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hesitation sucree


 そんなに多くを望むつもりはなくて、ただ隣にいられたらいいと思ってた。
 ただ「好きだから」というだけで突き通せるほど、あなたの立場が軽くないことも分かってるから。

 でも、どんなに深いところで納得していても、ときどきは落ち込んだりしてしまうこともある。それくらい、いいよね?


 * * * 



 私の恋人は、世界最強の海賊団の、多分二番目くらいに偉いひとだ。順位付けが嫌いなあのひとは、多分こう言うと機嫌を悪くするのに違いないけれど、これは本人以外の皆が認めていること。それくらい彼は強いし、人望のあるひとだった。
 こうして「恋人」だって正式に言えるようになってもうすぐ半年ほどになるけれど、あんな立派なひとが私なんかの恋人でいてくれていいのか、なんて今でもよく考えてしまう。彼に言わせれば「おれがお前のこと好きだって言ってんだ、ンな卑下は却っておれに失礼だろうがよい」だそうだけれど。だって自信がない。私なんて本当に何の取り柄も――彼の一助になれるような戦闘力も、四番隊に居られるくらいの料理の腕も、ナースさんたちみたいな知識も、何一つないただのその他大勢でしかないのだから。



「オヤジ! 敵船から拝借した海図の件なんだが、――」



 噂をすれば、だ。
 甲板で洗濯物を干していた私たちの間をすり抜ける様にして、熱の無い青い炎が船首のほうへ駆けていった。安穏と考え事をしていた先ほどまでの自分に軽く呆れる。そういえば、いま私たちが雑用をしているのはたまたま十二番隊が当番だったからで、ほんの目と鼻の先では敵襲のさなかであったのだ。あんまりにうちの面々が強いから、最近ではそのあたりが麻痺してしまっている。特に今回は、先鋒にあたる隊が、一番隊だったから。
 倉庫のほうが活気づいたから、恐らくもう争い自体は片が付いて、今は積荷を回収しているところなのだろう。それにしたって仕事が早い。いち早く気になるものを探し出して持ってゆくあたり、実に一番隊隊長どのの船長への忠誠心は篤いと思わされた。青い鳥は瞬きする間にひとりの男性に取って代わり、目当ての海図を掲げている。当然ながら、私のほうなんて振り向きもしない。公私混同なんてもっての外だ、もちろんわかっている。

「名前、手がお留守だよ」
「ほあっ!――は、ハルタ隊長。ごめんなさい」
「彼氏のお仕事姿に見惚れるのもいーけど、早く終わらさないと昼飯食いっぱぐれるぞ?」

 ひと仕事終えた一番隊の連中の食欲は、名前も知っての通りだろ、と。苦笑混じりになで肩を竦めた我らが隊長にアルカイック・スマイルで一礼し、ついぞ止まっていたらしい手をしゃかりきに動かす。自分ではちゃんと見守れていたつもりだったから尚更恥ずかしかった。純粋にかっこいいと思うから仕方ないよね、なんて甘えた言い訳は当然心の中だけで留めておくことにする。
 海図云々というのはどうやらめぼしい発見であったらしく、オヤジと彼の周りには人だかりが出来つつあった。いち乗組員でそんなに学があるわけでもない私には分からないけれど、取り敢えず彼が中心で何か解釈めいたことを口にしているのは遠くからでもわかった。
 海賊といっても粗野なだけではなくて、ある程度の思慮深さがないと渡っていけないのだ、と彼を見ているとつくづく感じる。カリスマの成せる技であろうか、隊長たる彼が話しだすと、集まっているクルーは皆一様にそちらに耳を傾ける。一応、船内公認の「恋人」である私にしてみれば、それは誇らしくもあるし、時折なにか遠さを感じることもあった。付き合いたての頃はとにかく近くにいたくて、それが叶わないとすぐナースさん達に泣きついたりしていたけれど、この頃は流石にもうひとに迷惑を掛けたりなどはしていない。彼に怒られたとかではないけれど、私のほうに自然と自覚が芽生えたのだ。一番隊隊長の伴侶らしく、堂々としていなきゃ!とか、そういう。

 海図を手に振り返った彼と目が合う。話は大方片付いたのか、彼とオヤジの周りの人だかりは三々五々解散しつつあるようだった。食堂に向かう流れに乗り遅れると、大所帯のウチの船はご飯にありつくのに少々時間がかかってしまう。最後の一枚を干し終えて、私はさっと身を翻す。隊の皆は私より少し早く仕事を終えていたのか、「名前、早く行こうぜ!」と口々に急かしながらも私を待ってくれていたらしかった。洗濯籠を甲板隅に元通り重ね、ハルタ隊長を先頭に連れ立って食堂へ向かう。
 聞き分けのない子供じゃないから、一緒にご飯食べたい!なんてワガママは言わない。耳慣れた愛しい声が私の名前を呼んだように思ったけれど、多分それは我慢できた私へのご褒美か何かで、幻聴みたいなものなのだろう。


 * * * 



 何度も繰り返して言うのも凹みそうで嫌なのだけれど、私は本当に、海賊としての能力は何も秀でたところがない。けれど、だからこそ、私は彼に何をしてあげられるだろうとずっと考え続けて、ひとつ、答えを出した。それは、絶対に彼を困らせるようなことを言わない、ということだった。
 寂しいとか、仕事より私を優先してほしいとか、なんでご飯食べに行くときいつもエースが一緒に居るの、とか(これは時々言っちゃうことがある。別に嫌じゃあないけど……空気読んでよ、って思うじゃない)、言ったら多分、優しい彼は答えに詰まってしまうだろうから。何も出来ないなりに、せめて、迷惑だけは掛けないようにしたいのだ。



「名前」



 手早く食事を終えて(別に私が小食なんじゃなくて、単に海賊はよく食べるってだけの話だ)、食堂を出る。殆どのクルーはまだ食事中だから、廊下にも人気はない。だから唐突に名前を呼ばれてひどく驚いた。いつからいたの。

「え、マルコ、どうしたの? もうお昼食べたの?」
「……待ってた」
「なにを、――わ」

 二の句を継ぐ間もなく引き寄せられた。人気が無いといっても食堂とそう距離はないから誰が来ても不思議じゃないのに、いつもの彼らしくない。至近距離から見上げた表情は、特に怒っている風ではなかったけれど常のクールな無表情でもなく、――なんというか、こう言ってはもういい歳な彼には申し訳ないけれど、捨てられた子犬みたいな何とも哀愁を誘うものだった。なんで? 思わず首を捻ると、ますます強く抱き締められた。ここ、廊下なんだけどな!

「なに、ほんとにどうしちゃったの」
「お前が」
「私が、なに?」
「……先に、飯、食ってると思ってなくてよい」

 へ?

「いつも別に食べてるじゃん、一緒な時のほうが少ないでしょ」
「さっき目が合ったろうが」
「そ、それだけ?! ……否、確かに目は合ったけど!」

 それだけ?!って言った時の目が怖かったので思わずフォローを入れてしまった。恋人を脅すなんて紳士の風上にも置けない(まあ、そもそもが彼は紳士などとは程遠い海賊ではあるのだけれど)。本当に今日の彼は熱でもあるのではなかろうか? 私の背に回った両腕は依然として緩む気配はなく、仕方ないから私は日頃から再三告げていることを口にしてやる。

「だって、あの場で『一緒にご飯行こ!』だなんて場違いなこと言える訳ないでしょ! 私なりに気を遣ってるのっ」
「だとしたらそりゃ余計な気遣いって奴だ」
「余計なんかじゃないわ! 何もしてあげられないから、せめてマルコが私のことなんか気にせずお仕事出来るように、って」
「――だから、それが余計だって言ってんだ」

 鼻を抓まれた。ムードもへったくれもない! ややあって抱擁も解かれる。火照った頬に外気が涼しく感じられた。食事を終えたクルーの声が食堂のほうから聞こえるから、多分こうして二人で会話出来るのもあと少しだ。私の頑張りを「余計」と評した彼は、背後の壁に凭れて今更偉そうに腕を組んだ。さっきまでの途方に暮れたような表情はなりを潜め、今は言うなれば「わかってねえな、お前」然とした顰め面をしている。納得いかない。

「頼んでねェ事はするな。調子が狂って仕方ない」
「っそ、そんな言い方、」
「お前を気にせず仕事……なんて、出来る訳も無ェし端からする気も無ェ」
「……え、」

 

「無理に聞き分け良くしなくていいから、傍に居ろって言ってんだ」



 なにそれ。
 私のしたこと全否定? ただ、不思議と悪い気はしない。 
 彼の立場から私に言えることとしては最大限がそれだったのだろう、全部言いきった風で彼は顎をひとつ掻いて、「分かったな、名前」とだけ促してきた。俄かには頷き難かったけれど、こうやって言い付けて貰えるのは何だか嬉しくもあったからここは折れてあげようと思った。断じて納得したわけではない、マルコに譲ってあげただけだ。

 食堂を指すと怪訝な顔をされた。何のことはない、折角私と一緒に昼食を摂ろうとしてくれていたというのだから、応えてあげるのが恋人というものだろう。四番隊謹製のおいしいランチなら、二回食べるのだって全然苦じゃない。「こないだ腹周り気にしてたのは何処の誰だったっけねい」なんて憎まれ口はスルーして、斜に構えているのの背中を押してやる。

「私がいなくて寂しかったんならもっと早く言ってくれたらよかったのにー」
「お前、調子に乗ってんだろい。おれはただ、遣い慣れねェ気は遣うもんじゃないと言いたかっただけだ」
「はいはい、照れ隠しはいいからご飯ご飯」



 分かってるよ。
 彼の中心で一番はいつだってオヤジで、それは多分何があっても変わらない。でも、彼はきっとそれに限りなく近いところ(もしかしたら同列、かも)に私のことを置いてくれている。気を遣ってるだけのつもりだったけれど、やっぱり何処かで私はそれに引け目を感じていて、マルコはそれも全部分かってたんだ。自分が寂しい振りして、ほんとは私に無理させまいとしてくれてるんだ。……どこまでも上手を行かれて悔しいではあるけれど、それでも率直に嬉しかった。私が迷惑だと思っていたことが、彼にとって少しも迷惑でなかったということにひどく安心した。
 私は本当は、彼に迷惑を掛けることそれ自体よりもずっと、私が「恋人」を振りかざすことが彼にとって迷惑になるのではないか、ということが不安で仕方なかったのだろう。言ってしまえば、単に嫌われたくないだけ。……散々大人ぶってみた結果がこれか、と思うと、ちょっと笑えた。
 


「ありがと」
「あ? 名前のほうから礼を言われるような事ァしてねェよい」


・hesitation sucree」

//20160721 rewrite!


 ああこの莫迦は恐らく勝手におれのこと神格化してやがるんだろうな、違ェよい御挨拶だが本当におれはただ名前、お前が当然のようにおれの傍にいないのが気に入らなかっただけだお前が無理してるのを気遣ってるとかそういうのは諸々後付けの理由でしかないんだつまるところ御指摘の通り単に寂しくなっただけなんだだから頼むから名前、その「惚れ直したわ」みたいなキラキラした目をやめてくれ申し訳なくなる、から!


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