一口噛むと、柔らかくほろりと崩れる蕎麦の優しい甘みが濃厚な鶏だしと絡み合って咥内に迸った。啜る食感も素朴で好ましい。程よく滲む鶏の脂のコクと、すりおろした自然薯の新鮮な粘りがのどごしに味わいに深みを与えている。 今年の年越し蕎麦は、格別だ。手作りでないと出せない温かな風味から、器用に切り象られたハートの型をしたさつま揚げから、作り手の深い愛情を汲み取ることができる――無論、僕への。 「――もう、新年まで幾ばくも無いのだな」 「あらあら、早いのねえ」 「白雪、向かいではなく隣に座ってくれ。……そう、此方に」 邪魔にならない程度にまで絞ったボリュームで各地の年越しの光景を紹介し続けるTVを背景に、この部屋にも穏やかな沈黙が降りている。 今年が新たしき色に塗り変わるまで僅かな時間を残した今、僕は今年得た奇跡――誰より、何より愛しい僕の白雪を傍らにして至極満ち足りた気持ちで居た。蕎麦の準備に、明日からの帰省の準備にとつい先刻まで慌ただしく動いていた白雪が漸くエプロンをほどく。紫水晶の瞳が探るように僕を見上げ、花咲くように開いた天使のくちびるは「如何?」と端的に問うて寄越してきた。 「最高だった。あまりに名残惜しくて汁の一滴まで残らず頂いてしまった位だ」 「まあ、お口に合ったみたいで嬉しいわ。明日のぶんも分けてありますから、また起きてお腹が空くようなら一緒に頂きましょうか」 「ああ、…一緒、に。――白雪、」 手を延べれば触れること叶う距離。僕が望むなら何時でもこの腕の中に収めること叶う、華奢で柔らかな、愛くるしい温もり。 苦しいわ、と漏らされるささやかな悲鳴すら甘やかに聴こえた。清洌を具現化したような快い芳香を辿って、緩く波打つ亜麻色の髪に鼻先を埋める。 「――今年は、世話になってばかりで済まなかった」 「そんなこと、なくってよ。あたしは寧ろ、貴方のお役に立てたことが幸せで堪らなかったのだもの」 「僕はもう、白雪なしでは居られなくなってしまった」 「あらあら…光栄だけれど、少々悩ましい事態かも知れないわね。来年、一年ゆっくり掛けて抑えてゆきましょ」 「否、結構だ。もとより直す心算もない」 「まあ」 「白雪、…来年も、僕の傍に居てくれるのだよな」 「ふふ、勿論よ。清多夏さん、貴方があたしを厭わないでいてくださる限り、あたしは何処にも行かないわ」 「来年だけではないぞ。再来年も、その先も、ずっとだ」 「あらあら。ずっと?」 「当然だ!」 白雪の隣にはいつでも僕が。 僕の隣にはいつでも白雪が。 そうしてまた来る一年を、一日一日丁寧に、生きていこう。きみを愛しながら、きみから伝えられる愛に感謝しながら。 我が意を得たり、とばかりゆっくりと瞼の裏に隠された紫水晶。くちづけを幾度も重ねる僕たちの背後で、かちりと殊更大きく音を跳ねさせた秒針が文字盤の12を打った。 白雪、今年も共に在ろう。どこまでも、共に在ろう。 ・20131231 「……ふふ、なんだか恥ずかしい年の越し方をしてしまったわねえ。さて、さやかさんのコンサートを見終えたら交代でお風呂、頂きましょうね」 「――……ぃ…、」 「? 清多夏さん、なにか仰った?」 「……白雪と、一緒がいい」 「はい、所属の委員会を仰って頂戴。石丸さん」 「休暇中だ!」 「っきゃ、待って頂戴脱がせちゃ嫌、よ! ――もう、」 「先刻、誓ったばかりだ。一緒に居ると」 「まあ、呆れたこと」 その前に、2014年最初のくちづけを頂けるなら、考えてもいいわ。 2014年も変わらぬご愛顧をお願い致します。 皆さま、よいお年をお迎えください! |