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傍観者の背景たるや


*別夢主でドフラミンゴ氏お相手
汎用の名前変換を合わせてご使用ください
*通常の固定夢主の名前も出てきます








 さて、困った。
 部屋の主が帰還してくださらないことには、鍵が閉められないのだけれど。

 ブラインドを下げ、夕陽のひとすじも差し込まない薄暗い部屋には、今は私ひとりしかいない。「ちょっと出てくるから、イイ子に留守番しといてくれな、」と私の頭に手を置いて常のようにふらりと出て行った某氏を待ちながら、ソファの上で膝を抱え待っている。デスクには無造作に置かれた彼の私物。何かに拘束されるのを厭うて見える彼には時計だの手帳だのというものを携帯する習慣が無く(というより鞄の類を持っている光景も殆ど見たことがない、気がする)、そこにあるのは薄い本と財布だけ。せめて携帯電話でもあれば此方から呼びつけることも可能だろうけれど、彼はしょっちゅう自宅に――それも枕の下だの脱衣所だのという不可解な場所に――置き忘れてきてしまうから、あまりアテにはできない。何故私がそれを知っているかというと、まあ、推して知るべしと言うべきか。

「――ン、名前。帰ってなかったのかよ」
「……だって、荷物。ココに置きっぱで良かったんなら、帰ってましたけど」

 というか、留守番しとけって言ったじゃないですか。大方数時間前のそんな口約束なんて忘れてしまっているのに違いなかった。いっそ清々しいほどに、彼の言葉には重さを感じないから。
 声を掛けられるまで、彼――この教授室の主、ドンキホーテ・ドフラミンゴ准教授が帰っていらしたのに気付けなかった。別に私がぼーっとしていた訳ではなく、単にこの人が必要以上に気配を消すのが上手いのだ。それにしたって、待つことに集中しすぎてそれに気付かなかったというのは本末転倒な話ではあったけれど。

「お前が持って帰ってくれときゃあ問題ねェだろ。それとも、何? そんなにおれと一緒に帰りたかったか? フフフッ」
「……そーですよ」
「アー、外も大分暗ェな。こりゃ今から晩メシの準備すんのも面倒だ」

 正直に吐露してみた心情も、この人は何の気なしにスルーしてのける。少しでもリアクションをくれれば少々は報われるのに、彼はいつも自分だけ飄々とした笑みを浮かべたまま私を必死でいさせる。
 閉まったブラインドの数本を指で押し開いて彼が覗いている方角は北棟。確か、彼の友人ともいうべき犯罪学の助教授が根城としている研究棟ではなかっただろうか。時計に目を落とすと、確かにこれから帰って夕飯の支度を、というには今一つ気が進まない時間帯になっていた。といっても、先述の彼の台詞は何も、彼自身が夕餉を作ることについて云々している訳ではなかった。

「――ま、悪ィが、頑張ってくれよ? フフッ」
「分かってますよ。……あ、でも、昨日の残りがあるから楽かも」
「あの素麺みたいな奴か? 二日続けて食うのはちょーっとなァー……」
「スープに入れてみましょうか。寒くなって来たし」
「お、美味そう」

 そんじゃとっととおうちに帰ろうか、と。
 ブラインドを戻し歩んできた彼は、自分の私物を当然のように私のリュックサックに放り込んだ。投げ渡されたリュックを当然のように背負って、扉を開く。同じところに帰るのだから、荷物くらいは男が持つのが定説なのではないかと常日頃から主張しているのだが、この人はいっこうに私を気遣ってくれる風ではない。「だってお前、甘やかしたら絶対付け上がんだろ」などと。そういうことは一度甘やかしてみてから言ってほしいものだ。

 * * * 


「――あ」
「おっと、アリスちゃん。……と、鰐野郎」

 前を歩いていた彼が不意に立ち止まる。長身の背後から身を乗り出し覗くと、そこには見知った顔の准教授と、此方は見慣れぬ学生さんがひとり。「先刻はどうも、」とはにかみながら一礼する姿は、そう親しげな様子でないにしろ彼へ好意的であることが窺えた。先刻は、ということは、恐らく私に留守番を言い付けて彼があの部屋を外している間に彼女に行き合ったのだろう。
 "アリスちゃん"を庇うように立っていたクロコダイル助教授が、気に入らない奴に出くわした、と隠そうともせず眉を顰めたのを嬉しそうに見やり、此方の先生はいつもの意地悪そうな顔をますます愉快げに笑ませ、ひらりとお二方に手を振った。長い指がゆらめく。

「じゃァな」

 もっと色々言うかと、そしていつものようにクロコダイル氏と小競り合いでもするのかと思っていたが、意外にもシンプルな別れ方だった。あちらとしては好都合だったらしく、足取り早く此方より先に校門をくぐって行った(腕を引っ掴まれて連行されてゆくアリスちゃんの悲鳴が聞こえるようだ)。
 二人はこれから何処へ行くのだろう。あまり学生と慣れ合う印象のないかの助教授が誰かを連れているというだけでも珍しいのに、こんな第三者が見たとて分かるほどに、気を張っているなんて。――まあ、私がいちいち詮索するほどのことでもないけれど。そのうち分かるだろう、もしくは、この人が酒の肴にでも笑いながら語ってくれるだろうか。



「……なァ、名前」
「ん?」
「聞かねェんだな、『さっきの女誰よ?!』だとか」
「ぷ、っ! あはは、その裏声、無理あるっ……!」

 質問そのものより、彼の「嫉妬に狂う女」のパロディが殊の外面白く、つい噴き出してしまった。いきなり何を言い出すのだか、いろいろな意味で。
 私たちが校門を抜けるころには、もう先刻のお二人の姿はなかった。さっきの女、だなんて言い草は失礼だ。もとより私は彼女に対して何ら複雑な感情は持ち合わせていないのだから。

「だって分かりますもん。別に、ドフラミンゴさん、さっきの女の子のこと何とも思ってないでしょ」
「ンー? 何とも、って訳でも無ェけど。どうやら随分と鰐野郎がご執心のようだし」
「それ、私も思いました」

 うまいこと話題を切ってやった。そうそう毎度誘導に乗ってやる義理はないのだから。

 あのような些細なことで嫉妬などするようでは、この人の隣になどいられない。そのあたりを見極められるだけの力量なら、私にだって十分あった。それから、ちょっとした自信も。

「さ。よそはよそ、私たちは私たちのおうちに帰りますよ」

 だって、どうあっても彼が帰って来るべくは、彼と私の家なのだから。


・傍観者の背景たるや


//20100926(20160922 Rewrite!)
 

 「余裕」とまで言わないけれど、「確信」に近い何かかも知れない。




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