text (風紀巫女SS) | ナノ
お弁当の話(上)


「あらまあ、綺麗な青空! ――ねえ、あっちで頂きましょう」
「ああ」

 抜けるように開けた、蒼碧の天球。
 雲一つない美しい空の下に、僕の愛してやまない亜麻色がひらめく。バスケットを両手に提げてくるりと半身を返して僕に微笑み掛けてくる天使は、僕の一生涯を通して至高の賜物であろうと断言できるほどの存在だ。

 いつもの場所に並んで腰を下ろせば、用意のよい僕の恋人は即座におしぼりを手渡してきてくれる。僕のが白、彼女のは紫。午前中の授業についてなど他愛無い会話――「やはり白雪の英語の発音は流麗だ。いつまでも聴いていたくなるよ」「あらいやだ、照れてしまうわ。それを言うなら清多夏さんこそ、物理では驚かされてよ。発展の大問三、あんなのあたしや十神さんだって放棄したっていうのに」――を楽しみながら、ほどなくして白雪がバスケットの中から大き目の弁当箱を取り出してくる。二人で食べるので、大き目のがひとつあれば問題はないのだ。
 桜色のチーフで丁寧に施された梱包を解きながら、白雪が歌うように告げる。

「今日はねえ、梅としらすの混ぜ御飯なのよ。お握りに手を加えるとそれだけでなんだかお弁当箱が華やかになるもの」
「む。白雪が作ってくれる食事はいつだって彩り豊かなものではないか」
「それだけ気を遣っているもの? ――はい、召し上がれ」

 俵型のおむすびはひとつずつラップで包まれている。差し出された弁当箱の中でまず一際目を惹いたのはやはり、卵焼き。みりんで味付けされた甘めのそれは実家の味付けとは異なるが既に僕の第二の故郷の味と言ってもよいほどに好みのものである。それから、茹で卵を粗く解したポテトサラダに鶏の照り焼き、鮭のはらみ、キャベツと塩昆布の酢漬け、竹輪の磯部揚げ、冷凍でなく作り置きを解凍した小さなグラタン。以前食べさせて貰ってからすっかり気に入って所望していた大根といかの煮付けも詰められていた。
 いずれも、午後の授業のことを考えてどれもしつこ過ぎない、かといって淡泊になり過ぎない品目で揃えられている。

「頂きます」
「はい、召し上がれ」

あえかな笑みを浮かべながら僕と揃いの箸を手に取る白雪を尻目に、僕はまだ箸を取らない。始めの一口は、決めているのだ。

「ん、白雪」
「まあ…はいはい、困ったこと。何がよろしいの?」
「卵焼きがいい」
「やっぱりそれね、


 ――はい、どうぞ。あーん、して頂戴」


僕だけを際限なく受け入れ赦してくれる深い愛を湛えた指先が、繊細な箸づかいで僕へ差し向けてくれる卵焼きの、なんと甘やかなことか! 至極、満足だ。
流石は僕の白雪、今日の昼食もまた主菜副菜どれをとっても絶品である。こんな食卓が待つ家に帰ることができる将来の彼女の伴侶はさぞ幸福者であろうと思う。ああ、疑いようなく僕は幸せだ。幸福な食卓、その向かいで白雪が微笑んでくれている――そんな温かで穏やかな世界を守るために、僕は日々の仕事に邁進することだろう。

「如何かしら?」
「今日も最高だ。……むぅ、学生のうちからこんなにも過ぎた扱いを受けてよいものだろうか」
「あらあら、少しオーバーなのではなくて? これくらい普通じゃない、よくあるシチュエーションよ。『きよくんの為にあたし早起きしてお弁当作っちゃったのぉ!』…なあんて」
「……実際は?」
「実はね、相違ないの。六時ね」

 ありがちとか陳腐とかアンタたちは莫迦にするけどね、そういうのがどうしてありがちになったか分かってんの? みんながそれを好き好んで持て囃すからありがちになってるんであって、別にそれ自体は揶揄されよう事でもなんでもないんだからね――などと、以前なにかの折にか腐川くんがそのようなことを言っていたのを思い出す。
 確かに、そうだ。可愛い恋人が、自分のために早起きして弁当を作ってきてくれる――平生その手の恋愛小説を読み付けない僕であってもごくごく古典的であると思えるその事実に、結局のところ凡人たる僕はまっこと感激させられているのであって。


「……結婚しよう、白雪」
「あらあら、もとよりその心算よ。いけなくて?」
「否、当然だ」


 食後の甘味を欲すれば、自然な流れで「梅ゼリーを作ってみたの」と返される。そうではなくて。……白雪。
 綺麗に弁当箱の中身を平らげ――作って貰った側として、男として、恋人として、それは最低限の礼儀であり、且つこのように至福の昼餉とあらば当然の帰結である――、手を合わせる。ふうわりとした笑顔の中に、幸せの色を見つけ安堵した。僕の行動で、きちんと彼女に快の感情を与えることが出来ているのだと。
 
 横に崩された膝へ、甘えるように懐く。


「まあ! ……もう、甘味ってそういうことなの?」
「誰も来やしないさ」
「それ、風紀委員さまの科白として認めて宜しいものなのかしら――まったく、甘えっこさん」
「……白雪に、だけだ」
「それじゃああたしは誰に甘えれば宜しいの?」
「当然、僕に。――明日は代わろう。僕がきみを甘やかす番だ」

 意味のない遣り取りが、僕にとっては比類なき意義を有する。

 ささやかで掛け替えのない幸せを感じながら、僕はそっと亜麻色の髪を梳くように指を伸ばした。
 陽光に透けて煌めくそれは、きっとこれからに続く希望の光に他ならない。そう思った。


//20140116

 風紀さん的にはここで終わるのがいいんだろうなーっていうのはなんとなくわかります
 でも[ Tg ]がそんなお綺麗なオチを用意するはずがない


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