text (風紀巫女SS) | ナノ
イレブンスリーと"兄弟"と


 こと、と湯呑を傍らに置くまであたしの存在にも気付いておられなかったらしい彼は、私室に在って尚どこか硬質で緊張感を帯びた、平生教室でよく見る"風紀委員"の表情を崩せないでいた。一足先に寝台に腰を下ろさせていただきながら、未だ机に向かったままの清多夏さんへ最低限の選語で以て問いを投げた。

「――……やっぱり、心配? 」

 一瞬の間。おもむろに湯呑をひと口呷り、凛と伸びた背筋と裏腹に伏していた視線があたしを捉えるまでには多分な時間を要した。ややあって、ちいさく息を吸い込んだ音が聞こえては、「心配、という表現には語弊がある気がする」と思ったより確りとしたセンテンスで答えが返される。

「兄弟……大和田君、にとっては、斯様な事態などそれこそ茶飯事に等しいだろう」
「そうねえ、ましてや彼らにとってはちょっとした祭典のようなものだと聞くし」
「……ああ」

 日付が改まって本日は11月の3日。昨日の夕方から今日の夜明けにかけてのこの時間は、全国の暴走族にとって年内有数のイベントなのだそうである――かくいうあたしも斯様な知識、この希望ケ峰で初めて得たことではあったが。
 そして、あたしたちがこの知識を仕入れるに至った当人――希望ケ峰78期の一員たる超高校級の"暴走族"大和田紋土さんは、今ここで静かに懊悩しているあたしの伴侶、同"風紀委員"の石丸清多夏さんの朋友であり、その肩書きが示す通り国内最大級の暴走族を仕切る総長でもあった。そうであれば当然、今日の日に御自らが集団暴走の先頭を走らないなどということは有り得ない。少なくとも大和田さんの中では、斯様な事態があってはならないのだ。

「見に行きたかった?」
「冗談が過ぎるぞ」
「そう? あたしは冗談の心算で言ったのではなかったのだけど。不二咲さんとお二人で"ご兄弟"の雄姿を拝みに行っていらっしゃるかもとかねては考えていたほどよ」

 なにせ清多夏さんと先の大和田さんとは、肩書も生い立ちも現状も正反対であるという環境にもかかわらず、互いを一人の立派な殿方として認め合った仲であるからだ。不二咲さんも大和田さんの持つ「男らしさ」や「強さ」というものに惹かれ、憧れていると聞く。
 そうであるから、あたしは今日もてっきり清多夏さんたちは彼と行動を共に――とまで言わずとも、沿道から覗く程度には挑んでみるのかもしれないと思っていたのだ。このところ急激に冷え込む気候に見物客の身体がさぞ冷えようと心配して飴湯の水筒を差し入れにこの部屋を訪れた数刻前のあたしは、「明日の朝まで傍に居てほしい」と清多夏さんに懇願されてそれは驚いたものであった。

「……白雪。僕は、」
「うん、なあに?」
「僕は、確かに兄弟を人間として、男として認めている。彼を親しい友とできたことに誇りも持っている。だが――……それでも僕は、彼の行いまでもを全肯定して礼賛しようとは思っていない」
「……あら、」

 結局外には持って行かれず、この部屋のうちで消費されることとなった飴湯を一杯ぶん空にしてしまいながら、清多夏さんの瞳が少し力強さを取り戻した。彼は、自分の想いを伝える場において決してごまかしや逃げを打たない。即ち、譲れない一線なのだろう。

「やはり、近隣住民や一般の通行人のかたに迷惑を、剰え危険を及ぼしかねない行為であるということは確かなのだ。たとえ兄弟の、大多数の荒くれた若者らを一手にまとめ上げるカリスマ性が希望ケ峰に評価され、"超高校級"の称号が付加されたにせよ――……やはり、その点は帳消しにされ得ることはないのだと思う」
「……ええ」
「ただ、それでもやはり僕は兄弟を誇るべき友人であると考える。朋友であるからといってその行いのすべてを良しとすることはできないが、翻って、風紀を乱す身分であるからといってその存在のすべてを否定しなくてはならないということでもない」

 身体が温まるのと同じく、否それ以上の勢いで以て心が温まったのか、気付けばいたく平生の滑らかな動作で以て手ずから飴湯のお代わりを注ぎながら、心なしか憑き物の落ちたような顔で清多夏さんが続ける。「不二咲くんも今日は兄弟の帰りを待つのだと言っていた」と付け加えられて初めて、あたしが呼び止められた意味を遅ればせながら理解した。

「僕が彼の"兄弟"として、且つ、僕自身として為さねばならないことは、こうして兄弟の学園への帰還を待ったうえで、迎え入れたその場できちんと風紀の何たるかを説いて進ぜることだと思っているッ!」

 ――おそらく斯様な結論、以前の彼であれば受け入れるか否かという以前に発想すら存在していなかったことだろう。
 而して今の彼は、さまざまなことに折り合いをつけることができるようになっていた。そして、彼にそれを可能とさせるに至った動機の部分に、大和田さんの存在は大きく深く関わっているのである。

 すっかり吹っ切れてしまったようで早々に湯呑を再び空にした清多夏さんが、漸くあたしが控える寝台のほうへ歩んで来た。ゆっくり目を閉じる。

「うふふ、温かい」
「僕は未だ少々冷えが抜けない――……白雪、」
「まあいけないわ清多夏さん、あなた大和田さんにどんなお顔してお説教差し上げるお心算なのよ」
「むぅ……程度が過ぎないよう努める、から」

 重ねられたくちびるで伝わる甘さで、殿方の差し入れにするには少し蜂蜜の量が余計だったかしらと飴湯の配合を反省した。
 なんだかんだ仰るけれど清多夏さんのほうこそ大和田さんがたに許していただいてる部分は決して少なくないと思うわよ――と内心で自分を棚上げしながら、未だ冷え切ったままのシーツに亜麻色の髪を散らばせた。夜更かしに慣れぬ良い子の彼を、きちんと夜明けまで連れてゆけるように。


//20161103

 毎年この日はニュース番組とかで「暴走阻止」とか準トップで取り扱ったりしてるっぽいですね
 超高校級の"ゾク"を誘致したからには希望ケ峰にはトラブル対策の体勢とかも敷かれてたりしたんだろうか 真相は闇の中である


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