text (風紀巫女SS) | ナノ
夏の夜の共寝

◎復帰第1本目がそれかよと怒られそうですがシモい話題です。
◎ピロートークです。事後です。
◎ということで直で致してはおりませんが話題がシモいです。
◎2年経っても[ Tg ]の風紀さんはいつもどおりです。








 愛し合ったあとの熱の残滓を緩やかに冷風が紛らわせていく。ファンが回る静かな環境音と、傍らで上気した肌もそのままに目を閉じている白雪の呼吸音と、僕が手慰みに捲っている書類が立てる僅かな紙の音だけが今はここにあった。
 静かな夜。穏やかな夜。つい先刻までの性急な渇望の衝動が嘘のような、愛おしい時間。(――治まった、というだけであって、それは決して僕の中から消え得るものではないのだが)

「……ゅ」

 薄いタオルケットに絡まっていた白磁の足が微かに動く。身動ぎに混じって、若干擦れたような声が漏れたのを聞き逃す僕ではなかった。

「寝付けない?」
「……あついんだもん」
「とはいえ君は、それ以上脱げないだろうに」

 なにせ心許ない布の下の彼女は、一糸纏わぬ姿であるからだ。

 夜の帳も降りて久しいこの快い静寂の中にあって、過ぎた言葉は必要とされない。平生は饒舌なほうに分類される僕でさえ、こうした折にはつい語彙を乏しくしてしまう。僕の、いったい何処から捻出されてくるのだろうと思う物言いも、白雪に対して――ことこのような時間に限ってのみのものである。

「きよくん、今日もいじわるだった」
「白雪がいけないんだ。きみが愛らしいのが、すべていけない」
「……そんなこと、ゆわれても」
「僕が抑えられない以上は、きみに慣れてもらわなければ」

 タオルケットから出ている腕の、白く滑らかなのに惹かれてやまず、つい手を伸ばす。肘の裏側から二の腕にかけての、水分を含んだようにしっとりとした少女らしい感触。くすぐったい、とやはり舌足らずに形だけの抵抗を見せる白雪は、学級での瀟洒な立ち居振る舞いと打って変わってひどく幼げだ。
 サイドチェストに書類を放って、あついねむいと小さく洩らす彼女の隣にお邪魔する。何の思惟も無く、感情のままに口を開く白雪の姿は僕にとってでさえ未だに新鮮で――叶うものなら、いつでもそうあってくれたらいいのにと願うものでもある。とはいえ、今ですら愛らしい白雪がこのように幼く稚気めいた振る舞いを周囲に見せるようになったら、と考えると途端に焦燥の念に駆られる自分がいることも否めない。愛らしい彼女の姿は僕だけが知っていればいいのだ。

「……などと言い始めると、そもそもどんなきみであろうと独り占めしてしまいたいことに変わりは無くなったりもするのだが、な」
「ゅ……?」
「嗚呼、済まない。なんでもない」
「あついー」

 暑かろう。大の男に横から抱え込まれているのだから。
 きよくんきょうはくっついちゃだめ、と力なくはたかれるが、当然のように聞き流させていただく。周囲からの評価を拝聴するに、なにぶん石丸清多夏という男はとにかく人の話を聞かないということだから、これも仕方のないことなのだ。
 時節柄どうしても気になったので、書類の傍らに置いて居たペットボトルをひと口呷った。そのまま、半目で呆ける白雪の、これまた半開きだったくちびるを軽く押し開いて自分のそれと重ねる。合わせた口の端から飲料水とも唾液ともつかぬものが一筋伝っていくのを感じた。ちいさく彼女の喉が動くのも分かる。この距離なら、白雪の一挙一動がすべて分かる。

「……あたりまえみたいにちゅーするの、ね」
「当たり前だろう」
「……かな」
「だ」

 斯様に省略された応酬すら、今の僕には快い。

 空調の行き届いた希望ケ峰においても夏の夜はやはり聊かの寝苦しさを感じる。而して僕には白雪から離れるという選択肢を端から持てようもないのだ。僕を聞き分けのよい良い子だと評してくれる誰ぞが居るのであれば、こんなささやかな我儘くらいは許してもらいたいと思う。たとえ許されずとも、手放せるかと問われれば無論、答えは否でしかないのだが。

「…ん、ゅ」
「うん?」
「……あし」
「足。……どうかしたかい」
「たれてきた」
「何が?」
「……ゆわせるの?」

 そういえば外側しか拭わなかったのだったか。どうにも獣じみた情欲にかられると後のことを考えられなくなってしまうから宜しくない。
 数時間前を思う。渋る白雪を、あとできちんと責任を持って風呂に入れるから、と無理やり説き伏せて寝台に押し倒して。いつものように途中で気をやってしまった彼女が目覚めるまで、と思って手慰みに書類に目を通したりしていたのだった。

「失念していた」
「ばか」
「済まない。……ん、明日の朝だな」
「……きよくん」
「今宵は其の侭で。白雪」

 少しでも長く僕のことを、その中に留めていてほしい。

 なんて非道徳的な願望。今はそれが容易く叶えられてしまうことは承知している。立場上いつその身に危機が及ぶか知れない彼女は、定期的に薬を服用している。
 でも、と思う。もし、と思う。
 そうなってしまえば取り返しがつかなくなることは重々理解しているし、皮肉にもその存在に僕たちの関係が守られているのだということも分かっている。それでも。
 有栖川白雪を愛して、すっかり顕在するようになってしまった僕の汚い我欲が、「もしかして」が起こる未来を時折夢想する。焦らずとも、この学園を卒業した暁には先ず間違いなく叶えられる青写真だというのに、理屈や倫理では説き伏せられない劣情が、一年でも早く一日でも早くと、彼女を手に入れるための確固たる事実を欲してやまない。

「……べたべた、する」
「我慢だ」
「んぅ、……あつ」
「そうだな、暑いな」

 後に続いた「……なんで」という微かな声は、恐らく白雪が何度も暑いと言っているにもかかわらず僕が抱擁を解かないことへの疑問の意だ。それこそ平生、僕は基本的に彼女の意に背くようなことをすすんで行ったりはしないからだ。
 而して。僕は敢えて「夏だからだ」とだけ返して寝入った振りを決め込む。石丸清多夏は人の話を聞かない男であるからだ。

 幼気な譫言を紡ぎ続ける口が寝息を立てはじめたころ、僕は漸く冷房の温度を下げた。


//20160721


Tg丸くんはナチュラルに下衆い(再確認事項)
1文字2文字でニュアンス会話する風紀巫女が書きたかっただけのおはなし

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