text(op) | ナノ




With 2nd division commander


「くあー腹減った! いただきますっ」
「いただきまあす」

 モビーディック号にこうして来航するのも、最早わざわざ事前の連絡を入れることすらしないほどに自然なこととなって久しい。託されているビブルカードを頼りにふたつ夜を跨いで自前の客船を走らせ、今朝がた此方に着いた。取り敢えず横付けさせて貰って、本船へ乗り込むのはもっと陽が高くなってからにしようと思っていたのだが、お利口なことに早起きな某末っ子隊長さんに発見されてしまい、誘われるがままクルーの皆と共に朝食をいただくことになった。このようなことは何も今回が初めてという訳ではなく、当初は申し訳なさが兎に角先に立ったが、大所帯では食事は常に多めに用意しておくものなのだだということが分かってきた最近では、私のほうも四番隊隊長さんにご挨拶するだけで過剰に恐縮することはしなくなった。彼らが折角私を”家族”の一員として受け入れてくれているのだから、私のほうからそんなに明確に一線引いてしまうのは却って失礼であろうと思ったのだ。

「エースさん、朝からしっかり召し上がってますよね、いつも」
「当然! アリス知らねェのか、腹が減ってちゃ動けねェんだぞ」
「いあ、それは存じてますけど」

 本日のメニューは半熟スクランブルエッグとソーセージ(四番隊ご自慢の自家製ケチャップ添え)、トマトサラダ。それと焼き立てのパンに、ミルクかコーヒー。私の前には普通に一人分の食事とコーヒーのカップが置かれているが、今朝がた私を発見し騒ぎ立てた折に体力を使い果たしたとでも言うかのように、隣の彼の皿は二枚あった。つまり二人分食べている訳だ。更に、四番隊の新入りクルーにでも泣き付いたのか、私や他のクルーには数枚切りで配られているパンを一斤まるごと抱え込んでいる。別段小食というわけではない私でも完食するには数時間掛かるかと思われるその量を、まるで普通の一食分であるように胃に収めてゆく姿には驚きを通り越して神秘性すら感じられるように思う。健啖家などという言葉で済ます訳にはゆくまい。そもそもが海の男たちの食事なのだから一人分だってそれなりのボリュームであるのに!
 ケチャップで赤い線が往復されている卵を、フォークで掬う。とろとろとした黄色がなんとも食欲をそそる。舌に乗せると卵の自然なまろみとふわりとした甘さが、料理人たちが丹精込めて煮込んだトマトペーストに絡んで絶妙な味わいとなる。しっかり朝食を摂っているのだ、と何とはなしに達成感をも覚えさせてくれる。皆でわいわいと食卓を囲み、美味しいご飯を食べる。彼らの――否、今は私を含めて――私たちの朝は、とても幸せな時間だ。

「今朝からずっと荒れた海域に入っているんですよね」
「んぁ? ンなこと航海士言ってなかった気がすっけど――おっと」

 そういう意味では無い、と口を挟もうとした矢先にエースさんはフォークを扱いあぐねてプチトマトを膝へ、床下へ転がしてしまった。生憎と彼は、話をしながら物を扱えるような器用な人間ではなかった。「おれのトマト……」と無邪気にもしょぼんとした表情をしているところへ、恐らく私の説明は届かないだろう。自分のぶんの小皿からひとつ、お裾分けしてやった。すぐさま明るい表情になった彼は、こう言うと失礼かも知れないが、実にかわいらしく思える。

「いいのか?!」
「ええ、構いません。それはそうと、先の話ですけど、荒れているというのは気候の話では無く、少々治安のよろしくない島が付近にあるせいで、このあたりを根城にしている海賊も多いらしい、という意味なんですよ」
「あ、なーんだそんな話か」

 一斤あったと思ったパンが、無くなっていた。先刻までのやり取りのうちで驚異的なスピードにて腹に収められていっていたらしい。驚嘆の一言だった。勿論このような光景を目にすること自体はここで食事を頂くようになって初めてではないけれど、少なくとも私にはできない芸当ゆえ毎度驚かされてしまっても不思議ではないのだ。
 二皿目のスクランブルエッグに取りかかりながら彼は、「ぜんぜん心配ねェよ、おれ達が勝つんだし」と冗談を言っている風でもなくそう言ってのけた。

「それは勿論、分かってますけど」
「きょう敵襲が来たら、そうだなー、おれは朝メシ二人前食ったから二人前働く! ……あ、二人しかやらねェって意味じゃねェからな。普段のおれが二人いるってくれェに戦う」
「あは、やる気なんですね」

 口の中のもぐもぐを片付けてから私に目を向けるエースさん(卵、ほっぺたに付いてますよ)は、さながら太陽のように笑う。ちょうど窓際に座っていたから、昇り始めた朝日の光を受けて、尚更きらきらとしているように見えた。

「美味いメシには恩返ししなきゃな。それに、ここにいる奴ら一人でも欠けたら、絶対にこうやって楽しくもの食ったりとか出来ねェと思うし」


 ――ああ、朝食時からそんな重いこと言ってくれちゃって。

 仲間を守りたいから、だなんて深刻な語らいの場でしか聞けない崇高な信念だとばかり思っていた。けれど彼は、こんな日常のひと幕で、さも何でもないことのように、それを掲げてみせるのだ。彼自身、自分がわざわざ決意表明などをしているという気はさらさらなく、ただ思っていることを述べているだけなのだ。
 まっすぐさが、眩しい。否、多分ここは、私もこのようにじくじくと無駄に考えたり深読みをしたりすべきところではないのだ。そうであるからには私のすべきことはひとつだった。彼のように取り落としたりすることなく、フォークで手つかずのソーセージをひとつ、隣の皿へ移してやる。

「コレもくれんの?」
「ええ、食べてください」

 じゃあプチトマトとソーセージのぶんだけアリスのことも守ってやるよ! だなんて頼もしいのだかそうでないのだか分からない感謝を、なごやかに受けた。


・Oneday sunnyday


//20101016(20160822 Rewrite!)


 まるで彼のように爽やかな朝が、私のもとにも降りて来る。



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