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Simple


*マルコ隊長お誕生日フリー夢
*末尾のクレジットを残していただければご自由にお持ち帰りくださってOKです!





 信頼って重い。そりゃあ無いよりはあったほうがいいのは当然だけれど、時としてそれは私の枷になっているような気がする。
 ずっと想っていて、お気に入りになりたくて、仕事も戦闘も一生懸命に頑張っていたら、いつしかあの人との距離はずいぶんと近付いていた。でも、いちばん伝えたいことは、まだ言い出せず胸の中で燻っている。

 ああ、日付、変わっちゃうな。


 * * * 



 甲板からは宴の空気が途絶えない。海の向こう、陸では皆寝静まっているだろうに、海賊というものは昼夜問わずとにかく賑やかだ。特に今日はただの飲み会ではなく、我らが”家族”・大事なクルーで大きな柱である1番隊のマルコ隊長のお誕生日ということで、総員これは飲まずにおられぬとばかり盛り上がっているのだ。
 つい数十分前までは私も甲板にいて、所属する1番隊の仲間と共に古株へ酒を注いで回ったり、余興として2番隊のエース隊長がファイア・ダンスを披露なさるというのでそのお手伝いをしたりと輪の中で皆と同じく騒いでいた。今はひとり、人気のない厨房奥の倉庫で膝を抱えて座っている。めぼしいものは全部甲板に運び出されているから、今更4番隊の料理人たちも此処を訪れることはないだろう。
 ランプひとつの明かりだけで、何とはなしに心細い薄暗がりの中、傍らには祝宴を立ち去るときにそのまま持ってきてしまった杯が中身をなみなみと湛えて光っている。その時はどうにも居たたまれなくなってつい席を立ってしまったのだけれど、どうしてもそれを置いていくことができなかったのだ。マルコ隊長が直々に返酌してくださったからだ。

 以前に所属していた海賊団がここ――白ひげ海賊団に負かされ、取り込まれることになった際、それまでは何よりの脅威であった敵としての顔を思い切り崩して、「じゃ、今日からお前らもおれたちの”家族”だよい」と笑いかけてきたのが彼だった。きっかけはそんなものだったけれど、その日から本当に私たちのことを親身に扱ってくれたマルコ隊長に、純粋に恩義を感じると同時に私は確かに恋をしていた。
 それから今まで数年間、何とか振り向いてもらおうと努力していたのだけれど、最近になってどうやらその方向性が誤っていたらしいことに気付いた。私がしてきたことといえば、朝昼晩の自主トレーニングに戦闘時の前線志願・新人の育成。……よくよく考えてみれば、女性としての魅力をアピール! などという最終目的とは縁遠い、寧ろ対極に位置することばかりだった。手作りの料理を振舞うとか、お洒落に手を抜かないとか、もっと他にすべきことがあっただろうに時すでに遅く、今ではすっかり御本人にすら認めて頂ける、マルコ隊長の右腕となってしまった。ち、違う! 確かに隣には並びたかったんだけど右腕ってなんか微妙にニュアンスが逞しいじゃない!

「……結局、渡せなかったし」

 杯の他にもうひとつ、持っているものがあった。そんなに大きいものでもない、深めのポケットにすっぽり収まってしまう程度の簡素な包み。前回の上陸時に雑貨屋で見つけて購入しておいた、一応、誕生日プレゼントというものだった。生成の包装紙で覆われただけのそれは、華やかな装飾とは程遠く普段の買い物であるかのようだけれど、これでも名目が名目だけに買う時にはとても緊張したのだ。
 中身は羽根ペン。これまた色気のないチョイスだと自分でも呆れてしまう。ただ、いつもマルコ隊長が仕事用に使っているペンが最近調子が悪いのを知っていたから、この際実用性を重視してしまおうと思ったのだ。本当は銀細工のアクセサリーや時計などを贈って見直されたりしたかったのだけれど、結局いい案が浮かんでいなかったし。隊の皆も似たような考えに行きついたらしく、午前中に皆こぞって酒だの煙草だのをめいめい手渡ししていた。思えばその時に勢いに乗じて私もプレゼントすればよかったのだけれど、そこでくだらない意地が顔を出してしまい、結局は質素なそれすらマルコ隊長にお渡しすることができずに彼の誕生日は終わろうとしていた。


「私、ばかー」
「確かにな。主賓をほったらかして遊びに行くようじゃあ右腕とは言い難いんじゃねェかい」
「ほんとだよ。まだプレゼントだって渡して、な、……」
「よう、名前。突然居なくなるもんだから気分でも悪くしたかと思って心配しちまったよい」


 降って沸いたこの状況に何をかコメントできる程に私は冷静さに定評がなかった。憎らしいほどにいつも通りの様子で、指先に青い炎を灯したその人は笑って見せる。祝宴をほったらかして遊びに行くようじゃあ主賓とは言い難いんじゃないですか、マルコ隊長。そんな口を叩く余裕はないけれど。
 あれだけの人がいて、隊長自身たくさんの人たちと喋ったり酒を酌み交わしたりしていた中で、私ひとりが居ないことにどうして気付いたんだろう。わざわざ気にして貰えたことが、勿論申し訳なくもあるけれど率直に嬉しかった。

「ぜんぜん元気ですよー。わざわざ探しに来て貰っちゃって済みません」
「構うもんか。おれも、ちっと休憩したかった処だったし」
「主賓が抜けちゃっていいんですか?」
「はは、既に出来上がっちまってる奴らばっかりだ、今頃おれが居ねェのも気にせず好きにやってやがるだろうよい」

 本心からそう思っているような口ぶりだったので、どうやら私に気を遣ってくれている訳ではないことが分かり安心した。「ところで名前、お前なんでこんな処に居たんだい」と当たり前の質問をされ、うまく答えられずに笑って誤魔化す。二人になれたのはまたとない幸運ではあるけれど、それにしたって突然すぎた。マルコ隊長は不思議そうに首を傾げたけれど、ややあって「そうかい」と流すことにしたらしく頷いてくれた。彼はいつもそうだった、こちらがたとえポーズであろうと踏み込まれたくない素振りを見せれば、絶対にそこから先には深入りしてこない。大人な人だ、とつくづく思う。きっと今日もこのまま何事もなく過ぎて行くだろう、そう考えたら、やはりプレゼントだけでも渡しておかなくてはいけない気がした。

「あ、あのー、マルコ隊長」
「ん?」
「さっき渡しそびれちゃったんですけど、これ、私から。……ほんと、つまんないものなんですけど」

 立ち上がって、入口近くの棚に背を凭れている隊長のもとへ近付く。ポケットから簡素な包みを取り出すと、隊長が常のクールな無表情から僅かに目を瞠ったのが見えた。大きい手が包みを持っていく瞬間、少しだけ指が重なる。温かかった。
 お世辞にも丁寧な包装がされていた訳ではないそれは、裏側の留め具を外すとすぐに中身が現れた。幾ら飾り気のない普段着の贈りものとはいえ、それなりに値の張った代物だった(無論、言わないけど)。天然素材のみを使っていながらも筆記具としてしっかりとした加工の施された大きめの羽根ペンの白い羽根――残念ながら、不死鳥の羽根なんかではないけれど――をランプの微かな明かりに透かしながら、隊長は眩しそうに目を細めていた。

「有難うよい。……昼にお前の姿を見なかったから、もう名前からは何も貰えないのかとばかり思ってたんだが」
「こんなものしか用意できてなかったんですもん。もう渡すまいかとまで思って」
「莫迦。お前から貰うことに意義があんだろうが」
「……えっ? 隊長、いま、なんて」

 ぽふ、と頭に手が置かれる。大きくて温かい掌。羽根ペンを持っていない方の手で私の頭をくしゃくしゃとやるマルコ隊長は、さっきからずっと眩しそうな目をしている。眩しいのでは、ないのだろうか?

「名前は、ちゃんとおれのこと見てくれてんだな」
「あ、……え、ええ勿論! なんたって隊長のいちの部下ですからっ」
「それだけかい?」

 どうせ、期待させておいてただのリップサービスなのだろうと思っていたのだ(だってそうとでも思わないとアテが外れたとき空しすぎるでしょ?)。なのにどうしてこの人は、私の頭に置いていた手を頬に滑らせて来たのか! だめだ、温かい通り越してなんか、熱い。アルコールだ! 今このオッサン絶対酔ってるんだ!
 堪らなくなって顔を背けた。こっちに来る前に立ちあがった拍子に倒してしまったのだろう、視界遠くで横倒しになっている杯からお酒が零れて水たまりを作っている。つい、同士がいなくなってしまったような錯覚を覚えた。「それだけじゃないよな?」なんて、分かってるんだったら聞かないでください!

「こんなもの、だなんて思う訳ねェだろうが。お前、おれが使ってるペンの付きが悪ィの知ってたんだろい。……よく気の利くいい女だ、名前」
「褒めすぎ、です」
「おれからすりゃ足りねェ位だ。お前を隣に置けるおれは幸せもんだよい」



 覆われていないもう片方に、白い羽根が掠る。包みを手にした方の手で無理に正面へ引き戻された。細められていた目は、眩しさでなく、丁寧に私のことを見つめていてくれていたためだったんだ。まじまじと見た訳じゃないけれど――
 だって、くちづけをするときには目を瞑るのがマナーだと思うから。


・Simple


//20161004(1005 Happy birthday to Marco!)


 こんな歳だ、今更華やぎなんて求めていやしない。いつでも当たり前のように傍に居て、普段着で、疲れない。「安心」をくれるお前、その存在が何よりの喜びなんだ。


【Written by Fuki(Twilight gloom)】


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