text (風紀巫女SS) | ナノ
初恋って病気!


◎くっつく前の話なのに風紀さんがすでにいつもどおりです。
◎ちーたんが余裕で男子です。もはや男児です。益荒男です。








「有栖川くんと交際したい」

 希望ケ峰学園78期生が入学し、はや数か月。
 当初はエゴの塊だった面々もすっかり日和ったころ、消灯時間後にひっそりと召集された男子会において呈されたのはやはりというかなんというか、思春期のDKに相応しい所謂コイバナ。そして、前述の発言の主はおおよそ斯様な集いにそもそも参加していることすら奇跡だといってもいい石丸清多夏、肩書きは超高校級の"風紀委員"であった。

「……だろうね」
「石丸くん、有栖川さんのこと大好きだもんねぇ」

 部屋の提供主である苗木が一座の総意を代表してさもありなんと反応すれば、その傍らで菓子類を広げていた不二咲もしみじみ同意する。
 何せ分かりやすいにも程があった。なまじ有栖川白雪が平生あまり男子と個人的な交流をはかっていないこともあり、必ず一日最低3回は話しかけにいく石丸の姿は非常に目立つのであった。どれくらい顕著であったかというと、入学当初ほんの少しだけ有栖川をいいなと思っていた――有り体に言うとそれで彼の内なる性がはっきり目覚めかけた――不二咲がいろいろ察して瞬時に諦めたレベルである。

「交際っつっても石丸っちのことだし、精々放課後に一緒に勉強したいって位のもんだべ? そんなら気軽に誘っちまえって」
「いやいや葉隠そりゃイインチョを莫迦にし過ぎだっつの。風紀委員とはいえコイツも男だ、――交換日記くらいはしたいって思ってやがんだろ! くくく」
「お二人とも少々石丸清多夏殿を見くびり過ぎていやしませんかな? ケンゼンな本能を抱えた今時フツーのオトコノコが可愛い彼女にYES巫女さんNOタッチで居られるとお思いでしょうか! ……流石に手くらいはねえ、繋ぎたいでしょう」

 ベッドの下を探索しながら(苗木がひやひやした表情を隠しきれていない)そんな下世話な煽りを入れて寄越すのは葉隠と桑田。不二咲が力不足で開けきれないスナックの袋をきれいにパーティー開けしてやる山田であるが、発言内容は残念ながら彼ら寄りだ。
 とはいえ3人の意見に場の大半は納得せざるを得ない。少し前――それこそ有栖川へ分かりやすい懸想を示す前まで――であればこのような集い自体にすら「消灯後に遊ぶなど言語道断だッ!」などと言ってきていたであろう堅物委員長さまのことだ、交際などと言ってはいるがどう転んだって「親しい友人づきあい」に毛が生えたようなものの域を出ることはないだろう。

 ところが、「もしお付き合いできたら、有栖川さんとどんな事したい?」という至ってナチュラルな不二咲の問いに、さきの一言を発したのちは黙って座っていた石丸が返した答えはあまりにも斜め上なものであった。

「そうだな、君たちの言う通り、僕としては特に突飛な願望などは持ち合わせていないのだ。強いて言うなら、








 ――湯上がりの彼女の肌にシッカロールをはたいてやりたい、とか」

 寝台のうえで庶民の安菓子にチャレンジしていた十神の口からポッキー(いちご味)が落ちた。

「それから、起き抜けで喉が渇いている傍らの彼女のもとへペットボトルの水を持って行って、剰え寝ている体勢なので一人では飲めないと愛らしく拗ねる彼女に口移しで給水してやりたいとか」

 スナック菓子を豪快に一掴みして咥内に流し込もうとしていた大和田の手からポップコーンが全部落ちた。

「あと、良い香りのするリップクリームを彼女が塗った傍から舐め取って『清多夏さんたらいじわるだわ、幾ら塗ってもきりがないったら』と叱られた「待て待て待て待て!!!!! なんかいろいろと駄目だわお前!!!!!!!!」

 不二咲が顔を真っ赤にして涙目でふるふる震えながら握った右こぶしを振り上げるより先に、結局こういった場ではツッコミの役回りに甘んじてしまう桑田がやっとストップをかけることに成功した。十神の「遅いぞ、この愚民が」という震え声はスルーの方向だ。

「やはりきみたちには刺激が足りなさ過ぎるだろうか。それでも僕にとっては切実な願望であってだな」
「なんかもう刺激云々じゃねえ域だわ! 何拗らせたらそんなんなるんだよシッカロールって何だよそもそもよォ!」
「ず、ずいぶん溜まってたんだね……」
「恐らく石丸清多夏殿の中でずっと練りに練られて温められていたシチュエーションなのでしょうなぁ……ディテール細かすぎますぞ、しかもメニアック過ぎてさしもの拙者もネタにできませんし」

 場の空気が明らかに変わっていた。ドン引きの色をベースに異様なボルテージを纏った何かに。

「しかも石丸っち今しれっと呼ばれ方捏造してたべ」
「ああ、彼女には是非とも名前で呼んでもらいたい」
「有栖川さん、女子は名前で呼ぶけど男子はみんな苗字だもんねぇ。僕も『不二咲さん』だし」
「だからこそだ。彼女に特別扱いしてもらいたいのだ。そして許されるなら僕も彼女を名前で呼びたい」
「おしどり夫婦っぽいべな! 『白雪くん』ってか?」
「気安く僕の白雪を名前で呼ばないでくれたまえッ!」
「テメェのじゃねえだろうが! っつうかまさかの呼び捨てかよ!」

 どうしちまったんだよ兄弟、と今はご自慢のリーゼント・スタイルを仕立てる前の状態である頭を片手でがしがしと掻きながら大和田が「たまに有栖川呼ぶとき名前の最初の1文字出てっかんな」と今更思い出したことを指摘したりする。

「……シッカロールを塗るには、有栖川さんのお風呂上がりに立ち会ってることが前提だよね。朝に飲み物を…っていうのも、そもそも一緒に寝てなきゃできないし」
「貴様、己の肩書を忘れたとでも言う心算か石丸」
「何とでも言ってくれたまえ。寧ろそうして僕に思い出させてくれる人物が居たほうがいい。――僕も迷ったのだ、"風紀委員"たる僕がこのような醜態を演じて許されるものなのかと」

 え、シリアスな話始まる流れ? だめだよ葉隠くん静かにしてなきゃ、と深刻さ皆無の囁きが背景でなされる中、推論トリオから某姐御を抜いた二人の指摘が石丸に刺さる。――なお早めに注釈しておくと、十神は折れた半分のポッキーを咥えたままだし苗木は未だに葉隠が手を突っ込んだままであるベッドの下の方に意識を遣りながらである。なんもシリアスではない。余談だが奇しくもこの時間帯に霧切は舞園や有栖川と女子会を執り行っていたりする。閑話休題。
 
「ただ、最早諦めることは無理だと諦めた。考えまいとしても考えてしまう、他のことで忙殺されて何をも考えず床に就いたとて、夢に見てしまう。きっと、彼女こそ僕が求めてやまない唯一なのだと悟った」
「……貴様」
「凡庸で、皆のように非凡な才能を持つわけでもない僕をここまで取り立ててこの学園に招いてくれた希望ケ峰には感謝しているが、而して僕はそもそも自身に才能があるとは思っていないし、今後もそれのみにて生きていく心算はない」
「(あの開成灘でトップ獲り続ける学力と剣道中心に基本スポーツ何でもイケる運動神経と暑苦しいとはいえ発言力と存在感あるオーラ持っておいて"凡庸な僕"か〜、ふ〜んちょっとアンテナぶっ刺してやろうかな)……石丸クン」
「学生のプロとして勉学や日々の研鑽に励むことは無論、やめない。だが、融通か利かず規則に縛られた状態である僕に価値を求められても、おそらく今後は困ってしまう」
「……オメー、熱いだけじゃなくて普通にアホだったんだな」
「そう、僕も普通の人間なんだ。ときに在るべき道から逸れる欲も持つ」

 あ、話終わったべ? だめだよ葉隠くん静かにしてなきゃ、と深刻さ皆無の囁きがわりと近くでなされる中、石丸のよくよく考えたらわりと彼自身の根幹にかかわる議論ではなかっただろうかと思われる告解が終わる。漸く終わったとばかりに十神がパイの実を剥き(山田にめっちゃ怒られ)、苗木が葉隠の手からDVDをスライディング回収する。

「……待ってぇ、」

「お? どうしましたかな不二咲千尋殿」
「いまの石丸くんの言い方、……お付き合いできるようになったら有栖川さんに思いっきり風紀違反に抵触することしますよってふうに聞こえたんだけどぉ……」
「そう言った心算だが?」
「なんでぇ?! 石丸くんそれはだめだよぉ! 有栖川さんは巫女さんなんだよ、処女じゃなきゃだめだよぉ!」
「オメーまで何言ってんだ不二咲ィ! 見ろ大和田死んでンじゃねェか!!」

 苗木が気付く。不二咲がつまんでいたチョコレートはボンボンであった。心を許しあった兄弟やマブダチが突如として得体の知れない何かになってしまったことに完全に燃え尽きたらしい大和田を慮って桑田が必死にツッコミの声を張り上げる。山田が美少女クリアファイルでぱたぱたと涼しい風を送ってやっているが真っ白な灰と化した大和田は寧ろその風で儚く散っていきそうな感じまである。
 心の奥底に封印していたとはいえ確かに「かわいい女の子」として憧れを抱いていた存在が、近い将来確実にこの男の手にかかる。その事実にようやく思い至ったらしい彼は両手を胸の前で組んで必死に石丸へ立ち向かっていた。発言は完全に処女厨のそれである。

「寧ろ好都合だな、どうせ学園を卒業したら彼女には僕の籍に入ってもらうのだから巫女は続けられないはずだ」
「なんか確定っぽく話してっけどそもそもまだ付き合ってねーからなお前ら?!」
「そうだとしても、……でも! 有栖川さんはあんなにちいさくて可愛い女の子なんだよ、汚しちゃうなんて可哀想だよ、……許されないよぉ!」
「不二咲っちも落ち着いてくれぇ! だーいじょうぶだって流石の石丸っちもなんだかんだで卒業までは待っ」
「来年の夏には実年齢で僕が成人、彼女も18を数える計算だ。何も問題はないな」
「!!! ちょっと苗木くん、この部屋にダンベルは無いのぉ?! も、もう僕頑張っちゃうからぁ!」
「アカ−−−−−−−ン!!!!!!」
「僕と彼女の幸せな恋路を阻もうという気かね不二咲くん、ならば此方も全身全霊で迎え撃たなくてはならないな! 山田くん、きみの部屋には過日の体験学習で作ったハンマーがあるだろう、あれを貸してくれたまえ!」
「おい石丸お前何を考えている、やめろ!」
「いてっ! ……いや何でだよ痛くないボクは痛くない、痛いのは石丸クンの頭だ! これがボクの答えだ! そうだよね霧切さん!」
『@Naegi_makoto それに賛成よ』
「何だべ今の唐突なリプライは?! もー収集つかないべ、いつも良心サイドのツートップな二人が率先してハッスルするとこんなことになるんだなァ……?」
  
 天使が通ったかのような一陣の沈黙――という名の息切れ――のあと、不二咲が「ごめんねぇ、取り乱しちゃって」としおらしく告げる。最早こうなってしまっては野郎連中の中にちーたんマジ天使勢など居なくなってしまったに等しい。寧ろ不二咲兄貴まじ益荒男。そんな感じである。

「さっきはついカッとなっちゃったけど、僕、石丸くんなら有栖川さんのこと幸せにしてくれるって信じてるんだ」
「不二咲くん……ッ!」
「頭は良いし、それだけじゃなくて頼れるし、多少の例外はあるかもしれないけど明るくて優しい真面目な人だし」
「ほの―――かにトゲを感じますぞー。\ホノカチャン!/」
「それに、…うん、黙ってれば何考えてるかなんて分からないしねぇ……?」
「ほのかにどころじゃなくトゲだべこれ!」
「オレの兄弟と不二咲は何処行っちまったンだよコラァ! 説明しやがれや苗木ィイ!!!」
「分かるわけないよ! 最初からこうだったんだよ多分!!」
『@Naegi_makoto よく真実にたどり着いたわね、偉いわ苗木君』
「霧切はどっから見てやがんだよこえーよアホ!!」

 ボクたちを導いてよ十神クン、と珍しくも苗木が泣きつこうとした先の御曹司はハッピーターンの粉をコナコナするのに夢中でなんも使い物にならなかった。
 チョコレートボンボンを摂取したのは不二咲だけのはずなので石丸は確定的に素面であるのだが、もうこうなったら自由に話をさせてもらおうということなのか理解に苦しむ発言はまだ続く。

「一緒に入浴した際に、慎ましい胸囲を苦にして悩む彼女を後ろから抱き締めて『僕はきみの身体だからこそ愛おしいと思うのだ』と告げてやりたい」
「さりげなく貧乳って言ってやるなよ可哀想だろ有栖川ちゃんが!」
「うどん店の四人掛けの席に向かい合って座り、『一味と七味ってどう違うのかしら』『辛味の程度だろうか……?』などとたわいない会話をしていたさきに相席の客を誘導され、『あらあら』と平生のように笑みながらも若干残念そうにするいじらしい白雪の頭を撫でてやりたい」
「健全なのに場面指定がニッチ過ぎて却って妄想の深さを感じますなあ」
「あの白い腕の内側の柔らかくしっとりとした部分に指など挟んでもらいたい」
「短文! 簡潔! 変態!」
「老後はふたりでできる趣味を始めるんだ、盆栽やグラウンドゴルフ、社交ダンスなど。長いときを彼女と過ごせるように僕は今から日々壮健な身体を保ちたいと思う!」
「あっ有栖川さんの見た目だけが好きってわけじゃないんだねぇ……? 添い遂げる気でいるんだ」
「不二咲くんは僕をなんだと思っているのかね?!」
「言ったら二度と大和田サンド名乗れなくなっちゃいそうだからそっと秘匿措置にしておくね」
「ああん黒いちーたんも素敵ッ! だが男だ! もはや漢だァアアア!」
「だめだ、大和田が息してねェ!」
「オーバーキルやめたげてよぉ!」


 ――。


 翌日、大和田に対して十神が非常に珍しくもフォローを入れたことには、「恐らくあれが奴にとっての初恋とやらなのだろう。勢い余ることもある、愚民なんてその程度だ。貴様が案じてやることもない、そのうち妥当な処に落ち着くだろうさ」。
 而して大和田にはそうは思えなかった。なにせ、石丸と違って自分は過去にフタケタ黒星を記録しているほどには恋のかけだしを経験しているのだ。そうであっても、とても昨夜の彼のような常人に理解しがたい欲求など浮かんだためしはなかったのだから。

 そして案の定、石丸の願望叶って有栖川が彼の毒牙――もとい、寵愛のもとに置かれることになって一年半ほど経った現在も彼の思慕がある程度でも治まるなり鎮まるなりしたのかといえば、まあ方々ご覧のありさまであり、お察しの通りなのであった。


・初恋って病気!

//20160821


 つまり総じて、日常の如何なる一幕にも有栖川白雪の存在を関わらせて想像せずにはいられないということ。
 ただ一緒に居たいだけ、というのも、つまりはそういうこと。


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