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パーフェクト・スイーツ


 ふわふわのスポンジに真っ白な生クリーム、その上にはみずみずしい苺が一粒。ひとり一皿なら十分なくらい一切れが大きい、幸福をそのまま形にしたみたいな甘いショートケーキ。ほかにもお皿の周りには、黄色に緑に薄紫と色とりどりなマカロンやチョコレート付きのプレッツェルたちが添えられていて、テーブルの上は目にも美味しい遊園地みたいだった(行ったことはないけれど、遊園地って多分きっとこんなところだったはず。楽しくて、見ているだけでしあわせになれるような)。
 「エース、名前、手ェ洗って来たか?」と、この遊園地――という名のおやつ、を作り上げた本人であるサッチさんが言ったのに、私の隣で今にもケーキに手を伸ばそうとしていたエースさんが思い切り顔をしかめた。子供扱いされるのを嫌がる人だから。でも、こうしておやつの時間をわくわく待っているのだから、やっぱり子供扱いされても仕方ないんじゃないかな、とも思う。……それは私も、かな。
 手を合わせて、いただきます。タイミングがあまりにも二人ぴったりだったので、ちょっと笑ってしまった。

「美味ェ! たまにこうやって甘いもんがっつり食いたくなんだよなァ」
「そりゃ良かったな、――ってエースお前、ケーキ一口で食いやがって」
「んぐっ、……ンだよ、別にいーだろ、ちゃんと美味かったし」

 あっという間にお隣のお皿は底が見えてきた。いつものことながら、エースさんとサッチさんは本当の兄弟みたいに――今は、そうなのかも――仲がいい。ふたりのやり取りを聞いていたら自然に笑いが零れてしまう。エースさんの食べっぷりにならって、私も銀のフォークを取った。端のほうからクリームを割るようにして一口掬うと、スポンジの間にもオレンジやキウイなど色んなフルーツが挟まっていたのに気付く。舌に触れたところからふわりと溶けるような甘さに顔が綻んでしまうのはもう、仕方ないことで。「とっても、おいしいです」と拙いけれど感想を述べた。もっと色々言いたいのだけれど、私の使える言葉ではあんまり上手に表せそうになかった。

「甘いものって、食べる人をしあわせにしてくれるんですね」
「だなー。名前も、今、幸せなのか?」
「はい、……こんなにおいしいもの、ケーキとか、食べさせて貰えるようになったのも、――あと、こうやって、誰かと一緒に楽しくお食事ができるようになったのも、全部、しあわせなんです。この船に乗せて貰えて、よかったです」

 マカロンを二ついっぺんに口に含んでいたエースさんと、コーヒーを口に運んでいたサッチさんが、二人で目を見合わせて。何か私が変なことを言ってしまっただろうかと不安になったのも束の間、静かになっていたお二人はちゃんと笑顔になってくれた。それどころかエースさんは急に自分のぶんのマカロンを私のお皿に乗せてくれたりもする。

「えっ! ち、ちがいます、別に私、お菓子が欲しくて言ったんじゃないです」
「分かってるよ。ま、貰っといてやれよ」
「でも、それはエースさんのですもん。私、まだ、ケーキも他のお菓子も食べてないです」



「――ンじゃ、おれが貰っとこうかねい」



 扉の開く音とか、足音とか、ひとつも気付けなかった。愛しいひとがそこにいたのに!
他のお二人も同じだったようで、突然のマルコ隊長の登場に驚いていた。先日お誕生日を迎えた彼は、お祝いを贈ってくれたのだという傘下の海賊団さんのところまで今朝からお礼に出向いていたのだ。
 食堂の隅の丸テーブルに私たちは隣合って座っていたのだけれど、隊長が歩いてくるとサッチさんはそれまで座っていた席を空けた。当然のように私の隣に座るマルコ隊長。……あ、なんだか、こういう気遣いはとっても恥ずかしい……。

「作って貰ったのかい?」
「あ、これですか? はい。エースさんが、サッチさんに頼んでくださいました」
「ふぅん、――おい、エース。そこまで露骨に警戒すんなよい、おれだってそう見境なく妬いたりしねェっての」

 絶対うそだ、という小さな小さな呟きは、多分直接隣り合っている私にだけ聞こえていて、隊長にまでは届いていないと思う。確かに、ふだん私のことを本当に可愛がって(、というか、自惚れてもいいのなら、愛して)くださっている隊長は、度々こちらのお二方から「過保護」だの「独占欲の塊」だのと言われているようだった。後者はよくわからないけれど、前者については、単に私が隊長にご心配やご迷惑ばかり掛けているから悪いんじゃないかな、とも思うのだけれど。

 先ほど席を立ったサッチさんが、マルコ隊長のぶんのコーヒーを手に戻ってきた。淹れてくれ、とも淹れてくる、とも言わなかったのに、彼はこういう細やかな気の利くとてもいい人だと思った。それを「嗚呼、」とだけ言って受け取った隊長は、サッチさんに向けてカップを少し掲げてみせる。長く一緒に時間を過ごしてきた二人に流れる自然な空気が、傍から見ているだけでも伝わってきた。私もいずれはこういう風に隊長に接することが出来たらいいな、今はまだ、少し、何か足りないかなあと思うから。

「名前」
「はいっ、何ですか?」
「さっきの、それ、食わせてくれねェのかい?」

 ……、

「うっはあ妬かねェっつった傍からこのオッサン何なの……! おれもうヤだコイツ」
「あ? それとこれとは別だろい」
「尚更悪ィよこの色ボケパイナップルがッ! 見ろ、名前固まっちまってんじゃねェか!」

 ほのかに漂うお酒の香り。あ、隊長はきっとお邪魔した先の海賊船でちょっと宴にお付き合いしたりしてきたんだなあ。優しくて頼りになって、人望の厚いひとだから、傘下の皆さんにも慕われているのはこれまでこの船に居れば分かること。成程、だから少しいつもより皆さんの前での発言が大胆になっ「名前っ、しっかりしろ!」……はい、ごめんなさい。
 握ったままだった銀のフォークを離す。お皿には食べかけのケーキと、さっきエースさんから貰ったかわいいピンク色をしたマカロンが乗っている。それ、っていうのはこれで間違いないと思う。

はじめに、お皿ごと隊長のほうへすっと差し出した。「遠い。こっからじゃ届かねェんだが」と一蹴された。……あう。そちらから手を伸ばしてくれたら、すぐじゃないですか!
 次に、再び握り直したフォークで突き刺して、フォークごと渡そうとする。……なんとなくそんな気はしたけれど、受け取ってくれない。

「い、いじわるしないでください……」

 甘いものばかりが乗ったテーブルの筈なのに、エースさんもサッチさんも、何だか苦いものでも食べているかのような顔をして私と隊長から目を逸らしている。助けてください……。
 もう打つ手がない(私に考えられることなんて、ごくわずかだった)。恐らく隊長が考えていることと私がしなくちゃいけないことは同じで、それは私にとって本当に恥ずかしいことなのだけれど、もうやるしかない。フォークから、刺していたマカロンを外す。穴の空いたところからぽろぽろ落ちてくる粉を払って、直接差し出した。……どうしても口元に持って行くのは躊躇われたので、ごくごく低い位置で。「手、出してください」と付け加えたのは私のせめてもの抵抗だった。
 今考えれば、それは無駄な抵抗以外の何でもなかったけれど。



「ん、」
「――!!」



 マルコ隊長の手が私の手首を捕まえる。そんなに強く握られている訳ではないのに、もう引っ込めることなんて出来そうにない。そのまま隊長は身を屈めて、直接、私の手からお菓子を奪っていった。指先に唇が、舌が触れる。――なんだか、普通に口元に持って行くのより、こっちのほうが恥ずかしかった気がする。
 呻くような声が隣から響いた。「俺の力作がバカップルのイチャイチャアイテムに使われるなんて……」と向かいで突っ伏している姿も見える。し、心外です!

「御馳走さま。ほれ名前、さっさと食って部屋に戻るぞ」
「そっ、そんな何事もなかったみたいにっ……!」

 はからずも「はい、あーん」をしてしまった右手が、隊長の口付けを受けた指先が、火でも付いたみたいに熱い。これでは暫くフォークを持てそうになかった。まだお皿にいっぱいの甘いものたちも、今だけは味方なように思えない。
指先の熱はゆっくりと顔までのぼってきて、耐えきれず俯いたとき、傍らで隊長が満足そうに笑っているのが見えた。


・パーフェクト・スイーツ


//20101009(20160728 rewrite!)


 妬きはしてない。ただ、おれが居ない間にお前があんまり幸せそうな顔してやがるから、ちっと苛めてやりたくなっただけだ――嗚呼、やっぱり妬いてたんだろうな。





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