text | ナノ

終業式後、夏休みを控えた食堂で。



「昨今の社会情勢は如何だね、霧切くん」
「メディアによる政治の印象操作が先なのか、それこそ取沙汰されている政治による報道統制が先なのかは個々で解釈が分かれて当然だと感じるわね。全国紙を読み比べていると特に感じるわ」
「社説を読むだけでも各社のスタンスを通り越して主筆方々の思想的な偏りを感じざるを得ないことは多々あるからな。教育の現場に於いては僅かでも中立から逸れようものなら多大な謗りを受けようものなのに、まっことこの国の報道媒体は自由だと思わされるよ」
「同意ね。記事の取り上げ方を比較するのであれば一面が顕著で面白いけれど、各社の主張の顕れは寧ろ二、三面に注目するとはっきりするのが興味深い」
「特に見出しの付け方だな! 同じ原稿からニュアンスを肯定的にも否定的にも持っていけるのだから文字の力は偉大だと思う」

「――お待たせしてごめんなさいね清多夏さん、頂きましょうか」
「おお! 楽しみに待っていたんだ。いつも済まないな」
「あたしが好きでしていることだもの? うふふ、今日は茄子とひき肉の混ぜご飯に鰯つみれの春雨スープ。それと蒸し鶏の甘酢あんかけ、昨日の残りだけれど」
「な、なんて素晴らしい昼食なんだ……ッ!」
「毎度新鮮なリップサービスを有難うね、痛み入るわ。今お茶をお煎れするわね」
「霧切さんもお待ちどおさまでしたー、…というか、なんですかさっきの石丸くんとの会話。意識高い家庭のお父さんとお兄さんみたいな感じありましたよ」
「舞園さんも混ざる?」
「やろうと思えばわたしたちだっていけますけど、アイドルは難しいこと匂わせないほうがいいんです。でも要所要所で不謹慎な言動を見せないためにも情報自体は押さえておくのがマストですっ」
「それで、私の昼食は」
「あ、ですです。ふふふー、今日はパンの耳のぐるぐるロールフレンチトーストです! 霧切さんこの間美味しいって言ってくれましたから。あとはカレースープと、ツナとたまごのパスタサラダにしました。勿論熱いコーヒーもどうぞっ」
「有難う」
「いえいえー、あんまりこうしてみんなでご飯できることってないですから張り切っちゃいました。夏休みも始まったことですし、暫くはこうしてゆっくりできる時間も増えますかね」

「終業式が終わった後の時間を斯様にのんびりと過ごしたことなどついぞ無かった身としては、なんというかこう、落ち着かなくもあるのだがな」
「私も同じよ石丸くん、向かいの彼女に感謝すべきね」
「あら、あたし? うふふ。そんなに大したこともしていないからなんだか面映いわねえ」
「つまり霧切さんはわたしに感謝です? です?」
「……舞園さん、スープ用の小さなスプーン頂戴」
「あっスルーですね有難うございます! はいはい此方にー!」
「とはいえ学生としての本分はきちんと全うせねばなるまいよ」
「勿論。其処は清多夏さんの揺るがない柱だもの――きちんと算段立ててありますから、滞りなく終わらせてまいりましょうね」
「各教科、補助教材の指定範囲ぶんは既に八割がた済ませているのだが君たちはどうだね」
「まあ授業の進行から推測すればある程度どこからどこまでが範囲になるかはアタリが付いたものね。理系科目は終わらせてあるわ、そこのアイドルに補講もしなくてはいけないし」
「んむー……忙しいだろうからって課題軽減してくれようとした先生がたにちゃんと断ってみんなと同じだけやろうって決めたんですからそこは褒めてほしいです。アイドルしょんぼりです」
「おおかた此処の面子をアテにしたんでしょう」
「仲間だもんげ! って、それだけが理由じゃないですよ勿論。わたしだけじゃない、皆さんそれぞれに忙しいんですからわたしだけ特別扱いしてもらうわけにいかなかったんです」
「立派だわあ、さやかさん。とっても偉い子」
「あぁ…流石は巫女さん、バブみを感じます……!」
「石丸くんもあの子にバブみを感じているの?」
「否。僕は特に彼女から産まれたいなどと思ったことはないな。産ませたいと思うことは多々あるが」
「お二方、いかがなさったかしら? ――うふふ、1週間後くらいを目途にまた皆で集まって記述課題の相互添削でもしましょうか」
「嗚呼、その集まりだが。77期の左右田先輩と日向先輩が参加したいとの事だった」
「左右田先輩ってあの、"メカニック"のかたですっけ」
「ええ。確か見かけに拠らず成績は優秀らしいわね。もう片方は確か予備学科の有名人ね」
「あ、77期のお世話係さんですか……」
「なんだか面白いわよねえ、学年で見ると先輩でも入学時の年齢を考えると実際は複雑だったりもするから。清多夏さん、確かあたしたちよりも彼らとのほうが実年齢が近くていらっしゃるでしょう」
「ああ、あと大神くんも向こう寄りだな」
「少し大所帯になるわねえ、その日のご飯は手巻き寿司にでもしましょうか」
「! わーいシーフード大好きですわたし。ぜったい都合つけますね!」
「書き入れ時でしょうが。舞園さん、仕事しなさいよ」
「"超高校級の"ってことは高校生であることが前提ですから! 高校生らしさは常に忘れないわたしでありたいんです! きりっ! きりぎりっ!」
「殴るわよ」
「殴ってから言うのってどうなんですかね?!」
「――ふむ、それから夏季の特別課題分冊に関しては流石に本日配られたものだから対策はこれから練らなくてはな」
「確か休業明けの課題テストがあれを出題範囲にするのだったものね、となると確実に休業中に2、3周はしておきたいところねえ」
「私、裏表紙に付いていた『夏らしい詩を創作しなさい』から全力で目を逸らしたいのだけれど」
「なにっ、逃避はよくないぞ霧切くん! 採点対象外とはいえ出された課題には全力で取り組んでこそそれを全うしたと言えるのだ!」
「わたしが代わりに霧切さんのぶんまで書いてあげます!」
「絶対に嫌」
「そういうのも含めると、いたずらに一日そこらで全部やりきってしまうのも考え物なのかしらね。数学や英語にはアドバンス問題として未履修範囲のものも幾つかあったし」
「えええ?! 困りますよう、ただでさえわたし数学って苦手なのに……!」
「その点は十神くんと相談してある。そこに取り組みたい諸君を集めて数日、課題になっている部分の講習を行う心算だ」
「あら、気が利くじゃない。十神くんとあなたが協力する日が来るだなんて思いもしなかったわ」
「英語に関しては生きたそれに触れて造詣の深い彼に頼るのがもっとも皆のためになると考えた。解法を教えるだけなら僕でも事足りるが、講習となると足りない部分も出てくるからな。……あ、ご飯のお代わりを所望する。とても美味しかった」
「うふふ、ちょっと待っていらしてね。今お持ちしてよ」
「私には教師役は向いていないし、十神くんがやる気でいるのなら最適の人選だと思うわ。その日、腐川さんも来るのであれば詩の書き方を尋ねてみようかしら」
「だから霧切さんのぶんはわたしが…え、あ、コーヒーお代わりですか? わっかりました今直ぐにー!」

「……課題が済んだら、彼女と何処に行こう」
「あら、石丸くんも遊びの予定なんて考えるのね」
「君は?」
「あの子たちと3人で旅行に行くならどこに連れて行くのがいいかしら」
「舞園くんと、二人で、行ってきたまえ」
「狭量ね」
「何とでも言うがいい」
「……私も、例年になく今年の夏休みは楽しみよ」

「お二方、食後は皆で図書館に行かない? 読書感想文の課題図書、四人で選び合うのも楽しいと思うのよ」
「ちなみにわたしのアイデアです! どやです!」

//20160726-0808

一生の友と、愛おしい伴侶と。
きっとたくさんのものが得られる輝かしい夏が、やってくる。