text(op) | ナノ




Hanya Ingin Dirimu!


*固定ヒロイン、恋人設定


 この歳にもなると最早誕生日などというものは祝われるべき日でも何でもなく、過ぎる365日のうちのほんの1日でしかない。斜に構えているとかではなく、単に歳を重ねることに嬉しいとか成長しただとかという意味を見出せなくなっただけの事だ。それでもきっとこの船にいるうちは「家族」のほうが放っておいてくれないのだろうと思えば、何だかくすぐったいようではあったがそれを素直に甘受するのが隊長としての・クルーとしての務めではないか。かくいう此方とて、他の連中が誕生日を迎える折には祝いに奔走するのを厭うた事などないのだから。

 ――と、建前はこの程度でいいか?


 * * * 



「誕生日おめでとう、だなァ! また一つオッサンになったな」
「……朝っぱらから押しかけて来といて、言いてェ事はそんだけかい」

 4日の夜は何事もなく過ぎた。ウチでは誕生祝いの宴は当日の夜と決まっているので、別段夕食のことを云々言っているのではない。つまるところ此処で言いたい「夜」というのはもう少し遅い時間帯の――まあ、それは今は措く。
あまりの何事もなさに軽い喪失感を覚え、そんな自分に驚愕を覚えながら床に就き、今こうして万年太陽の二番隊隊長に叩き起こされるまでは目を覚まさなかった。そうか、5日の朝か。

 目の前の清々しいほどに全開の笑顔には、確かに俺を祝うという以外の他意はないように思えた。隊長陣の中では最年少で未だ幼さと言っていいものが残るこいつには、あらゆる局面でほとほと毒気を抜かれてしまう。とある私怨から無辜の第三者にまで苛立ちを向けていた俺にも、常の通りを装って応対する余裕が出来たようだ。朝一で部屋に押し入って来た奴がエースで良かった。――否、欲を言ってしまえば果てしないから、「エースだったからマシだった」とでも言っておこうか。とかく今の俺は至極大人げの無いことに、ただ一人を求めてその他を排そうとしているらしい。皆の好意を甘受するのが当然だ、と、祝われる意味を感じない、などと、どの口が言ったものだろうか。
 しかし一度目覚めてしまった欲求は抑え難く、どうやら本当に祝いの言葉を述べに来ただけだったらしいエースが「今日は4番隊が飛び切り張りきってんぞ」と当座の俺は特に欲していない情報を提供してくれている(要らないとまで言わないが、クルーの誕生日の度に振舞われる特別献立に毎度誰よりも喜んでいるのは他でもないこいつであるので)のを遮るようにしてひとつ、尋ねたいことを舌に乗せる。

「アリスは?」

 何処に居る、とか何をしている、とかもっと突っ込んだ聞き方をすべきだったのに、出て来たのはシンプルにその名前のみだった。とうに俺がアリスに懸想していることなど――そしてつい先日、十数年越しの片想いに終止符を打ち晴れて彼女をものにしたことをも熟知しているエースは呆れを隠すことなく盛大に顔を顰め「折角おれが祝いに来てやったのにそれかよ!」と拗ねつつも甲板のほうを腕で示す。無論本気で拗ねているのではなく、奴なりの茶目めかしたポーズであることは「今頃プレゼントの用意じゃね?」との台詞と共に零された笑みからも見て取れた。プレゼント、ね。
 一先ず、わざわざ今日は早起きをしたらしかった末っ子の頭をくしゃりと撫でてやり、先に出ているように促した。案の定朝食もそこそこに飛び出してきたらしく、また後でな、と大きく手を振ったのち(至近距離でやるものだから、てっきり攻撃でも仕掛けて来るかと少々身構えてしまった)朝一番の祝い頭は慌ただしく去って行った。昨晩物書き机に無造作に投げたままにしていたジャケットに腕を通しつつ、改めて先の単語を反芻する。プレゼントの、用意。何をくれるのだかてんで予想も付かないが、よもや物品としての何かでない、などという事はないのだろう。たとえば誰かの存在であるとか。

 財宝だのロマンだのには涎を垂らさんばかりの海賊という身分ながら、俺は特に身の回り品に物欲を出す方ではなく、当座あれが欲しいという具体的な欲求は――こと物に対しては――浮かばない。欲しいものといったらただ一つ。
 繰り返すが、この歳にもなって誕生日プレゼントが云々などというのは照れ臭い以前の問題としてなかなか素面で受け入れ難いものがある。あと数回もないうちに四十路へと突入しようという身分で今更お誕生日おめでとうでもないのだ。だから今こうして俺が唯一それ――敢えて言うのも野暮だが、当然ながらアリス自身――を欲しているというのも、単にずっと欲しい欲しいと思っていたものに時期的な言い分を付けて正当化しようとしているのに他ならない。どうにもアリスは掴めない女で、世間ずれしていない初心な・という形容を用いるには違うような、かといって色めいた所作が通用するかといえばそうではない、言わば底知れない処女性を誇っており迂闊に手が出せない。嗚呼、こう言ってしまうともう完全に欲求はシモ方面なのかと勘違いされてしまうだろうか。本当に欲しいのは身体と言わず心と言わずすべてであり、その欲の深さたるや、アリスの同意がありさえすれば滔々と隊長室に閉じ込めて囲いきってしまいたいと考えている程だった。

 身支度を済ませ甲板へ出ると、待ち構えていたかのように総出で野郎どもに飛び付かれる。一番隊の部下たちの顔も見えた。口々に祝いの言葉を寄越してくる屈強な男たちにもみくちゃにされながら、晴れた空の下を見渡す。目に付くところには探し人を見つけられなかった。主賓たる俺が出て来たというのに、アリスは何処に居るというのか――などというのはあまりに思い上がっているだろうか。
 「これ、自分達からの連名っす」と隊の古株から何物か受け取った。ついおざなりにしてしまったが、あとあとじっくり見分してみると”西の海”限定生産のそれなりに上等な酒であった。反応薄で悪かった、許せ部下ども。しかしまあ、人の恋路を邪魔する奴は海王類に食われて何とやら、という言い回しもあるような無いような気がするし、せめて今日一日くらいは此方の我を通させて貰ったって罰は当たるまい。兎に角アリス、アリスだ。今俺が供されて喜ぶものといったらそれだけだった。



「あ! ――あらやだ、やっぱりお早い御起床ですね、マルコさん」
「ほらー、だから夜から話し合いしようって言ったじゃん」
「仕方ないわよ、昨日は夕方に敵襲もあったしそれどころじゃなかったでしょ」

 アリスは船首付近に座りこんで、仲良しの十二番隊長とナース長と肩を寄せ合い何事か話し合っていた。わざと足音高く近付いてやると三人揃って此方に顔を向けた。向こうにとってはよろしくないタイミングの来訪であったらしいが、此方には関係のない話だった。俺を祝ってくれるというなら尚更、主賓の望むようにして頂かなくては。どうにも、アリスを手に入れてから人格者ぶることも出来なくなり始めていて困る。
 ハルタを跨いで(ぎゃんぎゃん吠えているのは無視だ。他意あってアリスとこの近さに居たのであればお前とて容赦しねえぞ)、此方も馴染みであるナース長に一言断ってからアリスの目の前に屈む。きょとんとしながらも御丁寧に「お誕生日おめでとうございます、」と決まり切った挨拶を口にして来たのへ軽く顔を寄せた。礼ならあとで纏めて。取り敢えず今は、起き抜けの椿事を経て感じた釈然としなさを率直に伝えることにする。アリス、

「お前が一番に来てくれると思ってたもんで、残念だったよい」
「へ、」

 聡い彼女はそれ以上、「どういう事ですか」などと野暮な質問を重ねてくることはしない。その代わり、頬を赤くして謝って寄越したりなどという初々しいリアクションも望めないけれど。軽く見開いていた目を苦微笑のかたちに緩め、「それは失礼を」とだけ。これだ、この柔らかく一歩退いてくる感じが、どうしても俺に一線以上に立ち入ることを許さないのだ。傍から見ればきっと俺ばかり必死になっているようでさぞ滑稽だろう。もうこの話はいい。
 期を見るに敏感なナース長が空気を読んだのか、「私、朝ご飯まだなのよね。アリス、ハルタ隊長、会議はまた後にしましょ」と場を離れた。そういえばこれまでも――随分と悠長な片想いを続けていた時から、このナース長には随分と世話になっていたような気がする。いずれ礼の一つもしなくてはならないだろう。俺の腰のあたりを思い切り蹴り付けてハルタも彼女の後に続いていった。あんなでも隊長格だ、本気の蹴りは俺とてそれなりに痛い。さしずめ「おれたちはお前の為に会議してたんだぞ!」とでも言いたかったのだろう。それは分かっている、けれど。

 喧騒から少し離れた場所に、二人。同胞がいなくなったと見るやアリスは近付き過ぎていた距離を空け座り直そうとする。身体を浮かせようとした方向に先刻受け取った酒瓶を置き、それを阻止した。呆れられたような小さな溜息ののち、「このお酒、”赤髪”さんのご推薦なんですよ。あとであたしにも一口いただけます?」だとか話の方向転換を図ろうとしてくる姿がいじらしい。生憎だが、話の続きをさせて貰う。

「で、アリスはおれに何をくれる予定なんだい」
「ごめんなさい。あたし、此方に来航したのが一昨日でして、実は明確なプランを練れてないんですよ」

 それで仲の良い連中に助力を頼んでいた、と。端から「皆で」祝おうという発想で以てそのような行動に行きついたのであろうことに、もうこの際お門違いであるのは承知で、何とはなしに苛立った。人の好意は素直に受け取るべきだ、それが分からないほど恋に溺れてはいないつもりだったが、とんだ過大評価もあったものだ。

「うん」
「え、うん、て。……で、ですね。もしよろしければ、御希望など聞かせて頂けると此方の参考の一助となるので、」
「アリス」
「はい、何でしょう?」
「……否、だから、」

 今度は奴が身を退く前に、腕を伸ばして抱きすくめてやった。倒れかけた脇の酒瓶を咄嗟に支えている辺り冷静は冷静でいるようだが、その表情は微妙に硬直している。多少人目に晒され難い物陰とはいえ、一応は衆人環境。が、非常識だと言われようが「何を今更」で事足りる海賊という身分に今一度感謝しよう。日頃ポーカーフェイスを気取っている分、誕生日くらい羽目を外してやったほうが外野だって喜ぶだろうし。
 ――などというのもやはり建前で、ただ単に今回の主張だけは譲れない、と餓鬼くさい意地を張っているだけだったりもするのだが。



「お前が、欲しい」



 単なる言葉の上でなく、アリス、お前の全てが。余すことなく、欲しい。

 リクエストを聞いてきたのは其方だというのに、それきり一言も発することなく硬直してしまった恋人に口づければ、ばね仕掛けでもあったかのように思い切り跳ね起きたのち俺の腕から逃げ去って行った。
もっとしっかり捕まえておけば良かった。が、それは今夜にでも仕切り直せばいいだろう。俺の要望は伝えたから、せいぜい参考の一助としてくれりゃあいいさ。


・Hanya Ingin Dirimu!


//20101001(1005 Happy birthday to Marco!)20161001 Rewrite


 「あたしならもう全部貴方にあげてます」なんてお決まりの台詞が聞こえた日には、白昼堂々喰ってやろうと思ってた処だ。


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