text | ナノ

会話文シリーズは頭使わないのですごくやりやすいです



「待たせてしまって済まない。さあ、共に帰寮しようではないか」


「お疲れさま、清多夏さん。ペアがお休みで大変だったでしょう、日直業務」
「む、そう言うわりに手伝ってくれようとはしなかった癖をして」
「やあよ。だって丁度いいところだったのだもの。コレ」
「……ああ、成程。腐川くんの新刊かね」
「著者献本よ、レアもレアなんだから。うふふっ、明日さっそく寸評会をするのよ。冬子さんの依頼であたしが司会をするのだけれど、上回から辺古山さんや小泉さん、Miss.Nevermindなどもお誘いしているの」
「あとはいつも通りか。舞園くんと霧切くん」
「今回は特別ゲストで葉隠さんもお招きしていてよ」
「は? ……失礼なようだが、彼と読書というイメージがまったく結びつかないのだが」
「新作のテーマは『駄目な男に尽くす女』なのよ」
「成程、納得した」
「なかなかに興味深くてよ? 読み終えたら貴方にお貸しするわね」
「有難う。――それはそうと、きみに勧められていたあれも少しずつ進めているんだ」
「あら、あのゲーム? さやかさんたちの他に仲間が増えて嬉しいわあ」
「どうにもああいった手合いのものには疎い所為で仕様を把握するのに時間を要したが…慣れてくると楽しいものだ。委員会の作業以外にコンピュータを使うこともついぞ無かったぶん、新鮮で良い」
「まあ、そうなのね。よかったわ」
「何より不健全に画面前に張り付いている必要が無いのが好ましいな。少しずつ進めて、勉強や鍛錬の合間に様子を覗くだけでよいのはたいへん効率が良いと考える」
「うふふ、そう? ――なんだか感慨深いわねえ」
「? 何故だね」
「そうやって清多夏さんが、お勉強やお仕事以外に自分の時間を作ることを覚えてゆかれることが…かしら。人生を豊かにするためには、色々な時間を持つことが大切だもの」
「……以前の僕は、そんなにつまらない人間だっただろうか」
「いいえ、それは違ってよ。言うなれば――大切にしたいものがもっと増えたというだけなのではなくて? 心にも余裕が出来て、所謂”なんでもない時間”を楽しむことが出来るようになった、それだけのことよ。貴方は以前もいまも素敵なままだわ」
「そう、か。……良かった」
「お母さまも喜んでいらっしゃるのよ? 最近は学園で楽しく過ごしているみたいで…って」
「ああ、確かにここ数か月の連絡はきみのことを話す機会も数多だったしな――って否、待ってくれ。なぜきみがそれを知っているんだね」
「あらまあ! ご存知でおられなかったのかしら……あたし、清多夏さんのお母さまとは月に一、二回くらいお茶しているわよ?」
「はあ?! な、いつの間にそんな影の付き合いが」
「いつの間に、も何も。ほら、夏にあたしのことご実家に連れていってくだすったでしょう、そのときに連絡先は交換していたのよ。それからひと月くらい後かしら、偶然ホテルのティールームでお会いしてそのまま流れで意気投合してしまって」
「……ああ、漸く合点がいったぞ。毎週の電話で母さんがやたらときみを褒めそやしている背景にはそのような事実があったのだな」
「ちなみに来週末には二人でクラシックコンサートにお呼ばれよ。うふふ…お母さまとのデート、なに着て行こうかしら」
「『将来的に義理の娘になると分かっているのだけれど、つい友達のように思ってしまうの』」
「うん?」
「……と。母さんが言っていたのを思い出した」
「あらあら……これからどうなるかも分からないのに寛容なお義母さまであたし幸せよ」
「待ちたまえ、これからきみは僕以外とどうこうなる可能性があるというのかね?!」
「まだまだ若いものねえ、あたしも貴方も。これから貴方の前には幾らだって魅力的な女性が現れてよ? あたし、あんまり貴方にのめり込まないようにしなくてはいけないわねえ、よくよく肝に銘じておくわね」
「ぅう…う゛……――ぐすっ」
「! もう…ほんの冗談でしてよ? ごめんなさいね、杞憂ばかりを追っていては今の幸せを逃してしまいかねないのに。あたしがいけなかったわ、泣かないで頂戴」
「……ぅ…」
「え? なあに? 清多夏さん、もう一度仰って――……ええ? もう、…仕方ないわね、元はと言えばあたしが蒔いた種よね。謹んでお受け致してよ」
「……分かった。許そう」
「まったく、甘えっこさんを宥めるのも大変だわあ……それじゃあ、これからお買いものに行かなくてはね。明日は土曜日だったからそもそもお弁当を作る予定も無かったものですから、いま冷蔵庫になんにもないのよ」
「いつもの所だろうか?」
「ええ。今日は卵の特売よ、此方が調理担当とは言っても貴方にもきちんとレジに並んで頂きますからね? 明日の品評会、午後からだからケーキを焼いていこうかと思っているの」
「卵の確保に協力することは無論、吝かではないが。……むぅ」
「あら、今度は如何なさったのかしら」
「僕はそのケーキを食べられないのだろうか……」
「んまあ……なにかと思ったらそんな事でしたの」
「きみにとっては些事でも僕にとっては死活問題だッ!」
「あたしの手製のお菓子なんぞ平生から清多夏さん飽きる程召し上がっておられるじゃあないの……仕方ないわねえ、…なんて、嘘よ。きちんと貴方のぶんは別で作る予定にしていたの」
「そ、そうか…それなら良かった。――嗚呼、それはそうと」
「はい?」
「買い物に出るなら一度、僕の部屋に寄って行きたまえ。鞄を置きに行くのもあるが、この間きみが忘れて行ったポイントカードを返さなくてはならない。今日行く予定の店のものだったと記憶している」
「あら! 丁度無いなあと思っていたところだったのよ…よかった、其方だったのねえ。じゃあ遠慮なく、一旦お荷物下ろさせて頂いちゃうわね。――ううん、何にしようかしら……せっかく平日よりは時間もあるのだし、揚げ物なんかいいわねえ。唐揚げと…時節柄根菜がいいかしら、煮物はそれで。ご飯はゆかりご飯にして、もちろん卵焼きは標準装備ね」
「それと、この間…ええと校外のアドバンス模試の折に持たせてくれた弁当に入っていたあれが食べたい。あの、鮭の」
「鮭とチーズの春巻き? いいわ、簡単だもの。あのお店に大葉が売ってあったかだけが少ぅし心配だけれど…まあ、もし見つからなければ少し足を伸ばせばいいかしらね」
「あと、かき揚げも是非にと所望する」
「いやだわ清多夏さんたら、あたしの手抜きスポットをここぞとばかりに埋めていらっしゃる…もう冷凍食品の小さなグラタンあたりでお茶を濁そうとばかり考えていたのに」
「あれも美味だが、せっかくきみが作ってくれるのなら断然そちらを選ぶさ」
「……占い付きのグラタンにするって言っても、いけなくて?」
「嫌だ。もとはと言えばきみが哀しいことを言って僕に意地悪をしたのがいけないのだ」
「意地悪、だなんて、もう! 小学生じゃないのだから……ふふ、了解仕ってよ。ただ、あのかき揚げって実は、前の晩の残りで作ったものだったりしたのよね」
「確かにただの玉ねぎや人参ではなかった覚えがある」
「そうそう。偶然あたしの前日のお夕飯がきんぴらごぼうで、余ってしまったのよ。どうしようかしら、前のものと同じかき揚げにするなら先ずはそこから始めないといけないのね……今日はもう簡単に鶏飯とかにする心算だったのに」
「ふむ、つまり今夜の夕餉は鶏飯ときんぴらか! 素晴らしい、僕も是非呼ばれてゆこう」
「あら嫌なひと、さりげなく二食もあたしに作らせるお心算でおいでなのね」
「本当は一日三食作って貰いたいのを我慢しているのだ。謙虚と言って頂きたいものだな!」
「ふふふ、それはそのうち……ね。じゃあ、今夜は二人分作るのであればもう一品くらいあったほうがいいかしらね」
「あ、それなら食べたいものがあるぞ! 先週の弁当に入っていたもので――……」
「まあ、またなの? ――……」





「霧切さん、何ですかあれは」
「何ですかもなにも。いつもの石丸夫妻に相違ないじゃない、舞園さん」
「……なんだか空しいうえにひもじいです、霧切さん」
「食堂に行きましょう、ラーメンくらい奢ってあげるわ」


//20140222〜0402

「きゃー霧切さん愛してます! 作ってはくれないところがなんとも霧切さんらしくて素敵だと思います!」