text | ナノ

くれーのげんきなごあいさつー♪



 月が改まり、いよいよ今年も一か月を残すのみとなった。
 一年の締め括りを疎かにするようでは風紀委員失格と心得、早速の休日たる一日のきょうも学生の本分に邁進せんと身形を整えていたところに、着信が入った。「彼女」からの誘いだろうか。こんな時間から僕のことを想ってくれているのかと面映ゆく液晶に目を落とす。

 ――実家の、母からであった。

 休日の午前中に、しかもこちらに心当たりのない頃合いでの其れに動揺を禁じ得ず、胸に手を当てて深呼吸を数度繰り返したのち、受話ボタンを押す。「――僕です」という声が、震えていなかっただろうか。

「母さん。実家で、その…何か?」

 それがね――と切り出してきた母の発言内容に、次の瞬間僕は驚愕に開ききった顎の閉じ方を忘れてしまった。



 * 




「あら、清多夏さん。御機嫌よう、好い休日を過ごしておいでかしら?」
「き、き、きみというひとは……ッ!」

 ベルを鳴らして一分と待たぬうちに扉が開いた。招き入れられるなりその華奢な両肩を強く掴んで引き寄せた僕に、彼女は常の穏やかな微笑を湛えたまま「あらあら」とだけ返してくる。
 楚々とした佇まい、繊細かつ優美な振る舞い。大和撫子というよりは西欧良家の令嬢か欧風異聞の妖精かという風情の彼女であるが、その内情は作法心がけに至るまで超高校級の"巫女"として洗練された礼式観念の持ち主なのであった。
 確かに、彼女なら"この行動"を取りかねない要素は大いにあったのだ。僕の実家を月初めから揺るがした、この行動を。

 ぐ、と細く薄い身体を胸中に抱き込んで、一気に吐き出す。



「――何だって僕の実家に歳暮などッ! 学生らしからぬ気遣いに僕の両親がどれだけ動揺したことか!!」

「あ…ら、ばれてしまったのね。……もしかして、ご不興をかってしまったかしら。いやだわ」
「否、たいへん喜んでいた」
「あら、それなら幸いね」



『送り状が届いたのよ。あの、夏にあなたが連れて来てた"巫女"の、綺麗な子。厭味ったらしい格式ばった言葉でもなくて、丁寧な字でお手紙を頂いてしまったわ。暮れの支度にお役立てください、って。
 お砂糖を贈って下さるんですって。和三盆だから年始のお客さまにもお出しできるし本当に助かるわ…よくお礼を言っておいて頂戴ね』


 僕も彼女も学生なのにとか、そんなこと彼女は僕に一言も言わなかったぞとか、そういうようなことを言ったか言わないかのうちに久々の母との通話は終了してしまった。清多夏は本当にいいお嫁さんを貰えそうで母さん今から安心よ、という最後の一言だけはしっかり覚えている。僕もそう思う。

 流行りのものを贈るでもなくきちんと歳暮の意図を解したうえで気の利いた品を選び、尚且つ到着前にきちんとその旨を先方に連絡する気回しまで万全。しかも、一連の流れを僕に殊更に吹聴したりすることもなく、万事ひとりで秘密裏にやってのけたのだという。
 繰り返すようだが僕も彼女も学生だ。「超高校級」と銘は付くものの、れっきとした高校生だ。……そつが無さ過ぎて怖いぞ、超高校級の"巫女"! そしてそれより何より、


「礼節を重んじ僕の両親にまで心遣いを忘れないで居てくれるその姿! 僕の伴侶には勿体ない程の女性だッ!」
「あらあら、ただの点数稼ぎよ?」
「だったら僕に隠さないだろうッ! きみは何処までも素敵だ、結婚してくれ!!」
「うふふ、もとよりその心算よ?」


 僕にだってわかる。こんなひとと、そうそう巡り逢えることはないだろう。
 「彼女」と、今年の冬も、来年の冬も、ずっとこうして居られる。――やはり、僕は幸せ者なのだと思った。 

 まずは今年を最後まで、きみとふたりで過ごせますように。


//20131201〜1208