしちゃうと終わりみたい、ですけど」
「くくっ、……今度は一緒に探しに行くかい、新しい奴」

 はい!と明るい返事。思わず手が出ていた。頭を撫でると、擽ったそうにしながらも素直に目を伏している。以前は顔を真っ赤にして飛び退いていただろうから、これも立派な進歩だ。
 今日はゲームは休み。この後を全年齢対象の健全な展開で留めるか、成人指定の如何わしい夜に持ち込めるかは俺の手腕に掛かっていた。これは片手間で済むパズルゲームより数倍は頭を使う難問。いじらしくも今更のように膝元のクッションを俺との間に挟みたがる「攻略対象」を早いところ抱きしめてしまおうと、まだ熱かった珈琲を一気に干した。

 多分、ゲームでも口実にしないと、当分アリスは俺の隣に座ろうとしないだろう。 
 だから、今はまだ、付き合ってやっておこうと思う。


//20100831(Revised:20100913)20161125 Rewrite.


 ハッピーエンドしか存在し得ないこのゲームに、出会ったときから夢中だったさ。


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