text (風紀巫女SS) | ナノ
掃除の話


「……不満ですわ」

 放課後の教室、などという閑散として且つ無為な空間に自分が留まっていることが。
 且つ、そう在ることを強制されてこの場から離れること能わない現実が。
 そして何より、


「なんでわたくしが教室掃除なんてかったるい事させられなきゃいけねえんだよこの石頭チンパンジーさんよォ?! あァ?!」


 自分の右手にしっかり握ら(さ)れた箒が。
 総じてこの環境のすべてが、セレスティア・ルーデンベルク――古式ゆかしき本名が別に存在することは暗黙の了解である――にとっては不満というより他に無かった。

「決まっているだろう、君が毎回何かと理由を付けては教室清掃を放棄しているからだ」
「わたくしのキャラじゃありませんもの」
「その理屈が通るのであれば兄弟は授業を受けなくてよいことになってしまうぞ」
「別にいいじゃないですか、所詮はゾクなのですから」
「そうではなく、だ! キャラであるとか無いとかという以前に、学校とは民主主義の学校、社会に出る前に集団規律を学ぶ言わば”社会の学校”でもあるからして、学生の身分である以上は必ず学校生活の取り決めに準じねばならないのだ」

「……わたし、なんだか久々に石丸くんがちゃんと風紀委員してるような気がします」「おかしいわよね、普段からああだとは分かっているのだけれどなんだか違和感があるのよね」「あー分かります、なんですかね、今更感? っていうk「聴こえているぞ舞園くん霧切くんッ!」「「おお、こわいこわい」」

「わたくし放課後は忙しいんですの、紅茶を飲んだり一人チェスに興じたり」
「全力で余暇を満喫しているようにしか思えないのだが…というか一人チェスとは何だね、まさか安広くんには友人がいないのか……?!」
「あああああ腹立つ! 公式じゃテメェも似たり寄ったりだろうが資料集の人物評価で不二咲さんにまで怖がられてやがる癖してよォ、大和田サンドなんて所詮は二次創作の産物だって分かって良かったなァオイ! そしてわたくしの名前はセレs「あ、セレスさんちょっと失礼しますね、机下げるので!」あら失礼。……って他に掃除なさってる方々がいらっしゃるならますますわたくしなど必要でないでしょうに」
「彼女たちは善意できみを手伝いたいと申し出てくれたんだッ!」
「いつもだってそうですのよ? 山田くんが善意でわたくしの代わりに掃除をしたいt「その言葉、斬らせて頂くッ!」……チッ」
「ほら、セレスさん。私と舞園さんで机は下げておいたから、掃いて頂戴」

 善意で、と風紀委員は言った。
 確かにクラスの女の子大好きな舞園はその通りなのだろう。今も嬉々として雑巾がけの用意をしているようだ。而して、おそらく霧切はそのような非生産的な目的では動かないだろうとセレスは読んでいる。大方、という確実に、この男が秘密裏に頼んでいたのだろう。
 なんとしても、自分を掃除に加担させなければ気が済まないのだ。――なんと暑苦しい正義感か。なんと押し付けがましい善意か。

 舌打ちをして落とした目線の先――自分が持つ新型の箒…所謂「自在箒」の、機械的な直線に並んだブラシだけが微動だにせず佇むそこに、突如「異物」が飛び込んでくる。
 所謂、棕櫚箒。旧型、と呼ぶべきか。ベーシックでクラシックな、兎に角、持つと「お出かけですか〜?」と調子はずれの声でレレレっとやりたくなるあのスタイルの箒が、己の至近距離に現れた。
 そして、その持ち主を特定すべくセレスが顔を上げるより先に「初撃」はやってくる。ちょいちょいと、まるで幼女が人形遊びをしているときに自分の人形を喋らせるときの素振りに似て、棕櫚箒の先を動かしながら、



「やあ、ぼくは旧型箒! やだなー新型くんったら、またロクに仕事できてないなー? 箒だけに職務“放棄”、ってかー? 今時流行んないってー、とっとと働きなよ、その『ブラシ部分にやたら埃だの髪の毛だのが絡まるうえに誰も面倒くさがって専用の櫛でケアしててくれない、というかその櫛すらどっか行ってしまった結果もう掃除してる途中に寧ろゴミ撒き散らしちゃって掃いてんだか汚してんだかよくわからなくなっちゃう系ボディ』でさあ」


 わざとらしい裏声で、早口に完膚なきまでのdisリリックを吐いてきたのであった。



 そうだ、おかしいと思っていた。
 石丸清多夏がいて、舞園さやかがいて、霧切響子がいるのだ。明らかに其処には、「居ないとおかしい」人物が、まだ姿を現していなかった。

 理不尽に持たされたものとはいえ、唐突に己の得物に喧嘩を売られたのだ。買わない訳にはいくまい。常勝の勝負師として。
 顔を上げた先には予想通り、「奴」が常の如くはんなりとした微笑を湛え佇んでいた。



「有栖川てめえええええ!!!!」
「なんのことだい! ぼくは旧型箒の妖精さんだよ☆!」
「石丸お前この女なんとかしろ! 自分の嫁だろうが!!」
「うむ、本日も恙無く清楚可憐な旧型箒の妖精さんではないか!」
「うぜえ…超高校級にうぜえですわ……いえ、いいですわ、貴女がその心算ならその勝負、買って差し上げても宜しいですわ――……」

 水色の、安っぽい箒の柄を握り直した真紅に燃える瞳は、復讐心に彩られていた。舞園と霧切は、勝負に水を差すのは無粋と判断してか、教卓に両手を付き陣取っている石丸の傍らまで移動している。
 ――かくして、セレスティア・ルーデンベルクもまた、「新型箒の妖精さん」と化す。



「おらァ! この華麗な箒捌きを見ても未だ使えねェって言うつもりかよこのダボがァアアア!! 大体そっちの棕櫚だか修羅だか知らねェけどその旧型の箒こそこうして広範囲掃くとき邪魔でしか無ェだろうがよォ! さっきっから埃巻き上げてんじゃねェよか弱い乙女カッコわたくしカッコ閉じの鼻腔がジュクジュクになっちまうじゃねェか!」
「なにおー! そんな事言ってきみったら最終的にお世話になる先を考えてないだろー、いやー新型さんの『ちりとりに入れにくい率』はほんと半端ないよねー! もっとぼくみたいにフレキシブルに! しなやかに! 毛先を曲げてシュート出来たらどんなにか軽やかに掃除を〆られることだろうねー!」
「あーーーーー言ったな?! 言っちまったなテメェ! よーしわたくしがその腐った根性この新型箒さまで掃き飛ばして差し上げるから面貸せコラァ! 粉系掃いたら逆に散らかしちまう欠陥箒の癖してナマ言ってんじゃねェっつーの!!」



「と、いうことで掃き掃除が終わったわ、皆さん」
「あァ――……あ゛?」

「わーい、あとはみんなで雑巾掛けて机戻して終わりですね!」
「最後は僕も手伝うとしよう」

 いつの間に、掃き掃除が終わっていた。
 急に有栖川――の姿をした謎の何か?――に喧嘩を売られ、それを買った心算で我を忘れていたら、いつの間に掃き掃除をさせられていた。

 箒を持ったまま茫然としているセレスに、霧切が冷笑――というには温かさの過ぎるそれを浮かべながら肩を竦めてくる。

「ご苦労様ね、セレスさん。なかなかのお点前だったじゃない」
「……嬉しく、ありませんわ」
「さ、私たちも混じりましょう。終わった後は皆でカフェテリアだそうよ――白雪の奢りで、ね」
「わたくし、すっかり彼女に嵌められて……」


 セレスの僅かな罪悪感も吹き飛ばす、みじめな思いのひとつも感じさせない、斬新な手法でまとめて笑い飛ばす方向で以て、彼女は自分に意地を張りとおすことを赦さなかった。
 旧型箒の妖精さん――もとい有栖川白雪は、既にいつもの彼女を取り戻した様子ではんなりと笑みながら拭き掃除に従事している。


(僕は、白雪の美しさも困ったような笑みも、声も、僕に向けてくれる愛情も、すべてを愛しているのだが)

 誰からも求められていないにも関わらず、以前とある風紀委員の男が謳っていた世迷言を思い出した。

(――なにより僕は、彼女の心栄えを愛しているのだと。最近ことに、そう思う)


 その心栄えに、セレスもまた、してやられたというのか。

 今回は負けておいて差し上げるけれど――と口にしかけて我に返ったセレスは、落ち着きを取り戻すために腹いせも込めて屈んだ有栖川の尻を軽く蹴り飛ばすのだった。


//20140121


(きゃわ!)
(な゛! 安広くん、君という奴は!!!)
(うっせえ! 盛りの付いたサルは黙ってやがれですの! わたくし認めませんわ、ええ認めませんわ貴女なんぞに負かされたなどと! っていうか最後のモノローグなんて無理やりにも程があるでしょう勝手にいい話で終わらせられて堪るものですか!!)
(あたし、被虐趣味はなくってよ……?)
(蹴られたことだけにコメントしてんじゃねェですわ! 大体、有栖川さんは配慮がなっておりませんもの、このわたくしとキャラも口調もだだ被りじゃありませんか!)
(え? 被ってないですよ、わたし白雪ちゃんとセレスさん間違えたこと無いですもん)
(美少女フェチの舞園さんに見分けられたとて嬉しくありませんわ! ほら、この高貴な口調ッ! 優美なオーラ! 被ってますの! パクってますの!)
(天然と養殖の違いがあるのではないか?)
(オイ石丸テメェ今何て言った)
(天然と養殖の違いがあるのではないか? しかもかなり顕著な)
(言い直しやがった…だと……?!)
(ねえミス・ルーデンベルク、今度は乾拭きと水拭きで対戦しませんこと?)
(し、ね、え、よこのビチグソがァ!! あーもうわたくし有栖川さんだけは一生好きになれる気がしませんわ……)
(あたしは清多夏さん一筋だもの)
(そういう意味じゃありませんわ!! そしてそういう所が嫌いですわ!!!)



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