text(op) | ナノ




今は、まだ


 オヤジの酌を受け、一息に干す。「いつの間にそんなに呑めるようになりやがったんだァ?」と問う声は足元を揺らして響くようだった。幾ら酒に慣れようが、幾ら歳を重ねようが、俺はきっとオヤジのように大きい男にはなれないだろう。わざわざ己の誕生日にまで自分を卑下するほど暗いつもりはないから、これはただ只管に畏敬と敬愛の表れであるけれど。
 オヤジから僅かに距離を空けて座っている俺の周りには、いいと言ったのに阿呆みたいに無邪気な顔した連中がこぞって手渡してきたプレゼントの数々。最後に島に上陸したのは随分前の筈なのに生き生きとしている花束はどんな技術で以て今日までその瑞々しさを保っていたのだろうか(これは後に、ウチの傘下の氷の魔女が一枚噛んでいたことが明らかになった)。敵船から押収した宝でもがめていやがったのか、明らかにその辺で売ってるような新しさのない宝飾品が多い。ジョズからは俺が愛飲している銘柄の煙草、ハルタとエースは連名で新品のシャツ――若ぇ奴のセンスで選びやがって、こんなのいい歳したオッサンが着られるかよい――を一枚。雑誌大の何かが入っているらしい封筒を寄越してきたのはサッチだった。あのニヤけた面から察するに間違いなく下世話な類であろう。

「グララララ! マルコ、お前いい弟たちを持ったなァ」
「ああ。……毎年こんなにして貰っちまって、申し訳無ェ位だい」
「何言ってる、お前はただ喜んでりゃあいいんだ。それがあいつらにとっちゃ何よりだろう」

 何を貰ったとて、勿論何もなかったとて、こうして俺がこの世に生まれたことを祝ってくれる奴らが居るということは純粋に嬉しいことだった。まるでガキにするのと同じような体でオヤジが広い掌で以て俺の頭を撫で回す。たまにはこういうのも良い。
 夜も更けてすっかり普段の酒宴の雰囲気となってからは各人実に自由なもので、床に大の字になったり折り重なったりして寝ている者もいれば陽気に歌など輪唱している連中もいる。さっきまで俺やオヤジと共に酒を酌み交わしていた隊長陣もそれぞれの部下の世話(若干数名、部下に世話になっているのもいるが)で慌ただしくしているようだった。わざわざ祝いを言いに来てくれた傘下の海賊らもとうに引き上げ、気付けば俺たちの周りは静かな空気になっている。夜風もそれなりに冷たくなってきた昨今、同じ事を思ってかナースが数名寄って来てオヤジに「そろそろ船内へ入られてください」と声を掛ける。ゆっくり腰を上げ、先よりずっと高い位置から俺を見下ろしたオヤジは、「随分と長く引き止めちまったな、許せ」と笑って寄越す。その表情は何やらイタズラを企む悪童のような憎めぬもので、俺は一瞬何を言われたのだか分からなかった。控えていたナース達はその辺りを心得ていたらしく、「わざわざ"聖地"から来て下さったんだから、きちんとお礼申し上げといてくださいね」などと小奇麗に手入れされた人差し指を付き付けられる。そこで漸く合点がいった。そうだ、アリスが来ているのだ。

 立ち上がって辺りを見回す。オヤジを部屋へ通す以外のナースはめいめい宴に混じるようで、そのうちの一人が「アリスさんならクォーターデッキにいらっしゃったみたいよ」と教えてくれた。軽く礼を言えば彼女――そういえばアリスと特に仲の良いナースだったように思う――は軽く肩を竦め、「プレゼント代わりに、そちらの贈りものたちは私たちが隊長のお部屋までお運びしておくわ」と有難い申し出を供する。流石に頭を下げた。
 世界最強の呼び声高い(自負してやれる程でなきゃ、この海ではやっていけない)白ひげ海賊団と言えど浴びるほどの酒には敵うべくもないのか既に死屍累々となりつつあるメインデッキを闊歩し、船尾へと向かう。頼むから明日の朝、主賓に介抱だの後片付けだのをさせるなどという展開だけは勘弁願いたかった。階段を上がった先には、柵に背を凭れて座り、誰かが気を利かせて持って来てやったのだろう毛布で膝下を包んだアリスがマグカップを両手で支え湯気を顔で受けていた。出会った頃と寸分変わらない、穏やかさそのものであるかのような微笑に、俺はずっと焦がれてやまない。何時間も一人でいた訳ではなかろうから不在を詫びるのもおかしい気がして、「アリス」とだけ声を掛けた。顔を上げたアリスが真直ぐ此方に目をくれただけでもじわりと心に来るものがある。

「あら、マルコさん。主賓なのに御足労させてしまいまして、申し訳ありません」
「お前が、おれを呼んだのかい?」
「そんなに表立ってご指名させて頂いた訳じゃあありませんよ。ただ、ある程度式次第も進んだようでしたから、そろそろあたしともお話して頂きたいなあと思っていたのは事実です」

 アリスは時折このように勿体ぶった言い回しをする。海賊には不要な能力だとはいえ、彼女の言葉を解しかねるというのは避けたい事態だった。惚れた女の言う事くらい、一言一句拾っておきたい。つまらない意地だ。
 手前勝手な懸想を続けて長くなるが、最近ではアリスも薄々それに勘付いているのではなかろうかと思う態度を取ることがある。このように如何様にでも取れるような発言をしたり、そもそも独りでこんな処にいるのが常の彼女らしくないのだ。アリス自身は自分は此処のクルーではないからと固辞するものの、そのような事を考えている人間は彼女以外に一人もおらず、なんだかんだで来航の折には必ず宴の輪の中へ引き込まれるようになっていた筈だ。それが、まだ完全に寝静まってもいないうちから、船尾甲板などという人気のない場所にいるのだから分からない。変な期待をさせないで欲しい、その度に律儀に糠喜びして後に撃沈して落ち込んでいる俺の姿など、きっとアリスは知る由もないのだろうから。

「お呼び立てしておいて何もなし、では格好が付きませんから、あたしからもプレゼントさせてください」
「ああ」

 承諾のああではなく驚愕のああだということを付記しておこう。平生を装いつつも今の俺は少々浮かれている。去年までのように、皆で車座になって呑んでいる時に「はいこれ、あたしからも」と軽く手渡されるのとは明らかに違うニュアンスであるからだ。勿論アリスから貰えるものであればいつでも・何でも嬉しいけれど、やはり二人きりとなると訳が違ってくる。いい歳した人間の思考でないと言われようが仕方ないだろう。
 座ったままのアリスの真前まで歩み寄り、此方も腰を下ろした。毛布で隠れていた処から小さな――アリスの片掌にも乗ってしまうほど小さな――布製の袋が取り出された。白無地のそれに、青いリボン。「生憎と市販のものではありませんので、あたしが適当に包んじゃったんですけど」という前置きと共に、両手で差し出される。本人は酌量を得るために言った事なのだろうが、俺にとっては尚更嬉しい事実であることは言うまでもない。

「……へェ、」

 銀細工の、ピアス。少々凝った造りになっているのでもう少し違う名称かも知れないが、残念ながら装飾品にそう造詣の深くない俺には詳しく説明など出来そうもない。留め具を差し込んで固定する至って一般的なものだと言えばいいだろうか。
 垂らすというより輪のような形状になっており、留め具の部分は至って簡素な銀の球。華奢な鎖で繋がっている丁度表から見える部分――所謂トップという部分か――をよくよく見て驚いた。中央に宝石と思しき金緑色の石が嵌った銀製のそれは、今俺の胸に赤く刻まれている誇り・白ひげ海賊団の船旗を象っていた。誰が見てもそれだとはっきり分かるだろう。アリスは時折驚くような人脈を持っていることがあるから、その筋にわざわざ依頼してくれたのかも知れない。これは、贔屓目なしに嬉しい。

「いいのかい?」
「いあ、受け取って頂けなかったら無駄になっちゃいます」
「くくっ、そうだな。――有難く受け取っとくよい」

 掌の上で軽く揺らすと、星の光を受けて誇りの真中に埋められた石が光る。ひと揃いのそれは平時の俺からすれば少々飾り過ぎにはならないかとも思われたが、アリスから贈られたのであればそれもよかろう。「お誕生日おめでとうございます、マルコさん」との声も心地良い。
 ものを貰ったことに対してここまで浮かれたことはこれまで無かった。今も決して上等な贈りものをされたこと自体にこうも高揚している訳ではなかったが、――こう言うと陳腐になるが、もの自体も、実に俺のことを考えて選んで(作って?)くれたのだということが分かるものだっただけにことさら嬉しかったのだ。

「『静観』だそうですよ」
「何が?」
「キャッツアイ――それです、10月5日の誕生石――その、石言葉」

 それ、と掌の中のピアスを指されて、どうやら石は本当に宝石であるらしいことが分かった。
 ぴったりですね、という台詞は果たして原意どおりに汲んでいいのかそれとも皮肉であるのか。実りの無い片恋を続けて久しい俺も、最近では「ただ、言えないだけ」になりつつあり感情自体を隠せていないことがままあるというのに。聡いアリスがそのあたりを感付けていないとは考え難かった。静観、か。似合うと言われど、嬉しくはない言葉だった。少なくともアリスにだけはそうと思われていたくない。俺は、もっと切実に、お前の事が。
 中身を空にし終えたのか、アリスがマグカップを脇に置く。両手が空いた。自然とせっつかれたような気になり口が開く。
 
「――なあ、アリス」
「ん、どうされました?」
「これ、な」

 掴んだ手首は華奢なもので、しかし折れそうだというよりは温かみを持った柔らかさを感じた。先の表情のまま此方の意図を汲みかねてか小首を傾げているアリスの、上を向いた掌にそれ――先ほど賜ったばかりの、ピアスの右側ひとつを落とす。



「お前、片方付けててくれよい」



 手首と言えど、肌。年齢を当てさせない瑞々しいそれに堂々と触れていられることに後ろ暗い気持ち良さを覚え、用件を済ましたにも関わらずなかなか手を離すことができないでいる。力が入り過ぎていやしないだろうかと心配であったが、当のアリスは依然きょとんとした顔のまま手元のピアスに視線を落としていた。ややあって見えたのは、口元を緩めて一層甘やかな笑顔。

「お揃い、ですか?」
「……そうなるねい」
「あたし此方のクルーではないんですけど――いあ、お誕生日さまのご厚意であるなら、甘えさせて頂くのが道理ですかね」

 ありがとうございます、と軽く頭を下げられ戸惑った。礼を言われるようなことではない、ただの俺の我儘だ。自然と手が離れ、それまでアリスに触れていた個所は熱でも持っていたかのように尚更夜風が冷たく感じられる。
 それまで付けていたものを惜しみなく外し、早速とばかりにアリスが右耳を弄り出した。わざわざ関係の無い左耳の飾りまで外してくれたのには果たして他意があるのだろうか。米神の辺りから柔らかい髪を軽く持ち上げ、「如何でしょう」と窺うような目をされる。誕生石などという洒落た文化に精通しているような輩が海賊にそうそう居るとは思えないが、それでも俺の稚気めいた所有欲は満たされた。俺だけが分かればいい。

「ねえ、それ特注なんです。皆さんに見せに行きましょう」

 ふたりで。付け加えられた4文字は実に甘く響いた。
 毛布を丸め立ち上がったアリスに続き、カップを回収してやって腰を上げる。ピアスは片手で簡単に装着出来た。なあアリス、男が左に・女が右に一対のピアスを付ける意味、知ってるか?

 胸の内での些細な問いかけをも拾われたかのような間隙で、階段を降りかけていたアリスが振り向く。目線はふらりと左へ。彼女の右に光るものと同じものを、俺の左に見ただろう。それから妙に満足そうな面持ちになりアリスが言ったことには、



「いいですねー、所有してる感あって。いま、貴方、あたしのものですよ……ってね」



 冗談めかしやがって、お前やっぱり全部分かってんだろ。


・今は、まだ


//20101005(1005 Happy birthday to Marco!)20161005 Rewrite


 回収したカップには、未だ半分もココアが残っていた。






 ということでマルコ隊長お誕生日おめでとうございました、ちゃんと原作で今生きてるんでしょうね?! 大丈夫でしょうね?!(迫真)

 家族思いで、気だるげ且つクールな大人の顔と激情家の顔を持つあなたがだいすきです。Cv森田は伊達じゃないはず! 最近のゲームではだいぶん安定してきましたよね!(ひとこと余計)
 平生ロンパゆめ界隈で石丸くん石丸くんやかましい蕗も今日だけは不死鳥さん夢女子に戻っていろんなサイトさまのお誕生日ゆめを堪能してまいりたいと思います! ご覧になってくださったみなさま、ありがとうございました〜!


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