text(op) | ナノ
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20 years ago...


 力を篭めて振りかぶっている腕が中空に向けて張り出される前に、地を蹴って高く跳んだ。今は可視できぬ其処にびきびきと生命が宿る音を僅かに聴き入れば私は、自身の勝利を確信し、軽く笑む。双方満身創痍、まる二日を費やした「力比べ」もこれにて漸く幕を閉じるだろう。
 目に見えて、大気が割り裂けた。彼の力だ。それ自体が質量と実体とを持つ莫大な振動はそのまま四方八方へ亀裂を渡し、容易く陸地を砕いて私の足元を脅かす――だろうと、彼自身も・その背後に控える彼のクルー……”息子”らも、信じて疑っていない。

「っ、割れない――?!」

 予想通り上がった驚愕の声にしてやったりのリアクションを起こせるほどには此方に余裕が無い。現に騒いでいるのは遠巻きに観戦している(船長命令、だ)面々のみであり、眼前にて今度は獲物である薙刀を構え直す大男――かの大海賊、”白ひげ”エドワード・ニューゲートの、特徴的な白髭を蓄えた顔に焦りの色は見られなかった。こうなる事を予測していた訳では無かったのだろうに、何故、の一言も聞こえない。
 着地は、彼の攻撃圏内。とはいえ隙を見せた訳ではない。先の衝撃を受けて、やはり僅かではあるが罅割れた地面に手を翳すと、私の獲物がその先端を覗かせた。無尽蔵にその手を伸ばす、土色の根。その一本を手に取り、軽く口付ける。

「土砂や震災からひとを守るための植物もあるんです、ご存知でした?」
「成程なァ、そいつが根ェ張ってやがったのか。――ガキの小細工に押されるたァ、ちっと見くびり過ぎてたみてェだな」
「……いあ、多分、貴方お疲れなんですよ。もう10年前でしたらあたしが負けてました」
「あァ? 好き勝手言ってくれるじゃねェか小娘、おれが何時お前に負けたってェんだ」

 間合いは、互いに読んでいた。会話を交わしつつも臨戦態勢を微塵も解いていなかった体で振り降ろされる薙刀をワンステップで避けた――当たらない事は、向こうとて承知であっただろう。それはさながら演舞のようでもある。そもそも互いに敵意があった訳ではないから、尚更。
 右足を軸に反転し再び向き直り、風を孕んで膨らんだ袖を翻して左腕を凪ぐ。腕が、人間に近い常の組成を失い緑色の堅い繊維を纏う幾重もの蔦となって伸び往く先の薙刀を捕らえんとする。砂塵に細まっていた彼の両眼が、見開かれた。
私の考えていることを見通す、見聞色の覇気。私ひとりがものを考えてから行動しようとする限り、彼に対して先手を取ることは出来ない。片手で容易く一回転されるそれ自身巨大な薙刀は、決して柔らかいものでない植物の拘束を何でもないものであるように引き千切る。――終わった、と私は確信した。



「オヤジ!」
「ってめェ、オヤジに何しやがった!」

 私の前で、“白ひげ”が膝を付いた。漸く僅かに驚きを見せた大男の隆々とした左大腿部には、彼自身がその能力で以て裂いた地表から覗く木根が深く突き刺さっている。空気を掴むようにして引き絞っていた右手の拳をほどくと、土色の楔がずるりと抜け出た其処から血液が溢れた。
 風速と思しき勢いにて私と彼との間に影が降りたかと思えば、私は思い切り胸倉を掴まれ、突如現れた男性――剥き出しの胸元には彼ら一団の徽章が。船員の一人であろう、金色の・特徴的な髪型をしていた――に一喝される。「いあ、何って、……皆さんがた、ご覧になってたじゃないですか」と言えば(生憎と、火に油を注ぐような言い方しか出来ない私がいる)ますます激昂させたようで、しかしこの場が何も此方から仕掛けた喧嘩でなかった事を知っているがゆえかそれ以上には何も責められることがなかった。

「小娘、お前、――覇気を掻い潜れンのか」
「まさか。たとえ可能だったとしても、海賊王と伯仲たる貴方の見聞色にはとても敵わないでしょう――あ、うん毒はないですから、普通のお薬でだいじょぶですよ。止血も必要ない程度です」

 目と鼻の先に止まっている大きな海賊船――鯨を髣髴するとてもかわいらしい造形のそれから慌てて駆け出してくる医療班らしきナースらに、自らの施した攻撃について注釈する。顔を背けている正面から隠しもせぬ舌打ちが聞こえた――彼は”オヤジ”をいっとう慕っているようであるから、こうして私が恨まれたとて仕方のない事であろう。敢えて其方には何も言い訳せぬことにして、膝こそ付いたものの特に堪えてもいない様子の大海賊氏へと先の話を続けた。

「植物にね、意識を与えたんです」
「……理屈ァ分かりゃしねェが、それがてめェの能力なのか」
「まあ、そんなところですかね」

 拘束されているところから不器用に肩を竦めてみせれば、応急処置を終えゆっくりと立ち上がった彼が「マルコ、離してやれ。敵じゃ無ェんだからな」と此方に一声飛ばす。此方も一戦終えた身で多少気が立っていたゆえ失念していたが、そういえば目の前で未だ殺気立つこの人もまた、近日名の通りだしたルーキーであったと思い出した。
これまた唐突に牽制は解かれ、「実戦の潰し合いならオヤジが勝ってた筈だ」と睨みつけられるが、「あたしもそう思います」とだけ返してやれば毒気を抜かれたように黙り込んでしまう。

 実戦も何も、恐らくこの次に同じ仕様でエドワード・ニューゲートと刃を交えることがあるとしたら、その折には間違いなく私が敗北するであろう。見聞色の覇気を所持する人間に対しては、私の手腕など初見でなければ到底通用しない。自然系”植物”の稔りの力に加え、それに自我を吹き込む一種一人の種族――花巫女の能力は、すなわち武力とはならずともこのように”回り道”によって強大な相手と対峙することが可能なのだ。手の内を見せてしまった今となっては、「世界最強の海賊」とまで謳われ始めている彼のことだ、今後やり合うことがあるのならば私相手に二の轍を踏むような真似をする筈がない。

 船へと戻って往く”白ひげ”の背を護るようにして、私の傍らを横切る彼が後に続いた。二人が完全に私に背を向けたのを合図にするように、無意識下で積もっていたらしい疲労に足を折る。生ける伝説――ややもすればそう語られるだろう。ここ数百年ほど、このような相手と拳を交わした事はなかったから――と大立ち回りを演じたのだ、私の側とてそうそう無傷で居られるようもない。しかも互いに何かを懸けていた訳でもなく敵意があった訳でもなく、彼らがこの島にやって来た事からしてそもそも偶然であったのだ。それが何の巡り合わせか二日も一対一で交戦する羽目となってしまい、当初はあっという間に片が付くと思っていたのであろうクルーの面々はさぞ落ち着かない気で居たことと思う。今となっては何が原因であったか覚えていないが、少なくともそう大した理由でなかった事は確実であった。――何だかんだで彼も私もまだ若いのだ。
 夕陽には、朝日ほどの溌剌としたエネルギーは期待できない。まる二日を栄養補給無しで過ごした私の身体が、満たされることを欲してきゅうと鳴くようだった。この身体で町に戻っては食事処に行く前に医者に回されそうだと独り苦笑していると、夕陽を受けて地面に大きく影を落としている遠巻きの背中が、おもむろに此方を振り返る。



「ウチの船でメシでも食ってけ、小娘」



 そんなふうに笑われると、勝った心地がしないではないか。


・unrecorded record


//20101125(20160827 Rewrite!)


「あのね、あたし小娘じゃないです。ご存知ないですか、800年前に”世界政府”を作っ」
「人参もしっかり食え」
「きいてくださいよう! あたし、現存する”創造主”の」
「グラララ! 堅ェ話は食事の後にすンだなァ、小娘」




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