text (風紀巫女SS) | ナノ
植物園に行きました。




「――……ふぅ、」



「ね、深呼吸したくなるでしょう。籠っていると言うには爽やかだし、清々しいと言うには多分にウェットな、独特の空気」
「森に入ったときとはまた違うな、よく見ると鳥や虫たちの種類も別のようだ」
「嗚呼…そういえばこの間、貴方を山までお連れしたことがあったわねえ」
「長閑な土地だった。もう少し気温が上がったら是非また避暑に伺いたいものだ、思えばあのときには緊張しすぎていてきみのご両親にも満足に挨拶差し上げられなかった気がする」
「そんなことないわ? 誰の覚えもたいへん宜しくていらっしゃるわよ。素敵な伴侶を逃さないよう、なあんて……長い幹部のかたからも念を押されてしまったほどなのだから」
「……逃さないよう、というよりは寧ろ、きみが僕から逃れないよう、というか――っむ、わあッ?!」
「? 清多夏さん如何なさったの…って、あら。うふふ、みつばちじゃない」
「蜂だ……」
「ええ、そうね。蜜蜂ねえ、それも小さな。花粉を運んでくれるからこういった場所には必要な存在だわ。…大丈夫よぅ? なんにもしないのだから」
「……うぅ」
「んもぅ、向こうにおいでの子どもさんたちだって怖がっていないのに――……というか、こうしてあたしの手を取っていたところで刺されるときは一思いに刺されてしまうのではなくて? なあんて」
「否、手を取ったのは単に僕がそうしたかったからで特に蜂とは関係ないぞ」
「然様で……。兎に角、此方から何をか彼らを害そうとさえしなければ大丈夫だから、安心なさってね」


* * *



「成程、園内にカフェテラスがあったのだな」
「そうなの。此処のハーブティーがあたし専らここ数年ご贔屓で……はい、どうぞ」
「ポットで出してくれるのか、……うん、知っているぞ。こういうのを"本格的"だと言うんだ」
「あらあら…少し前までティーバッグの存在にも驚いていた清多夏さんが。なんということでしょう」
「色々なところに僕を連れて行って世間知を身に付けさせてくれようという白雪の遊び心が光るな」
「……そういう返しまでお勉強なさらなくて結構よ?」
「舞園くんが、きみは言葉回しが堪能な人間を好むと言っていたので」
「だいぶん古いデータなのでなくて? ……して、お味は如何かしら」
「セレス君などが好んで嗜んでいそうな味だな。上品だと思う」
「彼女、ミルクティー以外は紅茶だと認めておられないようなのだけれど」
「それが而して、先日うっかり牛乳を切らしていたらしい山田君がおっかなびっくり普通のダージリンを出していたのだが」
「あらあら、彼もまた随分と勇敢になられたことねえ」
「……まあ、セレス君の機嫌がたまたま好かっただけのことなのかも知れないのだが、驚いたことにその日はカップも山田君も無事だったのだ」
「普通に召し上がったのね?」
「ああ。彼女も希望ヶ峰での生活を通して丸くなりつつあるのだろうな、十神君や腐川くん、……それから、僕も然り、だが」
「そうねえ」
「僕も、まさかこうして休日を愛しの女性と過ごすようになるなどと思ってもみなかった訳だし」
「学校に休みはあれど――……だったかしら? 懐かしいわねえ。あれはもう宜しいの?」
「無論のこと学業を疎かにする気は毛頭ないぞ。今だって外部模試や学園内の特別講習などに余暇を割くことが多いのはきみも知っているところだろう」
「ええ」
「だが、……今の僕にはそれと同等、若しくはそれ以上に価値のあるものがある。学生としての数年間を全うするのが本道だということは言うまでもないが、ひとりの人間としての休息は必要だと考えるようになった。それだけのことだ」
「――……うぅーん」
「?! ……ぇ、白雪、…僕はまた何か恥ずかしいことをしてしまっただろうか」
「そうねえ、……和やかな休日の昼下がり、植物園の園内テラスでティーカップ片手に弁舌を振るう風紀委員氏…の構図はなかなかこう、シュールなものがあるわよねえ、と思っただけよ」
「き、きみが話題を振って寄越すからッ」
「うふふ…確かにそうね、御免遊ばせ。……ところで、結局お茶はお気に召して頂けて?」
「……むぅ、」
「あたしなんぞにお気遣いは無用よ? というかハーブティー自体が元来一般ウケするものではなかったりするもの、現に響子さんも香りの主張が強すぎるからって普通のお紅茶のほうがお好きのようだし」
「否、別に嫌いだという訳ではないのだ。上等なものなのだろうし美味だとも感じるぞ」
「そう? それなら良かったのだけれど」
「ああ。ただ、」
「ただ?」


「僕にとっては白雪が僕の為に淹れてくれるものが至高であるからして、それと比べれば一手劣ると言わざるを得ないというだけだ」


「――……うぅーん」
「…僕はまた何か」
「ええ、とっても恥ずかしかったわ今のは。そしてこういう時に限って貴方は真顔でいらっしゃるのね」
「済まない、…その、僕にとっては特に意識することも無い事実を口にしたまでだったので、その、今更照れるまでのこともないと判断したのだが、それでも白雪にとっては恥ずか「いいの、大丈夫よ。ほら此方のお茶菓子も召し上がって頂戴、薔薇を象ったフィナンシェなのよお洒落よねえ」ッむぐ、……」


//20140526

 既にデート中の会話もこなれきっている二人
 →と見せかけてまさかの不意打ちで巫女轟沈


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