四月莫迦の話
「――白雪、」
「あら、清多夏さん。相変わらずお早いご登校だこと」
「その…今日はきみに、言わなくてはいけないことがあって、だな」
「なあに?」
「実は、――……他に、好きな相手が、出来てしまったんだ」
「まあ! いけないわ、そんな事を言っては」
「すっ済まないやはりこの嘘はあまりに不謹慎だっただろうか! ぼっぼっ僕とて好きでこのような嘘を選んだわけではないのだッつつつつい先刻ちょうど舞園くんから折角の機会だから試してみてはどうかと電信で唆されて僕はついッ……勿論いま言ったことはまったくの事実無根だからきみはまったく気にしなくていい! 申し訳なかったッ!」
「いいえ、そうではなくて。清多夏さん」
「たとえ嘘を吐いて良い日であったとしても僕は白雪を傷つけるような嘘を吐くべきでは無かった――そうだ、そもそも誰かを傷つける嘘はエイプリルフールにも適さないといつか本で読んだ覚えがある! 僕は知らず知らずのうちに規律に背いていたという訳か……なんと愚かなんだ僕はッ! ああ白雪、本当に申し訳なかった、御免なさいだ……不甲斐ない僕をどうか許してくれ」
「違うのよ、聞いて頂戴」
「……ん?」
「エイプリルフールに吐いた嘘は、その年のあいだ一年間は絶対に叶わなくなってしまうの」
「ふむ」
「だから、いけないわ」
「……僕が先刻吐いた嘘、は、」
「このさき、もっとよりよい縁に巡り逢う可能性は幾らでもあってよ? 折角の"もしも"を自分で絶ったりしてはいけないわ。あたしは貴方が幸せであればそれでいいといつも思っているからこそ、貴方が今後、――あたしなんかよりもっともっと素敵なお相手を見つけて"しまう"可能性を否定しない自分で在りたい、と思っているの」
「白雪、」
「うん? 如何されたのかしら」
「――白雪、ッ!」
「っきゃ……もう、行き成り抱き着いて来ては危ないわっていつも申しているでしょう。もう直ぐ皆さんも登校していらっしゃる頃よ」
「っう、ッ…ぐ、……、白雪、ぅう゛ッ」
「あらあら……なあに、どうして泣いていらっしゃるの?」
「ッぼ、くは……ッ、きみに、…そんなふうに、応え、て貰い…たかっ、・…訳では、…ッぐす、…無いッの、……にッ…!」
「ね、ひとって難しいわねえ。思い通りにならなくって」
いっそ叱ってくれたほうがずっと嬉しいのに、と幾度もしゃくり上げながら滂沱するこの甘えっこさんを宥めるのにはその後数十分を要した。
どうしてこのひとは、自分が仕掛けたのだから此方も仕掛け返す可能性があるということにお気づきにならないのかしら。清多夏さん、まだ四月一日は午前中。世間様の、そして貴方のエイプリルフール風に、あたしが乗っかってはならない理由なんてないじゃない。
――だから、嘘よ。
今年もあたしは、貴方が幸せになれればそれだけでいい……なんて標榜しながらも、その傍らに立つのがあたしではない誰かかも知れない、という可能性にそっと目を塞ぎながら過ごすしかないの。
焼きもち妬かないあたしでいたい、だなんて、きっと今年も叶わない嘘。
//20140401
泣いている莫迦と、泣けない莫迦が、四月の頭にふたりきり。
back