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巻き込まれちーたんの意見具申。



 “超高校級”の高校生たちが集まっているこの学園の中でもいっとう特殊な立ち位置を持つ「巫女」の彼女は、遠出から帰ってくるたびに様々なお土産を携えて帰ってくる。それを僕たち78期が楽しみにしているのは最早知れた事実で、今回とて同じだった。
 勿論、僕が彼女に対して抱いている感情はあくまで親愛の情に過ぎないのであって(彼女の女性らしさに触れるにつけ、やっぱり僕がなりたかったのは決して女の子なんかではなかったんだ、って気付けるくらいだったんだもの)、特別なものなんかじゃない。それは多分彼女のほうだって同じで、ある一人を除いてはきっと扱いは同列で「同級の皆さん」以外の何物でもないんだと思う。

 だから。

 彼女が真っ先に僕へお土産を渡してくれたからって、そんなに僕のこと目の仇にしなくたっていいじゃない、風紀委員さん。

 * * * 


 今回は本州を離れての遊説であったらしい旅行記を遠くの方で聞きながら、教室の隅で包みを開ける。僕も早く教卓のほうへ行って、おやつを食べながら――放課後にみんなで持ち寄って食べるお菓子ってどうしてあんなに美味しいんだろうねえ――話し上手な彼女(流石は「巫女」、大勢を前にしての講話から少人数への語りかけまでをこなすというのだから当然技能は熟達されるんだろう)の軽妙なトークを聞きたい。でもそれは、この包みを開けて中身を確認し、然るが後にこの、今まさに僕の目の前で黙って直立している真実一路の優等生くんを納得させてからになるだろう。同じ希望ヶ峰の同級生だとはいえ、漸く最近少しずつ自分に自信が持てるようになった、なんてまだまだ弱い僕からすれば、声も存在感も大きい石丸くんはやはり恐るべき存在である訳で。聞き咎められない程度にこっそり溜息を吐いた。きみの恋人盗ったりとか絶対しないってば……。
 「おお、良かったではないか! 何が入っていたのだね、開けてみたまえよ」なんて僕の肩に腕を回してきたのはついさっき、帰投の挨拶を終えた彼女がいつものように舞園さんや霧切さんたちと話し始めて僕たちに背を向けてからだった。割と同性には気安いスキンシップを図ってくる石丸くんではあるのだけれどなんかそういう感じじゃなかったのが怖いし、それでいて目が笑っていなかったのがもっと怖かった。親切めかして結局は僕が彼女から何を受け取ったのか気になって仕方なかったのだろう、とてもじゃないけれど「後で開けるねぇ」なんて言える空気ではなく僕はただ頷くだけで、今に至っている。

「不二咲、早くコッチ来いっつの。オメーが好きなあのクッキー、あればあるだけ朝日奈に食われちまうぞ」
「ふっふえぇ、待ってぇ……! 今行くからぁ」
「済まない、兄弟。今、不二咲くんと少々込み入った話をしているのだ…悪いが彼のぶんを確保して貰えると有難いのだが、頼めるかね」
「ふぇ」
「ンあ、そうだったか…邪魔して悪かったな、兄弟」

 何気にサブカル方面だけじゃなくてお菓子にも詳しい山田くんがこういう時に持ってきてくれるラインナップは奇遇にも僕の好みであることが多くて、今回も僕が大好きなクッキーの期間限定の味を持ってきてくれていたみたいだったのだ。大和田くんが気を利かせて声を掛けてくれたのに振り向いたところで肩を押さえられて止められた。大事な話、なんてしてた心算はないんだけどなあ!
 片手のひらに乗るくらいの小さな萌黄色の包みを綴じているリボンに指を掛けて解く。袋と対照的に大地の色をしたそれと相俟って、包みの印象は柔らかいながらにちょっと落ち着いた感じだ。僕の好きな色の組み合わせ。……そんなに嬉しそうな顔をしていただろうか、頭上から小さく舌打ちを殺したようなものが振ってきた。それを有耶無耶にするかのように後に続いた咳払いは、恐らく石丸くん自身も先の舌打ちが無意識のうちに出てきてしまったことに焦ったのだと思う。うん、きみって実は周りから持ち上げられてるほどには聖人君子じゃあ、無いよねぇ? 分かってたけど。

 素直に「君が僕より先に彼女から話しかけられたのが気に食わない」とか「彼女が僕以外にものを贈ったのが気に食わない」とか言ってくれたほうが此方としてはよっぽど気が楽なんだけれど、決してそういう直接的な物言いはしないのが石丸くんの常だ。聞き分けよく節制に努め、なんてことを自ずから敢行してきた結果が今の彼なのだろう。結局は、嫉妬にしろ八つ当たりにしろ当人以外には迷惑以外のなにものでもないんだ、って、自分が一番よく分かっているのだろうこその葛藤だと僕は分析している。
 内実はどうあれ、石丸くんはこの78期の中では比較的「常識人」に属する立ち位置のひとだ。実年齢が高めであるという以上に、彼の規範意識であるとか正義感であるとか、肩書的なものが作用しているのだと思う。僕や朝日奈さん、苗木くんなんかはどちらかというとそういうひとたち――石丸くん以外なら霧切さんとか十神くん、引っ張るというよりは見守る感じの大神さん辺りかなぁ――についていくポジションだから、あんまり学級の中でイニシアチブを取ることについては考えない。何が言いたいのかというと、確かに石丸くんは自分の恋人であるところの彼女を溺愛してはばからないひとなのだけれど、意外にも教室の中だとか学級として行動しているときにそれを表出することって少ないんだよね、ということだった。今回彼女からプレゼントを受けとってしまった僕に対してこんななのも、日ごろ我慢している反動なのかも知れない。(放課後や休日に彼がそれはもう好き放題させて貰っているらしいことは、ここでは一先ず措いておこうと思う。)

「――で、何が入っていたんだね」
「ぇと、”旅のお土産銘菓ランキング”1位のパティスリーの、キャンディー……みたい」
「…飴、……っく、そうかね! そうだったのかね、不二咲くんに相応しい土産物ではないか! 流石は彼女だ」

 いつもの快活なそれと違う、喉元でくぐもった笑い声は少し大人の男の人のようだった(僕には出来ない)。石丸くん、あんな笑い方できたんだ……。というか、なんだか軽く莫迦にされたような気がするのは気のせいだろうか、焼き菓子が相応しいってどういうことかな。兎に角。まあ、こういう態度でも取っていないと自分の中の幼い、それこそ子どもみたいな嫉妬心――否とは言わせない――を抑えられないのだと思う。これがもし舞園さんだったら「あーっ不二咲くんだけプレゼントなんでずるいですー!」とかって言えるんだろうけれど、変なところで分別を捨てきれない石丸くんにはそれができない。ここは黙って笑われておいてあげよう、”ダチ”への気遣いってのは男のハクを上げるもんだ、って大和田くんも言ってたことだし。


「お二方、お話は済まれたかしら?」


 過剰でない柔らかな花の香りがして、控え目ながらよく通る声が近づいてきた。僕たちの背後、少し遠くで微笑んでいたのは、目下この話題の渦中の人物だった。つい小一時間前には山のように土産物――紙袋に箱にと幾つも携えられたそのすべてが僕たち78期生のためのプレゼントだった――を抱えていた華奢な両手には、クッキーが載った紙皿だけを持っている。多分、約束通り大和田くんが僕のために確保してくれていた分なんだろう。わざわざ持ってきてくれたのか、大和田くんが事情を察して彼女をこっちに寄越してくれたのかは分からないけれど、一先ず僕の背後の気配が少々でも穏やかなものになったのでどちらにせよ結果オーライだった。
 当然のように僕の横を通り抜けて彼女の持つ皿を取り上げた石丸くんが、それを僕に差し出してくれる声は明らかにご機嫌だった。曰く、「不二咲くんッ、彼女が持ってきてくれたぞ。君に、だそうだ!」。……否、分かってるよぉ。あたかも僕のために動いてくれたんだ的な振る舞い、ちょっとずるいんじゃないのかなぁ……? そこで嫌な顔ひとつせず「あら有難う、清多夏さん」なんて言えてしまう彼女も彼女だ。幾ら巫女さんだって受け入れていいことと悪いことがあると思う。騙されちゃだめだよ、その風紀委員さん今きっと自分のことしか考えてないよ。

「皆に飴を配って回っていたのかね」
「いいえ? 特別お菓子が好きそうなかたにだけ。さやかさんや葵ちゃんにも不二咲さんと同じものを差し上げていてよ。あとの皆さまには各々髪飾りですとかご当地のキャラクタグッズですとか、――嗚呼、葉隠さんに燻製をお預けしているから近々男子会が催されるのではないかしらねえ」
「……むぅ、」

 黙って流した、ように見えるかも知れないけれどもう僕には分かる。あれは「僕には何もないのかね」の顔だ。特別扱いして欲しいのだろうけれど、それを言えないでいるのだ。巻き込まれた部外者の僕としては、なーんだ石丸くんもかわいいとこあるんだ、とは純粋には思い難い。
 つまるところがいい歳した男が拗ねてるだけなのだから、別にかわいくも何ともない。普段、クラスの誰より勉強が出来て、竹刀を手にする姿や校門前で違反生に声を張り上げている石丸くんの姿は本当に「日本男児」って感じでかっこいいのだけれど、今やその片鱗もない。……恋人である彼女だって内心呆れてたりするんじゃないかな? 友達、程度の――しかも、大和田くんを介してとはいえクラスの中ではまずまず彼と近しい位置にある――僕でこうなのだ、恋人の立場からならもっと色々見えるのだろうし。
 が、少し苦笑のニュアンスを滲ませた彼女が次に発した一言は、僕がまだまだ彼女のことを分かっていないのだということを思い知らせるに十分だった。


「――貴方には、あとで。ね?」



 ああ、多分、この子には全部分かってるんだなあ。

 そうするのが当然だ、みたいなていで頷いているけれどきっとこの風紀委員さんは内心かなりほっとしているんだろうな、とか。恐らく今の今まで僕が些細な嫉妬のターゲットになっていたんだろうな、とか。全部分かってるんだ。分かったうえで、こうして最後にフォローを持ってくるんだ。
 無自覚でいる振りをして、この直情径行(――というには少々後ろ暗い部分があるんじゃないかと僕は分析しているけれど)な彼を良い具合に手玉に取っているのかも知れなかった。だとしたらとんだ策士だ。

 ややあって、彼女が「あ、」と声を挙げる。

「ところで清多夏さん貴方、桑田さんに何をかお貸ししておいででしょう。彼、これから校外のジムに向かわれるようだから今の内に返して頂いておいたほうが宜しいのではなくて?」
「――嗚呼、古典のノートか。有難う、行ってくるよ」

 何とも色気のない用事だった。成程、彼女が僕たちのほうにやって来たのはただの偶然だったということか。
 特に何の躊躇いもなく(もう吹っ切れたのか、単純だ……)颯爽と石丸くんが教室前方の人だかりのほうへ去ってゆくと、此処に残るのは彼女と僕の二人だけになった。

「……ふぅ」
「不二咲さん、…もしかして大変でいらした?」
「うぅ…すごーく、八つ当たりをされた気がする、……かなぁ」
「貴方にまで? あらあら、あのひとも随分と見境のない……」
「アルターエゴにも教えようと思うよ、『恋は思案の外』ってさ。多分あの様子じゃ石丸くん、自分がつまんないヤキモチ焼いてるってこと意識してないでしょ。鈍感さんだもんねぇ」
「うふふ、そんなダイレクトに言ってあげないで頂戴よ……とはいえ、そうねえ。貴方には申し訳ないことをしてしまったかしら」

 「鈍感さん」発言にフォローこそすれど否定をしない彼女は、恐らく盲目的に石丸くんのことを好いているという訳ではないのだと思う。それだけが救いだ。彼の方は正直ちょっと危ないんじゃないか、と最近よく大和田くんと話をすることがあるものだから(勿論それでも、彼が僕たちの大事な友達であることに変わりはないんだけどね)。
 而して。「申し訳ない」と言う割には彼女の表情は極めて明るかった。いつも眉間に皺を寄せて厳しげな面持ちを保っている石丸くんのそれと相反するような、柔らかい眼差しの笑顔。――ああ、彼はいつもこの笑顔に甘やかされているんだろうなあと、考えずとも分かる。



「あたしのほうから窘めておきますから、許して差し上げてくださらないかしら」



 あたしに免じて、という言葉はふわふわととても優しい。けれどこの言葉はきっと、僕に対して、というよりは石丸くんに対して優しいのだ。……つまり僕はただ惚気られただけだ、と。うん、あんまり汚い言葉遣いは好きじゃないんだけれど、大和田くんのように野性的で男らしい語彙を今、抽出するのであれば――クソが、とでも言いたい心持ちだった。

 クッキーが載ったお皿に、さっき彼女から受け取ったばかりの包みを乗っけた。お菓子がいっぱいで普段なら苗木くんと一緒にわあわあ言ったりしてテンションが上がる筈なのに、今はそうでもない。まだお気に入りのクッキーの一枚もつまんでいないのに、甘いものはお腹いっぱいだからだ。クッキーも飴も食べないうちから「ご馳走様」を言いたくなった、なんて。
 何でって、…ねえ?

「……キミは多分、飴が多過ぎるんだよぉ」
「あら、然様で? それじゃああたしも一粒頂いちゃおうかしら」

 否、そうじゃないんだけど。
 けれど訂正するのももう面倒だから、開封済みの小さな袋から綺麗な桜色をした小球をひとつ、彼女の華奢な手のひらに乗せてあげた。このクラスでは唯一、僕なんかよりも小さくて細い手の持ち主が彼女だった。……よくよく考えてみれば、贈り主にお裾分けっていうのも可笑しな話なのだろうけれど。
 繰り返してもう一度。飴が多過ぎるんだ。今度は心の中で――もう一度口に出したら、彼女のことだからなんとなく悟られてしまいそうな気がしたから――。

 全部全部先回りして読んでやって、甘やかしてるんだ。相手が大の男だとか、彼女にはさしたる問題ではないのだろう。そりゃああれだけ愛されていれば幸せであることに違いはないとは思うけれど。
 飴と鞭、というには、少々――いや、多分に飴が多すぎる。


//20140519-20160725

もっともっと鍛えて強くなって、今度同じことがあったら石丸くんを思い切りどつけるような僕になるんだ。