text (風紀巫女SS) | ナノ
百何回目のプロポーズ?


「白雪――……嗚呼、済まない。作業中だっただろうか」
「あら、構わなくってよ。遊んでいただけ」

 休日の昼下がりのこの時間、彼女の部屋に施錠がなされていないという事実は僕だけの知るところである。
 それは紛う方なく僕ひとりのためであり、現にこうして室内に足を踏み入れた僕に対して白雪は振り返ることもしない。僕だと分かり切っているからか。

「コンピュータを使った遊びにも様々あるのだな。先日きみに教えて貰ったものとは全く異なる画面だが」
「未開の地を切り開くゲームよ。資材を集めてツールを作るところから自前で、ゆくゆくは農場を経営したり廃坑で採掘をしたり、異界へモンスターを討伐に行ったり自由に出来るみたい」
「……難しそうだ」
「あたしも四苦八苦しているわ。不二咲さんに勧められたのだけれどなかなか奥深くって、山田さんや響子さんたちと情報交換しながら微々と向上させている感じね」
「ほう」
「盾子さんがむくろちゃんとのマルチプレイで彼女が一生懸命整地していた山をひとつ完全に焼き払っていたときには笑えたものよ」
「むぅ……」

 僕が知らないうちに、僕の手の届かないことで白雪が他の誰かと繋がっていることが、純粋に面白くない。
 この狭量さが如何ばかりかということは自分でもよく承知している。しかし、分かっているからといってそれが抑えられるかどうかは別問題だ。こと、個人的な問題に於いては。

 椅子に掛けている白雪を背後から強く抱きしめると、当然のように此方の胸に頭を垂れてくる仕草。僕に慣れきってくれたその挙動を心から愛おしく感じる。

「みて、これ」
「……僕には見ても分からない」
「もう……拗ねてはいや。ほら、ご覧になって、このブロックなのだけれど」
「石だな」
「ええ。このゲームの中では"丸石"という定義づけなのだけれど」
「……白雪、もういいから僕に構ってくれ」
「あらあら。じゃあ深夜帯に一人この部屋でこのゲームを起動するたびにこのブロックを見て貴方を彷彿するあたしの話はしなくても宜しかったかしら」
「は、」

 まるいしまるいし、って、このブロックを探して一生懸命ピッケルを振るっていると必然的にとある名前が過るのよね、サブリミナルかしら。
 言っている端から自分でも可笑しくなったらしく僅かに肩を震わせながら告げられる言葉に、漸く理解が追いついた僕は目線下で渦巻くつむじに顎を乗せた。

「……莫迦を言うんじゃない」
「まあ残念、きゅんとして頂けなかったかしら。我ながらなかなかの発想だと思ったのだけれど」
「きみに一方的に懸想を拗らせていた時分であれば狂喜しただろうが、生憎と今では僕も随分と我儘になってしまったようでね」
「その心は?」
「そんな事より直に僕と触れ合ってくれるほうがうんと喜ばしい、としか思えないんだ」


 欲求は尽きることを知らず。
 彼女が与えてくれると言うものならすべてを享受したいと思ってしまう。

 最初は同じ空間に居られるだけでも至福であると思えた。暫く経てばもう、僅かでも開いた距離を歯痒く感じるようになってしまっていた。
 有栖川白雪の日常の中に、一幕でも僕の存在を認識して貰いたかった。今では逆だ、彼女の中に僕が存在していない時間を作ってほしくないとすら考えている。
 
 僕はおかしいのだろう。而して、既にして手遅れなのだ。
 男女間における慕情の遣り取りについて「普通」を知らない僕は、自分のものさしで指標を作ることしかできない。それを、伴侶たる白雪が受け入れてくれるか否かがすべてであり、他の基準は介在し得ない。
 大切だ、と思うものは無論さまざま持っている。しかし、僕にとっての最優先事項はいつだってきみ一人だ。


「……白雪」
「なあに?」
「結婚したい」
「うふふ、脈絡も何もあったものじゃないわねえ……この流れで仰るかしら」

 違う。別にこの頃合いだから言った訳では無くて、常に思っていることがたまたま口を衝いて出ただけだ。実際、既に幾度目か分からないほどに同じ訴えをしてきた過去がある。決して軽い気持ちで口にしているわけではなく――僕にとっては、意義深い確認のための応酬なのである。
 白雪もそれを分かっているからこそ、大仰であろう僕の物言いに少しの動揺も見せない。

「結婚しよう、な」
「ふ、……ふっ! かつての貴方を知っている身としては、なんともこう、シュールというか」
「きみ以外では嫌なんだ」
「あらあら、困ったわねえ。もっと素敵な女性はいらっしゃると思うのだけれど」
「素敵な女性は数居れど、有栖川白雪は一人しか居ないではないか」
「そうねえ、レアねえ」
「ということで僕が頂いておこう。世の素敵な女性たちは他の男どもにくれてやればいいんだ」
「上から目線!」
「いいから、……白雪、僕と結婚してくれるかい」


 改まった話などでは無く、僕たちのこれまでに何度も繰り返された応酬。
 そうであろうと、僕は切実に待っている。


「――もとよりその心算よ。いけなくて?」


 最早定型句であるとばかりに呈される、きみからのその返事を。


//20140601

 こんなことばかりしていた報いが結婚連載の1話です
 ちなみに巫女が冒頭やってるのはお察しのとおり某開拓ゲーです



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