「僕は、自分で思っているよりも余程罪深い人間なのだろうな」 「――どうして?」 組み敷いてしまってから、そういうこと仰るのね。 寝台のうえでこうして睦み合うひとときは、それが過分な色を孕んだものでなくても心地よい多幸感を運んでくる。 今だって、そっと瞳を閉じればやわらかい接吻を額に瞼に頬に…と落としてくれるくせに、唐突に眉根を寄せ何処か痛むような面持ちで、清多夏さんは歯切れ悪くもそう零した。 「きみを愛している」 「有難う、あたしも同じよ」 「――だからこそ、この愛し方は正しくないのではないかと、時々考えてしまう」 あたしの髪を梳く長い指の一本一本にまで慈しみを感じてくすぐったいほどだというのに、この手さえもあなたは間違ったものだと仰るのかしら。 こちらから乞うように伸ばした両腕は、拒まれることなく彼の背へ回った。裸の上体。素肌が触れ合うところから伝わる熱は、どんなときにも心を宥めてくれる。而して、きょうの彼の表情は曇ったままだ。 「最初にきみを欲したのは僕だ。――それから今日に至るまで、幾度となくきみを求めてきたのも僕だ。元来、汚されることを赦されていない身であろうきみを、僕は」 「あらあら。まるであたしが一方的にあなたに手籠めにされたかのように仰るのね」 「……きみの、僕への好意を、僕が歪めてしまったような気がするんだ」 ――あらあら、まあまあ。いますっごく腹が立ったわよあたし。 じと、と鈍い音が付きそうなくらいの強い視線で仰いでねめつけると、彼はそれまで暗いのみだった表情を泣きそうなそれに崩した。 ねえ、清多夏さん。日本男児の男らしさって、筋って、誠意って、そういうことではないでしょう? 「それは違っていてよ?」 「ッそんな、」 「確かに、あたしはこういったこと、まさか貴方とこんなに早くに経験することになるだなんて思っていなかったわ。でもそれって、穿って言えばあたしが貴方の事、ステレオタイプで人間味に欠けた朴念仁だ、って捉えてしまっていただけの話だもの。純粋に、想定外だったの」 「……僕が思いのほか、自制心に欠ける男だったということかね」 「莫迦仰い、全然的外れよ。――あたし、寧ろ安心したのだから。嗚呼、清多夏さんもちゃんと人間だったのね……って。人並みの欲も、葛藤も、劣情だってお持ちで、確かにそれをあたしに見せてくださるんだわ、って」 恋人同士って確かに、いろいろな在り方があるわ。でも、それのひとつひとつを正しい正しくないなんて、誰が決めるのかしら。驕りだとしか思えなくってよ、そんなこと。 あたしと貴方にも、きっと沢山の在り方の可能性があった筈。そしてあたしたちは、今の在り方を選んだ。――ねえ、それであたしは今、こんなに幸せよ。それの、何がいけなくて? 「――きみの言うことは、僕に都合が良過ぎるんだ」 「まあ! あたしの本心が貴方にとって好都合ならそれって最高なのじゃなくって?」 「僕がよくても、……やはり、許され得ないことは許され得ないと、僕は」 「じゃあお尋ねするけれど、貴方たとえばこの関係が間違っているのだとして、今からすぱっとあたしを断てるかしら?」 「……、」 「ほぅら、莫迦なことばっかり仰っておいて結局だめなんじゃないの……大丈夫よ、そんなこと起こり得ないのだから泣くのをやめて頂戴な、清多夏さん。ね?」 「す、まない……」 さきの啖呵で収まっていなかったらしいあたしの怒りから生じたひとつの問い掛け。何だかんだであたしの髪を梳き続けることすらこの間も止められていなかった彼は一瞬面白いくらいに硬直して、そのあと滂沱するに至るまでに幾秒も要さなかった。 上から落ちてくる大粒の涙が鎖骨に溜まって不思議な感覚だ。両腕を彼の肩へ回してしまっているため、あたしにはそれを拭ってあげることも出来ない。ただ、待つ。 「……僕は、たとえこの在り方…が、間違、って、いたと…して、も――……ぅ、きみを、…離して、は、やれない……ッ」 「それなら何も支障はないじゃない、この在り方の是非をわざわざ問う必要はないわね?」 「ぅ、……ん」 少女のようにぐすぐすと泣きじゃくる彼は、逞しい心身を持つ彼のほんの一部分。 ご自身の領分から逸脱した愛を注いでくださる彼は、繊細で潔癖な彼のほんの一部分。 すべて取り纏めて、あたしは貴方のこと、愛して受け入れているのだから。 「それよりも、あたし言いたいことがあって」 「……何、だね」 「ねえ、」 腹筋を活かして少しだけ、身体を浮かす。彼の肩に回していた腕に、力を籠めた。 掠めるようなくちづけは、奥ゆかしい――なんて自賛はご愛嬌ね――「お誘い」のサイン。 「――やは肌の、」 「!」 素肌を合わせて、睦み合って。それでおやすみなさいなら、それってとっても微笑ましいことね。 ただ、――"今の"貴方がそれで満たされるだなんて、そんなのって嘘よ。正しくないわ。 「あつき血汐にふれも見で――……あら」 「〜ッきみは、何処まで僕に甘いんだね!」 落とされた涙も乾いてひやりとした感覚を誘っていた鎖骨付近に、噛み付かれた。――あとはもう、お任せしてしまって大丈夫かしらね。 ブランケットの中で足を絡め直して、漸く恋人同士の深い接吻を交わした。 正しいとか間違っているとか、どうだって構わないじゃない。 あたしたちがこの在り方を選んで、幸せで居られている。それだけが、真実よ。 それよりもあたしは今、四の五の言わずに貴方に求めて貰いたいの。 //20131217〜1222 やは肌の あつき血汐に ふれも見で さびしからずや 道を説く君 Back |