text (風紀巫女SS) | ナノ
お弁当の話(下)



「「「いただきまーす!」」」 


「……んむー! おいひいれす! って! だめですよー霧切さんっ、ちゃんといただきますを言わなきゃっ」
「言ったわ、ちゃんと。舞園さんの声が大きかっただけじゃない」
「だって! いつもながらふたりのお弁当がとーっても美味しそうだから…ふふふー、毎日のことですけどお弁当シェアってほんと大正解ですっ。わたしの食生活を存分に豊かにしてくれますからねっ! ウエルネス・ライフには美味しいご飯が必要不可欠ですもん」
「あらあら、さやかさんに喜んで頂けるなら頑張った甲斐があったわね」
「……白雪、今日のは何。これ、美味しいけれど料理名を知らないわ」
「ムサカよ」
「あ! 逆襲のシャアに出てきたやつですか?」
「白雪はモビルスーツを食べさせるような人じゃないでしょう、舞園さん。次」
「目が! 目がー!」
「白雪は三分間も時間をくれるような甘い人じゃないでしょう、舞園さん。次」
「……おいひいれす!」
「うふふっ、もとはギリシャ料理ね。なすや牛肉にチーズをかけて焼くの。グラタンに近いかしら」
「私、チーズ好きなの。美味しい。……ねえ、白雪、こっちは」
「筑前煮よ」
「こんにゃくと鶏肉が…ほくほくです……里芋もほくほくです……」
「煮物だなんて…よく暇があったわね」
「あら、簡単なのよ? 所謂めんつゆマジックね」
「霧切さんのこれも美味しいです!」
「最近、舞園さんが意外と肉を貪る系女子だということに気付いたの「アイドルになんてこと! がっつり系女子☆って言ってほしいですっ」…喧しいわ。それで、ちょっとホルモンを味噌で炒めてみたの」
「白米が進むこと魔法の如し、ね……これは中毒性があってよ」



「……石丸クン、どうしたの。突っ伏して」
「放っておいてくれたまえ…」


 現実は厳しい。

 僕の(この表記だけは譲らないッ!)白雪と、舞園くん・霧切くんは三人が学園に揃う日には可能な限り昼食を共に摂っている。どういう訳かそれぞれ食べ物を持ち寄り三人で共有するシステムを執っているらしく、周りからは「有栖川サンドのポット・ラック・パーティー」などと呼ばれている。
 美味しそう、と歓声を挙げてお裾分けに預かれるのは女子の諸君と精々苗木くん・不二咲くんのみ。


――僕がそこに、白雪の傍らに座することは、叶わない。

 お察しのとおり、「屋上で昼食」の流れはすべて僕の詮無き妄想である。二千字弱もお付き合い願ってこれである。この場を借りてお詫びしよう。済まなかった。だがそれでも僕は分かってほしかったのだ。
 可笑しいだろう、と。なぜその料理の腕を振るう先が恋人の僕でなく友人ふたりであるのだ、と。

 桜色のチーフで丁寧に梱包された一人分の弁当箱には、彼女がふたりに振る舞っているそれと同じものが詰まっている。
 さきに脳内にて挙げたものも、違わず詰まっている――これは、白雪が僕のために別に作ってくれていることを僕は重々承知している。愛を感じないわけがない。そうであっても、しかし。
 ――この弁当箱は、小さいのだ。僕が食べて、それで十分なのだ。白雪と二人で共には食べないから、別に食べるから、弁当箱はふたつ必要なのだ。想像との乖離が哀しい。……いつものように縋って泣いてみせれば、きっと白雪は折れてくれるのだろうけれど。


「わたしはですねー、お仕事が忙しくって自分で作れなかったんです……でも! この集まりに乗れないのはぜーったいに嫌ですからねっ、最近評判のデリでいいもの買ってきちゃいました。はいっ」
「まあ、生春巻き」
「……この弁当にそぐわない微妙なチョイス…」
「そーんな事言っちゃって、ぜったい霧切さんもハマりますって。ピリ辛でクセになるんですからっ!」
「本当、具だくさんで食感も楽しいのね。海老がぷりぷりしていてよ…」
「……」
「どうです、どうです霧切さんっ! はうわず生春巻き!」
「……舞園さんのくせに、生意気なのよ。……負けたわ」
「わあい負かした! どやです! これ並んで買ったんですもん、一番人気だったんですよ?」
「ドヤ顔アイドルにはデザートを寄越さない。これが祖父との誓いよ」
「なんですかそのピンポイントな誓いっ! ひどいですーくださいよー」
「あら、響子さんなあに? それ」
「エクレア」
「! その袋…ちょっと遠い洋菓子店のじゃないですか!」
「昨日、学園を空けていたでしょう。ちょっと所用で出ていたの。折角だから、と思ったのだけど……三つ買ったからひとつ余ったわね。私と白雪で半分こしましょうか」
「あっあっ霧切さんそれわたしのです、きっと国民的アイドル舞園さやかちゃんのですよう」
「うふふ、もう。さやかさんたら涙目よ、響子さん」
「……どうぞ」
「ありがとうございますー! 大事にしますねっ」
「直ぐ食べて頂戴、舞園さんは知らないかも知れないけれどエクレアって生ものなのよ」
「……うああ! れくれあ美味しいです!」
「エクレアよ、さやかさん」
「れくえあ美味しいです!」
「エクレアよ、さやかさん」
「りふれあ美味しいです!」
「あらあら、既に食物ですらないわ――……なあんて。響子さん、これ本当に美味しいわ。少しお値段張ったのではなくて?」
「……白雪、あなた自分がいつも私たちに幾ら掛けてるか把握して言ってるの?」
「あらいやだ、だってあたしは自分がしたくてしていることだもの」
「そこまで言って分からないの? 私も同じよ」
「わたしもです!」
「まあ、ほっぺに生クリームが付いていてよ、さやかさん」
「んむ……お弁当ですもん」
「何処に行こうっていうの、そんなお弁当付けて」
「苗木くんのところに「今の発言はやや邪悪ですね」…そっそんな、霧切さんが敬語遣うレベルですか……「アザトイヤッター!」白雪ちゃんまで! ちっ違いますもんっ、アイドルにしてはかなり控えめで邪悪ではないほうだ! 実際奥ゆかしいです!」

 華やかな歓声に、クラスの誰もが微笑ましく其方を眺めている。
 僕とて、白雪が楽しそうにしているのを阻みたい訳では無い。けれど、なにぶん僕は未熟であるがゆえ、どうしても寛容で居られない。遅い初恋は宜しくない、まっこと宜しくない。きっとこうして想いを拗らせているのは幼稚な事なのだろうと思いながらも、相手を束縛し独占する愛し方は幼いのだと分かっていながらも、僕にはそれしかできない。治るらくも無い。これがひとを愛す最初であり、最後であるからだ。
 きっと、白雪はこんな僕を赦してくれる。――もう、仕方のないひと。分かったわ、これからはふたりで頂きましょうね――慈悲に満ちた、僕の好きな微笑で以て、きっと受け入れてくれる。やはり、縋ってみよう。

 そう、思っていた矢先だった。

「あたしもデザートをお持ちしたの。一口だから、これも召し上がって頂戴な」
「わ! ホワイトトリュフですね、どうしたんですか?」
「うふふっ、来月に向けての試作品かしらね。……冗談、ただの頂きものでしてよ」
「また件の信者の人かしら」
「まあ……響子さん、どうしてお分かりに? 驚いたわ」
「美味しい。上等なものなんでしょうね、白雪はきちんとお礼をしなくちゃ駄目よ」
「当然、心得ておりますわ。あたしなんぞの説話を楽しみにしてくださっているとのことですから、お茶の席を設ける予定で」
「……白雪、その話あまり大きな声でしないほうがいいわ。相手が石丸くんでよかったわね」
「ですよー…苗木くんとか十神くんみたいな鋭いひと相手だったら今の時点でアウトでしたってば」
「? あ、さやかさんも召し上がって」
「うー…わたしさっきのえくしりあ上手に食べられなくって手がべたべたなんです…えへへ、白雪ちゃん、あーんしてくださいっ」
「エクレアよ、舞園さん」

 もう、仕方ないわねさやかさんたら――との予想していた声は、ついぞ僕の耳には届かなかった。

 ぱさ、と何か軽い物音が聴こえ突っ伏していた顔をちらと上げると、視線の延長線上には確かに白雪の、僕がこよなく愛する笑顔があった。但し、その右手は舞園くんのほうへ、机を滑らせて何をか差し出している。ペーパータオルであった。


「ごめんなさいね、さやかさん。あたしとしても国民的アイドルにご奉仕だなんてたいへんな役得、とてもとても名残惜しいのだけれど――


 ……”それ”は、彼にだけ、って。決めているの」


 ――白雪は、ずるい。

 僕の汚い感情も、奥底に溜まる情欲の澱も、まとめて洗い流してしまう。あとには何も残らない――というには語弊があるが、絶妙な頃合いで投げられたその言葉によって、僕は短絡的な行動を戒めざるを得なくなった。だって、こんなにも嬉しい。面映ゆいほどに。
 白雪が、僕の存在を確固と認識してくれている。剰え、優先すべき対象として捉えてくれている。彼女にとって自分がそのような存在たり得る事実が、嬉しくてたまらない!

「むーむーむー、惚気ですか! いいですもん、いくつかとっちゃお」
「あらあら…いえ、構わなくてよ? 貴方がたお二人へ、と思って持ってきたのだもの」
「ちょっと舞園さん、せっかく白雪が渡したのだからナプキン使って頂戴、クリームが付くでしょう」
「は! ……えへへ、ホワイトトリュフもえこえこあざらくも食べられて今日のお昼も最高でしたー」
「あなた私と白雪に隠れて何をおぞましいものを食べているの…って、――ほら、なにか湧いたじゃない。舞園さん、あなたのせいよ」


 堪らず、華奢な身体を背後から抱き締めた。ここが教室である、という事実も一旦隅に遣って。――彼らに見咎められたところで、最早周知なのだ。現に、誰ひとり何も言っては来ないのだから。
 抱き込む柔らかな塊がこしこしと動く。紫水晶の潤んだ瞳に映る僕は、既に感情が振り切っているがゆえ却って真顔になっていた。白雪が破顔する。


「お夕飯まで、我慢していて頂戴ね?」


 ……夕飯を共にするのは僕としては既定のことなので、それと今を耐え忍べるか否かというのとは別問題なのだが、兎も角。
 人差し指を唇の下に当ててのウインクで、すべて許してしまった。今日も僕の天使が可愛くて何よりだ。


//20140118


「ところで、白雪」
「なあに?」
「"それ"の送り主とやらに関して、生憎と僕は聞き及んでいないようなのだが」

「「(き、聞いてたー?!)」」

風紀さんのいい笑顔でシメっ!


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