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Case 4:最近は恋愛ゲームもだいぶん種類が豊富になってきたようで
幾ら大人気ないと罵られようが、流石に恋人が仮想恋愛を楽しみたいというのを黙って見過ごせるほどに俺は寛容ではなかった。
「それだけは許さん。いい子だから他のゲームにしとけ」
「でも、折角おともだちが貸してくださったんです、ちょっとくらい……ね?」
「いーや、駄目だね。明日にでも返して来い」
「ひどいです! あたし、こういうのってしたことないから楽しみだったのにっ」
わがまま娘め。殊更きらびやかな装丁で見目の綺麗な男共が笑っている如何わしいパッケージを抱えたアリスの顎を掴んで無理矢理黙らせた。実力行使に及ばないのはお前を気遣って自重してやっているからだ、と痛い目を見ないと学ばないらしいので。
「――作りごとに刺激を求める位なら、そのぶん現実で楽しませてやるが?」
「だ、だめですそんないきなり決め顔で仰られたって譲りませんから!」
畜生、その手が通じる女じゃなかったか。ブリッジの要領で思い切り上体を後ろに逸らされてあえなく拘束は振りほどかれた。そこまでするか?
「なんだってそんなに二次元の野郎を拝みたがるんだ」
「別にそれが主目的って訳じゃあないです! 社会勉強の一環としてですね、」
「そうかい、それなら主人公の名前はお前のでなくても構わないわけだな」
「へ?」
仮にもこいつと同姓同名の奴が知らない輩とどうこうなるだなんて、到底看過できない。
「どうしてもその――恋愛ゲーム? とやらがしたいのなら、主人公をおれの名前にして進めるんだな。これが最大の譲歩だ」
「……また無茶苦茶言いますね貴方も」
「何とでも言え」
落ち着いてください、だと。
どの口が抜かしやがる、架空の誰某と乳繰り合う前にもっと現実で深めるべきあれやこれやがあることに気付かないのか。……あー、我ながら今の発言はちょっとオッサン入り過ぎてんじゃねえかい、つまるところが下らない嫉妬なのだと認められない訳だ。
「なんでそんな頑ななんですか」
「そりゃこっちの台詞だ。立場を逆にして考えてみろい、ある日おれがそのテのゲームを買ってきて、"今日からおれはこの可愛い子ちゃんたちを落としにかかる"なんて言い出したら、お前はどう思う」
「えっなにそれすごくきもちわるい」
否、そういう感想が欲しかったんじゃないんだが。
「と、言いますか。これ、主人公の名前を仰る通りに設定するのであれば、いちばん不快になるのは恐らくマルコさんなんですけど」
「は?」
そこで、漸く"ある事"に気付いた。
華奢な両手でしっかり掲げられている忌々しいそのパッケージに、女キャラクターの姿がひとつも描かれていない、ということに。そして、タイトルと思しき英語の羅列の下に申し訳程度に付記された「boy's love」の文字に。流石に、ここまで提示されて何をかピンと来ないほどには俺も世俗に疎い訳ではなく、……同時に、これ以上は何も言うべきでないということをも悟った。
「兎に角。それは駄目だ、いいか、おれは駄目だと言ったからな」
「そんなの横暴です……あー! ひどい、返してください!」
パッケージをひったくると不満の声が挙がった。煩い黙れ、こうなったらもう意地だ。明日学校に行く時にでも返してやればいいだろう、恋人の情操教育は男の義務であるから仕方ない(もう俺自身、何を言っているかよくわかっていない)。
それでも、まあ、アリスが俺以外の男とどうこうしてみたいと望んでいた訳ではなかった、というのは喜ばしいことではあるのだろう。と少々此方の機嫌も上向きになったところで、先ほどの台詞の揚げ足取りをしたい衝動に駆られた。
俺が同性とどうこうなる過程でいちばん不快になるべきは、俺でなく恋人のお前だろうが、畜生!
//20161122 Rewrite.
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